同刻、セナの祖父ヨセフが営むガンショップにて――
「ジョエル」
自身を呼ぶ声に、浅い眠りから意識を引き上げられる。
目を開けると、すぐそばにボイジャーの姿があった。
「……敵か」
「うん、たぶん」
上体を起こして周囲を見渡すと、近くにセナもヨセフもいない。照明が落とされ、店内は静寂に包まれている。
窓越しから外を覗くと、すでに日が沈み、夜の帳が降りきっていた。繁華街から離れたこの場所では、人影も途絶え、闇だけが広がっている。
「妙だ――」
悪意が感じられない。
ならば、狙われているのはボイジャーということになる。
「サーヴァントか」
個体差はあるそうだが、サーヴァント同士は、一定の距離まで接近すれば察知できるようになっている。
こちらが反応できず、逆にボイジャーだけが気付けたのなら、必然的にそうなる。
しかしどういうわけか、相手はこちらが出てくるのを待っているらしい。
人気もなく、時間帯も絶好のタイミングなのにもかかわらず、攻めて来ないのは理解し難い。
同盟を持ちかけるにしても、直接サーヴァントを差し向けるのではなく、簡易の使い魔でも送り込めばいい。
「――外へ出る」
いずれにせよ、このまま膠着状態が続いても、事態が進展しない。
最悪、しびれを切らして何らかの強硬手段を取られたら面倒だ。
ジョエルは立ち上がると、テーブルの上に置いてある自身のバッグからショットガンを引き抜いて、じっと見つめる。
銃身には、ヨセフが気を利かせてくれたのか、銃床(ストック)にU字型のフックが取り付けられていて、重量のある銃でも片手で扱えるようになる。
「……」
だが――相手はサーヴァント。
銃から核兵器に至るまで、現代兵器と呼ばれるものはすべて、神秘の権化たる英霊の前では、ただの鉄屑に等しい。
それが、この世における絶対の摂理であり、ただの人間が決して勝てない理由だ。
とはいえ、相手マスターとの戦闘も予想されると判断し、ジョエルは負い紐(スリングベルト)に腕を通してショットガンを背負った。
今は『対サーヴァント戦用の武器』があるが、扱い切れない所がある。
ならば物心ついた時から持っている『銃(こいつ)』の方が使いやすい。
店を出た瞬間、鋭い視線がこちらへ向いたのを感じ取る。
それがサーヴァントのものだと、説明するまでもなく確信できた。
ジョエルは振り返らず、早足で繁華街とは逆方向へ――可能な限り人目のない町の外へと歩き出す。
『人払いの結界』などの一般人から神秘を隠す術を持たないジョエルにとって、被害を最小限に抑えるには、これが最善の方法だった。
――マスターの気配がしない。
歩きながら背中に刺さってくる視線を手繰っても、伝わってくるのはサーヴァントのみで、マスターのところまで辿り着かない。
つまり、このサーヴァントは独断で動いている。
出会い頭の戦闘にならないよう、ボイジャーを霊体化させておいたのは正解だったな。
「貴様は、一体いつまでそうしている?」
聞きなれない声が響くと、前方に視線の主が姿を現した。
サーヴァント特有の青白い光と共に現れたのは、意外にも現代風の洋装をした青年だった。
ハット型の黒い帽子をかぶり、金色の丸いブローチが首元についた黒い外套を羽織る、不気味な長身の男。
肩口まで伸びた乱れがちな白髪に、不自然に光っている金色の瞳。
そして、死人のような白い肌が、月明かりに照らされ暗闇から浮かび上がった。
「バーサーカー……」
『狂戦士』の名を持つサーヴァント――その名の通り、狂うことで戦闘能力を大幅に向上させるクラス。
だが一度戦場に放たれれば、敵味方の区別なく暴れ続けた挙句、主であるマスターの魔力を食い尽くし生命まで奪いかねない、危険な存在だ。
「聖杯という毒蜜に群がる亡者どもよ。己が欲を満たさんがため、どれほどの他者を喰らい踏みにじってきた?」
「覚えていない」
同じ部隊にいた連中は、殺した兵士の数を競っていたが、ジョエルにとっては命のやり取りなんてものを数えるだけ無意味だと感じていた。
その答えに、幽鬼のように佇んでいた男は、突如一変し、狂気じみた大声で嘲笑い出した。
「クハ、クハハハハハハハ!! であろうな! 他者の苦を悦とする外道!! 貴様のような者には、煉獄の炎ですら生温い!!」
発せられる咆哮にも似た叫びに、侮蔑と嘲弄が入り混じる。
「……」
しかし何だ、これは……。
無作為に攻めてこない相手だと判断したジョエルは、少しでも戦闘を優位に立てるよう、『マスターの眼』でサーヴァントの能力を把握しようと視界に捉えるが、その結果に違和感を覚えた。
映し出されたステータスが妙にブレている。特にクラススキルの『狂化』が異常だ。
ボイジャーやセイバーを視た時とは明らかに違う。まるで眼から流れ込んでくる情報を、脳が否定しているような――形容しがたい感覚。
ただ一つ確かに解るのは、この異様な感覚が目の前にいるサーヴァントの感情と直結していることだった。
――こいつ、クラスを偽っているのか?
伝わってくるのは、虚偽や欺瞞といった、こちらに不利益を与えようとする悪意が、ステータス全体を覆っているかのような錯覚だった。
「なぜ、お前は狂った『フリ』をしている?」
「――貴様、視えているな」
今まで顔が歪むほど嘲笑っていた幽鬼が急に表情を強張らせた。
認識を改めたようにこちらを見据え、怒りの灯った視線を向けてくる。
「感情視の魔眼と聞いていたが、それとは別の似て非なるモノか……不快な眼だ」
「その口ぶりからすると、アサシン陣営の同盟者か」
昨夜の戦いを正確に把握できたのは、実際に戦ったアサシンとヘルマンという魔術師だけだ。
他の陣営も間諜として使い魔を放っていたが、動物型の視点では戦闘内容の細部までは掴めない。
最大の守護者であるアサシンを失った今、残されたマスターが危険に晒されるのは必然だ。
となれば、避難先として選べるのは、開催者の庇護か、同盟者のもとくらいなものだ。
恐らく、こちらの情報を手土産に同盟者のところへ、転がり込んだのだろう。尤も、前者を選んだのなら末路は決まっているが。
「――ハ、ハハハ、クハハハ! 耳聡い上に口も回るようだな! つくづく度し難い!」
片手で顔を覆いながら幽鬼が高らかに嘲笑う。
すると奴が身に纏う漆黒のコートの表面に光が灯り出した。
さながら夜空に星々が瞬いているかように――。
「いいだろう! 貴様を恩讐の彼方に叩き落としてやろう!!」