都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ   作:すかすかのタキ

30 / 40
ゼンゼ様、フリーレンパーティー全員と裏で邂逅を果たしてた④

 ───どどどどどうどうどうどうどうしよう? あの子を助けてあげたのは、男としてきちんと正しいことをしたのだと思う。兄貴に誇れる正しいことを、ちゃんとやれたのだと思う。

 

 でも、助けてあげたのはよくっても、俺って今、別の意味でもっとマズいことをしてるよね??

 

 ゼンゼを宿屋の部屋まで連れ込んだシュタルクは、とりあえず彼女を椅子に座らせて、悪臭を留めないようドアと窓を全開にした。

 

 涼やかで心地いい風が、ふわりとカーテンを揺らしつつ部屋の中を吹き抜けていく。

 

 が、シュタルクの顔面は、まるで極北の風を素肌で浴びてるように青かった。いや、膝と手指とがぶるぶる震え、徐々に青から蒼白にまでなっていく。

 

 彼はえっちな話には、年にそぐわずとても疎い。ザインがジョッキを片手にし、『もういい加減に付き合えや!! ちゃんと祝福してやるから、とっととガキの一人や二人こしらえや!!』と何度も一気をするくらい、ぴゅあっぴゅあで超疎い。

 

 しかし、同年代の女の子と長く旅をしていれば、手を握ったり密着したり、ぽよんと柔らかいナニかが触れたりと、青春イベントの十や二十起こるべくして起こるもの。

 

 疎いなりには性の差を。年頃の女性について日々実践で学習し『ヤバい。うまく言葉に出来ないけれど、フェルンにバレたら問答無用でキれさせちゃう、すっごいイヤな予感がする』と、自身が招いた現状に一応うっすら勘付いていた。

 

 対応を間違えば最後。冗談抜きで、人間ではなく魔物を相手にするノリで、フェルン必殺ゾルトラークの飽和射撃を食らうという、どうしようもなく嫌な確信。自分の迂闊と軽率に、震えと共に吐き気までもがこみ上げてくる。

 

 ───じいー。

 

 ───はっ。

 

 自分が招いたストレスで、シュタルクは震えに加えて口を抑え、床に蹲ってしまう寸前だった。

 

 だが、直前でゼンゼの姿が。

 

 椅子にちょこんと腰掛けて、不安そうに彼のことを見つめてる、ゼンゼの小さな顔ばせが彼の両目に映っていた。

 

 ───そ、そうだ。俺の事情がどうであれ、女の子に手を差し伸べたならきちんと責任をとらないと。それが出来ないやつは男じゃねえ。心底惚れた女がいるんなら、結ばれねえと分かっていても想いを生涯貫いてやるもんなのさ───って、勇者ヒンメル大好きなヴィアベルのやつが言ってたし。

 

 後半はなんていうか、自分に言い聞かせてるみたいなとこがあったけど、とにかくちゃんとやらなきゃ男じゃない。ここで頑張れなかったら、兄貴に誇れる自分には永久にはなれないのだと思う。多分。

 

「───えーと、それじゃあゼンゼさん? 何があったか知らないけれど、汚れたまんまじゃまた絡まれちゃうかもしれないから。とりあえず拭いて落としちゃおうと思うんだけど、あちこち触れても大丈夫…?」

 

「う、うむ。あんまりよくはないけれど、背に腹は代えられないしどうかよろしくお願いします…」 

 

 小さく首を頷かせ、それ以上に小さな声で、ゼンゼは恥ずかしそうに承諾する。

 

 ───よ、よし。無事に許可をもらえたし、ここからは時間との勝負だ。

 

 今、フリーレンとフェルンのやつは、二人揃って試験に行って、宿を一日留守にしてる。前回は二日掛かりだったんだし、多分もうしばらくは大丈夫。二人が帰ってくる前に、ゼンゼさんを綺麗にして、街を安心して歩ける状態にしてあげなくちゃ。

 

 手元には、湯気を上げてる大量の蒸しタオル。おかみさんに依頼して、追加も続々到着予定。

 

 ───さあやるぞ。大丈夫、慣れっこだ。似たようなことだったなら、あいつのお陰でしょっちゅう繰り返しやらされている。

 

 可能な限り迅速に。だけどガラス細工を扱うように、限界まで優しく丁寧に。

 

 覚悟を決めたシュタルクは、左手をゼンゼの肩に添え右手のタオルで髪の汚れを拭い出した。

 

 

 

「全くもう! 全くもう! フリーレン様ってば本当に!」

 

 一方その頃フェルンだが。

 

「こちらの気持ちなんて察せない、マイペースでちゃらんぽらんな方だって分かったつもりではいましたが! こんなにも人の心に欠けるだなんて、想像すらもしませんでした!」

 

 二次試験『零落の王墓』攻略後。傷を癒し、オイサーストまで戻った後、フェルンは壊れてしまった魔法の杖を直す為、修理屋にまで訪れていた。

 

 だが、真っ二つに折られた程度ならいざ知らず。

 

 フリーレン(複製体)の一撃が直撃してしまったその杖は、最早単なる木屑の集まり同然にまで成り果てていた。 

 

 職人はいくら懸命に頼んでも『何度頼まれたって、自分の腕じゃあとても無理だ。むしろ下手にいじったら、余計にバラバラにしちまうよ』と匙を投げてみせるのみ。

 

 フェルンももう、子供などでは決してない。初めから嫌な予感なら感じてた。突き付けられたくない現実を、ここで突き付けられてしまうのだと、心の何処かで覚悟はしてた。それでも、フリーレン様ならば───。  

 

 うっかりさんでマイペースで、使い所の分からない変な魔法ばかり集めてる変な師匠ではあるけれど。それでも万能の達人である彼女なら、上手い具合に職人の仕事をサポートし、不可能すらも可能に変えてくれるんじゃないかって、一縷の期待の目を向けた。

 

 けれど、返ってきたものは『そう。それじゃ杖を扱っている魔法店を探そっか。最終試験が始まるまでに、新しいのに慣れなきゃだし』という、血の通わない正論だった。

 

 これには彼女も一瞬にしてブチ切れた。屋根の上に積もった雪が、音も立てずに地へ落ちる。一度落ちれば止めようもなく連鎖する。次から次に、誰も気付かないまま連鎖して、やがてそれは、街全体を押し潰す破滅の雪崩にまでなるように。深く静かに致命的に、フェルンの心はブチ切れてしまっていた。

 

「───あれ? フェルン、何処に行くの? どうせなら、杖を売ってるお店は何処か尋ねておいた方が…」

 

「知りません。新しいのなんてお断りです。これ以上着いてきたら、お尻ペンペンの刑ですよフリーレン様」 

 

 彼女はそれだけ言って背を向けて、店の外にまで歩き出す。

 

 ドバン! という壊れんばかりに豪快な、店の扉の開閉音。間際に見せた眼光は、扉から窓口まで五メートルの距離を置き、尚もフリーレンを「ひえっ…」と恐怖に震わせた。最終試験までの三日間。もしもこの間、わたしへ向けて謝罪も低頭もなかったら、こちらから師弟関係解消させて頂きます。炊事洗濯金銭管理、二度としてあげませんから。言葉は一言もなかろうと、眼光だけで彼女は固い意志を告げていた。

 

 ───とまあこの通り。シュタルクの想定とは、全く異なる修羅の場が、向こうは向こうで展開されていたのである。

 

「さて、これからどうしたものでしょう」

 

 勢いのまま、大通りにまで出てきてしまったフェルンは、一人困った顔で呟いた。

 

 何せ、肝心要の砕けた杖は、先の修理屋の職人に預けたままとなっている。これでは他へ、相談に回ろうにも回れない。感情に流されていたといえ、聡明な彼女らしからぬうっかりだった。当てもなく歩を進め、空の手を握りしめながら自分の気持ちを整理する。

 

 ───ええ、ちゃんと分かっていますとも。正しいのは、フリーレン様と職人様。棚にいくつも仕舞われていた、魔杖学に関する本。状況を考えたなら、職人様の真面目さを見たならば、今すぐ新品へと買い替えるのが最良の判断というものです。

 

 だけど、バラバラに砕かれたってあの杖は、ハイター様から贈られた、一心同体とすら言っていいわたしの宝。この先も、魔法使いとして生きるなら、生涯を共にしたい真の友。徒労に終わると分かっていても、あっさり諦めるなんてしたくない。ですがそれはそれとして、今更回収に戻るのも気まずくって嫌ですし。

 

 うーん、どうしたらいいのでしょう。胸がムシャクシャしてたので、取りあえずは憂さ晴らし。美味しいもので少しお腹を満たしたかった。

 

「とりあえず、あれにしておきましょうか」

 

 適当な屋台に目を向けて、適当に買ったいい匂いの串焼きを、フェルンはストレスの唸るがままにむしゃりと豪快に頬張った。

 

 ───もぐもぐごっくん。ああ、まんべんなく塗り立てられた、(多分)店主様ご秘伝のピリ辛ソース。舌が香ばしく痺れます。喉から胃にまで電気が走り、毛穴という毛穴から湯気が噴き出してしまいそう。思わずクセになるこの感覚、今のわたしの心情を、ピタリと代弁してくれているかのようです。気に入りました。シュタルク様もお好きでしょうし、一緒に食べたいところです。もう三本ほど購入させてもらいましょう。

 

 そこで彼女は、刺激的な辛さと共にはたといいアイデアを閃いた。

 

 ───そうです。この時間帯ならシュタルク様が、街中で自分の顔を売って回っている筈です。適当に探していればすぐ見つかる筈ですし、わたしに代わって回収に行ってもらえばいいのです。ついでに愚痴も、誰かに聞いてもらいたいとこですし。

 

 うん、そうしましょうそうしましょう。シュタルク様も随分サボり続けていた訳ですし、この期に精々借りを返納してもらいましょう。

 

 なかなか酷い言い草だけど、実のところシュタルクはかなり幸運のだと言えた。フェルンがもし、彼へと向けた信頼を本格的に失っていたとしたならば『どうせわたしの言いつけなんて、無視してサボっているのでしょう。ダメなシュタルク様のことだから』と、迷うことなく宿屋の方へと向かってた。そしてゼンゼとはち合わせ、最悪の修羅場になっていたのは想像に難くない。

 

 だがしかし、一輪の幸運の花咲くば、不運の種も同時にまかれているのが常である。

 

 それは先程シュタルクが、暴走馬車の抑止という大きな手柄を立てたこと。多数の命が失われ、多数の負傷者が出る事故を、未然に防いで見せたこと。こうも大きな都市ならば、噂の伝播も桁違いに早くなり、

 

「なあ聞いたかよ? この都市に現れた、流れの英雄の話!」

 

「ああもちろんだ! でけえ斧を背負った、赤毛の兄ちゃんの話だろ!? 何でも、暴れ回る馬二頭を、素手で食い止めたんだとか!」

 

 通りを歩いている内に、すれ違った市民二人による会話。英雄はともかくとして『巨大な戦斧を背負った』『人間離れした力を持つ、赤毛の若い男性』の噂。フェルンはその二つを聞き逃すほど、鈍い人間ではなくて、

 

「すいません。その英雄様の話、詳しく聞かせて頂いてもよろしいですか?」

 

 幸運にも、時間はまだまだ残ってる。残っているけどフェルンの魔手は、シュタルクの首元にまで着実に迫り始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。