都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ   作:すかすかのタキ

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ゼンゼ様、フリーレンパーティー全員と裏で邂逅を果たしてた⑤

 シュタルクが、髪とやら衣服にこびり付いた、ほこりや汚れを落とし始めてはや約五分。

 

 初めは警戒していたゼンゼだが、あまりにあっさり即落ちニコマ状態となっていた。

 

 

 ふうわああああ〜気持ちいいキモチイイきもちいい。

 

 この世に生まれてはや■■年、凝った身体をほぐそうとあっちこっちでマッサージを受けてきたけれど、あれらは全て偽物だった。出会ったばかりの男の子に、全身くまなく撫で回されてはほぐされている。そんなきわどすぎるシチュエーションの今こそが、人生で最高潮にきもひいい〜。

 

 ───い、いけない。みっともないところをお見せした。呂律が変に、乱れてしまっていたようだね。切り替えよう。一級の一人として、範たるゼーリエ様と同じよう、威厳ある口調を維持しなくては。

 

 おほん、では改めて。

 

 フリーレンさん、貴女は二次試験での探索中───無謀で無価値で意味不明なギャンブルにより、ミミックの口内で何度もねとねとにされてしまってた。そしてその度、フェルン嬢に身体を拭かれ、猫みたいに目を細めただただ身を任せていたけれど。

 

 今頃になって理解した。フリーレンさんは、このとろけるような幸福感を、文字通りに全身で味わっておられた訳ですね。

 

 つまりだよ。わたし、人見知りコミュ障だし名前覚えられていないから、仮称三白赤毛戦士君と呼ばせてもらうけど。

 

 一言で言って『至上』だよ。その技術、何処で何して身に付けたのかは知らないけれど、君ってマジで最高だよ。もふもふのゴールデンレトリバーに包まれて、頬を優しく舐められているかのような至上に心地いい手付きだよ。

 

 ああ~たまりゃない♡ 天の国まで昇れそう♡♡

 

 もっともっと、肩でも腰でも頭でも、わたしの全身至る箇所がスライムみたくにとろけ落ちてしまうまで、いくらだってやりたいようにさわさわさわさわなでちゃって〜♡♡♡

 

 ───って駄目だ。駄目だ駄目だ『はあと♡』じゃないよしっかりするんだ目を覚ませ! いくら恩人だからって、こんなにも簡単に堕とされてしまうんじゃないわたし!

 

 三白赤毛戦士君、君がクソガキ三人衆から助け出してくれたのは、しかと感謝をしておこう。深く深く、おでこが膝にくっ付くくらい、敬意を込めてぺこりと頭を下げておこう。

 

 だが、それはそれこれはこれ。君のような若人と、宿屋で二人っきりという状況に、油断をするようなわたしじゃないっ!

 

 善意を断れないコミュ障ゆえに、今はこのまま身体を拭いておかれるよ。だが君が、汚れを拭き取る名目で、胸部や臀部にまで触れたなら。布の上からでは飽き足らず、衣服の中まで手を突っ込んできたというのなら、その時はわたしも容赦しない。

 

 君は童顔ではあるけれど、大人といっていい歳だろう? 善悪の曖昧な、幼い子供などではないだろう?

 

 ならいざという時は、恩ある君であろうとも、一介の平和主義者として対処する。更生不能な極悪人───もとい、唾棄すべき性犯罪者としてこの髪で、ゼロ距離からの断罪をしてあげるから。

 

 どうかそれだけの覚悟を以ってして、純潔を守ってきたこのわらしの、きよいかららをなれまわひ───…

 

 

 

 開け放った窓からドアへ、風が一陣吹き抜ける。シュタルクの居室の隅に、次から次へと使用済みの汚れたタオルが積み重なる。

 

 フリーレンとフェルン。今は留守にしている二人の仲間。

 二人が宿へと帰着して、階段を登ってくる気配はないか。ぎしりぎしりと、ホラー染みた足音を立て、廊下を歩いてくる気配はないか。神経をキリキリ尖らせながら手を動かし、シュタルクは半泣きで「はあ〜…」と大きくため息をついた。

 

 ───ゼンゼさん、髪の毛もスカートも、袖口も手の平も、靴もほっぺたも胸元も、こんなにあちこち汚してて、何があったか知らないけれどやっぱり疲れていたんだろう。

 

 文句を言ったり、くすぐったがったりもろくにせず、すぐに身体が脱力しうとうと船を漕ぎだした。お陰で作業自体はやりやすい。

 

 でも、それはそれとして、やっぱり怖いものは怖いよ〜。

 

 戦士としての警戒網は、ずっと全開で張り巡らせてある。この部屋に、仮に蜂でも飛んできたのなら、腕の伸ばせる範囲に侵入した瞬間、眼をつぶった状態だって一撃で払い落とせる自信がある。

 

 でも、フェルンが相手だとダメなんだ。あいつはそんなの、何の意識もしなくとも、炉端の石でも踏み越える感覚でごくごく普通に突破して、俺のすぐ背後から死神の眼で無情に睨めつけてきてるんだ。あり得ないとは分かっていても、そうなるとしか思えないんだ。

 

 だから、可能な限り迅速に。だけどガラス細工を扱うように、限界まで優しく丁寧に。えっちでやらしい雰囲気なんて、欠片すらも出さないよう、こびり付いたほこりや泥を手にしたタオルで拭き取っていく。

 

 ちなみに無事やり終えられたとしても、次は汚したタオルの清掃が(場合によっては全弁償)。更に追加で『まあまあシュタルク君てば~☆☆ フリーレンちゃんとフェルンちゃんに続く、第三の彼女までうちに連れ込んでくるなんて~☆☆☆ 修羅場は避けられないかもだけど、面白いからおばちゃん全力で応援しちゃうわよ~あっはっは☆☆☆☆☆』って、よく分かんないけどすごい誤解をしてるっぽい、女将さんへの厳重な口止めとかが待っている。

 

 とほほ、ホントにどうしてこんなことになったんだろう。なあ兄貴、俺のことを見てるかな。正しいことを正しくやるのはホントに難しくって大変だよな。

 

「───おっと」

 

 また大きなため息をついたシュタルクは、うつらうつらとしている内に椅子からずり落ちそうになっていた、ゼンゼの身体を慌てて支え元の体勢へと整える。

 

 不意に、重い前髪の隙間から、切れるように流麗で、朝露を含んだように艷やかな、美しく女性的な睫毛が垣間見えた。視点を少し下げたなら、赤みを帯びたふっくらとした丸い頬。つつくとぷしゃりと果汁が弾け出しそうな、甘やかしさと柔らかさを思わせる。

 

 ───改めて、こうして間近で見てみると。

 

 小柄で浮き世離れして、顔は綺麗だってのに何故だが全身妙な汚れに塗れてて、ゼンゼさんてなんとなくフリーレンに似てるよな。

 

 あー、そういえば以前、リーニエとかいう子供の姿をした魔族にも、危うく殺されちゃうとこだったし。俺ってこういう、身体の小さな女の子に、一生振り回されちゃう変な運命にあるのかな…。

 

 シュタルクが変な悟りを開こうとしていたその瞬間。

 

 傾いて、椅子からずり落ちかけていたその身体を、しっかり腕で支えたことが切っ掛けとなったのか。眠りに落ちかけていたゼンゼの眼に、遥かな三等星みたく小さな光が灯っていた。

 

 うつむいていた顎が上がり、右へ左へ不確かに揺れていた体幹も、幾分か安定したものになる。

 

 それに気付いたシュタルクは、努めて穏やかさを意識してゼンゼへ向けて話しかけた。

 

「───ああ、ゴメンな。起こしちゃった? とりあえず半分以上は終わったから、もうちょっとだけガマンしていてもらえるかな」

 

 浮かべた笑顔。紡いだ言葉とその声音。多少ヘタレではあるけれど、元がコミュ力強者である。どれを取ってもシュタルクに、何ひとつとて問題はない。

 

 無論、本人にだってそれなりに───完璧ではなかろうと、それなりにというレベルなら、きちんと優しくゼンゼに話しかけられている自信はあった。だから身体を拭くのと並行し『臭いを中和する魔法』の込められたフリーレン謹製の香水を、ゼンゼに向けてそっと吹きかけようとして───

 

「ううっ…ぐすんぐすん…」

 

 ………………………………………………………へ?

 

「本当に…本当にごめんなさい、三白赤毛戦士君…。迷惑の上にまた迷惑をかけてしまうけど、どうか愚かなわたしの懺悔を少しだけ、優しい君に聞いては頂けないでしょうか…?」 

 

 振り向いて、自分の顔を見上げてきたゼンゼさんは、茅色の瞳からぽろぽろぽろぽろ涙を零し、儚く弱々しい声で謎の懇願を始めていた。

 

 ───どうしよう。兄貴、見てるんだったら何でもいいから教えてよ。俺マジで、この子をどうしたらいいんだろう…?

 

 女性の流す本気の涙。そんな重い体験など、当然ながら人生初の経験である。シュタルクは、ゼンゼに関わってしまったことを、今度こそ本気の本気で後悔した。

 

 けど同時に、今更見捨てるなどという情のない選択も、ヘタレで優しいシュタルクには既に取りようがないのであった…。

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