勉強しかり運動しかり、自身がやりたいと思って就いた仕事であってもあらゆる意味で苦痛は付き纏う。
いかに人生を良く生きるか、そこには忍耐と理知的な思考が必要なのは誰もが理解する所では在るが結局の所現状維持に甘えるのが人間の特性で在ることは実感して新しい。
愚痴を言いながら仕事することに飽きたのであれば本書が役にたつだろう。苦痛を受け入れて甘えを捨てよ。恐怖に耐えるその姿にこそ勇気の熱い光が灯るのである。
約200万年前、ホモサピエンスが誕生してから長い間、我々人類は狩猟を行ってきた。農業が始まったのはつい1万年前のことであり、科学や産業の急激な発展は150年前の事。短期間で電子的な娯楽が発展した事を一つの原因とし、私達の脳は狩猟するホモサピエンスとしての認知と現代的な人間との内に無意識のズレが生じている。
飽食の時代とあるにも関わらず昔の様に食べ物が無いと思っているから肥満となり、SNSの発展で噂や周りの意見が嫌に目に付く。1日の殆どを椅子に座り過ごしながら夜なのに電気を付けて働き続けるのはホモサピエンス時代には無かった変化である。
私達の脳は感情を作り出す事で自身の命を守っている。危険な生物が近くにいる時に不安や恐怖の感情に襲われるのは生き延びるための最善の方法を取る為に創り出される道具である事は、事実として脳にとっては楽しさや幸せ不安恐怖と言うものは対して重要ではないものであると言わざるをえない。
自身が自然の中で生き延びるために最適な感情をその時々で創り出しているのであれば、現代の環境や生活はホモサピエンスとして発展した脳への負担が大きく、時々によっては脳は誤作動を起こす。恐怖や不安があるからこそ人類は生き延び発展して来たとは言え、この脳の誤作動が日本人の年間自殺者数3万人と言う過去に例を見ない程の国民病を発症させるに至っている事を考えれば、現代において恐怖や不安は生き延びると言う目標のためには寧ろ邪魔にさえなっている様に思える。
現代の人類に外敵は居ないのだ。それ故に同じグループである筈の人類が個人の外敵の様な存在となっている。
日本は病んでいる。精神的な苦しみは肉体の健全さを損なうがその原因が食事、睡眠、運動の不足である事を知っていても多くの場合、理由を付けて現状維持に励む。つまりは今までの日常を変えようとせずに日々を過ごしていく。
断食には怠惰に日常を過ごす私達の認識を改善する効果がある。単純な話食べなければ死ぬからであり死ぬ思いをしたならば行動も精神も変化する。断食中には空腹を満たすために運動への意欲が高まる。ホモサピエンス時代では歩き回って獲物を探し、獲物を得られなければ空腹は満たせなかったからである。断食2日目程で睡眠が改善される。体のエネルギー生産がケトン体主体となり無駄なエネルギーを消費しないために日が沈めば眠くなり、深い水底へ沈む様に睡眠は深くなる。断食期間の内に怠惰は払拭され忍耐強くなり目の前の物事に集中し易くなる。
全て自然環境の中で動き回る獲物を探して刈り取る為の変化で、断食は現代の人間をホモサピエンス時代の原人へと立ち戻るきっかけを与えてくれる。そしてこれは退化ではない。無駄なものが溢れ、取捨選択出来ない人間が多い中で自分に必要なものを改めて見返し、過去未来から来る悩みや苦しみから解放される為のある種、瞑想的とも言える儀式なのである。
本断食を3日とし合計1週間の断食プログラムは生きる為に最低限必要な栄養素や食事の方法を教えてくれる。つまりは糖質を減らし、脂質を主とした生活の仕方は私達の脳や腸の健康を維持し、精神不安や睡眠障害を解決し鬱を軽減する。精神の居場所が脳に在るのであれば脳内物質の変化に寄る精神の変容が起こるのは想像に難く無い。
断食は2日の減食期間と3日間の本断食、2日間の復食期間に分けられる。減食期間では通常の食事量の半分で消化に良いものを食べる。3食を1食にするか3食のままに食事量を減量する。水分摂取は水と塩のみで行う。
本断食期間は水と塩のみを摂取する。水分は1日2L以上を目安とするが水を取り過ぎると血中の電解質が薄まり身体に異常をきたす為に大量に取るべきでは無い。
復食期間は暖かい甘酒を1日の食事に1度加えて、1日一食キャベツや大根などの生食できる野菜を僅かな味噌や塩で食べる。次第に食事量を増やしていき、通常の食事量に戻るのは更に3日後である。断言するが復食期間が最も辛い。これは体内の糖質が欠如している中で食事によって糖質が体内に入ると急激な空腹感に襲われる為で、本断食中の空腹感とは別のものと言わざるを得ない。急激な血糖値の上昇は私たちの理性を破壊する。しかし、これは断食をしたから起こった反応では無い。
私たちは食事を行う度に、甘いものを摂取する度に同様の反応が体内で起こっているのだ。飢餓状態でないと気付けない変化の一つであり、甘いもの所謂糖質がどれだけ身体に悪影響を与えているのかを実感できるだろう。
私たちは火急の事態に陥らなければ改善をしようとしない。痛くなければ覚えない。そういった意味で年に一度の1週間の断食プログラムは自身に死なない程度の痛みを与え、正しい栄養学の知識と足るを知る事の一助となる。娯楽としてラーメンは食べるが、ラーメンは食事足り得ない。娯楽は人生の彩りに必要なものでは在るが、生きる為には必要の無いもので在る。その事を経験として知らなければ、節約といってカップ麺を啜る事の愚かさに永遠に気付くことが出来ないのだ。
生きる為には食事が必要だ。食事とは栄養であり、満腹とは関係がない。安い牛丼を貧乏な食事だと自傷しながら食べるよりも同金額の野菜と健康な油を摂取した方が栄養価が高い。先ずは自身の愚かさを見つけることが自分の人生を生きる事の始まりと言える。
現代人は病に侵されている。食事だけでなくインターネットや電気に至るあらゆる事に断食が必要なのである。寝て、正しい食事をして運動をする。難しいことでは無いが実行している人は少ない。下らない動画を見て何にも社会の役に立たない情報を自慢げにひけらかすのでは無く、自分の人生をより良くする為の勉強を毎日、ほんの少しでもする事がなぜ出来ないのか。
と母に叱咤された2024年19歳大学生の春休み。
母ちゃんに理論的に理詰めされるのが辛れぇわ。学生だもの。