食事を始めてからおよそ一時間が経過し、テーブルの上の料理がきれいさっぱり無くなったところで、ジョエルが満足したのか、手にしていたスプーンを置いてコップの中の水を飲み干した。
はじめは、並べられた料理の数を見て、店内にいる面々でも食べきれる量ではないと思っていたが、終盤はジョエル一人で平らげしまった。
また、調理の手際や料理の盛り付けには美的センスが感じられたものの、いざ食事が始まると、これまでの所作と反比例するかのようなテーブルマナーの悪さに驚かされた。
おまけに隣で座っているボイジャークラスのサーヴァントも、ジョエルの動きを真似ているのか同じようにマナーが悪く、白い貫頭衣(チュニック)のような服が食べカスだらけになっていた。
それを見かねたジョエルが、濡れたタオルでボイジャーの口元や服を拭っている姿に、思わず意表を突かれた。
「さて」
ようやく本題に入れると、ルヴィアゼリッタは、前置きの言葉を口にしてから話し始めた。
「もう薄々感づいていると思いますが、私(わたくし)たちは貴方方と同盟を結ぶために来ました」
「そのようだな――」
ジョエルは、対面するルヴィアゼリッタとセイバーを交互に見て、その言葉に嘘偽りがないことを確認する。
同盟とは聖杯戦争において、ある種、運命共同体を意味している。
マスターがそれぞれ契約しているサーヴァントは、大なり小なり敵を殲滅するための兵器に等しい。それらを背中合わせにして戦うのだから、当然、後ろから撃たれる危険もついてまわる。
互いに信頼しあえる関係が理想ではあるが、裏切りに遭うことも想定して対処できるようにしなければならない。
また、同盟相手との力関係の格差で損失を防ぐためにも、戦力は拮抗している方が望ましい。
故に各陣営は、間諜を放って情報収集をしながら、敵と成る相手と同盟者を見極める必要がある。
「うちの陣営を選んだ理由が知りたい」
この店に戻る道中に見かけた使い魔と、昨夜のアサシン戦を監視していた使い魔の中の一体が、ルヴィアゼリッタのものであることはわかっている。
しかし、先の戦いではボイジャーを戦わせていない。
こちらの戦力を測るには、明らかに情報が不足している。
「君が倒したサーヴァント――『山の翁』と呼ばれる英霊で間違いないか?」
「ああ」
セイバーの口から、アサシンの真名の別称が出てきたので、ジョエルは素直に認めた。
するとそれを聞いたセイバーの瞳孔が開き、「やはりか」と改めてジョエルを見据えた。
「俺も、生前から彼らの強さをよく知っていてな。それを打ち倒した君に注目したというわけだ」
「そうなのか……」
さも当然のように生前の話を持ち出すあたり、このサーヴァントは自身の真名を隠す気はないようだ。
外見や態度からして、どこぞの国の権力者だったのかもしれない。
「さあ、次はルヴィアの番だな!」
「わ、私もですか!?」
セイバーの急な振りに、ルヴィアゼリッタは恨みがましく睨みながら腕を組み、背もたれに寄り掛かった。
「念のためお聞きしますが、アサシンとの一戦は、そちらのサーヴァントの助力で勝利したのですか?」
それに対してジョエルは、首を横へ振った。
「ボイジャーの力は借りていない」
「それはどうして?」
と、なぜかルヴィアゼリッタは食い入るように、こちらを覗き込んでくる。
夢に出てくる黒い泥といい、この女といい、どうしてあの戦いにこだわるのか。
「殺れると思ったから殺っただけだ」
いちいち説明するのも面倒だったので、端的に答えると、ルヴィアゼリッタは「……そう」とだけ相槌を打った。
そして、自分とボイジャーがこの町に入る以前――約一ヶ月の間、各陣営はアサシンによる妨害を受け、同盟も組めないまま孤立無援の状態にあったことを語った。
アサシンは、持ち前の隠密性と機動性を活かして、町に放たれた各陣営の使い魔を狩り続け、痺れを切らした敵のサーヴァントを炙り出していたらしい。
「マスターは、サーヴァントと視覚を共有することで、その場にいなくとも相手サーヴァントのステータスを把握できるのは、ご存じですわね?」
「ああ」
魔術に通じているマスターなら、魔術回路と直結している令呪を介して、契約しているサーヴァントの視覚情報から『マスターの眼』を使うことができる。
ルヴィアゼリッタは、威力偵察もかねて町を散策していたところ、アサシンの『気配遮断』スキルで白昼堂々奇襲を受け、応戦のためにセイバーを出したが、まともな戦闘にならず撤退されてしまった。
「肉眼でアサシンを捉えられなかったので『マスターの眼』も使えず、セイバーと視覚共有する前に逃げられましたわ」
結果としてセイバー陣営は、サーヴァントのステータスを盗み見されただけで、大した戦果も挙げられなかったという。
「――だとすると、アサシン陣営はすでに同盟を結んでいたことになる」
手あたり次第に他の陣営へ奇襲を仕掛ければ、反感を買うだけだが、先に同盟を結んでいればそんな懸念もない。
ましてや同盟相手が、強力なサーヴァントを従えている陣営なら、敵の情報がノーリスクで手に入るのだから、これほど効率的な戦法はない。
「これは過去に、日本の冬木で行われた第四次聖杯戦争で、参加していたアーチャー陣営が用いた戦術ですわ」
「だが、それもアサシンが死んだ今では、奴が捨て駒だったと考えるのが妥当じゃないのか」
「ええ――でも、それは……」
そこでルヴィアゼリッタが言い淀み、一度目を伏せてから「話が逸れましたわね」と、再び話を続ける。
「私が貴方と同盟を結ぼうとする理由――それは、現状を打破できる力を他の陣営よりも備えている、と感じたからです」
「……」
あの時は、出来ることをやっただけだったが、それを傍から見ていた者たちからすれば、そのように映るものなのか。
「ま、まあ、アサシン陣営の同盟相手がわからない以上、それを倒した貴方が白であることが証明されているわけですから、信用できると踏んでのことでもありますけれどね」
「……そうか」
言動に筋が通っているにもかかわらず、どことなく言い訳がましく聞こえるのは、なぜだろうか。
ルヴィアゼリッタ自身に、こちらを惑わすような意図は感じられないが、その理由を推し量ることができなかった。
「それで、返答はいかが?」
なぜか、きまりが悪そうにチラチラとこちらを見ては視線を逸らすルヴィアゼリッタ。
ジョエルは、顎に手を当て少し考える素振りを見せた後、静かに口を開いた。
「断る」
「――理由を聞かせていただけますか?」
「お前たちに組むメリットがあるかもしれないが、今のところ、こちらには無い」
「セイバーのステータスは視えているのでしょう? それではご不満かしら?」
「机上の空論で戦争はしない。戦場に出る者なら常識だ」
淡々と答えるジョエルに、ルヴィアゼリッタは眉をひそめたが、隣にいるセイバーが片手を挙げて、それを制した。
「君は魔術師でありながら軍隊経験があるのか? 現代の魔術師は、神秘の秘匿を遵守し国家と距離を置いていると聞いていたが」
「以前は所属していたが、敗戦で国が滅んだ後は、戦死(KIA)扱いになっているはずだ」
「なるほど。昨日の戦いで銃火器を使っていたのは、そういうことだったのか」
うんうん、と頷いて納得するセイバー。ルヴィアゼリッタも、次第にその意図を理解してきたようで、フンと鼻を鳴らした。
「つまり、同盟を結びたいなら、君たちと同じように、まずはサーヴァントを一騎倒してこい――というわけだな?」
「ああ。手を組むのなら当然だ」
ある種、豪胆ともいえるジョエルの主張に、はじめは難色を示していたルヴィアゼリッタだったが、意外にも「確かに一理ありますわね」と認めた。
「いいでしょう。私たちが相応の戦果を挙げた後に、改めて交渉へ伺いますわ」
至極すんなりとルヴィアゼリッタが受諾すると、ジョエルはちらりとセイバーの方に目をやり、「了解した」と一言だけ返した。
「差し当たり、私の陣営と貴方の陣営との間で、休戦協定を結びたいのですが、いかがですか?」
「具体的には?」
「ええ、簡潔に申し上げますと――」
ルヴィアゼリッタは、こちらへ見せるようにして、右手の人差し指を一本だけ立てた。
「一つ。私たちの間での戦闘および妨害行為を行わないこと」
続けて中指を添え、二本目の指を出す。
「二つ。互いのサーヴァントに関する情報を、他陣営へ流さないこと」
さらに薬指を立て、三本目の指を加える。
「三つ。同盟を結ぶまでは、他陣営の情報を共有しないこと」
以上です、と告げられると、ジョエルは再び考え始めた。
――正直、条件が良すぎて飛びつきたくなる。含みのある言い回しもなく、こちらを陥れようとする意思も感じられない。
どうする、と内心で呟いた、その時――
「だいじょうぶ」
隣にいたボイジャーから、静かにそう声をかけられた。
「いいんじゃないかしら。ジョエルも、それでいいよね?」
「あ、ああ……」
真っ直ぐこちらを見上げる青い瞳に、不本意ながら肩の力が抜けるのを感じながら、ジョエルは相槌を打つ。
ルヴィアゼリッタは、その様子を眺めながら軽く咳ばらいをして二人の視線を集めた。
「休戦に賛同していただける――ということで、よろしいですか?」
「それで構わない」
ジョエルがそう言うと、ルヴィアゼリッタは頷き、すっと席から立つ。
「では、よろしくお願いいたしますわ」
長い金の髪をひと撫ですると、涼しげな笑みを浮かべながら「行きますわよ、セイバー」と告げて歩き出す。
その気品に満ちた所作を見送っていたセイバーだったが、ふと難しい顔をして「……ちょっと待ってくれ、ルヴィア」と引き留めた。
「確かにここは食事処ではないが、初対面の相手から料理を振る舞われたとなれば、さすがに勘定は払うべきではないだろうか?」
「っ……!」
突然、ルヴィアゼリッタがぴたりと足を止めた。
そして踵を返し、早足でツカツカとこちらのテーブル席まで戻ってくる。
「失念しておりましたわ……おいくらですか?」
ばつの悪そうな表情を浮かべながら、懐から煌びやかな財布を取り出して、おもむろに開いた。
だが、ジョエルは首を横へ振り、その申し出を拒否する。
「不要だ。もともと金銭を要求するために作ったわけではない」
「そ、そうですか……」
予想外の返答にあっけを取られるルヴィアゼリッタをよそに、今度はセイバーが感極まった様子でテーブル越しに身を乗り出した。
「まだ同盟を結んでいないのにもかかわらず、このようにもてなして貰えるとは思っていなかった!」
君の厚意に感謝する、と声高に伝えながらジョエルの手を握ってきた。
「わかったから放せ」
危害を加える気はないようだが、手を拘束されているのが落ち着かなかったジョエルは、セイバーの手を払いのけた。
「ああ、すまない。握手は仲間になった時に取っておくとしよう」
特に気分を害した様子もなく、セイバーはニコニコと笑顔のまま、そう言って立ち上がった。
「ならば一刻も早く、敵を見つけ出して、武勲を挙げるとしよう――ん?」
そこで何かに気が付いたのか「困ったな……」と呟くセイバーに、ルヴィアゼリッタは訝しんだ。
「どうかしましたか?」
「いや、敵陣営を討ち取った時の『証明』を、どのようにするか考えていた」
セイバーは腕を組み顎に手を当てて、さらに話を続ける。
「人間と違い、サーヴァントは殺してしまえば魔力となって消えてしまうからな。かといって拘束して、ここまで連れてくる最中に暴れられたら、民草に迷惑がかかる」
「マスターを捕まえてくればいいのではないのですか?」
「しかし、サーヴァントを倒せば、そのマスターに宿っている令呪は自然に消滅すると聞く。この町には、聖杯戦争の趨勢を観察している魔術師たちが蔓延っているだろう? そいつらをマスターに見立て謀ることもできるわけだ」
「確かにそうですわね……」
と、ルヴィアゼリッタとセイバーが共に黙り込み、思案していたその時――ジョエルが「問題ない」と口を挟んだ。
「お前たちがサーヴァントを倒して、そのマスターを連れてくるだけでいい」
それで解る、という確信めいた一言に、二人は互いに目を見合わせた。
「そう――であれば、これを置いていきます」
するとルヴィアゼリッタは、懐から何やら小さな石を取り出し、テーブルの上に置いた。
「これは?」
見覚えのあるジョエルは問いかける。
艶やかな光沢のある紅い石――これは紛れもなくルビーの石だった。
兵士時代、上官たちが権力者との交渉の際、紙幣はすぐに価値が下がるため、金品のやり取りには貴金属や宝石が用いられていたのを、よく目にしていた。
「通信用に調整した宝石ですわ」
「礼装か」
一般には、魔術を使う際の補助や強化に用いられる道具ではあるが、中には、あらかじめそれ自体に神秘が織り込まれ、魔力を通すだけで行使できる物もある。
かく言う自分が着ているこの黒いコートも後者の方で、この町に来る前に『あの男』から渡されたものだ。
「ええ、このサファイヤの石と対になっています」
そう言いながら、新たに蒼い石を取り出して見せるルヴィアゼリッタ。
「サーヴァントを討ち取った後に、ご連絡いたしますから、そちらを持っていてください」
「了解した」
ルビーの石を手に取り、コートの内ポケットにしまうジョエルを見て、頃合いと判断したセイバーは爽やかな笑みを浮かべた。
「さて長居してしまったようだ。そろそろ俺たちは行くとしようか、ルヴィア」
またセイバーが何を言い出すかと内心冷や冷やしていたルヴィアゼリッタだったが、その提案に安堵し胸を撫でおろす。
「ええ――また会いましょう。ジョエル・フリードキン、ボイジャーのサーヴァント」
あと料理美味しかったですわ、と最後に一言添え、入り口に向かって歩いていく。
セイバーも満足した様子で頷き「では、またな!」と言い、自ら実体を解いて霊体に戻っていった。
そして、カランと乾いた鐘の音を鳴らし、そのままルヴィアゼリッタも扉の向こうに差し込む昼の光の中へ姿を消した。