都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ   作:すかすかのタキ

26 / 40
第三部
間章:彼女がまだ、孵りたての雛だった頃


 あのお方とわたしでは、生き物としての強さが違いすぎる。その部屋へと通された瞬間に、厳然たる事実を突き付けられた。

 

  

                               

「───じゃあ行ってらっしゃいゼンゼさん。大丈夫ですよ、あのお方はいつも不機嫌そうだけど、見た目ほどには怖い方じゃあ全然ありませんからね」

 

 あの、先輩。つまりそれ、見た目ほどではないだけで相応に怖い方ということでは? 全然ダメじゃあないのかい?

 

「そうそう。俺達のこと、魔法を上に押し上げる為の道具みたいに言ってるけど、言動ほどにはヤバい人じゃ全くないし! リラックスリラックス!」

     

 それはヤバい人としか呼べないよ! まともな人は、本音じゃ道具扱いしていても口に出したりしないから! 励ましに来たとか言っといて、何故にこの先輩達は不安を押し上げることしか言わないの!?

 

 ───はあ、もういいよ。どうせコミュ障なわたしには、口に出してツッコむなんて出来ないし。陽キャののん気さに付き合って、覚悟が木っ端微塵に砕かれてしまうその前にとっとと用事を済ませてこよ…。

 

 そうしてわたしはウザい励ましをシカトして、これから師となるあの方の居室の扉を開け放った。

 

 床全面に敷き詰められた、沈んで浮き上がりそうなくらいに柔らかな、ワインレッドの高級絨毯。人一人が使うには、あまりに広すぎる居室。二百人や三百人、余裕をもって収容し講義だって開けそう。天井だって、森の一部を丸ごと移植出来るほど高い。小柄なわたしが無理に見上げようとしたならば、ゴキリと鈍い音を立て首を攣ってしまうこと請け合いだ。

 

 見渡せば、四方の壁には武骨な威厳を湛えてる立派な樫製の本棚が。

 

 天井につっかえてしまうギリギリまで、全面一切隙間なく、ビッチリガッツリいくつも備えられていて、

 

「───おい、何をしてるんだ。呼んだのだから、とっととわたしの元まで来い」

 

 そして部屋の最奥には、大陸魔法協会の主が座るに相応しい、古の石玉座。

 

 大魔法使いゼーリエ様が、尊大に脚を組みながら腰掛けて、不機嫌を隠しもしないかんばせでわたしのことを待っていた。

 

「た、ただ今…!」 

 

 極めて静かでありながら、決して逆らおうとは思えない、重圧を備えた低い声。震えと緊張で転んでしまいそうになりながら。背中に冷たい脂汗をかきながら、わたしはあのお方の面前へそそくさと歩み寄る。

 

 ワインレッドに染められた、毛並み深い最高品質の絨毯。踏めば浮き上がる心地のそれが、今は剥き出しの臓腑の上を、ぶよぶよとした感触に耐えながら素足で歩まされてるよう感じてしまう。

 

 こんなわたしが玉座まで、どうして失神せずに辿り着くことが出来たのか。自然、深く深く頭を垂れて、ゼーリエ様に恭しく跪く。

 

「───新入りよ。名は確か、ゼンゼといったな。魔法使いは変わり者ばかりだが、中でもお前は随分と変わってる。それだけの才を持ちながら、どんな魔法でも与えられる権限を持ちながら、髪の毛を操る魔法など、奇妙かつつまらない選択をするのだから」

 

 四方を囲う本棚には、一万年の生の間に蒐集し続けたのだろう、古今東西の魔導書が、新たなる読み手を待って淡い眠りについている。その数は、数千冊か数万冊か。どちらにしても、人の生ではとても読み切るなどは出来はしない、眩暈がするほど途方なき圧倒的な蔵書量。更に、そこへと収納出来なかったらしき魔導書が、石玉座の周りへと幾つもの山となって積み重なり、主の目へと通されゆく瞬間を今か今かと待っている。

 

「ゼンゼよ。頂点にまで五級から一足飛びに踏み込んだ、傲慢なる異端者よ。お前がその天稟で、その下らない魔法を以って一体何を成そうとしてるのか、お前の口で語ってみろ」

 

 ああ、ゼーリエ様。才があるとか天稟だとか、どうかわたしを買い被らないで頂きたい。

 

 震えて顔を上げられない。紡ぎだせる思想がない。わたしは貴女のような偉大な方に、期待される人間じゃあ全くない。そう、わたしはただの、人の世界に適応出来ない引きこもりコミュ障だ。人より多少、魔法使いの才があり、独学だけでも五級までにはなれたから。最低限、一級試験の受験資格を得れたから。

 

 毎年死者が複数出る、三年に僅か一度しか開かれない、世界でも最難関だと言われる試験。それに挑み、勇気を示し、周りを少しだけでも見返せたなら。

 

 挑んだ結果あわよくば、この誰一人とも繋がれず何一つとて生み出せない無為なだけの人生に、さっさと幕を引くことが出来たらいい。そのような、後ろ向きこの上ない捨て鉢な動機で挑んだら、神の気まぐれが注いだ如き不可解な偶然が二つ三つと重なって、奇跡的にも初受験で受かっただけ。この地位を、誰かに譲れと詰め寄られたら喜んで譲り渡さなくてはならない、全く以ってここには相応しくない人間だ。

 

 おそばに寄るまでの僅かな間、見渡してみた部屋を思う。ただ、己を誇示して見せるべく、飾り立てられた物じゃあない。噛み砕き咀嚼して、血肉になるまで読み込まれているのだろう、数千数万の魔導書達。それを示す、肌で感じる魔法の技術。

 

 本を劣化させぬ為、この室内全体の、気温や湿度を最適にまで保ってる、匠の技の空調結界。それを平然と維持してる、並みの使い手百人分でもまだ足りない、圧倒的な魔力量。数百年数千年、地味であっても弛まない、積み重ねられた基礎の証。

 

 大魔法使いゼーリエ様。この部屋が示している通り、貴女は今までもこれからも、尽きることない情熱で魔道を突き詰めていくお方でしょう。その炎を、自分の裡だけに留めはせず、他者のランプにまでだって灯してゆけるお方でしょう。

 

「どうした。わたしが語れといってるのに、不敬にも口を閉ざしたままでいるつもりか」

 

 ────ああ。こうして直に対面し、ようやく決心がつきました。辞退しよう。やはりわたしのような人間は、一級の地位になど座れない。

 

 うつむきながら口元が、皮肉な形に自嘲する。ゼーリエ様、わたしはね。実のところ、特権だとか権威とか、欲しい魔法だなんて何もなかったのですよ。

 

 人を前にしてしまったら、まともに言葉が出てこない。目も顔も、とても真っすぐに見られない。自分自身の顔だって、知らない人には絶対見られたくなんてない。だから、とっさの時に見ずにも見られずにも済むように。一瞬で、前髪を長く伸ばす手段があればいいなって。

 

 日頃から、そんな風な、情けなくてみっともない願望ばかり抱いてたから───何が欲しいという問いに『髪を操れる魔法がいい』とうっかり答えてしまっただけなのです。

 

 跪いたままうつむいて、一言すらも言葉を発しようとしない。そんなわたしに痺れを切らしたのであろう。ゼーリエ様が音もなくゆったりと、石の玉座から立ち上がった。見えずとも突き刺さる、極寒の如き冷たい視線。わたしへ向けて一歩ずつ、厳かな歩調で以って歩み寄ってきていられる。

 

 ───ええ、構いません。どうか貴女から、この無礼で無様なコミュ障に引導を渡して下さいませ。

 

 貴女のような偉大な方を、せめて讃える言葉さえ、一つだって出てこない。おべっかすらも使えずに、気を煩わせるだけ煩わせる。

 

 一級に、このような愚鈍が合格したのは間違いだった。どうかそう断定し、変わる勇気も終わる勇気も持ち得ない半端者を、おじいちゃんが待っている天の国まで葬り届け───…

 

「言葉で言い表せれんのなら、それはそれで別に構わん。いいからとっとと、わたしの授けた魔法を使え」 

 

 ───え?

 

 ずっとうつむかせていた顔を、思わず上に上げてしまった。

 

 ゼーリエ様と、当然のように目線が合う。見下ろす瞳は、冷たくって傲岸で。甘えや嘘偽りを許さない、厳しい威厳に満ちている。

 

 だけどそこに、おどおどびくびくとしたコミュ障だから、前髪が重すぎて暗いからと、嘲り見下す憐憫だって欠片ほども見当たらない。

 

 ───いや、てゆうかどういうこと? 言葉で言い表せないでいいのなら、わたし喋らなくてもいいんですか? 語らなかったら不敬って、さっき言われたばっかりなのに?

 

 疑問がもろに、顔に出てしまっていたみたい。ゼーリエ様が応えるように、言葉の続きを紡ぎだす。

 

「いいか新入り。魔法とは、イメージこそが全ての世界。それは常に流動していて不確かで、我々は先人が積み上げてきた理論を寄る辺とし、膨大な反復により安定化させ固定化し、外界へと向けて解き放っているに過ぎない。

いいか。わたしが貴様ら一級へと求めるのはな。かつてのような真に洗練された魔法使いへと成長し、わたしですらも見い出せない新しい何かを生み出すことだ。

簡単な道のりでなどあり得ない。理想とは、新たなる魔法とは混沌であり、渦にして波であり巨大な未知の機巧であり、容易な言語化など不可能だ。簡単に出来るというのなら、それは思い上がった凡夫であり一級には不要な者だ。

言葉など後付けでいい。お前の描く理想はなんだ。髪を操り何がしたい。言葉に出来ないというならば、考える前に手を動かせ。見当違いで構わんから、伸ばせる場所まで腕を伸ばせ。指先だけでも十分だから、その輪郭へと触れてみろ。足りないものがあるのなら、わたしがわたしの理想の為に手を添えておいてやる。だからグダグダうじうじしてないで、とっとと思うまま動けこのもさもさ女めが」

 

 …え、えーと。あくまで頭の中でだけだけど、これはどうコメントしたらいいものか。ポカンとしているわたしを余所に、ゼーリエ様はなかなか随分な長広舌で、こちらへ向けたアドバイスらしきものを一気呵成に言い切っていた。

 

 研究命。無駄な雑談が大嫌い。頑固で無口で声も低く、いつも仏頂面な怖い方。そんなマイナスイメージばかりがあったけど───どうやらあの方自身にも、やらかした自覚があるらしい。ただでさえの仏頂面を、それはそれはわざとらしく大きく歪め、背中を向けると足早に後退。

 

 さっきよりも三割増しは尊大に、どっかと玉座に座り込んだゼーリエ様を見ていると、全然怖いお方とは思えなくなっていた。

 

 いやおかしいよ、待ってくれ。この極度のコミュ障が、よりにもよって目上の中の目上に向けて、そのような気安い感情を抱くだなんて現実的にあり得るの? 一万年も生きてるのにわたしと同じくらいちっちゃいと、親近感らしき感情すら覚えている気がするんだが?

 

 ダメだダメだダメだダメだ調子に乗るなもさ女。客観的に考えろ。何という不敬。無礼千万国辱もの。わたしが勝手に友達扱いし始めたなら、キモすぎて絶対ゼーリエ様に迷惑だ。それ以前に立場を弁えてなさすぎる。あまりにバカで生意気で、古代の禁呪で消し飛ばされてしまうのがあるべきオチというものだ。

 

 ───だけど、臆病で人の心に疎いわたしには、どうしてそんなことをして下さったのかさっぱり分からないけども。

 

 少なくともゼーリエ様は、わたしの為に恥を忘れ、懸命に何かを伝えようとして下さっていた。

 

 ならば、後ろ向きな理由でここに来た、どうしようもないコミュ障であるわたしでも、それを蔑ろにすることは許されない。

 

 だから、改めて懸命に考えた。すかすかな人生からだって、何かを引き出してみたかった。

 

 髪を自在に操る魔法。欲しい魔法を、何でも一つだけ授けられる、一級魔法使いの特権。それを使うには釣り合わない、大して強くもない能力。自分の顔を隠す為。人の顔を見ない為。情けなくてみっともなくて、弱々しすぎる事情だけで、わたしのものにした技術。

 

 下を向いて、後ろへ逃げ続けてきたその先で、わたしはこの魔法に何を望む───?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。