都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ   作:すかすかのタキ

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第一部
ゼンゼ様はいつでもどこでも無表情。ただし、戯れている時は天使


 

「うわーっ! なんだこのちっこいおねーちゃん!?」

 

「髪の毛! 髪の毛がとんでもなくなげー!」

 

 小柄にして童顔。肩から腰までをすっぽり覆う、宵のような葵いボレロ。思考も感情も伺わせない、月の如くに静かな瞳。見た目だけで判断すれば、彼女は十代半ば頃の、儚くミステリアスな美少女である。

 

 しかしてその実態は、世界で五十名しかいないという栄えある一級魔法使い。大隊の一つや二つ軽々壊滅させてしまう、恐るべき域にある攻防一体の武闘型。

 

 そして、三年にたった一度だけしか開かれない、潜るに余りに狭き門───一級魔法使い試験。

 その試験官を務めるのは、今年で既に五回目となる。

 

 つまりは最低十五年。一級として、北の最前線を十五年以上生き抜いている修羅にして、何処に出しても問題無しな合法ロリっ娘でもあるのだが───

 

「おっもしれー! ひっぱってやろうぜー!」

「踏んだら転んじゃうんじゃねーの?」

「試しちゃえ試しちゃえー!」 

 

「………ぐむむむむむむむむ」

 

 ともかくそれは置いといて。

 

 良く言うのなら、豊かで流麗。

 悪く言うならもっさり感が残念な。  

 

 全身覆うように伸ばされた、茅色の髪こそが彼女を彼女たらしめるトレードマーク。

 

 自称『平和主義者』の魔法使いゼンゼ女史は今、俗世へ彷徨い出たことで心が激しい後悔に。

 

 そして、無邪気で残酷な悪ガキ集団へと向かう、絶対に発散させることの許されない殺意の衝動に襲われていた。

 

 

 ああ、何がどうしてこんなことになったのか───彼女はしばし目を瞑り、ろくでもないことばかりであったこの一週間を回想する。そう、ことの始まりは一級魔法使い試験一次試験。あれは本当に、何ら責任を背負っていない始まりの時だけは、本当に大変素晴らしかったのだ。

 

 魔法都市オイサースト。わたしの生きる職場にして、いささか人の多すぎる猥雑な都会。会場はそこより遥か切り離された、森の中の豊かな湖畔。

 

 北国では短い期間しか味わえない、温かな陽と柔い風。鳥達の、無垢で清らかな歌い声。木々の揺らめき、花の香り。厳かですらある、小さな川のせせらぐ音。それら全てが織り成していく、大自然のハーモニー。

 

 ああ、なんて心地がいいのだろう。ただ森を、自分の足でマイペースにのんびり歩く。それだけで、疲れた心が見る見る解きほぐされていく。今わたしの心身は、春という春に存分に浸りきらせてもらってる。

 

 やがて辿り着いたのは、試験区域全体を見下ろせる崖の上。わたしはそこに陣取ると、愛用の椅子とテーブル一式を浮遊魔法で優雅に設置。ゲナウよ、君は最高だ。素晴らしい環境を選んでくれて感謝する。試験終了までの四十八時間、豊かで清浄な時を存分楽しませてもらうことにしよう。

 

 …これで合格条件が、隕鉄鳥の捕獲と試験終了時までの保護でさえなくば。

 

 小さく気配が掴み難く。

 魔力の熾りにも敏感で、察知次第即座に逃亡してしまう。

 

 その上に、竜の如き硬度を以って音速以上で飛行する───脅威の生物隕鉄鳥の捕獲。

 

 余程の強運か、相性のいい魔法の保持か。でなければ極めて高度な戦略性が要る以上、全パーティーが成し遂げるのはまず不可能。

 

 即ち、受験者同士での奪い合い。

 対人戦が巻き起こる仕様でさえなくば。

 

 はあ、嫌だ嫌だ。

 

 無論一級として生きることが、とてつもなく過酷であることは承知だよ。

 

 今を生きる伝説にして、神代の時の大魔法使いゼーリエ様。あの方から望む魔法を与えられ、更に弟子として直々に指導までもが受けられる。

 

 けれど、その特権と引き換えに───。時として、二級以下では九割九分が殺される、恐るべき化け物との戦いにも駆り出されることとなる。

 

 魔法の研鑽。それだけに数百年をも費やして、尚も飽き足りていない大魔族。

 組織にも国家にも属さない、闇に蠢く武の達人。

 イメージの方向性すら測れない。夢想と現実の狭間で生きる、理解不能の魔法狂人。

 

 そんな連中と、先陣切って衝突する。

 魔族の残党跋扈する、戦火の絶えない北の大地の希望となる。

 

 それが義務として課される以上───死と隣り合わせの試練でも、当然の顔で乗り越える。

 それくらいでいてもらわねば、我らの領域に踏み込むべきなど断じてない。

 

 …ってそれは分かってるんだけどさ~。理屈では分かってるんだけどさ~。

 どうしてこのロケーションで、わたしを平和主義者と知っていながらも殺し合いなんて起こすかな~。

 

 鳥の歌が阿鼻叫喚で潰されて、花の香りが死臭と血臭で塗り替えられる。

 

 嫌だ嫌だ、想像すらもしたくない!

 

 前言を撤回する。ゲナウよ、やっぱり君は最低だ。七三ポマード中年め、今後君のことは似非エルヴ●ンと呼んでやる。わたしの心の中でだけだけど。

 

 そうだ。もういっそ隕鉄鳥なんて、どのパーティーも見つけられなければいい。今年は一次試験でみんな漏れなく不合格。受験者全五十七名、全員仲良くキャンプして、三年後にまた受験し直す。素晴らしい。間違いない。それこそがこの美しい自然の中で、最もあるべき理想の平和の形なんだ。

 

「───おいゼンゼ。万が一結界に綻びでもあったら敵わんからな。俺は下まで、見回りに行って来る」

 

「ん、ああ」 

 

 ぼんやりと妄想に耽っていたら、ゲナウがふとそんなことを言い出して崖の淵から飛び降りた。

 

 そのまま流れるようにして飛行魔法を発動、あっという間に試験区域の内外を隔てる結界外郭にまで飛んで行く。

 

 やれやれ、お堅くて勤勉なことだね。よりにもよってゼーリエ様が、そのような下らないミスを犯す筈もなかろうに。

 

 ───けれどまあ、ちょうどいいか。

 

 ゲナウが席を外してから間もなく。

 

 見渡すと、周囲の森の中からちょこちょこと。

 

 リスが。ウサギが。まだまだあどけない小鹿の群れが。

 みなが探し求めてる、件の隕鉄鳥までもが。

 

 持ち込んだ椅子に腰掛けて、静かに佇んでいたわたしの傍に次から次へと集まってきた。

 

 ふふふふふ、どうだい見たかい羨ましかい。

 

 わたしが専門としてるのは、髪の毛の強化や操作に関する魔法だと、同僚達には思われているようだけど。

 

 実のところ最も得意としてるのは、この通り溢れる魔力の完全遮断。

 そしてその副産物である、動物さんからの警戒を完全に解いてみせるという技なのさ!

 

 ってコラコラあはははは! 鹿さんよ、何という無邪気ゆえの不躾けだ! 気になっちゃうのは分かるけど、髪の毛をはむはむ口に含まないでくれたまえ! リスさんもウサギさんも! スカートの中に入り込むのはもっといけない!

 

 まったくもう。わたしは人前では笑わないのをポリシーとした女なのに。くすぐったくて、はしたないほど大笑いしちゃったではないか。ゲナウのバカに見られてしまったらどうするんだい。恥ずかしすぎて自害を選びかねないよ。

 

 こうなれば、わたしが滞在していられる四十八時間。

 麗しきレディに対す紳士的接し方というものを、君達へ手取り足取りレクチャーしてあげるとしよう─── 

 

 

 ここまでの、グローブ盆地に来てからのゼンゼであるが、『ん、ああ』以外には一言も、言葉なんて発していない。表情も、ぼんやりとして胡乱げなまま。持ち込んだ椅子に、如何にも大儀そうに腰掛けて、人差し指の一本ですら動かしたのかどうか疑わしい。

 

 しかしてその実態は、受験者達が死線を背にし命を賭けた戦いを繰り広げてるのをガン無視し、全力でソロキャンを楽しんでいた無慈悲なコミュ障であることは、極々一部の同僚以外予想もし得ない事実である。

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