都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ   作:すかすかのタキ

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次で第二部完結予定。引き続き頑張ります


ゼンゼ様、六話ぶりの登場なのにやっぱり酷い目にしか会っていない③

 ゼンゼはそこで、昨日からもう何度目になるか分からない『ほおうわああああああああああああああああー!!?』という声にならない絶叫を上げた。音には出してないだけで、衝撃のあまりガクンと顎まで外れそうになっていた。

 

 いいや。外れかけは顎だけには収まらない。ぼんやりとして眠たげな目も、今やぽろりとこぼれ落ちんばかりに大きく見開いてしまってる。ゼンゼが映したその男は、身長百九十センチはありそうななかなか目立つ偉丈夫だった。

 

 

 

 這いつくばって見上げた先。僅かに開いた外開きの通用口。その内側には、無人のロビーを見つめてる一人の男の姿があった。

 

 年齢は、概ね六十歳から七十歳といったところ。だが、老いた雰囲気は全くなく、むしろ鋼の槍でも仕込まれているように背筋は真っ直ぐに伸びている。

 

 整えられた立派な髭。純白の、最高級の白マント。老成した微笑に隠された、強靭なる魔力と戦斧の如くに重い覇気。懸命に這い進んでいたゼンゼの顔が、真っ青な絶望に染まっていく。───ここまでくれば、最早見間違えよう筈もない。

 

 そう。彼は大陸魔法協会樹立以来五十年、誰より長くゼーリエに仕え、誰より長く魔道の師事を受けてきた。遅れて産まれた英雄であり、最古にして最強の魔法の達人───即ち、レルネン一級魔法使いその人だった。

 

 人間の髪の毛は、一人につきおよそ十五万本生えてるという。ゼンゼの頭に生えてるそれが、動揺と恐怖のあまりわさりわさりと気持ち悪く蠢いている。

 

 彼女は濁流の如き絶望を、必死に押し留めながら考える。どうしてだ。何故わたしは、ずっと忘れてしまってたのだ。こうなることは、二次試験の冒頭からずっと懸念していた筈なのに。

 

 そもレルネン一級魔法使いとは、日頃の態度は成熟した人格者そのものだ。

 地位を笠に着たりせず、公平かつ丁寧で、感情を荒げることも絶対ない。魔法使いとしてだって平和主義者としてだって、見習う点が数え切れないほど多くある、正に人生の先達だ。

 

 ───けど反面、初孫であるエーレ嬢に関しては色々ダメな人なんだ。本人に自覚があるのか知らないけれど、ちょっと過剰なくらいにベタ甘で過激に走りがちなんだ。

 

 おねだりされたらそれはもう、最新の魔法理論の要約まで引っさげて、懇切丁寧に個人レッスンしてあげてるし。

 

 身内とはいえ、世界最高峰の魔法使いがタダでだよ。普通に依頼したのなら、たった一時間のレッスンで、庶民の生活費一月分が全部吹っ飛んじゃうんだよ。全く恐ろしい話だね。

 

 他にもだよ。エーレ嬢って顔は整ってて綺麗だし、所作の一つにも気品があるし、目をつけてナンパしてきたチャラ男連中がいたんだけど。

 

 後日、レルネン一級魔法使いってば、彼らを人払いの結界を張ってまで路地裏深くに連れ込んで、具体的に何やったかまでは見てないし知りたくもないけれど、ちょっと外には漏らせない重めの虐待をしたらしい。

 

 さすがに根も葉もない悪質な噂、協会への名誉棄損だって思うかい? 

 

 けど、それが証拠にチャラ男連中、虐待疑惑が流れて以来頭を丸めて毎日教会へと通い詰め、異様なまでに澄んだ目で異様なまでの熱意を込めて一字一句も違わない機械的な祈りを捧げるようになったとか。ホントに何やらかしたっていうんだろ。思わずわたしまでハゲるくらい、怖くて震える虚偽であってほしい話だよ。

 

 ───けれどまあ、そんな風に。

 尊敬するレルネン一級魔法使い。あの方が、過剰に過激にスーパー過保護化しちゃうのも、決して理解出来ない訳じゃあなくってね。

 

 何せエーレ嬢は、このわたしより頭一つも背のちっこい幼少期、故郷の村が魔族の集団に襲われて、危うく殺されかけたそうなんだ。北部魔法隊の到着が、あと一秒でも遅くなっていたのなら───、冗談抜きで、彼女は今この世には存在していないかもしれない。

 

 北部で長く戦い続け、多くの悲劇を目の当たりにしたあの方だからこそ、身内の安全に関しては過敏になってしまうんだ。いち平和主義者として、その心情を汲んであげない訳にはいかない。

 

 …単に『わたしの可愛い孫娘を、そんじょそこらの馬の骨に渡したくなんかない』というエゴを、誤魔化す言い訳に使っている気もしなくはないのだけれども。

 

 それはともかく、もしエーレ嬢と本気でお付き合いせんとするならば、入念に入念を重ねた根回しが必須なんだ。

 

 前提として、一生添い遂げるのは当たり前。愛人もダメ。娼館で、一夜限りの火遊びもダメ。自分自身が一級になるか、論文なり戦場で戦果を上げるなりで三人以上の一級に己が実力を認められ、その上でレルネン一級魔法使いの前に立ち男らしくも礼儀正しい誠意の込もった会心の挨拶を『ビシーッ!!』という効果音が浮かび上がるくらいバッチリ決めきらなくてはならない。面倒くさくて重いけど、そういうことになってしまっているんだよ。

 

 なのにあのヤンキーは! 一級試験開始から、一週間も経っていないこの内に!

 

 二人の間に一体何があったのか。●●年生きてきておきながら、コミュ障ゆえに恋愛経験絶無の皆無! 愛やら恋やら友情なんて、創作の世界でしか知らないこのわたしですらもなんとなーく察せるくらい、ヤツはエーレ嬢の心を奪ってしまっているんだよ!

 

 とすれば、これから何が起きるのか? レルネン一級魔法使いは今、愛する孫が知らない内にガラの悪いヤンキーに堕とされて、微笑の裏で計り知れないほど怒ってる。魔法を使えない一般人、等級の低い魔法使いでは、彼とすれ違った瞬間に、漏れ出る覇気で気を失ってしまうくらいに怒ってる。

 

 それと同時にあの方は、今回の試験では最終試験官を任命されていた筈だ。

 

 だから恐らくは、自分の立場にかこつけて。

 果たしてあのヤンキーが、孫娘に相応しい人間か───魔法の腕と人格を、最高レベルで兼ね備えているのかどうなのか。己の瞳で確かめるべく、やつに向けてピンポイントにとんでもない高難度の試練を課す。

 

 わたしとゲナウ。犬猿である我々が、業腹ながらマウントなしで互いに協力したとして───生きて突破する確率は、五割あるかも分からない。

 

 そのような、受験者レベルでは死刑宣告同然の、血と絶望と私情に塗れしクソ試験をレルネン一級魔法使いは間違いなく課してくる。

 

 そして被害が、銀髪ヤンキー一人のみで留まることもまた間違いなくあり得ない。ああ、三日後を考えてみただけで、震えが止まらなくなっちゃうよ。

 

 まず、一次から二次までずっと、同じパーティーとして行動してた、ツンツン頭の乙女オーラ君。彼こそが真っ先に、極めて高い確率でとばっちりにより殺される。

 

 次に、切り裂きユーベルと、幼女趣味のでか女。あの連中も、性癖的に好き勝手させておくのはまずいから、憂さ晴らしも兼ねて一緒にまとめて処すと思う。

 

 無論、我が親友フェルン嬢。優しいデンケンおじいちゃん。脚の綺麗なお団子さん。メスガキコンビのおへそさんとヒゲおじさん。切り裂きユーベルに付き纏われてる可哀想なメガネ君。蒸し焼きか、電撃責めか。せっかく春が訪れたのに、逆戻りして氷結刑か。もしくは、植物の糧になれよと土の魔法で生き埋めか。みんなみんな、気分一つでどんな目に合ってしまうのか、全然予想がつけられない。

 

 一級として生きることは過酷ゆえ、試験では毎回少なからず死者が出る。受ける側も、それは承知のことなのだし、仕方がないし避けられない。

 

 だが、このままでは今回は、大陸魔法協会五十年の歴史上かつてない数の死者を出す、拭いきれない特大汚点になってしまう。最終試験到達者、全員ことごとくを殺害なんて前代未聞の失態だよ。ゼーリエ様の尊顔に、桶いっぱいの汚泥をぶちまける行為だよ。

 

 止めなくてはならない。このわたし、ゼンゼが。ゼーリエ様の弟子として。大恩ある者として。立ち上がるのだ。勇気を目いっぱいに振り絞り、匍匐態勢から立ち上がるのだ。コミュ障であることに、今は甘えてなどならない。不器用だって、口下手だって言葉を尽くし、レルネン一級魔法使いを止めるのだ。問題だらけのこの世界へ、平和主義者に生まれ落ちた者として、刻み込まれた崇高な使命を果たすんだ。

 

 さあ、わたしよ立て。前を向いて言葉を紡げ。立て。紡げ。立て。紡げ。立て立て立て立て紡げ紡げ紡げ紡げ立ち上がって説得の言葉を紡ぐんだ───!

 

 

 ───だが、そんな苛烈で高尚な思いとは裏腹に。

 

 ゼンゼの身体は床に這いつくばったまま。ずるずるずると、音も立てずに逆戻り。狭くて暗くて薄汚い、蜘蛛の巣が張ったカウンターの内側にまで再び入り込んでいた。

 

 そして、小さな身体を更に小さく屈め込み、外の光を拒絶するよう頭を抱え目をつむり。

 

 己が無能に失望し、拭えぬ恐怖に儚く身体を震わせながら、今度こそ深き闇の底へと意識を沈めた───

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