都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ 作:すかすかのタキ
「あんたさっきから、一体何処見て歩いてんだ!? ちょっとくらいは気を付けやがれ!」
───あ、ああ。それはどうも申し訳ありませんでした…??
狭くて暗くてほこり臭い、カウンターの内部から一転。
見上げれば、遮る物なき広大な空。肌を撫でる柔らかな春の風。何百人もの市民らが賑やかに闊歩して、焼き立てパンの香ばしい香りが鼻をつく。
人様、もとい知らないおじさんにぶつかって、初めて気が付いたのだけれども。
何故だかわたしは、わたしの根城たるオイサーストの街並みを、よたよたゆらゆら蛇行しながら不安定に歩いてた。
───ふふふ、何たるお気楽にして体たらく。わたしが何もしなければ、三日後の一級魔法使い試験最終試験。
あの銀髪ヤンキーは間違いなく、最終試験官であるレルネン一級魔法使いの手によって見るも無残に殺される。わたしあいつ嫌いだし、あいつ一人で済むんだったらまだいいが───何たる失言、全然ちっともよくないね───実際は高確率で、他の受験者達も諸共にとばっちりで殺される。
平和主義者たる者、その凶行を知っていながら見過ごすなんて言語道断。自ら背負った使命の元、如何なる手段を用いても虐殺を止めなくてはならない。何が何でも絶対に、敗北必至のタイマンを張ってでも、レルネン一級魔法使いを食い止めなくてはならないのに。
わたしはまたもや無意識に、負うべき義務を放棄して意識を断ち切っていたらしい。
ああ、情けないことこの上ないとは分かってる。殴られようと蹴られようと、あらゆる批判を甘んじて受け入れる。だが、それだったら教えてくれ。実際わたしはどうしたらいいのだい?
まず、レルネン一級魔法使いへと向けて直截に、虐殺を思い止まるよう進言する。一番まともで手っ取り早い手段だがイヤだ。怖い。
だってさ~あの人さ~。普段はわたしを、ほぼほぼ第二の孫扱いでさ~。
チョコだとかクッキーだとか、食べたいお菓子を食べたい分だけ奢ってくれる、めちゃくちゃ優しいおじいちゃんなんだよ~。
想像しておくれよ。そんな優しい先達が、突如人を無差別に殺す、話も道理も通じない恐るべき魔人と化すんだよ? 頭がついていく訳ないじゃんか~。対面したら最後、ギャップがあまりに大きくて、震えて泡を吹いちゃう絵図以外なんにも見えないんだよ~。
ならば、レルネン一級魔法使いの孫であり、男の趣味さえ除いたのなら極めてまともなエーレ嬢。ちょっとだけなら面識あるし、彼女を通じて事態の鎮静化を図るのはどうだろう?
いけると思ったけどやっぱ無理~。それやるんなら、レルネン一級魔法使いのヤバさにだって絶対触れざるを得ないもん~。
何だかんだで彼女とて、自ら教えを乞うくらいには祖父を尊敬してるじゃん?
そんなエーレ嬢へ向け『君の祖父は君の為になるならば、虐待だって殺人だって、これっぽっちも厭わない異常者だ』なんて伝えられると思うかい?
言える訳ないだろうこのおバカ! わたしとて、一級試験官を務めるのは今回で五回目だ。受験者全員まとめて不合格にしたりとか、黒い実績ならば確かにある。だがそれも、まだ実力の及ばない者達が決して無理はしないよう。一つしかない命を大事にし、次のチャンスへと繋がるよう取るべき処置を正しく下した。先達として、やるべきことをやったという揺らがぬ自負が確かにある。
だがそれでも! やるべきことをやっただけだと分かっていても!
言いたくないが今年で■■歳になるお■さんには、キラキラとした若い子のキラキラした夢をへし折るのはメンタルにくるものがあるんだよ! それがよりにもよってエーレ嬢───見知った十台の女の子であるならば、尚更へし折れそうになるんだよ!
辛い! 試験を通してだったらまだやれる! 未来や命の為という、大義名分があるのなら耐えられる! だが、試験は関係ない以上、自分の言葉で面と向かいきちんと伝えなくてはならない。相手を不要に傷付けぬよう肝の部分はぼかしつつ。だが事態の深刻さは解せるよう、絶妙な塩梅で言うべき情報を開示する。
はっはっは、笑えるね! コミュ障にはそんな高度な話術とか、一生かけても望むべくもないんだよ!
同じ理由で、ちょっとは話せる同僚だって相談するとか絶対無理! だって話したら最後、エーレ嬢の繊細なる恋心について絶対触れざるを得ないから!
無理! 上手になんて喋れない! 隠したままで整然と伝えるなんて、この社会不適合者には絶対不可!
テンパって、あることないこと誤解を生んで、『ねえ知ってる? 魔法学園主席卒業生のエーレさんて、実は■■■狂いのとんでもない■■■■ビッチらしいよ?』『え~マジで~? 清楚で真面目な人だと思ってたのに幻滅~!』とかなんとか、不埒な噂が拡散しちゃうに決まってる!
そうなったら最後、受験者だけで収まっていた虐殺が、わたしも含めて非戦闘系の職員にまで一気に果てしなく拡大するよ!
ここまで来れば、もう組織の失態どころじゃない。あれよあれよと組織の崩壊にまで繋がるね。そこから更に連鎖して、崩壊はやがて北部戦線にまで行き届く。魔族を止める者達はいなくなり、百年ぶりの本格的な侵攻が再開。たった一組の恋愛から、あっという間に人類社会の終焉にまで到達してしまうんだよ恐ろしい!
───なんて、あり得ないと分かっていてもネガティブな妄想は止まらずに。考えど考えど、世界の終わりを覆す逆転の一手も見当たらず。
弱いわたしがいつまでも、それらに耐え切れる筈もない。
───だからもう、このままで。狭くて暗くて薄汚いカウンターの内側を棺とし、誰にも気付いてもらわぬままに一人で静かに朽ち果てたい。そう願い、自らの意思で以って己が意識を闇へ落とした。
───あとはまあ、無事に北部が存続してくれたというのなら。
二十年後か三十年後。事態が鎮静化した頃に、見知らぬ新人職員が大掃除をしていたらカウンターより謎の女のミイラを発掘。それを機に、我が師ゼーリエ様にもちょっとだけ。
ゼンゼという、存在感がめちゃ薄い不詳の弟子がいたことを。付きっきりで指導をして頂いた、短くも輝かしいあの日々を。ほんの一瞬、ちょっとだけでも思い返してもらえたのなら、わたしはすごく嬉しいな。
───そう、慎ましく思ってたのに。わたしは本気でそう思ってたのに、あの空気が読めないモブリーナさんってば!
見つけてくれなくてもいい時にわたしを見つけ、その上『ぎゃっ、ぎゃわいいーーーーーーーっっ♡♡♡♡ ギャップが胸にキュンキュンくりゅううーーーーーーーーーっっっ♡♡♡♡♡』とか何とか、訳分かんないこと叫びながら卒倒し、協会職員の皆さんをロビーまで呼び寄せてしまったんだ。
こうなってしまうともう、一人で死ぬのも朽ちるのも騒がしすぎてあったもんじゃあない。
だから、騒動の隙をついてこっそりと、わたしは協会の外にまで脱出し───そこからは、ガチのマジですっぽりと、一切の記憶が途切れてる。人生の引きこもり期間そのものに、マジで真っ白に途切れてる。
恐らくは、そこで自分の意識を断ち切って、あのおじさんにぶつかるまではふらふらよたよた蛇行しながら都市をさ迷っていたのだと思う。危なっかしいことこの上ない。全然知らないおじさんよ、ぶつかっても得をしない絶乳女でごめんなさい。次に会ったら誠意を込めて土下座します。
───ああ、それにしたってわたしはこれからどうしたらいいのだろう?
たった一人で虐殺を、どう解決したらいいのだろう?
状況を振り返ってみたとこで、妙案なんて一つも浮かんでくれはしない。頭は依然、ぼんやり不明瞭なまま。鏡を見たら、元々最悪だった顔色を特濃のクマが彩っているに違いない。よたよたふらふら、頼りなく歩を進めていたら、不意に旅楽団の演奏と出くわした。
リュート、フルート、ヴァイオリンにパーカッション。四つの楽器が一つとなって重なり合い、楽しくて軽快なメロディーを紡ぎだす。まるで、煌めくような妖精が色鮮やかな音符を纏い、気の向くままに自由に舞い踊っているかのようだった。通行人も次から次へと立ち止まり、やんややんやと拍手や喝采を送ってる。
笑顔がそこかしこで咲き誇る、平和主義者の望む光景。人混みが苦手なわたしでも、通りの隅から眺めていたくなるくらいには尊く温かな光景だ。
だがそれも、思考を明るく前向きに、切り替えさせてくれはしない。今のささくれだった気立てでは、鼓膜を鈍く掻き毟るノイズ以外には成りえない。
ちらりと一瞥しただけで、無感動に歩み去る。どうしてこんな、わたしでは解決不能な事態になったのか。誰が悪く、何が問題だったのか。華やかな楽の音も、沸き上がる歓声も、何もかもが届かない。獲物に群がる蟻の如く、思考を支配し埋め尽くすのは物騒な他責の念だけだった。
思い出す。今よりも五日前。一次試験での、隕鉄鳥を巡っての戦い。
もしあの時、我が天敵こと切り裂き魔法のユーベルが。或いは、親友フェルン嬢のどちらかが、銀髪ヤンキーを葬り去っていたのなら。
二次試験、未踏破ダンジョン『零落の王墓』の攻略。受験者達に立ちはだかる、受験者自身の複製体。もし、デンケンおじいちゃんがもう少しだけ強くって、その複製が都合よく、銀髪だけを消し飛ばしていたのなら。
わたしは今こんなにも、地へとズブズブ沈み込んでいくほどに、激しく悩み込むなどしなかった。
別に彼女ら以外でも誰でもいい。切り裂きユーベルと付き合っている、奇特な性癖のメガネ君。ハゲでもヒゲでもナルシストでも、いっそロリを拗らせた変態でか女だって構わない。
銀髪ヤンキーをこの世から、誰でもいいから消し去ってくれてたら───わたしも最終試験の顛末を、呑気にベッドに寝転びながらだらだら待つことができたのに。
一人の命、一人の恋を煮えと犠牲にしただけで、世界は変わらず平和であり続けてくれたのに。
───ああもう、とてもじゃないけど俯いたまま顔を上げるなんて出来やしない。
なんて情けないのだろう。どれだけ不遜なことばかり考えてしまっているのだろう。自分自身を嗤いたい。嗤いながら泣いちゃいたい。ゲナウよ、やっぱりわたしは、君のことなど大嫌いだ。劣化エ■ヴィン。堅物七三。死んでしまえ。こんなわたしを、ビシリバシリと容赦なく言うこと聞かない駄馬みたいに叱り飛ばしてほしいのに、いてほしい時に限り君は全然いやしない。
心が折れただけならいい。これまで磨き上げてきた技術。乗り越えてきた修羅場。自分が成し遂げてきた実績を、思い返して支えとし、もう一度立ち上がることが出来るから。
わたしが誰に憎まれようと、手を汚す覚悟があるのなら別にいい。銀髪ヤンキーを葬って、レルネン一級魔法使いの怒りが暴発する前に抑え込む。つまり、最小の犠牲を以ってして、多数の命を傷付けることなく救い出す。わたしは平和主義者の一級だ。その生き方を、自らの意思でこそ選択した。なればこそ、非情な現実を前にして、民から鬼畜と蔑まれる行為でも迷うことなく遂行する。その程度の覚悟など、魔道の道へと踏み込んだ■■年前に頑とした顔で済ませてある。口下手すぎて弁明なんて出来ないし、半ばやけっぱちではあるけれどきちんと済ませておいたのだ。
───なのに、今考えてることは一体なんだというのだい。
わたしこそが先達として、悪逆の沼をただ一人渡り切ってみせるべきなのに───護るべき後輩が、誰でもいいから勝手にそれを済ませておいてはくれまいか。
あまつさえ、事態がこうなった原因は後輩諸兄の手腕にある。わたしに一切落ち度はないし、何も悪くなんてない。悩み苦しみ、頭を抱えて気を病んでしまうことなどないのだと───目を覚ましてからずっと、そんな黒くて醜い他責思考が脳を染め、気を抜けばだばだばと口から垂れ流しそうになっている。
「───はは」
雨滴のように、自嘲の笑みが零れ出す。滑稽だよ。笑止だよ。
こんなにもダメなコミュ障なのに、わたしは五度も一級試験官に任命されている。それ即ち、魔法使いとしても平和主義者としても、ゼーリエ様より確かな信を得られていることに他ならない。
プレッシャーは超キツい。ぶっちゃけありがた迷惑なとこもある。けれど、それ以上に置かれた信は身に余る光栄だった。ご期待に添えられる、強く正しいわたしでありたいと思ってた。
だというのに、苦難の果てに辿り着いたわたしの本性はこれなのかい。敬愛する師に応えれず、裏切ってしまったというのかい。
悔しくて悲しくて、石畳へと向けた視線。その先には、通行人が知らず踏み潰したのだろう、小さなバッタの死骸がある。───それを見て、わたしの脳に流星が如き勢いで悟りが下りた。正に天啓。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、小声極まりないこのコミュ障が大笑しそうになりすらある。今更だ。今更過ぎるほど遅い。グダグダ迷い袋小路にはまり込み、けれどここへと至りようやっと、明朗すぎる真実と簡単すぎる解決に辿り着くことが出来ていた。
「───何故、もっと早くに思い至らなかったのだろうね。つまり、わたしが自害さえすれば全て収まる話じゃあないか」
そう。このバッタと同じよう、わたしなんて潰されるべき人間社会のクズなのだ。ゴミでカスで、全世界の平和主義者の面汚し的存在なのだ。
だから、ゴミカスクズと三拍子揃った女に相応しく。
レルネン一級魔法使いの目の前で、この首と腹とを潔く同時にズバンと掻き切ろう。そして、命を賭した人生最後の嘆願を行おう。
『この度の事態、全てはこのコミュ障の、怠惰と不徳と鈍感さこそ引き起こした原因で御座います。ですからどうか、この首を以ってして、受験者達に寛大な処置を。銀髪ヤンキーを少しだけ、エーレ嬢に真に釣り合う男かどうか、今しばらくは平静に見守ってはもらえませんか?』
と、一字違わず長台詞を言い切って、コミュ障人生最後に咲いた大輪の花とするんだよ。
あ、首をスパッと切り裂いたまま、口下手女が言いたいことをペラペラペラペラ喋っているのはおかしいかも。多分裂け目から空気が漏れて、喋りたくとも喋れない。まずは腹だけ切って嘆願し、言うべきことを言い切ったあと首を切り裂き主張をゴリ押すのが正しい手順! なのだろうけど、空想だから細かい部分はまあいいか。ご愛嬌だよご愛嬌☆☆
無力感と絶望感。そして己へと向けた失望に、心身が沈み切っていた状態から反転。ゼンゼは命の燃やしどころを見出して、かつてないほど晴れやかかつハイテンションになっていた。
尤も『うへへへへ』というキモくて妖しい笑い方も、無自覚の内に出力マックス。ヤバいヤク中かもと判断し、元々遠巻きにしていた民衆も更にあからさまに距離を取る。真っ昼間の、ごった返した大通りであるにも関わらず、ゼンゼの澱んだオーラを中心とした巨大なエアポケットが出来つつある。
───そして、まともな者なら誰一人とて近付かないヤバさ最高潮の空白に。
無知ゆえに息を潜めて踏み込んで、無垢ゆえに悪辣な触手を伸ばす三つの小さな蠢く影が───