セイバーVSランサー戦の続きとなります。
剣を握るセイバーの両手から、金色の光が溢れ出す。
夜闇をかき消す程の輝きが無数の帯となり、装飾剣を包み込み、仮初の聖剣を造り出す。
「ちなみに、この結界はどれくらい耐えられるんだ?」
崩れた建物を一瞥し、無人と化した世界を見渡しながら、ランサーに問う。
「お前がどの程度の英雄かは知らんが、少なくとも私の宝具を一発は防げると保証しよう」
「そうか、ありがとう。これで民衆に迷惑をかけずに済みそうだ」
騎士としての礼を済ませ、セイバーは己を切り替える。
王道から、覇道へと――。
「永久に遠き勝利の剣(エクス――カリバー)!」
宝具の真名と共に、束ねた光をランサーへ放つ。
黄金の光は一条の斬撃となり、獅子の咆哮にも似た轟音を伴って、一直線に奔る。
対してランサーは、臆することなく冷静に指を前へ出した。
「――アルジス、エイワズ、スリサズ」
迫りくる光の斬撃に向けて、呪文を唱えながら宙にルーンを刻む。
そして浮かび上がったルーンが障壁を形成し、セイバーの宝具を正面から受け止める。
激しい衝突音が結界内を震わせる。
「ふむ、即席の盾ではこの程度か」
盾のルーンの限界を即座に見極め、早々に横へ飛び退く。
直後、硬質な破砕音が響き、障壁がいとも容易く突破された。
「まさか、『彼の聖剣使い』と相間見えるとはな」
これも聖杯戦争の妙であるか、と光の斬撃を感慨深く見送りながらランサーは呟いた。
――エクスカリバー。
騎士道の誉と謳われ、ブリテンの伝説的な君主であるアーサー王が手にしたとされる聖剣。
英雄が持つ宝具には、神剣、魔剣、名剣と様々な呼ばれ方をする剣はあれど、その中でも聖剣は、他の剣とは根本から異なる役割を持っている。
聖剣とは、人や魔物、さらには神へ振るわれるものではなく、この星の外にある存在を討つために、星自らが鋳造した兵器である。
かつて、ランサーが生きていた時代よりも遥か昔に、この星へ降り立ち、人や文明だけでなく神々すらも蹂躙した『白き巨人』を討ち払った剣こそが、後に生み出されていく『聖剣』の原型となった。
そして世界に点在した数多の聖剣の中でも、エクスカリバーは頂点に位置している。
待ち望んでいた好敵手を得た高揚も束の間、不意に感じた違和感にランサーは片眉を吊り上げた。
「いや――どういうわけだ、これは……」
さらに次の瞬間、背筋を撫でる悪寒。
振り向いた先に、躱したはずの光の斬撃が眼前に迫っていた。
「っ!」
ランサーは、ルーンの刻まれた石を放り投げ、防御姿勢を取る。
宙に刻んだ即席の盾とは違い、この盾はあらかじめ作成しておいた、数段強固な守りである。
再び激しい衝撃音が鳴り響くも、ランサーの見立て通り、ルーンの防壁で光の斬撃を防ぎ切った。
「連射もできるのか」
辺りを見渡すランサーは、正反対の方角から来た攻撃のカラクリを理解する。
異なる方向から放たれた斬撃の先に、セイバーの姿がない。
耳を澄ませれば、周囲から聞こえる足場を蹴る音。
地面から、家屋から、街路樹から、瓦礫から――。
先程見せた、並みの英霊では到底追いつけないであろう速さ。
そこから、あの斬撃を何度も繰り出されるのだから、十分脅威になる。
「なるほどな、これで得心がいった」
ランサーの赤い瞳は、今も尚、縦横無尽に駆けるセイバーの動きを捉えている。
「――お前は、アーサー王ではないのだな」
宝具の一刀を正面から受けて確信する。
「その剣には、星の息吹が宿っていない」
世界屈指の聖剣の名を口にしながら、その残滓さえ感じられないのはありえない。
その指摘に、建物の上で立ち止まり、セイバーは目を見開いた。
「本当にすごいな、君は! たった二度で俺の宝具の本質に気付くとは!!」
嬉々として語るその様子に、マスターであるルヴィアゼリッタは一抹の不安を覚える。
「アーサー王は、我が祖王にして最も尊敬する王だ。今風に言えば、リスペクトってやつだな」
上機嫌に深紅のマントを翻し、セイバーは高らかに名乗りを上げる。
「我が名は、獅子心王リチャード! ノルマンディーの君主にしてイングランドの王である!」
「……」「……」
一瞬の静寂が通り抜ける。
ルヴィアゼリッタとランサーは、敵同士でありながら同じ感情を抱いていた。
真名の開示は不要だと、あれほど言ったにも関わらず。
「ま、まあ……」
ルヴィアゼリッタは曖昧に言葉を濁す。
先程のやり取りを見る限り、遅かれ早かれバレていただろう。
セイバーもそれが解っていて、この場で名乗ったのかもしれない。
「業腹だが、名乗られた以上は、名乗り返すのが戦士の礼だ」
ランサーは、冷ややかな視線でセイバーを見上げながら、槍の石突を地面に打ちつけた。
「我はスカサハ――影の国の女王スカサハだ」
直後、大気が震え、ランサーの周囲で赤雷の如く魔力が爆ぜた。
「さあ仕切り直しだ。存分に死力を尽くし合おうぞ」
その宣言と共に、槍を大きく構え、鋭い穂先をセイバーへ向ける。
槍から漏れ出す濃密な魔力が、血煙のように揺らめいている。
ルヴィアゼリッタは、これより先は宝具の撃ち合いになると予感した。
宝具の連続使用に伴うセイバーへの魔力供給で、下手をすれば自身の命まで持っていかれ兼ねないと判断し、魔力を十全に練り上げる。
「……うん? どうしましたか、セイバー?」
すでに臨戦態勢へ入ったランサーとは対照的に、セイバーは棒立ちのままだった。
心なしか、その肩は小刻みに震えている。
「――これが、聖杯戦争か……!」
なぜか恍惚とした表情で、天を仰ぎながら呟くセイバー。
すると何か閃いたように、パッと無邪気な笑みをランサーへ向ける。
「なあ、戦闘は一旦止めにしないか?」
再び、その場に沈黙が流れるかと思いきや――
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
間髪入れずに、ルヴィアゼリッタの絶叫が響き渡った。
「まずはどうやって彼女に師事を仰ぐかだが……クソ、こんな時だというのに口説き文句が浮かばない……ああ、困った」
ああでもない、こうでもないと、セイバーは戦闘の最中そっち退けで、ぶつぶつと思案を巡らせ始めた。
「セイバー、貴方――」
その態度に堪忍袋の緒が切れた。
「一度ならず二度までも、躾のために使わせるつもりですか?」
ルヴィアゼリッタは、令呪の刻まれた右手を前に出した。
「ん? どうしたんだ、ニミュエさん――あ……」
心ここに在らずのセイバーだったが、突然従者の一人から掛けられた言葉で我に返った。
怒髪天のルヴィアゼリッタを前に、血の気の引いた表情を浮かべた。
「あ――いやいやいや違うんだ、ルヴィア。アルスター伝説は、アーサー王伝説の次に好きな物語なんだ! 影の国は、一つ間違っていたら追い求めていたかもしれないくらいには――」
狼狽えながら、苦し紛れの言い訳を重ねていく。
「そうだ! 昼間にジョエル・フリードキンと交わしたように、会食を設けて交流を深めよう! 聖杯戦争といえど、何も殺し合うだけでは味気な――」
と、その直後――
紅い光の雨が、セイバーの立つ屋上へ降り注いだ。
さながら面で制圧するように、無数に分裂したランサーの紅槍が絶え間なく浴びせられた。
着弾時には、金属を引き裂くような、けたたましい轟音が鳴り響き、建物があった場所は一瞬で更地になってしまった。
「過去の聖杯戦争において、セイバーは最優のクラスと聞いていたが」
ランサーは左右の手に、槍を一本ずつ携えたまま、ゆっくりと近づいてくる。
その姿からは、隠そうともしない殺気が滲み出ていた。
「蓋を開けてみれば、ただの腑抜けとはな」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
セイバーが慌てて弁明するも、すでに呆れを通り越して無表情となったランサーには届かない。
むしろ火に油を注ぐ行為でしかなかった。
「最早言葉は要らん。貴様はここで死ね、セイバー」
ルヴィアゼリッタは、ここが死地だと覚悟し、右手の令呪へ念じる。
「セイバー!! 全身全霊を以てランサーと戦いなさ――っ!?」
最後の言葉を口にしようとした時だった。
ガラスが割れるような音と共に、空を覆っていた結界の一部が砕けた。
そこから出てきた二つの影――
「ジョエル・フリードキン!?」
数時間前に、停戦協定を結んだはずの男が空から降ってきた。
その後を追うように、青黒い炎を纏った怪人の姿があった。