都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ   作:すかすかのタキ

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ゼンゼ様、六話ぶりの登場なのにやっぱり酷い目にしか会っていない➁

『あ、あははははははははははは。何だかさっぱり分からないけれど、どうやらわたしはまたしても命を永らえさせてもらったみたいだね…』

  

 そうして一人、目覚めたゼンゼはうつ伏せに倒れこんだまま。

 真っ青な顔色で、両手で両肩を抱きしめながら歪み引きつった口元で呟いた。

 

 何せ昨日に引き続き、二日連続二度も本気で死にかけて。

 しかも今日に至っては、女神の微笑とか永久に朽ちない神殿だとか、向こうに触れてしまった感覚が身体に明確に残ってる。

 

 格上の魔族との激闘。護るべき街を背にしての、スタンピードへの対処。一級として、数多の戦いを生き抜いた本物の修羅であろうとも、こんな経験は初めてだった。口元で、垂れっぱなしの汚いよだれもそのままに、ただただ壊れたかのように小さな声で笑っている。身体は脱力したままで、まともに動いてくれる気配がない。

 

 だがそれでも、ゼンゼは気持ちを切り替えて身体へなけなしの力を込める。

『ふんぐぐぐう~…!』と気合を発し無理矢理動き出そうとした。

 

 彼女は思う。もうこの場にいるのは嫌だった。人と人との争いなんて、全くろくなもんじゃない。

 

 エーレとヴィアベルの争いは、何が何だかさっぱりな内に勝手に終結してしまってた。

 

 ならばこそ、何が何だかさっぱりな理由で再び憎しみの火種が燃え上がり、この場がコミュ障殺しの戦場と化してしまうのではなかろうか。誰が雇い、どうして受付なんて愛想よくやれているのか今でもちっとも分からない、協会屈指の隠れ狂人モブリーナさん。あの人が、ナンパがご破産になった腹いせに、唐突に怪鳥みたいな奇声を上げてロビーで暴れださないとも限らない。

 

 人生前向きな陽キャ共。ネガティブすぎる想定と、笑いたければ笑うがいい。酒の肴にだって思う存分すればいい。だが、それが絶対起こらないなどと、一体誰が無責任にも断言することが出来るんだい。

 

 自覚があるのは結構だけど、実際苦笑を禁じ得ない斜め上なネガティブだった。だが、自覚があっても止められないがゆえ、無様に這いずりながらであろうとも、ゼンゼはカウンターからの脱出を試みる。

 

 ずるずるずるずる、ずるずるずるずる。服も髪も、至るところがほこりまみれになってでも。真実ナメクジの速度であろうとも。子供のような身体から、ありったけのエネルギーを振り絞り、息を切らして少しずつでも這い進む。

 

 普段のゆるゆるだらだらからは、考えられないど根性。世の一部の、変態でか女的な人種からしてみれば『がんばれえー!!』『負けないでえー!!』『もう少し!! ゴールはそこに近付いてるよおー!!』と涙交じりのエールを贈り、なでて讃えて抱きしめたくなる光景だった。別にそっち側でなくたって、冷たい水の一杯くらい用意しておいてあげたくなる。

 

 まあもっとも、受付カウンターから這い出していくだけなんて、距離にして十数センチしかありはしないのだけれども───ともかくそういう野暮なツッコミは許されない、謎の神々しさがそこにはあった。

 

 

 ───そうしてゼンゼは、狭くて暗くてほこり臭い受付カウンターの内側から、どうにかこうにか頭だけ出すことには成功した。

 

 まるで、不毛の荒野を糧食抜きで乗り越えた直後である。たかだか十数センチ、されど十数センチという長い距離。ひゅ~、ひゅ~と、また魂が抜け出していきそうな、聞く者の不安を搔き立てる危うい吐息を吐いている。

 

 一応仕事はしているし、体力のある引きこもりではあるのだが、色々トラブルがありすぎて完全に虚脱状態となっていた。

 

 低身長。まな板。小枝みたいに細い手足。極めて幼児体型で、ダウナー気質の残念な天才。ついでに眠たげな垂れ目といい、もしやこいつ、実は記憶を取り戻していないというだけで、篠●広の転生体ではあるまいか?

 

 そんな疑念がよぎらなくもないけれど、一応この話では転生要素もクロスオーバーも皆無である。共通点は多くとも、ゼンゼはゼンゼで広は広。双方共に、他の何者でもありはしないのだ。

 

 閑話休題。ところでオイサースト魔法協会は、本日は今のところ閑古鳥が本格的に合唱している状態だった。

 

 依頼を持ち込む一般市民。受注しに来る協会所属の魔法使い。都市の喧騒は届けども、門が開き誰かが訪れる気配はない。春の空は麗らかなのに、協会の直上だけが濃い暗雲で覆われているかのようである。

 

 その内に、荒れていたゼンゼの呼吸も幾分整ったものになっていた。死人そのものだった瞳にも、まだ弱々しいながら新しい光が灯る。

 

 床にべたんと這いつくばった体勢。とりあえず、そこから周囲の様子を把握せんと背中を反らして上を見る。

 

 その先には、立ったままカウンターに肘をつき、ぼんやりと出入り口の方を見つめてるモブリーナの姿があった。

 

 パッと見た感じ、思索に耽る眼鏡美人らしい憂い顔だ。だが、実態を知るゼンゼの目からしてみれば、『さしもの脳筋バーサーカーも、唐突すぎる和解劇には頭が着いていってない』『今は情報処理と並行し、いつもの狂気をチャージ中』『いくら美人に見えようと、あと一分後には何をしでかすか分からない』という以外、他に解釈を出来なかった。

 

 ゆえに彼女は、再度力を振り絞り匍匐で脱出を試みる。

 

 先程は、コミュ障であるゆえに脱出を先延ばしにしてしまい、気付けば本気で死にかける破目となっていた。何もせず、ただただ耐えるままでいて、状況が好転してしてくれるなど決してありはしないのだ。

 

 これ以上痛い目に合いたくないが為、ゼンゼはしっかと反省し、受け身という過ちを積極性へ昇華しようとしている。天の国の彼女の祖父も、孫の大きな成長を涙ながらに喜んでいることだろう。

 

 ───だがしかし。実のところ、この場この時に於ける正解は。

 脱出なんてしようとせず、ヘタレてカウンターに留まったまま震えて縮こまっているいることだった。

 

 勇気だとか、積極性なんて出さないで、嵐が完全に過ぎ去ったのだと真に確信が持てるまで、なんにもせずにただひたすらに待ち続けることだった───なんて、神ならぬ身で誰に予測が出来ようか。

 

 モブリーナの立っている、受付カウンターのすぐ背後。そこには財務部や教育部、試験管理部などへと通じている、協会職員用の通用口が一門設置されている。

 

 よくよく見ると、その通用口がほんの少し。

 外開きの扉として、ほんの五センチ程度だけ、外側へ向け開きっぱなしになっていた。

 

 ───はて、これはどういうことなのか。

 当たり前のことだけど、協会所属の魔法使いとて持ち込まれる依頼全てを達成することは不可能だ。理不尽な恨みを買い、武器を持って殴り込まれることもあれば、帝国側の魔法使いが侵入しようとすることもある。

 

 よって、協会内の扉は全て、生体魔力が登録済みの者以外開けられない仕様となっている。それも、地位や権限、級位によって、入れる区画は事細かに分けられているという徹底ぶりだ。

 

 だからこそ、それだけ厳重なセキュリティを敷いているのだからこそ、扉の開け放ちなど絶対厳禁となっているのに何故。

 

 考えられるケースなら、大雑把に二つある。

 

 一つは、エーレの怒声を聞きつけて来た非戦闘系の職員だ。想像してみよう。その職員は、内側からそっと扉を開けてロビーの様子を覗き見る。自力で騒ぎを収めんとする、意思は確かにあるのだけれど、騒動源は若手の二級魔法使い。剣幕の激しさを見たならば、理性を失いかけてるのもごく明白。危険性を考えたなら、非戦闘系の立場ではとても手出しなど出来はしない。扉を閉めて音を立て、目を向けさせることもしたくない。

 

 ゆえにその職員は、違反を承知で立ち去った。二級へ対処が可能な者を、改めて協会内部へ探しに行き───結局見つかることがないままに、扉を今もうっかり放置してるという訳だ。褒められたものではないけれど、身の安全も考えたなら仕方ない判断ともいえる。

 

 では、もう一つのケースとは?

 

 説明するまでもない。対処が出来る人間は、とっくの昔に要請を受け現場まで駆け付けてくれていた。───が、何らかの理由があって、騒動に介入することをしなかった。僅かに開けた扉の隙間。そこから騒動の元凶を───もとい、エーレとヴィアベル二名の様子をただただ観察しているだけだった。

 

 そして、今もまだ。

 

 二人が和解し立ち去っていたその先を、情念に燃えた眼で見つめているのだとしたら。

 

 

 ゼンゼは進む。モブリーナに気付かれないようゆっくりと。脱出を一秒でも早く果たせるよう、可能な限り迅速に。埃にまみれ根性で、匍匐姿勢でずるずる着実に進んでいく。

 

 ───そうして、開いたままの扉に気付き不意に見上げたその先で。

 

 昨日からもう何度目になるか分からない、『ほおうわああああああああああああああああー!!?』という声にならない絶叫を上げた。

 

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