都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ 作:すかすかのタキ
北へ東へ南へ西へ。相手は魔族か人間か、或いは波となって押し寄せる、強く凶暴な魔物の群れか。
誰であれ何処であれ、それが一級でなくては対処出来ない案件なれば、自室で引きこもってたい本音を殺しわたしは戦場へと出向いてゆく。
そして、都会でも田舎でも。
豊かな地でも貧しい地でも、うだるような真夏でも凍えるような真冬でも。
とにかく人の営みあるならば、限定品に群がってくる転売屋そのものにヤツらは必ず現れる。
当然ながら我がホーム、魔法都市オイサーストであろうともそれは例外とは成り得ないのだ。
「うわーっ! なんだこのちっこいおねーちゃん!?」
「髪の毛! 髪の毛がとんでもなくなげー!」
「知らなかったー! オレらの地元にこんな妖怪がいたのかよー!?」
ぐむむむむむむむむ。痛い痛い痛い痛いちぎれちゃうから無理矢理ぐいぐい髪の毛を引っ張らないでくれたまえ。
わたしは妖怪でも何でもなく、痛覚を持って生まれたごく普通の人間だ。見た目だけは十代の、汚れなき清純な■■歳の乙女なのだ。森の動物くんらの方が余程紳士で手慣れていたぞ少しはあの子らを見習いたまえ。
ああ、それにしたって恥ずべき失態を犯したよ。疲労とネガティブ、解決策を見出した安堵感。これらによって、じわりじわりと迫り来ていた連中に全く気付けていなかった。
そう。彼らを良く言うのなら、勇猛果敢で恐れ知らずな戦士達。
悪く言えば、バカで無謀で考えなしで、戦場では命令無視で突出し即座に味方の足を引っ張って、挙句に周りごと巻き込んで死傷者数をうなぎ登りにしてくれそうな───即ち、地元のイキってクソ生意気な悪ガキ共の集団である。
困ったことに、彼らに捕らえられている限り、レルネン一級魔法使いの元へ行き自害を果たせそうにない。
「───くんくん。ってゔぉえええっ!? くせえ! 分かっちゃいたけどこのねーちゃん、間近で嗅いだらゲロ吐くくらい髪の臭いがちょーくせええ!!」
「ぎゃはは、んな大げさな───ってぶふぁあああっ!?」
「やべえやべえやべえよこの髪一瞬意識が遠のきかけたー!!」
…おいちょっと待ちたまえ、地元の悪ガキ三人衆。ゔぉええって。ぶふぁあって。初対面のレディへ向けて、そのリアクションはあまりといってはあまりでは?
確かにお風呂と着替えをサボったし、多少臭っているという自覚もなくはないけれど、そこまでむせて八倒するほど今のわたしは臭いのかい?
…あ。そういえば、モブリーナさんのアイアンクローに髪を絡ませ反撃に転じた時も『おっふ♡♡ 引きこもり美少女と未踏破ダンジョンの混合臭が、わたしの鼻腔にダイレクトに♡ きっく…♡♡♡』とかなんとか理解し難いキモいこと、ブツブツごにょごにょつぶやいていたような気が。変態の戯言とスルーしておいたけど、あれは存外真実だった??
てゆうか今気付いたけれど、このわたしを中心として通りに巨大なエアポケットが出来てるじゃん!
通行中の皆さんも、わたしが目を向けるなりあからさまに顔ごと背け絶対関わろうとしてこない! 小柄な美少女が困ってるのに、助ける気配全くなし!
うう、認め難いがこれはもう確定だ。今のわたしの体臭は、思う以上に相当まずいことになっている! 自害の前にきちんと身体を清めなければ、お目通りすらも不可能だ!
「なーなー。そんじゃあ次は、この妖怪の髪の毛にどれだけ長く顔を埋めていられるか、ガマン比べ大会しねえ?」
「うおおーいいなあ面白そう!」
「優勝したらバームクーヘンおごりなー!」
は・あ・あ・あ・あ・あー!?
あのさあ、いい加減にしたまえよ君達。人を臭いと事実を突き付けるだけでは飽き足らず、賭けの材料にすらしてしまおうというのかい?
言っておくがわたしはね。自分のあまりの不甲斐なさゆえ自分自身に殺意を向けてる状態なんだ。真っ当な大人として、後輩達の未来の為に本気で命を差し出すと、覚悟を固めているんだよ。
その激重感情が反転し、今や君ら三人に向け一直線に飛び出さんとしているのだが? 一級の殺意を前にして、土壇場の死に際に立っているのだと、自覚はちゃんとあるのかい?
いいや、三方から髪の毛をグイグイ好き放題に引っ張って、嵐に浮かぶ小舟の如くわたしの身体を振り回してくれてるし、当然ありはしないよね? 畏怖を欠片でも抱いてるなら、こんなにも不遜な真似はとても実行不可だよね?
ふっふ、ならばいいだろう。我が魔力よ立ち昇れ。髪よ幾百の蛇となり我が敵を絡めとれ。さあ行くよ。覚悟する間もごめんなさいのごを言う間すらも与えない。一級として、真っ当な社会人の一人として、世間知らずのクソガキ共に大人の怖さを叩き込み───…。
ってちっがーう!! 違うだろうわたしのバカ! 何なのだいこの魔族ですらもドン引きな凶悪すぎる思考回路は!? 怖い! 自分が怖い! 例え使命を果た終えたのだとしても、こんなんでゼーリエ様や、天の国のおじいちゃんに顔向け出来るというのかい!? 出来ないね。ならば今一度、冷静になって己自身に問いかけよ。このわたし、ゼンゼという存在は何なのだ? そう、平和主義者の一級だ。人の命を救う為、必要あらば自身の命すら厭わない崇高な理想の持ち主だ。
この少年らが如何に、バカでクズでクソ生意気でこの世は自分らこそを中心に動いていると埃一片分すら疑わない思い上がった勘違い野郎にして麗しきレディの扱い方が鬼畜七三ゲナウのアホが生粋の貴族に感じられるほど最低な知性なきサル童貞という最早手の付けようのない救い難き畜生であったのだとしても───それでもいずれは大人となり、両の肩に人の世界を担うだろう尊く輝く存在なのだ。むかついたからって殺すなど、平和と理想の担い手として言語道断の態度だよ。
だからわたしよ、大人になれ。状況を冷静に見極めろ。
そも十歳前後の少年とは、人生経験希薄がゆえに想像力がどうしようもなく薄っぺら。無用にイキり、無用な勇気を示したがって、結果無残に自滅する愚かこの上ない生物だ。
けど、今回に限っては───自分で言ってて美少女失格なのが悲しいが───彼らはわたしの悪臭を、思わず七転八倒し吐瀉物が止まらなるほどヤバいのだと、己が身を以ちしかと体感してしまってる。
だから、口では如何に威勢よく『妖怪の危険すぎる髪の毛に、どれだけ長く顔を埋めていられるか勝負だぜ!』だなんて言ったって、内心じゃあ後悔している筈なんだ。
イキって口を滑らせたと動揺し、誰でもいいから話を逸らし勝負をうやむやにしてくれと、互いに互いの顔色をこそこそ伺い合っている───本質は実に姑息で情けないガキ共と、そう読んで十中八九は間違いない。
よって、殺しだなんて短絡的な解決に、断じて走ってはいけないよ。そう、精々あと一分も耐えてれば。
尻を足蹴にされようと、頭をぺちぺち小馬鹿そのものに叩かれようと、連中の結束なんてあと十数秒も耐えてれば、柱の折れた東屋ばりに跡形もなくあっさり瓦解。わたしなんか放置して、都市のいずこへ散りゆくが自明のオチというものだ。
「んじゃー5カウントで始めるぞー! 5ー!」
「4ー!」
「3ー!」
…あれ? おいおいおいおいちょっと待ってくれたまえ。八倒して吐瀉しかけたのを忘れたの? 三人揃って痛い目に合ったのに、誰も何も、一切学習してないとでも?
マズい。ものの見事に読み間違えた。彼らはただの、いつの時代の何処にでもいる悪ガキ三人衆じゃあ決してない!
この迷いの全くない、笑って死ぬ気が満々の清々しいまでに軽い声音!
ヒンメル様やハイター様、フリーレンさんとはまた違う。生まれた時代が早かったなら、ノリと運と勢いだけで、魔王を打倒す勇者パーティーにもなれた、誰にも修正不可能な正真正銘唯一無二のレベルMAX三馬鹿だ!!
「2ー!」
うわあああああああやめろやめろやめろやめろ来るんじゃない! 今更だけど、わたしはいじめを黙って受け入れている訳じゃあないんだぞ!
コミュ障だから『イヤだ!』と口で抵抗するのが不可であり!
ここまでの疲労に加え、反転殺意を抑え込むのに精一杯となってしまい、言葉はおろか身振り手振りでも反抗出来ないドールと化しているだけなんだ!
「1ー!」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 一体何処までわたしの髪を辱め抜くつもりなの!?
この全身包み込むまで伸ばされたゆるゆるふわふわヘアーはね、ネタや怠惰で伸ばしている訳ではないんだよ!?
ある時は爆発すらも無傷で凌ぐ、堅固で頼りになる鎧。またある時は、八方から襲いくる敵を、数千数万の槍として空間ごと制圧する、回避不能な武器と化す。
身に付けてきた、髪の毛を媒体としたありとあらゆる魔法の技術。それを早く確実に、広範囲へ向け体現が出来るよう錯誤してきた結果がこれなのだ。
そして何よりこの髪は、我が師ゼーリエ様より直々に───恐れ多くもマンツーマンでの指導を賜った、短くも濃密な苦闘と研鑽の歴史の証。敬愛するあの方と、不詳の弟子たるわたしを結ぶ唯一にして確かな絆。
これへみだりに触れるなど、ゼーリエ様と森の可愛い動物さん。手入れ係であるゲナウ。後は、真面目で清楚で慎ましい、昨日親友になったフェルン嬢。
この通り、わたしはお堅く生真面目なのだから、他の者にはそう簡単には許可をしない! ましてや顔面丸ごと埋めようとする、品性なきガキの集団なら尚更だ!
「ゼロー!」
「ゼロー!」
「ゼロー!」
「「「いっけえええええ!!」」」
ぎゃあああああああ来たああああああああああ!!
コミュ障だから仕方ないかもしれないけれど! ガキ共はおろか、遠巻きに見ている大人まで、救助を求める哀切必死な感情がちっとも届いてくれてない!
ああ! ここがもっと、人情深くて対人関係濃密な田舎の小さな町ならば!
知らないおじさんおばさんが『こらー! こんなめんこい女の子に、お前ら何をしとるかー!』って勝手にガミガミ怒鳴りつけ、ガキを理解らせてくれたのに!
辛い! 今はちっともそれがない! これがオイサーストという、都会の人間の冷たさかい!
ぼふんぼふんぼふん。
そうこう嘆いている内に───クソガキ共の顔面が、無情にも我が髪の毛の深くへとずぶりずぶりと埋もれていく。
三人が無駄なガマン比べをする内に───大事に維持した髪の毛も、ゼーリエ様との思い出も───三連吐瀉で内側から、全てが汚しに汚される。そんな、最低最悪の結末が、あまりに朗々と浮かんできて。
「───は」
それで、殺意の漏出を防いでた、高く堅牢な防壁が。
ガキ共へ向けあっけなく、重厚なる鋼の門を解放した。
ゼンゼの身体を中心に、轟と突風が吹き荒れる。足元の石畳がひび割れて、露天の商品が飛ばされて。今度こそ、まるで噴煙のようにして、魔力が空へ激しい勢いで立ち昇る。
十万以上の髪の毛が、寄り集まって幾十幾百の蛇となる。蛇が更に寄り集まり、敵を貫き絞め殺す、九つ首の竜となる。
───駄目だ。わたしよ自分を失うな。怒りに己を忘れるな。人間として、一人の平和主義者として、わたしはわたしに無用な殺しを許さない…!
ゼンゼの理性が、蒼白で介入を試みた。だけど、憎悪という名の直情に、それは誰の目にも明らかに一歩出遅れてしまってて。
呆然とする子供らは、頭上より襲い来ている竜達に指先一つ動かせず───ゼンゼは次の光景を予測して、小さな手の平で隙間なく、己が両目を覆い隠した。