Fate/stay alive   作:伊良部修平

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前回、『幽鬼』というサブタイトルであげましたが、ストーリーの構成上、先にこの話を挿ませていただきます。
内容としては、タイトルどおり『ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト⑤』の続きです。
解りづらくさせてしまい、申し訳ありません。


2日目 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト⑥

 

「――――」

艶やかなワインレッドの長髪を揺らしながら歩くその姿に、ルヴィアゼリッタは不覚にも見惚れていた。

腕の振り、足の運び、重心の移動に一切の無駄がなく、すべて理のもとに完璧に統制されている。

一歩踏むごとに生じる重みと間合いが、まるで研ぎ澄まされた清澄な刃のようだった。

多少なり武術を嗜むルヴィアゼリッタにとって、その動きだけで目の前にいるサーヴァントが只者ではないと理解できた。

だが、それでいて彼女の背に纏う気配は、恐ろしいほどに高貴なものでもあった。

武人特有の昂ぶるような威圧は微塵もなく、シンとした静謐さを孕み、空間そのものを支配しているような気高さは、まさしく王者の風格を思わせる。

「……」

そして――ただ、ただ美しいのだ。

理と静謐を併せ持った所作の中に、どうしようもなく女性としての美が滲み出ている。

髪が揺れるたびに生まれる柔らかな光、振り返らずとも感じ取れる凛とした香気。

同じ女でありながら――否、同じ女だからこそ解ってしまう。

さまざまな社交界に招かれ、美貌を讃えられることに慣れた自分でさえ、眼前のサーヴァントの立ち居振る舞いから目を離すことができない。

『歩く』という、ただそれだけの行為で、『崇高』という言葉がこれほどまでに相応しい存在を初めて見た気がした。

この町の治安の悪さを鑑みても、これほど美しい女性が一人で歩いていれば、命知らずにも欲望を満たそうと近づく男たちは数知れない筈だが、何らかのスキルあるいは魔術を使って、自分とセイバー以外に映らないよう、認識を疎外しているのだろう。

(ルヴィア、気持ちは大いに理解できるが、冷静さを欠いてはいけないぞ)

(そ、そんなこと、わかっていますわよ!)

霊体化しているセイバーに図星を突かれるも、不満顔になるルヴィアゼリッタ。

(――って、先程まで詩人みたいな臭いセリフで絶賛していた人に、言われたくありません!)

(仕方がないじゃないか。何せ、あの美貌だ。うっかり、あの『モルガン・ル・フェ』かと勘違いしてしまうくらいだったからな)

しかしそれは、セイバーの宝具によって呼ばれた従者の内二人が否定している。

一人は、かの魔女と同じ出自を持つ妖精であるため、説得力は申し分無し。

対してもう一人は、口を開けば意味不明なことをのべつ幕無しに捲し立てる詐欺師のような奴なので、話半分以下で聞いておけば被害は軽減できるというのが、主であるセイバーの談。

そして、両者が話す印象は一致しており――『本質自体は近しい』と評していたのも事実だが。

(とはいえ、幸先が良い上に、願ったり叶ったりですわね)

ルヴィアゼリッタはそう呟き、改めて前方を歩くサーヴァントを見つめると、この眼が『ランサー』であることを告げていた。

(ステータスは視えていますわね、セイバー)

(無論だ)

視覚共有によってランサーの能力値を確認したセイバーは唸る。

(うむ、勝(まさ)っていそうなのが『速さ』と『運の良さ』しかないな!)

6つの項目で分類されるサーヴァントの戦闘能力の内、『宝具』は不明なため確認できず、『筋力』は互角、『耐久』と『魔力』がランサーに軍配が上がり、対抗できるのが『敏捷』と『幸運』のみだった。

(これではどっちが最優のサーヴァントか分からないな!)

(ステータスで勝敗が決まるわけではありませんし、こちらのアドバンテージである『手数』で仕留められます)

淡々と分析を述べるルヴィアゼリッタに、セイバーは呆気を取られてしまう。

(もしかして、励ましてくれているのか?)

(なっ、なにを言ってますのっ!? 勘違いなさらないでくださいませんか!)

こちらの反応に対して「ハハハ」と微笑む声が聞こえてくる。

だが次の瞬間、ふいに静まり返ったかと思うと、ゾクリと背筋をなぞるような悪寒が走った。

反射的にルヴィアゼリッタが隣にいるであろうセイバーの方へ振り向いた。

(むしろ高まるな。強者に挑んでこそ、俺たちの存在意義があるというものだ)

(……)

おそらく獣のような眼光を爛々と輝かせているだろうことは、霊体化していても手に取るようにわかった。

この男は、感情をコロコロと入れ替える。召喚した当初は難儀したが、今ではその変化の速さにも、いくらか慣れてしまった自分がいる。

 

「仲の良いことだ」

「――っ!!」

突然、前方を歩くランサーから声をかけられ、ルヴィアゼリッタは思わず目を見開いた。

――セイバーとの念話を聞かれていた!?

サーヴァントとの念話は、契約しているマスターの『令呪』を介してのみ成立する、極めて秘匿性の高い手段である。

同じサーヴァントであれど、部外者が容易く傍受するなど本来あり得ない。

だが、今のランサーの口ぶりは、まるで会話の内容を正確に聞いていたかのようだった。

「貴女のところは、違うのですか?」

動揺を悟られまいと、反射的にセイバーとの念話を切り、毅然とした態度で応じる。

「関係は良好だが、お前たちのように親しい間柄ではないな」

「それはつまり、主(あるじ)と僕(しもべ)の関係、ということですか?」

ルヴィアゼリッタの問いに、ランサーは少し考える素振りを見せてから、ゆるやかに首を横へ振る。

「実のところ、私自身もマスターとの関係を測りかねている節があるのでな――そこまで縛りがあるわけではない、とだけ答えておくとしよう」

「そう、ですか……」

契約を結び、共にある程度過ごしたセイバーならともかく、敵となりうる英霊と、こうして自然に会話が成立していることに、思わず息を呑む。

それ以降、ランサーからの追及が来なかったのを幸いに、ルヴィアゼリッタは意識を外へと切り替えて周囲を探ると、ランサーとは別に、微かに魔力を帯びたモノを見つける。

常に視界の外を縫うように歩く影、暗がりに溶け込むそれは、黒い体毛の大型犬だった。

犬種からしてシェパードと思われるが、身に帯びている魔力を見る限り、単なる低級の使い魔ではなさそうだ。

(ああ、あれなら俺でも知っているぞ。『ブラックドッグ』という――言わずもがな『妖精』だ)

「ちょっ!」

盗聴の危険があるにもかかわらず、セイバーは性懲りもなく念話を繋ぎなおして話しかけてくる。

ジョエル・フリードキンの時もそうであったが、自身の出自に関する話を然も当然のように話題に出すのは、英霊の真名バレに直結しかねない。

(問題ない。あれだけの王気(オーラ)だ。そのような無粋な真似はしないさ)

単に見え過ぎてしまうだけかもしれないぞ、という一言と共に、セイバーは実体化した。

「未だ開戦の狼煙が上がらないのでね、軽装で失礼するよ」

彼の言葉通り、身に纏っていたのは銀色の鎧ではなく、赤と白のコントラストが印象的な軽やかな衣装だった。

全体的に中世を思わせる白い服装に、革製のブーツとグローブ、ベルトを着け、金の刺繡が施された深紅のマントを羽織った姿は、高貴な吟遊詩人を思わせた。

「ほう、セイバーのサーヴァントか」

突如、姿を現したセイバーに対し、ランサーは静かに目を細めた。

「序盤から骨のありそうな相手に遭えて何よりだ」

「それは光栄だ。君も、さぞ高名な武人なのだろう」

何せ――、

「先程の念話も、俺のマスターの動きだけで察していただろ?」

「っ!」

ルヴィアゼリッタは、思わず息を飲み込んだ。

「私(わたくし)の動き……ですか?」

「ああ。曰く、極限まで武芸を極めた者は、鍛錬の末に一切の無駄な動きを捨て去ることで、逆に相手の所作ひとつで心の機微すら見通すという」

呼吸の乱れ、視線の流れ、全身から伝わる重心の揺らぎ――それらは全て、本人すら意識しない『心の形』として表れる。

「……そこまで理解しているのであれば、なぜ出てきたのです?」

サーヴァントが姿を現すという行為は、すなわち情報開示に等しい。

身に着けている武具や装飾品などで、時代背景や出自をある程度推測されてしまうこともある。

しかもランサーの口ぶりから、すでにセイバーのクラスやステータスも、相手のマスターを経由して、おおよそ把握されていることになる。

本来なら、交戦の瞬間まで霊体化していてほしかった、とルヴィアゼリッタは小さく息を吐いた。

「いや、君がランサーの指摘で念話をしてくれなくなったのでね。多少、誤解もしているようだったから、助け舟を出したのさ」

なに心配はいらない、とセイバーは全く悪びれもせずに続ける。

「生前は、周辺諸国の王たちと勢力争いをしていたから、腹芸は得意なんだ」

「また貴方は、余計なことをペラペラと!!」

もうこれ以上は看過できないと掴みかかろうとするルヴィアゼリッタであったが、次の瞬間、前方から笑い声が響いた。

「ハハハ、本当に仲が良いな」

「……」

いまいち表情は読み取れないが、ランサーの笑い声に勢いを削がれ、セイバーへ振り上げた手を静かに下ろした。

同時に、ランサーが足を止める。

「――さて、散々歩かせてしまったな」

右手が横へと払われ、その動きに呼応するかのように、赤い血煙のような光を帯びながら空間が歪む。

やがて光が収束し、彼女の手には深紅の槍が握られていた。

槍兵(ランサー)の象徴たるその武器は、全てが紅く染め上げられている。

刀剣のように長く伸びた穂の根本には、花弁を思わせる装飾が施され、柄には蔓状の文様が絡みつくように彫り上げられている。

ランサーは、身の丈を優に越す長槍を軽々と回し、尖った蕾のような石突を地面へ突き立てる。

コーン、という乾いた音が通り抜け、次の瞬間、ランサーの足元に『文字』が浮かび上がった。

同時に、世界が裏返ったような感覚が襲った。

「これは……」

周囲の人々は一人残らず姿を消し、自分とセイバー、ランサー、そしてブラックドッグだけが取り残されていた。

これがランサーの張った人払いの術であることは、火を見るよりも明らかだった。

「そら、場を整えてやったぞ」

槍を地面から離し、長い髪を翻してこちらへ振り向くランサー。

気づけば、先ほどまで身に着けていた現在風の服から、いつの間にか戦闘装束へと切り替わっていた。

黒とグレーを基調とした、身体のラインが強調されたボディスーツのような装い。

身を守る防具といえば両肩に備えた銀色の装甲だけで、戦士としてはいささか防御面に乏しく映る。

だが、槍兵というクラスを鑑みれば、可能な限り機動性を優先した結果なのだろう。

「あれは『ルーン』による魔術か! しかも、俺の生きていた時代よりも遥かに古い!!」

全く読めん、とセイバーは興奮のあまり感嘆の声を上げた。

相変わらずの緊張感のなさに、ルヴィアゼリッタがついに怒りを露わにする。

「セイバー貴方! いい加減にしなさいよ!」

すでに臨戦態勢に入ったランサーの前で余裕が過ぎる。

サーヴァント同士ならば、一足一刀の間合い――いつ斬り結んでもおかしくない距離。

それでもランサーは動かない。ただ無言のまま、こちらの出方を待っていた。

人払いで一般人を退け、戦う場を用意した上で、さらにこちらの準備ができるのを待つ。

その姿勢には、敵ながら戦士としての矜持がはっきりと表れていた。

「重ね重ね、心遣い感謝する」

セイバーは、ランサーに向かって深々と頭を下げた。

出自を考えれば、セイバーは最高の騎士に数えられるほどの傑物である。

下手をすれば、騎士の礼に則り、この場で自身の真名を名乗りかねない。

「申し遅れてすまない。俺の名は――」

「――っ!!」

やはり来ましたか……。

ルヴィアゼリッタは、自分の右手に刻まれた『令呪』へと意識を向ける。

マスターとしてサーヴァントの強行を止めるのは当然なのだが、ここで残り少ない『令呪』を切るべきなのか。

何よりセイバーの性格を考えれば、大事にしている騎士道精神を穢された場合、関係の修復は絶望的になるだろう。

――しかし、当のランサーの反応は至ってシンプルだった。

「ああ、不要だ」

と、セイバーの口上を手で制した。

「真名を探りながら戦う――それこそが、聖杯戦争の醍醐味であろう?」

「……なる、ほど――」

ポカンと口を開けたまま呟くセイバー。

すると次の瞬間、何か腑に落ちたように頷いた。

「つまり、君は『騎士』ではなく『戦士』なんだな?」

「そうとも。我々が敵に払う礼とは、ただ力を示すことだけだ。儀礼による挨拶など戦場の外でいくらでもやればいい」

一見、それは野蛮にも捉えられる価値観だが、ルヴィアゼリッタ自身、その根源的な考え方に強い魅力を感じていた。

戦うと定めた者同士の間に、理性を説いたうわべだけの言葉は単なる不純物と成り下がる。

ならば最初から放棄すればいいし、勝者を必ず決める聖杯戦争であれば猶更だ。

「うーむ、肯定したい自分もいれば、否定したい自分もいるから悩ましいな……」

珍しく困った顔をしながら頭を掻くセイバーだったが、突然、悪童めいたニヤリとした笑みを浮かべ、態勢を沈めて大きく身構えた。

「しかしまあ――『郷に入っては郷に従え』という言葉もあるからな!」

弾むような声と共に、セイバーの衣装が光をまとい、瞬く間に銀色の鎧姿へと変わっていた。

「この戦を存分に楽しませてもらおう!」

対してランサーも不敵な笑みを作りながら、長槍を一旋させてから両手で持ち直し、穂先を突きつける。

「さあ力を見せるがよい、勇士よ。出来なければ、お前の命を貰うまで」

 

 

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