都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ 作:すかすかのタキ
「ちょっとちょっとちょっとちょっと何考えてるのよバカ二人!? 真っ昼間の大通りでこんな真似とか恥ずかしいでしょていうか乙女の身体に無許可で触らないでよ言い訳の仕様がないセクハラじゃないのよ出るとこに出て訴えてやるわよせっかく進んだ最終試験を受けられなくしてほしいのせめて何処に何の目的で連れ去ろうとしてるのか説明しやがりなさいおバカ共ーーーっっ!!」
「ぐはっ!?」
「おまっ、俺は若く見られるが、これでも一応三十過ぎだぞ!? 下半身に負担が来るような暴力はやめやがれ!」
知らないわよ! 公衆の面前でズルズルズルズル引きずってからに! 一般の方々ドン引きよ! 傷心の乙女を粗雑に扱う方が、絶対悪いに決まっているでしょう!
一発ひっぱたいてやりたかったけど、両側から腕を掴み取られてたので代わりに脛を蹴りつけてやった。本気の本気で思い切り、折れてもおかしくないくらい。ヴィアベルもシャルフさんも、二人まとめて容赦なく。ふんだ、今のはあんた達が一方的に悪いんだし、膝が壊れようが腰が砕けようがわたしの知ったことじゃないんだから。恩人だろうと憧れだろうとそれはそれこれはこれ、精々悶絶してなさい。
言いたいことも言い尽くしとりあえずは落ち着いたから、三人揃って通りの端っこにあるベンチへと。ちょうど三人掛けの、なかなか凝った彫刻の施されたそれに、真ん中がわたし、右隣がヴィアベル、左側にシャルフさんがそれぞれ順番に腰掛けて、どうしてこんなことをしでかしたのか事情くらいは聞いてあげることにする。義理で。あくまで義理で。
さて、それによるとこの二人───どうやら一次試験と二次試験のインターバルとなる三日間。その期間に、オイサースト近辺の農家へ度々被害を与えていたというイノシシ型の巨大な魔物、フレッサーの討伐以来を引き受けていたらしい。
…はあ。それはまたすっごい立派な行いなんだけど。
わたしを含め、オイサースト市民の生活を支える為に絶対しなくちゃならない仕事なんだけど、何考えてるのかしらこの人ら。
そのインターバルってさあ。グローブ盆地での疲労を癒したり、二次試験官の過去の試験内容から対策を練る為に与えられた時間じゃない。なのにどうしてその時間を、わざわざ郊外の森にまで出向いていってフレッサーなんて強力な魔物の討伐にあててるの?
バカなの? 後先全く考えない、体力バカの脳筋なの? 戦っていないと身体の疼きが収まらない、生まれついてのバーサーカーなの?
とりあえず討伐自体は、シュタルクさんという優秀な戦士の協力を取り付けてつつがなく終わったらしいけど。
ただ、大部分を駆除出来たのは間違いなくても実際は、危機を察して姿を隠していた個体とか、運よくこちらの探知魔法から免れていた個体とか、どうしたって討ち漏らしは少なからず出るものだ。
だから通常、依頼を受注した側は、討伐対象の警戒が薄まるタイミングを見計らい再度の駆除へと出向くのがセオリーとなる。
「───が、俺は元々魔法隊の隊長なんてしてるしなあ。ここまでの移動期間と受験期間でもう一か月以上現場を空けてる。チンタラと都合のいいタイミングを待っていられやしねえんだ」
「合格しようがするまいが、ヴィアベルは試験が終わり次第すぐに現場に向けて帰還する。一度仕事を受けた以上、それを責任を以って成し遂げるには今以外に機会がない」
うんうん、そうね。あれこれツッコミどころは多いけど、ヴィアベルもシャルフさんも、中途半端で他人に仕事を引き継がせたり、合格しようがするまいがどうせ北の戦場に帰るんだから、いっそ丸ごとぶん投げちまえー! なんていい加減な真似をしないのは、大人としてきちんと尊敬できると思うわよ。皮肉でも何でもなく。
───ああ、けどね。
「けどね。もう一度強力な前衛であるシュタルクさんを誘おうとしたら、ヴィアベルはシャルフさんが、シャルフさんはヴィアベルが滞在先を聞いているんだと思い込んでいて、実はどっちも聞いていなかったというオチはマヌケすぎるんじゃないかしら?」
こればっかりは看過が出来ず、『ギロリ』という擬音が相応しい目力で、二人を睨めつけざるを得なかった。
てゆうか、思ってるより力を込めすぎちゃったのか、左隣りのシャルフさんが、「すまない。ヴィアベルが仲良く肉を食べて盛り上がっていたものだから、てっきり伝え合ってるとばかり…」と、身体を小さく縮こまらせて、モゴモゴ涙目で弁明し始めた。
あの、シャルフさん。素直に反省してくれるのは大変結構なんだけど、わたし年上の男性を本気で怯えさせてしまうくらいキツい目を向けてたの? 女の子として少なからずショックというか、沈んだメンタルに自分で追い打ちかけちゃった気分なのだけれども。
「いやーはっはっ、まいったなー。シャルフはマメな性格だからよお、そういう大事なことは、しっかり聞いといてくれるとばかり思い込んじまっててなー」
対して右隣のヴィアベルは、ケラケラ愉快気に笑いながらベシンベシンとわたしの肩を叩いてくる。
あんたは逆にちょっとは神妙にしなさいよ!? 痛いしうざい! 反省という概念を知らない十歳未満の悪ガキか! ノリに任せて乙女にセクハラ三昧か!
もういい加減にしてよ、街中なら過度な報復はしないとか、姑息に高を括ってるの? これ以上触るんだったら魔法で路面を抉り出し、頭からつま先までにぷちんと潰しつくすから! それだけの怒りを込めて、ヴィアベルの手を払いのけようとしたら───。
途端、両脇の男達の、人としてこうなりたくはないサンプルみたいだった雰囲気が。
成功以上に幾多の失敗を嚙み締めてきたのだと。一目でそう伺わせる、真剣な大人のそれへと変貌した。
「まあ一応、他の戦士もあれこれ当たってはみたのだがな。ヴィアベルの目に適うだけの腕利きは、そう簡単には見つからない」
「だったらもう、多少戦力的な偏りが出るのは承知の上で、最低限の連携は取れて信頼も置ける、お前に協力してもらった方がいいと判断したっつー訳だ」
鋭い目で真っ直ぐに見つめられ、眉間に人差し指を向けられる。
───どうやらそれが今回の、公衆の面前でズルズル引きずられ事件の全貌。
無計画と見切り発車、妙に律義な責任感、いい加減さと図々しさの悪夢的ブレンドによって引き起こされた、どうにもこうにもはた迷惑なダメ大人の暴走だった。
そして彼は、『パン!』という小気味のいい音を立て両手の平を合わせると、
「そんな訳で、すまねえエーレ! 順番が色々メチャクチャになっちまったが、どうか助けると思って俺らのミスの尻拭いをしちゃくれねえか!?」一回り以上年下のわたしに向けて、躊躇なく深々と頭を下げた。
無論、「俺からもお願いする」と、シャルフさんも一緒になって。
ベンチの両脇には、素焼きの横長なプランター。残雪のような白い花が植えられていて、お湯で薄めた蜂蜜みたく上品な香りが漂ってくる。
淑やかな気品に触れながら、全くこの大人達は何なんだろうとエーレ二級魔法使いは深く思う。
受験中にも関わらず、市民の為に魔法使いとして働く。まるで聖人か、あるいは伝説の勇者もかくやという献身ぶりを見せてくれたかと思ったら、計画性もこちらの意思の確認もなく、勢いだけで人をいいように振り回す。
もうあんまりにも呆れすぎ、手によるものであれ言葉であれ、ツッコミの一つすらも出てこない。
そんなアレコレを凝縮し、わたしはまだ頭を下げているヴィアベルに向け、「はあ~~~…」とため息をついて見せた。
そうして見せでもしなければ。
あからさまでも傲慢でも、厄介者に絡まれて手を焼いている、常識人の振りでもして見せていなければ、嬉しくて涙を流してしまいそうだった。
───二人とも、どうして頭を下げてまで、わたしに頼ってくるのだろう。
一次試験では判断を誤った。足止めと、敵戦力の分散に専念していればよかったものを、無駄な見栄と負けん気でせっかくの作戦を台無しにした。
二次試験も同じだ。懲りない慎重さを欠いた行動で、肝心なところで魔力を切らし二人の足を引っ張った。
もし自分が、仕事で人の力を必要としていたのなら、間違ってもそんな女は誘わない。わたしは間違いなく天才。自分こそが、今試験中最も合格に相応しい、最も輝ける才媛だ。…なんて勘違いした慢心極まりない女とか、絶対仲良くなりたいなんて思わない。命懸けの現場に行って、自分の背中を魔物相手に任せるなんて、相場の倍の報酬を貰ったってご免被る。
なのに、そんなわたしを頭を下げ続けてまで誘うだなんて。
意味が分からなくて、申し訳なくて悔しくて、苦しくて逃げだしたいのに胸がほわほわ温かくって、そんなものが何故か反発しあうこともなく、ミルクとコーヒーみたいに柔く調和し合っていて。
十八年以上も生きてきて───わたしには人間というものが何なのか、これっぽっちも分からなくなっていた。
「…あのよエーレ。受けるのも受けないのもお前の自由だが、そろそろ返事をもらえるとありがてえんだが…?」
ふと声がしたと思ったら、右隣にいるヴィアベルが若干恨めしそうな目でわたしのことを見上げていた。ご、ごめんなさい。思惑に浸りすぎていて、決断と返答が頭から完全に抜け落ちてたわ。
ちょっと慌てたその瞬間、また一陣の、冷たさを含んだ春風が、建物の間を縫うようにして吹き抜けた。花壇から花びらが散り、紙くずが街路を転がって、道行く人達が身体を震わせくしゃみする。
ああ、今わたしのいる場所が、北国でよかったなと思う。
多少鼻を啜っても、ただ寒いからそうしただけだって普通に勘違いしてもらえるから。
「──全く、仕方がないわねえ。ヴィアベルもシャルフさんも、揃ってしょうもない大人なんだから」
今回の一級試験は棄権する。その考えは変わらない。自分はそれだけの器足ると、今は信じることが出来ないから。
「わたしも疲れてるけどさ。二度も組んだ縁に免じ、今回だけは無茶に付き合ってあげるわよ」
だけどもう、次の一級試験まで最低でも三年以上、またヴィアベルに会うことはないだろうし。散々迷惑かけた二人だし、人生で一回くらいなら、自分から泥を被りに行くという選択もまああったっていいだろう。
「よーっしゃ、お前ならそう言ってくれると思ったぜ! シャルフよ、善は急げだ、とっとと済ませて肉食うぞ肉!」
「うむ、ご相伴に預からせてもらうとしよう」
あーもう、今度はわたしの髪の毛をガシガシ乱暴になで回し始めた。嬉しいのは分かるけど、ヴィアベルだから許すけど、いい加減うっとうしすぎておじいちゃんにどうにかしてって訴えたくなるわね。
てゆうか、討伐したフレッサーを普通にシュタルクさんと食したの? そしてまた食べる気なの? そんなに隠れた美味だったの? 人々の為の行いかと思ったら、普通に私欲に移り変わってはいやしない? そしてわたしは私欲に巻き込まれているだけのとことん滑稽な女なの? ま、まあ学生時代は結局一度もバーベキューで友達と盛り上がったりとかしなかったし、カンネとラヴィーネの醜いお肉の奪い合いも楽しくなさそうでもなかったし、後学の為に付き合うのもやぶさかではないけどねっ!
相変わらず、ツッコミどころはまだまだいくらでもあったけど、ヴィアベル達が懲りることなくわたしをズルズル引きずり出したのでもう一度本気の蹴りをぶちかまし。
まずは依頼主である大陸魔法協会に、フレッサーの二次討伐へと向かう報告を入れる為。
他人の心も、自分の心も分からないままに立ち上がり、わたしは二人と並んで歩を進めだした。