ジョエルはボイジャーを待機させたまま、攻勢に出ることを決めた。
幽鬼の男から伝わる敵意を読み取り、次の攻撃へ移ろうとした瞬間、ジョエルは自身のコートに魔力を送り込んで放り投げた。
宙に舞ったコートは幽鬼の男の眼前で大きく広がり、ジョエルの姿を完全に覆い隠した。
「むっ――」
何を仕掛けてくるのかと警戒する幽鬼の男だったが、広がったコートの中央が不自然に盛り上がったのを見て目を細める。
次の瞬間、コートを貫き、刀剣のように鋭い尻尾の先が突き出てきた。
「小賢しい!」
サーヴァント相手に、この程度の小細工が通じるものかと言わんばかりに吐き捨てた。
己の身体に更なる負荷をかけて、一気に三倍の速度で接敵する。
「なにっ!?」
ジョエルの背後に回り込んだところで、幽鬼の男は驚愕した。
止めの一撃を与えんと振り上げた手の先で、すでにジョエルが待ち構えていた。
重量感のある無骨な火器を片手で持ちながら、銃口がまっすぐこちらへ向けられている。
狙いは自身の胸部――つまりサーヴァントの急所ともいえる霊核が収められている場所である。
もちろん現代兵器がサーヴァントに通用しないのは百も承知だが、銃を握るジョエルの手には、あの尻尾と同じサーヴァントをも殺しうる呪いが帯びていた。
その力が込められた弾丸で、霊核を撃ち抜かれれば消滅は免れない。
ドパン――という銃声とともに放たれた弾丸は、音速を超える勢いで迫る。
対して幽鬼の男は、止めの一撃を繰り出そうとしていた手で、やむを得ず弾丸を弾いた。
「んっ?!」
防いだ手には、想定していたはずの呪いが伝わってこない。
この認識の齟齬が、肉体を持つ者なら人間であろうとサーヴァントであろうと避けられない身体硬直を生んだ。
加えて、無理やり攻撃を防御へ転じたために、態勢を大きく崩してしまった。
「こいつ……!」
あの目くらましも、この銃弾も全てブラフか!!
幽鬼の男が忌々しげに睨むと、すでにジョエルは銃を手放していて、その背後にはこちらを貫かんと狙いを定めた――あの尻尾が見えた。
「――取った」
「がっ!??」
渾身の一撃を放ったはずのジョエルは、次の瞬間には地面へ転がっていた。
――何が起きた? いや、何をされた?
視界は乱れ、思考が上手く定まらず、手足が痺れて起き上がれない。
遅れて、側頭部を貫くような痛みに気付き、今の状態が典型的な脳震盪だと察する。
頭の中からボイジャーの呼ぶ声が響くが、何を言っているのか分からない。
「俺に、ここまでさせるとはな……」
殺気を帯びた声に視線を向けると、幽鬼の男が怒りを露わにしながら、こちらへ近づいてくる。
「認めよう、ジョエル・フリードキン――もう貴様を見誤らない! さあ、死にたくなければサーヴァントを呼ぶがいい!!」
勝利を確信し、高らかに宣言する。
ジョエルは、震える身体を無理やり起こそうとするも、骨折している左腕では身体を支えられず、そのまま顔から地面へ崩れ落ちた。
――動け動け動け動け動け動け……動けなければ、死ぬっ!!!
しかし、いくら身体に訴えかけても、思うように動かない。
生存本能がそうさせているのか、他の音は遠のき、地面を蹴る音が鮮明に耳へ届く。
「……なんだと?」
訝しげな声が聞こえ、重い顔を上げると、幽鬼の男が足を止めていた。
しかもその視線は、自分ではなく遥か上空へと向けられていた。
敵意が自分から逸れたのを感じ、つられてジョエルも見上げる。
「なん……だ、あれ……は……」
上空には、人影がひとつ――。
それは金色の風が吹き荒れる中心で浮遊している。
「サーヴァント……なのか?」
徐々に焦点が合い始め、視界が明瞭になってくる。
ボイジャーではない。
セイバーでもない。
あの長物使いの女でもない。
――新たなサーヴァント。