都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ   作:すかすかのタキ

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間章:その頃ゲナウは②~もう付き合っちゃえよ! という何処ぞのおっさんの叫びがした~

 ───そうして何事もなく調査を終え、オイサーストの魔法協会支部にまで戻りついたゲナウ一級魔法使いは、

 

「きゃっ…!?」「うおっ!?」「ひ…!」

 

 いつもの冷淡さは何処へやら。眉間に皺を寄せ、全身から不機嫌のオーラを噴き上がらせて、すれ違う協会職員を怖がらせながらずんずんずんと早歩きで廊下を進み、やがて私室の前へと辿り着いた彼は乱暴に音を立てて扉を開き入りざまにすぐ施錠。よく磨かれた窓と、ほこり一つ落ちてない絨毯。用途や属性によって分類された魔導書専用の本棚。彼のトレードマークとすら言える、ポマードで一部の隙もなくぴっちり撫でつけられた七三ヘアー、それをそのまま反映させたかのような、神経質なまでに整頓された居室である。彼はそこに入るや否や、何と一級のみ身に付けることを許された深い藍色の制服を、びりびりと破り捨てんばかりの勢いでベッドの上へと脱ぎ捨てた。さっきの廊下での振る舞いは、まだまだ抑えられたものであったらしい。普段の沈着冷静な彼しか知らなくば、驚くどころか軽い恐慌状態にすらなりかねない激しい苛立ち振りである。勢いを減じさせないままい椅子を引き、ゲナウは愛用のデスクへ就く。そして右手にペンを持つと、羊皮紙へと向け「ほんっとうにあのバカは!!」と叫びながらギリギリばれない程度に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ───ああ糞が。ゼンゼのやつめ。あの厄病神に絡みつかれて以来、俺の一級としての人生は豪雨の後の急流にうっかり転げ落ちてしまったというくらい予測不能にして制御不能の方向へ流れ続けてしまってる。

 

 一部とはいえ、虚偽混じりの報告書を書いているのだ。まずいことをしているという自覚はある。罪悪感も当然ある。だがゲナウの手は止まらない。ついでにレポートを埋めるほど、彼の脳裏にはゼンゼとの苦渋の歴史が再生される。

 

 ───そう。迷走の始まりは、やつが一級として始めての任務に出た時だ。

 

 面倒見に組まされた俺は、戦闘で足を引っ張りさえしなければコミュ障だろうと口下手だろうと他のことはどうでもよかった。凶暴な魔物の群れに付け狙われていた、北側諸国のとある村。そこに到着してすぐに、やつが群れの一部をあっさり薙ぎ払ってしまったのが悪かった。撤退していく魔物共と、まだまだ事態は収拾していないのに『英雄の到着だ』と熱狂する村人達。だがやつは、いくら戦闘力が高かろうとどうしようもなく人見知りでコミュ障だ。ハイテンションで讃えてくる村人達に囲まれて『あ、あ、あ…』と彫像の如く固まった。現場の細かい情報を聞く必要もあったし、埒が明かなそうなので適当に助け船を出してやった。のであるが、良かれと思ったその行いこそ、我が人生最大にして最深の落とし穴だった。そう、やつは重度の人見知りにして、一度『いい』と思った相手にはプロセス全抜きで十年来の親友のノリになる、距離感のおかしいコミュ障でもあったのだ。任務を終えて、オイサーストへ帰ってからすぐの話だ。『ふふふ、どうだいゲナウ。初陣なのに、わたしの働きは見事なものであったろう。有能な新人を労う為に何をすべきか、君であれば当然分かっている筈だよね?』と、あの頭髪で拘束されてずるずるずるずる引っぱられ強引にディナーを奢らされた。しかも高級。これだけでもう、女だろうが小柄だろうが関係なしに頭をぶん殴ってやりたいくらい腹立たしいのだが、更に蹴りまで加えたくなったのはあれでテーブルマナーに関しては完璧すぎるほどに完璧という事実なのだ。ほんの半日前、俺が制御してやらなかったら魔物を村ごと消し飛ばしかねなかった暴力性は何だったんだ。どうして給仕に対する振る舞いは、生粋の貴族並みに優雅なんだ。実はいいとこの育ちなのか。没落貴族の令嬢なのか。何より一番ぶん殴りたいのは、一瞬見惚れてしまった俺自身だよ。ギャップとはげに恐ろしいものだ。それ以後も完全に目をつけられてしまい、事あるごとにゼーリエののろけに突き合わされるわ魔法の偉大さを説かれるわゼーリエっぽい傲岸で威厳ある口調の練習に突き合わされるわでもう俺の人生は無茶苦茶だ。百合云々は知らないが、そんなに好きならさっさと自分の口で伝えろコミュ障が。

 

 ゲナウの脳内では、ゼンゼの傍若無人に関する愚痴が留まることなく噴き上がる。しかしまだまだ、こんなのは序の口であった。レポートを隙間なく埋めていくペンの動きに負けんとばかりに悪口は際限なく溢れに溢れ大河の如き流れとなる。

 

 ああ畜生。書けば書くほど次から次へ、嫌な記憶が蘇ってくる。やつめ、寝坊で遅刻するだけならば、一人で勝手にやってるがいい。だが寝癖だらけで協会にやって来て、あの長すぎる髪の手入れを俺に手伝わせるのはどうなんだ。貴様一応女だろうが。女扱いしたくはないが、そんな簡単に男に髪を触らせるな。世界にはお前の想像にも及ばないハイレベルな変態が数多くいるんだぞ危なっかしくて仕方がないわ。周りの生温い目にも気付け。貴様みたいな鈍感は平気でも俺は羞恥で耐えられん。それからオンでは研ぎ澄まされた芸術的テーブルマナーを見せる癖に、オフでは読書しながらクッキーを髪で口まで運ぶという圧倒的下品ぶりもどうにかしろ。汚れた毛先を俺のハンカチで拭かせるな。マジで女としての誇りはないのか。しかもプレーンでなくてジャムクッキー! どろ甘のやつがたっぷり塗り付けられたジャムクッキー! 知らずに触れて俺の指もハンカチもベッタベタになったんだぞあの不愉快さを貴様も味わってみろ自堕落が! 人の魔法を見て『ぷーwww 黒い翼てww 七三なのに中二wwww』とか指を差して噴出もするな! 元はといえばお前が敬愛するゼーリエから授かった魔法だぞつまりお前は間接的にゼーリエまでをも中二と嘲笑ったんだぞそんなことにも気が付かないとは頭がおめでたすぎないか頭髪が重すぎて脳の働きが減衰してるんじゃあるまいか寝ている野良猫を撫でようとして逆に腕を引っ掻かれて半泣きになってるところを何も言わずに消毒してやった恩義すらも忘れたか恩を仇で返すのは人として最も恥ずべき行為の一つであるとも知らんのか。ああ、動物といえば先日の、一次試験の一件もだ。ゼンゼよ、貴様は隠し通せてる気でいたようだが、『森の動物さん達と、ハーレムプレイでイチャイチャイチャイチャ戯れたい。でもさすがに、ゼーリエ様の如くクールで威厳あるよう務めてるわたしがそれを他人に見られるのは恥ずかしい』とか思っているのがバレバレだったぞ? ガキみたいにそわそわしおって。だから俺が、必要もないのに『結界の様子を見てくる』なんて見え透いた嘘をついてまで席を外してやったというのに貴様は! 貴様という女は! どうしてキャンプに帰ってみたら、シカやらウサギやらの集団に囲まれてぐーすか昼寝してやがるんだ! 見られたくないんじゃなかったんかい! 幸せそうによだれまで垂らしおってからに、可愛くて思わずよからぬことを───いや違う。断じて俺は、あんな合法ロリ相手に、そんな狂った感情など覚えていない。そう、俺はやつにムカついたのだ。ムカついて今度こそボコボコに殴ってやりたくなったから、さすがにまずいと改めて距離を取り精神的に落ち着くまで結界の隅っこでひたすら瞑想を続けたのだ。あのような、動物としかまともな友好関係を築けない社会不適合のコミュ障は、このまま森の奥底で妖精的な存在として豊かな一生を終えるがいいと繰り返し皮肉と罵倒を送ってたのだ。そう。何度も何度も繰り返し言ったが、ゼンゼのやつは人との距離感がおかしいどうしようもなく筋金入りのコミュ障だ。だから、くだらないことでは平気で人を振り回すのに肝心な時───お前の好きな森の自然を守る為、図太くて吝嗇な財務連中に資金を追加するよう説得する。そういう口下手コミュ障には致命的に向かないことを、意地を張って一人でやり遂げようとしてしまうのだ。ああもう畜生が。そんな姿を見せられては、こちらも同僚として手伝ってやらざるを得ないのだとどうして分かってくれないのか。腹立たしい腹立たしい腹立たしい。あのバカは当然として、バカを助ける為だけにたった一時間でレポートを仕上げてしまった自分自身が腹立たしい。

 

 ───とにかくだ。俺は今回のレポートに『グローブ盆地に生息する、捕えた獲物を餌にして更に獲物を呼び寄せる習性を持つ、鳥型の魔物に異常行動あり。凶暴性が増し、盆地周辺から行動範囲が広がっているように見受けられる』と、一部虚偽のある報告を書いてやった。

 

 もちろん虚偽なので、調査部の連中がグローブ盆地に入っても異常は何も発見されない。魔物の異常行動は受験者同士の対人戦による刺激か、或いは結界に閉じ込められていたストレスによる一時的なものとでも判断される。

 

 だがそこに、ゼンゼのやつが。

 

 不器用であれ、しどろもどろであれ。一級魔法使いであるやつが、グローブ盆地のケアの為に資金を出してもらいたいと具申したらどうだろう?

 

 決して大きなものではないかもしれん。だが調査部には、同じ一級である俺の報告も兼ね合わせて確実に『やはりグローブ盆地には、何らかの害ある異変が起こっている』『可能な限り、試験で荒らされる前の状態に戻すべき』という意識は植え付けられる。

 

 表面的には異常が見つからなかろうと、お前の望む通りある程度支出の増加は考えざるを得なくなる。

 

 …もっとも、俺がしてやれるのはここまでだ。虚偽を重ね、自分の立場をまずくしたくはないからな。これ以上の関与はしない。

 

 ゼンゼよ。その『ある程度』がどれだけの額になるのかは。

 

 ここからはお前の口と、熱量だけに懸かっているのだからな。

 

 

 

 ───そうして彼はペンを置く。脳を酷使して、仕事を一気に終わらせた反動だろう。急激に増してきた睡眠欲に抗えず、彼はしばし仮眠をとることにした。

 

 レポートを汚すことのないよう引き出しの中に仕舞い込む。執務机に突っ伏して目を閉じる。

 

 秒を待たず、あっという間に深い眠りの中へと落ちていく。

 

 彼はその中で、これから数日後に起こることが分かりきってる夢を見た。

 

 半泣きの小柄な女が、長い髪を操って自分の全身を縛り上げ『頼むようゲナウ! 君はわたしが、極度の人見知りコミュ障だって理解している筈だろう!? 知ってる人が傍にいなきゃ、怖くて何も喋れない!』と、こっちの意思を全無視し、ずるずるずるずる強引に引きずって進む夢。

 

 悪夢である。客観的に考えれば、仰ぎ見ようと俯瞰しようと、三百六十度どの角度から観察しようと紛れもない悪夢である。

 

 だが、仮眠から目覚めた彼の気分は、どういう訳か全く悪いものではなかった。

 

 ───いいや。悪いどころかこれはどちらかと言えば。

 

 その事実だけは、断固として認められず。

 

 彼は数日間、途切れることなく不機嫌オーラを滲ませ続け、協会の職員達を怯えさせながら働くこととなったのである。

 

 

 

 ───さて一方。

 

 一級魔法使い試験二次試験官として、『零落の王墓』最深部にまで潜っていった件のゼンゼ女史であるが彼女は今。

 

(うにょわわわわわわわわわわわにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんだこれ、人生で味わったことのない新感覚うううううううう!!?)

 

 伝説の大魔法使いフリーレンの逆鱗に触れ、触れたらいけない領域を余すことなくまさぐられてしまっていた。

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