都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ 作:すかすかのタキ
それからの十五分。わたしとヴィアベルとシャルフさんは、あれこれくだらない話をしながら協会までの道のりを歩いていった。もっとも、話題を提供してるのはほぼ九割がヴィアベルで。
寡黙なシャルフさんは主に相槌、わたしは呆れたりツッコんだりしてるばかりだったのではあるけれど。
例えばシュタルクさんの戦士としての実力は、まだ年若くありながら攻防共に間違いなく一級品。なのにお連れの女の子には精神的に屈服してて、命令には絶対逆らえないギャップが面白すぎたとか。同受験者のラオフェンさんに、『リヒターはダメだけど、じいさんは魔法だけじゃない。前衛として殴り合っても一級品の強さだよ』と、キラキラした目でデンケン宮廷魔法使いを推薦されて、本人含めてメチャクチャ困惑しただとか。森へ討伐に出たら出たで、天然の花畑を見つけたシャルフさんが鑑賞を始め小一時間は動こうとしなかったとか。
教養も教訓も、新しい知識の一つもない、くだらない時間だったと思う。
けれど、試験中は剥き身の刃みたいに隙のなかったヴィアベルが、オフでは案外お喋りで───といか、三十路をとっくに過ぎている現実をいまいち受け止め切れていないというか、やたらと若者っぽい軽薄な口調で喋ろうとしてるのがおかしくて、多分ばれてはいないと思うんだけどずっと笑いを堪えざるを得なくって。
湖上の中心に造られた、北部最大の魔法都市オイサースト。その中心にそびえ立つ、協会創設者にして現存する伝説、大魔法使いゼーリエ様を擁した大陸魔法協会オイサースト支部。
五十数年の歴史を持つ、白亜の巨大な建造物。そこへ辿り着き、荘厳な大門を見上げる頃には。
今はもう、強がりでも何でもなく、『もっともっと努力して、三年後に改めて出直そう』という、純粋に前向きな気持ちになれていた。
───だってのに。
どうしてまた、こんなにも最低最悪の気持ちに逆戻りしなくちゃならないんだろう。
「まあ~! ヴィアベル様は一級試験初挑戦でありながら、見事最終試験にまで到達したのですか!? それは素晴らしい偉業ですわね!」
「ええ!? しかもこれから、三日後には最終試験が控えているのにも関わらず、フレッサーの二次討伐へ出てくださると!? 何て尊い勤労意欲にして英雄的資質! わたくしがただの受付嬢でなかったら、ゼーリエ様に特別昇級を認めて頂けるよう直談判だってしますのに!」
「ところでヴィアベル様。そのお仕事を無事果たし終えた暁には、是非ともこのわたくしに、ご夕食をご馳走させては頂けませんでしょうか? もちろん仕事ではなくわたくし個人として。ええ、堅苦しいお話など一切ございません。
わたくし達市民の為に日々戦って下さる一人の素敵な男性に、一人の女としてお近付きになりたい。その心を、ご理解頂けませんことかしら?」
わたし達以外、特に来客はないみたいだし、暇を持て余していたのか何なのか。
協会へ報告に入ったら、いつも受付にいる眼鏡にボブカットのお姉さんが、普通にヴィアベルをナンパし始めた。
一見上品なお姉さんに見えるけど、次の瞬間豹の如くに軽々カウンターを跳び越えて、獲物を喰らいに牙を剥いて襲い掛かる。そんな、強烈な野生と飢餓の気配を漂わせつつ、ベラベラベラベラ甘ったるい、蜜と砂糖の塊みたいな美辞麗句をもんのすごくナチュラルに並べ立て、本気のナンパをし始めた。
…まあ別に、わたしも子供じゃないんだし。ヴィアベルも受付さんも、ちゃんとした年齢の男女だし。いちいち口出しする方が野暮でしょう。
高々ナンパはナンパらしく、一夜限り楽しんで、互いのことは綺麗さっぱり忘れるのも良し。きっかけが遊びでも、将来を見据えた真面目なお付き合いまで発展するのも良し。わたしは関係なんてないし、倫理を問わなきゃ気の済まない頭でっかちな女でもないし、お互い好きにしたらいいんじゃないかって思うわよ?
「いやあ、そいつは嬉しいねえ。夜の俺は、フレッサーのボスよりもデカくて逞しいって仲間内でも評判なんだが、お姉さんはそいつに着いてこれるかい?」
なんて考えてる内に、どうやらヴィアベルは一夜限りの選択をしたらしく。
ヘラヘラヘラヘラうっれしそうに軽薄に、品のない下ネタを口にして、
「まあ、それは大変楽しみですわ。こう見えてわたくし、ボスフレッサーの突撃を何度も受け止めてきた経歴がありますのよ?」
受付さんも受付さんで、飢えを潜ませ余裕たっぷりに愉しげに、大人の色香漂う笑みでそれに応えてみせている。
…………………別に、わたしは関係ないんだけど。
何故か両手が、無意識の内に握り拳になっていた。もしかしたら、二人の会話に紛れる程度に舌打ちしてたかもしれない。
「───ふむ。水路から漂ってくる、この複合的で奥深い香り。どうやら協会奥部では、なかなか大規模な花畑を育てているらしい。実に興味深いな」
一方、シャルフさんは完全に我関せずのマイペース。ロビーを適当にうろついて、自分の趣味に走ってる。
見ていると、ほんのちょっとだけ力が抜けた。得意としている魔法といい、あの人は本当に、心の底からお花のことが好きなんだなあ。人との距離を、置くべき時に適切に置ける、平和な大人なんだなあ。そして多分、今のわたしは彼を見習うべきなんだろう。
この仕事が終わったら、どうせヴィアベルとはもうお別れ。最短でも三年、この期に及んで悪魔的偶然が働かない限り、再会することはあり得ない。
何処で何をしていようとも。魔族と戦っていようとも、息抜きに娼館で遊び回っていようとも。
勝手にヴィアベルに救われて、勝手に憧れてるだけのわたしには、干渉する手段もなければ資格もない。
見ると、ヴィアベルの荒れた指先が、受付さんの細い顎へと添えられていた。二人の視線が蕩けるようにして重なり合い、受付さんの唇からは「ほう…」と熱い吐息が漏れ出して。
大陸魔法協会ロビー。一級受験者五十七名を収容しても、まだまだ全然余裕のある開かれた空間。そこが、二人の男女の為だけにある、秘した空間に変貌していくかのようで。
瞬間、脳に鋭い電流が走り───わたしが思い起こしたのは五日前。
グローブ盆地での無様な敗北。夕暮れに染まる森の中、ヴィアベルの背に負ぶわれた、気恥ずかしくも暖かい感触。彼自身、バカみたいだと理解して───今でも尚、変わることなく貫いている、叶えようもない約束。
受付の女にもわたしにも、誰にも立ち入ることは出来ない領域。
それを思い起こした途端、目測にして五歩相当。ヴィアベルと受付さんのやり取りを、少し引いた場所から見ていたわたしの足が意思を介さず二人へと向け歩き出し。
「…ヴィアベル、あなたって大概いい御身分よね。わたしにはあんな、ゴミみたいな食べ物を与えておきながら」
カウンター越しに向き合っていた二人の間に割り込んで、口は勝手に喧嘩腰になっていた。