都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ 作:すかすかのタキ
ああ、むかつくむかつくむかつくわ。自分の弱さと未熟さが、こんなに腹立たしいと思ったことは今までないわ。
本人的には普段の冷静さを保っているつもりらしい。だが、微妙に歪んだ表情と、漏れ出る黒いオーラからは、煮え滾るような苛立ちをちっとも隠し切れていない。
焦げ茶色の、ちょっと内向きにカールした、ボリュームのあるボブカット。切れ長な双眸にはまだまだ若さや幼さが漂っている。
が、右手に携えている魔杖には、厳しい鍛錬を積んできた者特有の傷が随所に刻み込まれており、決して生半な使い手ではない事実を明瞭に示していた。
そう。今ここにいる者は、本年度の一級魔法使い試験最終試験到達者が一人、エーレ二級魔法使い。
時刻は午前十一時。場所は北部最大の魔法都市オイサーストの大通り。北国の厳しい冬を超え、仕事を求めて訪れた冒険者。まだ見ぬ知識、高度な技術を求めてきた、若く野心ある魔法使い。南の都市より、流行りの装飾品や武具のサンプルを持ち込んだ商人達。柔らかな晴天の下、春の到来と共に各地から集まってきた人々が、地元の住人に混じり活気ある往来を闊歩する。
そんな中、彼女は通行人から微妙な距離を開けられていることに気付きもせず、オイサーストの街並みをズンズン大股で練り歩いていた。
少女は一人回想する。そう、わたしがこの道を志したのは、別におじいちゃんが国内有数の大魔法使いだからって訳じゃない。
わたしがまだ小さい頃、故郷の村が魔族に襲撃されたことがある。
倒壊する家屋。荒らされ、焼き払われた畑や果樹園。すぐ背後に降り立った、熊をも片手で潰せそうな、見上げるほどの巨躯の魔族。怖くて震えて、上手くなんて走れなくて、とうとう転んで動けなくなって。ああ、わたしはこんな所で死ぬんだと、子供心に覚悟したその瞬間。間一髪助けてくれたのが、当時はまだ、魔法隊の一兵卒でしかないヴィアベルだった。
幼い日々のことなんて、正直ほとんど覚えていない。時の流れに色褪せて、白く朧に霞んでる。───だけど、あの日の記憶だけは。
血を流し、何度も膝をつきながら、知りもしない子供の為に命懸けで戦った青年の姿だけは。
こうして大きくなった今もまだ、忘れ得ずはっきり記憶に焼き付いている。
そう、全てはあの日にこそ決定した。
わたしも彼と同じように。助けを求める誰かの為に、命を賭けてすら戦える、強くてカッコいい魔法使いになってみせる。
そして、いつか再会した暁には、胸を張ってこう言うんだ。
『ありがとう。わたしは貴方に憧れて、あなたのいる場所に追いつきたくて、毎日毎日欠かすことなく頑張って修行し続けて、こうして立派な魔法使いになることが出来ました』って。
じゃあ、誰の目にも立派な魔法使いになれたのだと証明するにはどうしたらいいか?
それはもちろん、栄えある一級魔法使い試験に合格することだ。今を生ける伝説にして、歴史上最高の魔法使い、ゼーリエ様のお墨付きをもらうことだ。だけど、開催されるたび死傷者を複数出す、難易度の高すぎるこの試験。家族にも学校にも、いくら何でも早すぎる、もっと実戦を積んでからと、当然のように反対された。
うるさいわね、邪魔しないでよ。思い上がりも甚だしいわ。そんなありきたりな常識は、岩を崖から蹴落とすみたいにバラッバラに砕いてやる。
だから、まずはレルネンおじいちゃんを味方につけた。利用すべきは甘くて愛らしい孫パワー。鍛えて鍛えて鍛えてもらって、魔法学校在学中に二級の資格まで取得した。九級から始まって、五級にまで到達できればどうにかギリギリ一人前。そんな魔法使い界隈に於いて、学生の身で二級まで上れたならば十分すぎる挑戦権の持ち主だ。
ふふん、さあどうよ。どいつもこいつもこれで文句なんてないでしょう。反対全部ねじ伏せて、悠々試験会場にまで臨んだら───あろうことか、わたしはそこでヴィアベルと、全く予定外の再会を果たした。
あの日から十数年、一兵卒から北部魔法隊隊長にまで出世。このタイミングで、留守を任せられる優秀な部下が、複数人も育ったのか。重責ゆえに、戦場から簡単に離脱出来ない筈のヴィアベルが、わたしと全く同じタイミングでオイサーストにまで受験に来た。
しかも一次試験は、わたしと彼が同じパーティー。受験者五十七名を、三人一組十九パーティーに振り分けてのパーティー戦。十九分の一という、二重の意味での低確率を掴み取っての同パーティー。
恥ずかしながら乙女というか、運命ってやつを本気で強く感じたわ。女神様、信心深くないわたしですが、今日からは貴女に向けて毎日祈りを捧げます。
ただ、あの戦いは、既に十年以上も前のこと。当然ながらヴィアベルは、わたしのことを覚えてくれてなんかいなかった。悲しいけれど、だからこそ心に新たな火がついたわ。
どれだけ無理難題な試練でも、真正面から突破する。十八パーティー全部が敵に回っても、残さずボコって土の底に埋めてやる。それくらいの気合いで以って、ヴィアベルの目の前で強くなったわたしの姿を魅せつける。試験にも見事一発で合格する。そして最後に、あらゆる障害を打ち払ったと証明するような青空の元、祝福の鐘の音と純白の花吹雪、都市中の住民達の熱狂的喝采を浴びながら、『ありがとう、わたしは貴方に憧れて、こうして立派な魔法使いになれました』って堂々劇的な告白を告げ、全ての努力と献身が報われた絶頂の瞬間を迎えるのよウヘヘヘヘヘ。
───なんて、今振り返ったら、思わず嘲笑っちゃうくらい都合がいい妄想よね。
さあ、ここからが、理想とあまりにかけ離れた苦渋と失望の現実よ。