都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ 作:すかすかのタキ
空は晴天。千切ってそこらにばら撒いたかのような、白くて小さい雲の群れ。
名誉を求める冒険者。各地で集めた民芸品を、言葉巧みに売り捌いている旅商人。買い出し中の地元民や、目を輝かせた留学生。活気と喧騒に満ちている、北部最大都市の大通り。しっかり前を見てないと、通行人とすぐにぶつかってしまいそう。
ふと見ると、そんな賑やかな街中に、人っ子一人立ち入らない大きなエアポケットが出来ていた。
───何だこれ? ここで何が起こってる? もしかして、でっかい馬か牛の糞でもこんもり放置してあるの?
フェルンが呆れた頃から変わってない、田舎の子供的発想である。ともあれ好奇心を刺激されたシュタルクは、持ち前の腕力でぐいぐい人垣を掻き分けてゆきエアポケットを覗き込む。
そこで目撃したものは、小柄で儚い雰囲気の、茅色の髪をした一人の女の子であった。
シュタルクは一目見て、なんだか変わった女の子だなと思った。
最も目を引いたのは、やはり全身包みこまんとするレベルまで伸ばされた長い長い髪である。
すごいなあ。俺より年下に見えるけど、あそこまで伸ばすのに何年くらい掛かったんだろう? すごいと言えばすごいけど、重たそうだし動いたりもしにくそう。ついでに手入れもめちゃくちゃ面倒臭くて大変そう。どうしてわざわざ、あんなに不便な髪型してるんだろう?
ああ、やっぱり女の子って難しい。フェルンの髪も長いけど、あそこまで伸ばせって言われたらすんごい嫌悪の目をするだろなあ。
───などなど、ネガティブな感想ばかり彼の脳裏へ浮かんでくる。
大通りを歩いていれば、どうしたって目立つ存在。その上彼女、一体何処で何をしてきたというのだろう。茅色の長い髪が。宵のような深みのある蒼いボレロが。その下に着込んでる、上質そうな純白のワンピースまでもが。
どれもこれもがほこりに塗れ、土やら泥やら諸々が至るところにこびり付き、ついでに汗を拭いてもいないのか仄かな悪臭さえも漂ってくる。
───ああ、ここまで来るともう駄目だ。
シュタルクは、自分自身の経験によりこれから起こることがよく分かる。というか、思ったそばからわらわらやってきてしまってた。
そう、別にもったいぶるでも隠すものでもないけれど───本能と勢いだけで生きていて、無知であるゆえ怖いものなど何もない、調子に乗った地元の悪ガキ集団だ。そのような連中が、弱そうな上いじりどころが山ほど見えてる存在に絡んでこない理由がない。
「うわーっ! なんだこのちっこいおねーちゃん!?」
「髪の毛! 髪の毛がとんでもなくなげー!」
「踏んだら転んじゃうんじゃねーの?」
「試しちゃえ試しちゃえー!」
やっぱりだよ。予想が何もズレはせず、髪の長い女の子がイジメられだしちゃってるよ。
悪ガキ三人に囲まれて、髪を引っ張られても抵抗出来ず一人で孤独に震えてる。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。可愛そうだし見てられないし、助けてあげるべきなんだろうか。でも、顔を売る目的は達成したし、これからトレーニングにも行かなきゃだし。
人助けして、結果やるべきことがやれなくて、それでフェルンに怒られるだなんてあんまりにもバカげてる。そも、彼女から悪臭が漂っていて近付こうにも近づき辛い。
あれこれ考え込んだがシュタルクは、迷ったままでどう動きたいのか決めきれない。
いいや、むしろ幼少の頃───今はなき戦士の村にいた頃の、目前の行為と似た記憶が刺激され───あんなの見ていたくはないと、見捨てていこうという方に、内なる天秤を片寄らせる。
少女は髪を三方から引っ張られ、踏ん張りきれずぐらぐら振り回されている。重い前髪の隙間から、辛そうに潤んでいる眼が見えた。
厄介事は普通にごめんなんだろう。みんながそこを避けて行き、助けに入る気配はない。
───そうだ。俺にだって、色々やらなきゃいけないことがある。自分の旅の都合がある。だから、特別なことなんてしなくていい。所詮は子供のやることだ。命の危険がある訳じゃなし、見ない振りしておいていい。みんなと同じ、無難で当たり障りのない、極々普通の選択をしておいたっていい筈だ。
踵を返し、最初に描いた予定の通り、人っ子一人立ち入らない郊外の高台にまで歩いて行く。そこで、身体を鍛えて汗を流し、瞑想をして雑念を消し、旅を再開するにせよ三年待機するにせよ、どちらになろうとフェルンに対応出来るよう、しっかりとした心構えを作り上げ───
ようとして、シュタルクが思い起こしたものは、自分が一番尊敬してる亡き兄の顔だった。
大っぴらではなくっても、同年代からのいじめから言葉巧みにかばってくれた。冷たくされて沈んでいたら、大好物のハンバーグを腹一杯になるまで作ってくれた。彼が一番尊敬してて、もうこの世の何処にもいない、誰より大切な人の顔。
何よりも、村に燃え広がる炎の中、堂々魔族に立ち塞った、純白のマントを背負う大きな背中。
こちらを振り向き、送り出してくれた微笑みが、強く強く脳裏をよぎり───やっぱり俺は、この子を放ってなんかはおけはしない。
そう決めて、ゼンゼを助けたシュタルクは、とりあえずいじめの主因になっている汚れを落とさなきゃならないと、自分の宿にまで連れ込んでいた。