都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ 作:すかすかのタキ
一級魔法使い試験二次試験の舞台にして未踏破ダンジョン『零落の王墓』。その最深部へと通じる大門一歩手前にある大広間。
現時点でここまで辿り着いている受験者達全六名───デンケン。リヒター。ラオフェン。メトーデら四名は、今得られている情報を元にして、フリーレンの複製体をどう攻略すべきなのか、話し合いを始めている。
一方で残り二名。お母さん属性の強すぎるフェルンといえば、メトーデにふらふら誘惑されていきそうなフリーレンを見て完全に警戒スイッチがオン。メトーデから奪い取って抱きしめて、一歩離れたところから『むむー…!』と不機嫌丸出しで威嚇している。
尚、後ろから全力で抱き寄せられた為、フリーレンの背中にはフェルンのたわわに実った美巨乳が思い切り衝突。おっぱいが、ぼよんぼよんと力強く躍動した。
そして、たまたま彼女らの左右に陣取っていた男性陣───デンケンとリヒターの瞳には、おっぱいがぼよんぼよんと弾ける様が、不意打ちでもろに焼き付いてしまっていた。現在、この広間で受験者の男女比は二対四。つまり圧倒的に、女性陣優位の状況と言っていい。
ここで動揺を露わにすることは、即ち彼女らからの軽蔑をたった二人で買い占めて以後の連携に大いに支障をきたすという意味である。
よって両名は、一級試験合格の為に全身全霊で男性的な反応を押し殺し、コピーレン打倒会議へと向けて意識を集中するしかない。師匠もアレだが弟子も弟子で、どうにもこうにもたちの悪い無自覚属性持ちだった。
ついでに微妙な違和感を感じ取ったラオフェンの『?』という純粋無垢な瞳がざくざくざくざく野郎二人に突き刺さる。首を傾げ、右人差し指を唇に充てた幼い仕草。それがまた罪悪感を呼び寄せて、どすどすどすどす突き刺さる。恐るべき孫パワーにして、地獄的にいたたまれない状況である。
頑張れみんなのおじいちゃん。男として、色んな意味でまだまだ燃え盛っているおじいちゃん。妻への純愛を貫いてくれ。
───さて、あれこれと前置きが長くなってしまったが。
結局今がどういう状況なのかと問われると。
(あひゃああああああああああああ無理無理無理無理くすぐったいくすぐったいくすぐったくて気持ち悪くて新感覚すぎておぞましい! わたし今、絶対アヘ顔しちゃってる! 一級として、毅然とした態度で振る舞わなくちゃならない受験者達の目の前で! 表情ごと封じられてなかったら、絶対惨めで無様なアヘ顔晒しちゃってるよおおおおおおおおおお!)
そう。ゼンゼ女史はフリーレンの深奥を無許可で探ろうとしたことにより、当然の如く彼女の逆鱗にも触れていた。
そして、探知の為に利用したラインは、抵抗の暇もなくあっさりと、フリーレンという達人中の達人に手に強奪される。強奪されたラインを通し、一秒後には肉体の動きを。二秒後には言葉を、三秒後には魔法の使用に至るまで。ゼンゼ女史のありとあらゆる行動は、桁外れの技術によって完全封殺されたのだ。
同族にして先達である、大魔法使いゼーリエの弟子でもあるゼンゼ一級魔法使い。彼女は何故、誰にも見て取れぬよう制限している筈の自分の魔力を探ろうとしたのだろう? 探った結果、何をするつもりだったのだろう?
それを知り、その処遇を決める為。
表層から奥底に至るまで、精神領域全体をフリーレンの手で好き勝手にまさぐられてる真っ最中なのである。
ゼンゼ女史、彼女は一級魔法使いとして多くの修羅場を潜り抜けてきた紛れもない女傑であるのだが、うっかり手を出した相手が悪すぎた。見た目に反してそこそこ長い人生中、最大最悪のピンチである。しかし、今ここに集っているのは他でもない、一級魔法使いの卵達。一次試験を勝ち残り、例年ならば二次試験も突破目前にしているだろう猛者共だ。ならば、五人の内一人くらい、ゼンゼの異変に気付いてくれてもよさそうなものではないか。
検証しよう。まず、変態でか女ことメトーデであるが、彼女はコピーレン対策を練りつつもフェルンに邪な思いを抱き、フェルンは愛しきフリーレンをかどかわそうとするメトーデ相手に引き続き警戒体制のまま。
『あらあら☆☆☆』と『がるるるる…!』の応酬だ。火花を散らす痴女と魔獣。互いに互いしか目に映っておらず、気が付いてくれる様子はない。
では、デンケンとリヒター。年齢的にも成熟した、男性陣二名に期待を持てはしないだろうか。
「なあなあ、爺さん達。さっきから、ちょっぴり様子がおかしくないか? 悩みがあるんならわたしが聞くよ?」
「い、いや、これはじゃな…!」
「やめろ! ダンジョンから帰ったら、俺もドーナツ奢ってやるから! だから今は、お願いだから俺達から、少し距離を取ってくれ!」
ダメだった。無知かつマイペースなラオフェンが、こういう時に限って気を利かせ、二人にちょこまか纏わりついている。
デンケンもリヒターも、自身の男性的反応を誤魔化し抜くのに必死すぎて、異変に気付く様子は全くなし。前回回想された、ゲナウ一級魔法使いのぐちゃぐちゃな日常。あの悪辣かつ好き勝手な振る舞いの代償が、ここで一気に返ってきているとでもいうのだろうか。無音の悲鳴は誰にも届かず、ゼンゼは葬送の裁定をただただ座して待つのみなのであった。
彼女は思う。ああもうダメだ、殺される。わたしの腕じゃ何をしたって逃げられない。試験中止を宣言する為に、覚悟を決める為に絶対必要な過程であって、悪意や害意はなかったなんてそんな言い分は通じない。絶対確実に間違いなく、わたしはフリーレンさんによって殺される。
だってわたし、いくら心の中でだけといえ、ゼーリエ様と比較して、フリーレンさんの悪口をいっぱいぶちまけちゃったもの。最初にこの人と、一緒にダンジョンへ潜ろうと決めた時。物静かで穏やかで、その上同じ合法ロリ属性持ちの女の子。だから、コミュ障なわたしでも、似た者同士で友人になれるかも。そう感じたことに、嘘偽りは一切ない。だが、それ以前にあなたに下した評価が、あまりに人道に外れすぎてしまってた。
ええと、具体的には何て言ったっけ。思い出せ思い出せ。最初は確か『ゼーリエ様の方が遥か上! フリーレンさんなんてミジンコ同然!』。それから連続して『ただのザコ』『メスガキばばあ』。ついさっきの『害悪な無自覚系最強主人公』。
んああああああああああ振り返ってみると想像以上に酷すぎる! わたしはこんなにも口が悪くてゲスだったのか!? てか、わたしに似たような罵倒をしてきた犯罪者をギタギタの半殺しにしたことすらあったよう! 無自覚な害悪とか、全然人にぶつける資格がない! 恥ずかしすぎて額が割れて流血するまでガンガン壁に打ちつけたくなる! 拘束されてるから出来ないけど! されてなかったらなかったで、一回打ちつけただけで涙目でギブアップする気もするけどさ!
無論、殺られる理由はまだまだある。フリーレンさんの愛弟子であるフェルン嬢。距離感がおかしなコミュ障の悪癖で、出会って数時間なのについつい親友みたいなノリになっちゃって『君からは情熱も執念も感じない』なんて踏み込みすぎな質問をしちゃったし。可愛い弟子の繊細な心を傷付けた、十分死に値する罪だ。勇者ヒンメル様を始め、フリーレンさんがかつて共に旅した仲間達。彼らまでもがミミックにかぶりつかれ『たすけて~!』と情けなく下半身をばたつかせてる妄想もしちゃったし。ああ、わたしこれでも酸いも甘いも噛みしめた経験豊かな大人なのに、年若い子や救世の英雄相手になんて失礼なのだろう。ん? そういえば戦士アイゼン様って、人の数倍の寿命を持ったドワーフ一族なんだよね。つまり、多少は老いているにしても、まだまだ戦士として現役? つまりわたし、億が一の可能性で、フリーレンさんから逃れられたのだとしても、その後伝説の魔法使いと伝説の戦士を同時に敵に回しちゃってるかもしれないの? 超重量の戦斧を握ったまま、高さ千メートルの崖から魔族の将軍に投げ飛ばされてそれでも無傷であったとか、あれこれトンデモな逸話が残ってる伝説の戦士が相手? 物理でゴリ押しスタイルのわたしとは、絶望的なまでに相性悪いっぽいあの人が? のああああああああああいくら何でもあり得ないとは分かってるけどネガティブ妄想が止まらないいいいいいいいい! どうしてわたしはフリーレンさんの逸話を集めながらもアイゼン様についてまで頭に叩き込んじゃってるの!? エリート魔法使いたるゆえの、明晰すぎる頭脳と広い視野が疎ましい!
…とか何とか、己が過ちを振り返り続けていたら。
拘束こそ解かれてはいないものの、わたしの精神深くをまさぐっていたフリーレンさんの手が、そこからいつの間にか離されていた。
───ああ、ということは。
葬送による裁定が、いよいよわたしに下されるのか。
怖いなあ。嫌だなあ。絶対死は免れないんだろうなあ。魔族との戦いで、何度も何度も覚悟した瞬間はあったけど、まさかこんな間抜けな最後を迎えるなんて考えだにもしなかったよ。
フリーレンさん。あなたほど寿命の長い達人ならば、気に食わない相手を百年くらい生かさず殺さず苦しめ続ける手段を千通りくらい持っているのだろうね。
精神やら肉体やらを、削っては再生し抉っては再生するのを自動で延々繰り返すとか。放置プレイの極地!
せめてもの情け、一撃で安らかに葬ってほしいものだけど、わたしにはそんな甘い我がままを口に出す資格すらないのだろう。
一体どうしてこんなことになったのか。ゲナウよ。原点に帰ってみれば、全ては君が悪いんだ。
君がコミュ障たるわたしのサポートとして、最初から『零落の王墓』に着いて来てさえいてくれたなら。
わたしみたいにグダグダ悩まずとっとと二次試験中止を宣言し、『このバカ! お前の自賛する大層な頭脳とやらで、とっととあのフリーレンが混ざっていても支障ないまともな試験を捻り出せ!』ってビシバシ叱りつけてくれただろうに。
恨んでやる。呪ってやる。毎晩しつこく君のベッドに化けて出てやる。
この『零落の王墓』には、わたしの目には見えないだけで悪霊の類も数多く彷徨っているのだろう。わたしが死んで幽霊になった後も、悪霊らしく性悪く、とことん脱出を妨害してくるのだろう。
だが、わたしは必ずや脱出を成し遂げて、君の元へと舞い戻る。そして、毎晩耳元で呪詛を吐き、うざさ全開でお腹の上に寝そべってやる。君だけは、何が何でも安らかに、寝かせてなんてあげないから。不眠とストレスでお仲間にしてやるから。
ふふふ、それが嫌だと言うのならゲナウよ。君がこれからやるべきことは、口に出して伝えるまでもなく当然分かっている筈だよね。
一次試験で、受験者達が荒らしに荒らしてしまった自然豊かなグローブ盆地。
わたしに代わってあの場所を。虫さんや動物さん達が平和な日々を送っていたあの場所を、君にこそ元の姿に戻してほしいんだ。
君はさ、人の些細なわがままにもすぐ渋い顔するし、口を開けば小言と嫌味と皮肉ばかりで後輩からも嫌われやすい、性根の捻じれた矯正しようがない中年だとわたしは常々思っているよ。
けれどまあ、捻くれ者だが捻くれ者なりに。
人の真摯な思いまでをも、口先一つで受け流す。そういうことが出来るほど姑息で卑怯でもないと、わたしは一応分かってあげてるつもりだから。
ゼーリエ様、あなたには、本当に長いことお世話になりました。不器用でコミュ障なわたしにも、みんなと変わらず平等に接してくれてありがとう。本当に本当に、心の底から感謝しています。そして道半ば、せっかく指導して頂けたのに、歴史へ名を残さぬままに生を終える、愚かな弟子を許してほしい。
そして、願わくば。
これからも、何十年何百年と続くであろう、ゼーリエ様の長き生。これからあなたに師事するだろう、何十人何百人の未来の魔法使い達。その中で、わたしというたった一人の小娘が、あなたの中から風化していくことは避けられない。
だから、ほんの一瞬でいいのです。もしこの先、あなたの前に、世渡り下手でコミュ障な、どうにもこうにも社会に上手く溶け込めない不器用な人間が現れたとしたならば。
刹那以下でも構わない。すぐにまた、光届かぬ記憶の湖底に沈み込ませて構わない。
わたしの顔を。わたしの声を。磨き上げたわたしの魔法を。
澄んだ湖面に投げ入れられた、爪先にも満たない小さな小石。それが広げた、ほんの微かな波紋のように。
あなたが手を取り導いてくれたあの日々を、どうか思い出してほしいのです。
全能なる女神よ、これがわたしの遺言だ。言葉にも文字にも残せない、誰にも届くことのない遺言だ。
せめてもの救いに、あなただけはこの言葉を聞き届け、胸に残してくれることを切に願う───。