ジョエルVS幽鬼の男の続きです。
――幽鬼の男と交戦してから、一体どれくらい経っただろうか?
5分か10分か、あるいは15分を越えたかもしれない。
攻撃を『尻尾』で受け止めているとはいえ、サーヴァントの膂力は絶大で、殴り飛ばされたかと思えば、蹴り上げられ宙へと舞う――その繰り返し。
さながら洗濯機に放り込まれたかのように視界が乱回転し、自分が今どこにいるのかさえ把握できない。
いや、そんなことはどうでもいい。
今は目の前の攻撃を捌くことだけに集中しろ。
ただの五感で動くな。先にある悪意を読み取れ。
その対処を『これ』にさせればいい――。
「――っ!?」
空中で、もう何度目かもわからない蹴りを防いだ、その矢先だった。
ジョエルの頭が何かに触れた瞬間、突如として破砕音が鳴り響いた。
ガラスが割れたような音に、初めはどこかの建物の中に突っ込んだのかと思った。
だが、そうでない。
視界が捉えたそれは、空間そのものに走る無数の亀裂と、その中心に開いた黒い穴だった。
しかも己の身体は、なおも落下し続けている。
その時、ようやく自分がこの穴を突き破って中へ入ったのだと気付いた。
「ジョエル・フリードキン!?」
不意に聞こえた声に視線を向けると、昼間に協定を結んだセイバーのマスターが、遠方でこちらを見上げていた。
――なぜ、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトがいる?
さらに近くの屋上では、セイバーが剣を構え、長物を二本携えた女と対峙していた。
見る限り、セイバー陣営もどこぞの陣営と交戦中なのだろう。
『えすおーえすを、おくる?』
防戦一方の状況に見兼ねてか、ボイジャーが念話で話しかけてきた。
『……あいつらとは、停戦を結んだだけだ。手を貸す理由がない』
それに――、とジョエルは己へ注がれる視線から敵意の有無を探る。
『幸いにも両陣営とも、こちらと一戦交える気はないようだ』
『なら、にげる?』
『ここで背を向ければ、気が変わるかもしれない。助けを乞うより愚策だ』
逃げの一手しか取れない負傷した獲物を前に、三陣営が徒党を組む可能性もある。
そうか……。
ジョエルは、未だ攻撃の手を緩めない幽鬼の男へ舌を打った。
『こいつ、わざとここまで誘導したな』
『どういうこと?』
『このサーヴァントの目当てはお前だ』
『ぼく?』
霊体化しているとはいえ、首を傾げるボイジャーの様子が伝わってくるような反応だった。
ジョエルは、セナの家で幽鬼の男の接近に気付けなかった理由を話した。
気絶でもしない限り、ジョエルは常に外敵から向けられる悪意を感知し続けるため、満足に眠ることができない。
せいぜい、目を閉じて浅い眠りと覚醒を繰り返しながら休息を取るしかない。
しかし、奇襲の機会を窺っていた幽鬼の男を察知できず、代わりにサーヴァント同士の共感によって、ボイジャーだけがその接近に気付くことができた。
つまり悪意の矛先がボイジャーに向いていたので、自分が気付けなかったということになる。
だから、いつまでたってもサーヴァントを呼ばないジョエルに業を煮やした幽鬼の男は、他の陣営が戦闘していた区域へ追い込んで、ボイジャーを呼ばせようとしたのではないか。
『じゃあ、ぼくがでれば、かえってくれるのかしら?』
『どうだろうな。そもそも、なにが狙いなのか分からない』
単純にボイジャーを倒したいだけならば、それこそ自分を殺して芋づる式に消滅させればいい。
目的を予想するなら、マスター権を奪うことや、生前の怨恨などだろうか。
ボイジャー自身に生前というものがあるのかどうか分からないが、何らかの因縁があったのか――いずれにせよ情報が少なすぎる。
『じゃあ、どうするの?』
『――手の内を読まれる前に、こちらで仕留める』
どのみち、こんな四つ巴の状態では退路と呼べるものはなく、眼前のサーヴァントを殺さなければ先はないのだから。