獅子が駆け出すような勢いで、セイバーは地面を強く蹴った。
銀色の甲冑と共に現れた、金の意匠が煌めく緋色の鞘から直剣を抜き、一直線にランサーへと迫る。
瞬く間に距離を詰めたセイバーは、獲物へ飛び掛かるように、両手で構えた豪奢な作りの剣を振り下ろした。
待ち構えるランサーも、迫りくる切っ先へ冷静に槍の穂先を合わせる。
――互いの武器が触れた瞬間、途轍もない魔力の奔流が衝撃波となって、周囲一帯を薙ぎ払った。
たったの一合で、アスファルトの道路に亀裂が入り、近場にあったコンクリートの家屋は倒壊した。
人類史に刻まれた英雄の写し身であるサーヴァント――彼らが単純に武器を振るうだけで、人の文明がいとも容易く崩れていく。
ルヴィアゼリッタはその光景を目にし、過去に聖杯戦争を経験した者たちから、ある程度まで聞き及んでいたが、改めてサーヴァントという戦略兵器にも等しい存在の力に驚きを禁じ得なかった。
セイバーは、二撃目の斬り上げを放つが、ランサーにまたしても槍で阻まれた。
続けて三合、四合、五合と武器を合わせるが、次第にセイバーの技が形になる前に捌かれつつあった。
「ははは、すごいな、君は! 俺の生きた時代に、これほどの槍の使い手はいなかったぞ!」
劣勢に立たされながらも、ランサーの技巧を称賛するセイバー。
その声音に、焦りや苛立ちは微塵もない。彼にとっては、これもまた誇るべき戦場の一部らしい。
このままでは押し切られると悟ったセイバーは、剣技一辺倒の戦いを捨て、足を活かした高速戦闘へと切り替えた。
常人では捉えられない速度で、死角を縫うように駆け、槍の弱点を的確に狙っていく。
片手でも扱える剣と違い、槍はその長いリーチゆえ、完全に操るには両手を要する。
結果として、攻撃は直線的な突きか、大振りの薙ぎ払いになる。
いかに英霊といえど、得物を持って使うのは魔力で作られた肉の身体。人体の構造そのものが、サーヴァント戦であっても制約になる。
骨があり、腱や筋肉があり、それらを脳を介して神経で操る――人体とはそういうものだ。
――ならば、付け入る隙はある。
セイバーが生前の偉業を元に獲得した、固有スキル『神速』。それは戦闘が継続するほどに、『敏捷』のステータス値が上昇していく。
つまり――この戦いが終わるまで、セイバーは加速し続ける。
足場は地面だけに留まらず、近場にある建物を踏み台にし、縦横無尽に間合いを詰めてくる。
すでに、複数のセイバーを同時に相手取っているかのような錯覚すら覚える。
「速さだけなら、私を上回るか」
ランサーは、槍を構えたまま四方八方から襲い掛かってくるセイバーの猛攻を捌きつつ、静かに測っていた。
「下手をすれば、『あやつ』にも届きかねんな――」
その驚異的な速さは、かつて鍛え上げた『弟子』を想起させるほどだった。
「――っ!」
ランサーの視線が一瞬だけ外れたのを見逃さなかったセイバーは、すかさず手に握っている剣を一度鞘に収めた。
西洋剣術において、剣を抜けば勝敗が決するまで、再び鞘に収めることはない。
頭の天辺から足の爪先まで西洋の剣士であるセイバーが見せた異様な動きに、ランサーは違和感を感じながらも、磨き上げた術理に従い反射的に槍を向ける。
――刹那、穂先に力が乗る前に、セイバーは素早く鞘から剣を抜き放ち、槍を大きく上に仰け反らせた。
殺傷能力の要である穂先を越えれば、槍という武器は、ただの長い棒に成り果てる。
「おおぉぉぉ――うわっ!」
セイバーは、そのままランサーの槍の間合いを超え、自身の剣が届く距離にまで踏み込んでいたにもかかわらず、なぜか次の瞬間には持ち前の足力で後方へと下がっていた。
「ふむ、勘も良い――少しは楽しめそうだ」
気が付けば、ランサーの手前、中空に『文字』が浮かび上がっている。その体系から『ルーン文字』であることは即座に理解できた。
『ルーン魔術』――主に北欧やゲルマンを中心に伝わる、古代文字を用いた魔術。
現代の魔術師であれば、その名を知らぬ者はいない有名な魔術系統である。
基本的に24文字ある共通ルーンの中から、その文字に秘められている力を引き出して行使する。また2文字以上のルーンを組み合わせて、相乗効果をもたらす『バインドルーン』もある。
ランサーの使っている魔術も、同じくバインドルーンではあるが、そのどれもが見たことの無い文字が使われていた。
加えて、セイバーも先程「全く読めん」と言っていたことから、セイバーの生きていた時代よりもさらに古いとなると――。
「『原初の……ルーン』!!」
北欧神話における主神オーディン自らが編み上げ、世界に刻んだという魔術基盤。
すでに失われた神代の魔術の一つとされ、その再現に過ぎない現代のルーン魔術とは、根本から次元が違う。
「どうやら、あのまま踏み込んでいたら、霊基ごと消し炭になっていたらしい」
その言葉の裏には、セイバーの従者のひとりにして、湖の乙女『ニミュエ』の助言があったのだろう。
『アーサー王伝説』と深く関わり、『幻想種』に類する妖精として、遥か昔から人の世を観てきた彼女なら、その深淵の知識が神代に及んでいたとしても、何ら不思議ではない。
ランサーの使うそれは、宝具の域にあるもので間違いないだろう。
「セイバー! 宝具の使用タイミングは任せますわよ!」
最早、こちらの手札を渋っている場合ではない。
「了解だ、マスター」
ルヴィアゼリッタの思い切りの良さに敬意を抱きながら、セイバーは祈りを捧げるように両手で剣を持ち直した。