都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ 作:すかすかのタキ
その頃フェルンは、ピリ辛串焼きを食べすぎたゆえ、少々油っぽくなってしまった口内の口直しを行なっていた。
春野菜がふんだんに入れられた、素朴さと奥ゆかしさとが漂っている、半透明の塩味スープ。ベンチに座り、ぽかぽかとしたお日様の恵みを浴びながら、木製のカップへよそわれたそれに優しく息を吹きかける。
一口サイズに刻まれた、トマトに玉ねぎにアスパラガス。赤と緑のコントラストが、澄んだスープによく映える。程よく冷めたと判断したら、手にしたスプーンで掬い上げ、そっと口内にまで運び込む。
───ああ。これもまた、甲乙つけがたい逸品です。
トマトの酸味。玉ねぎの甘み。そしてアスパラガスの苦味とが、スープの無垢なる抱擁により元から一つの如く溶け合って、熟練のカルテットそのものの深みを演出しておられます。三ツ星レストランとかでは全然ない、普通の屋台でこれですからね。都会のグルメ恐るべし。山育ちのわたしでは、全く計り知れないというものです。食と魔法を極める為に、もう三年くらいなら、オイサーストに根を下ろしても全然いい気がしてきましたよ。げっふ。
食レポが長かった。無駄に長くて本格的で、仲間が誰もいないと思い軽いゲップも交じってた。何にせよこの通り、フェルンにとっての『口直し』が、水やらお茶の一杯で済む道理などないのである。
はあ〜、それにしたって底なし沼。胃と口ともども、少々もたれ気味となっていましたが、油っぽさが清純に溶け流されていくのが分かります。こうなると、またもやピリ辛串焼きが、欲しくてたまらなくなるではないですか。無限ループじゃないですか。変人パーティーの良心として、三年ここに根を下ろしたい浅はかな願望は撤回します。けれどもそれはそれとして、こんな都会へ来る機会とか今後はそうそうないですし。目に付く屋台、一つも残さずコンプリートしたくなっちゃうのが人情というものでしょう。ほら見て下さい、チョコパンクリームパンクロワッサン、どれもこれもが焼き立て揃い。チーズとベーコン山盛りで、さっくさくのフラムクーヘン。クリームシチューにビーフシチューに肉汁じゅわじゅわハンバーグ。御伽の国のお城が如き、クリームとフルーツが幾層にも重ねられたジャンボパフェ。かつて地の果てまですら駆け抜けた伝説の覇王よろしくに、目に付く全てを胃がはちきれるまで制覇したい───っていけません。妄想ならぬ、妄食に耽りすぎておりました。何と恥ずべき、飢え飢えしい思考回路なのでしょう。わたしは真面目で忍耐強く、節約志向の常識人。このパーティーの、乏しい財布の厳正なる管理人。ダンジョンで落とし穴を見つける度に『さあ行こう。ここを飛び降りた先にこそ、まだ誰も見たことのない貴重な魔導書が眠っているよ』と無謀なダイブを繰り返す、欲深フリーレン様とは違うのです。───ってあれ? そもそもわたしは、一体誰と何をしようとしていたのですっけ? お肉を堪能してる内、絶対成すべき大事なことをうっかり忘れ去ってしまったような。えーとえーと。何でしたっけ何でしたっけ。…ああそうです、思い出しました! シュタルク様を探し出し、わたしに代わって杖を回収してもらい、ついでに愚痴も聞いてもらおうと居場所を推理してたのです! だというのに、これは何たる失態でしょう! このわたしとしたことが。変人パーティーの要たる、唯一無二の常識人を自負としていたこのわたしが! よりにもよって、お肉一つにすっかり心をかどかわされて、思考を放棄しちゃっておりました! はうっ! しかも今気付きましたけど、シュタルク様と一緒に食べようと思ってた、ピリ辛串焼き計六本! いつの間にやら一本たりともなくなってしまってますっ! よもやわたし、無意識の内に全部食べてしまっていたのです!? ダブルでドーナツ貪っていた自由すぎるあの頃の、悪癖が抜けていないというのです!? なんて卑俗! そりゃあ口の中が脂ぎり、あっさり風味で中和したくもなるものですよ!
───などなど、表向きは泰然かつ上品に、塩味スープを味わいながら。内心では『も、元々自分に自信なんてなかったですが、それにしたってなんておマヌケなのでしょう。こんな愚昧に、果たして一級の資格なんてあるのでしょうか…?』と、愛用の杖を追うかのように、心がバッキバキに折れかけていたフェルンである。
───のであるがこの瞬間、不意に彼女の心がシンと凪いだ。ベンチの端に静かな所作で、ことりとスープの入った皿を置く。顔を上げ、お馴染みのハイライトのない目で以って、きょろりきょろりと周りを見渡す。目に映るのは、屋台グルメに舌鼓を打つ、地元民やら旅人のみ。先進的かつ豊かであり、誰の目にも満ち満ちた、平和な都市での昼下がり。フリーレンやシュタルクらが、見てはならないものを見てしまったという態で、こちらを窺っている気配はない。
その確信を得て、フェルンは『よし。それではうっかり暴食も、財布に被害を与えたこともみーんななかったことにしちゃいましょう! どうせフリーレン様もシュタルク様も、財布の管理だなんて厄介ごとはわたしに任せて依存しきりな訳ですし! 黙っていればどーせバレなんてしやしません!』と、春の訪れを喜び祝う、大劇団の舞踊よりも鮮やかな驚異的開き直りを見せていた。
ついでに言えば、依存というより、
『シュタルク様とフリーレン様。どちらもズボラで金銭感覚もアレなので、財布の管理は全てわたしが行います。何か反論はありますか?』
『いいえ…』
『フェルンさんのおっしゃる通りでございます…』
と、半ば以上ゴリ押しで権利を握り込んでいたのだが、そういう都合の悪い発言は奇麗さっぱり忘れ去っているのである。この図太さ、一級を務めることに間違いなく有利となる資質だが、あえて指摘はしないのが人の情けというものだろう。
ともあれ、シュタルクが今何処にいるのだろうか、ようやくフェルンは推理を再開し始めた。
───さて、聞いた話によるとシュタルク様は、街路を荒れ狂う暴走馬車を見事食い止め市民の方を怪我一つなく助け出されていたそうです。相も変わらずヘタレな割に、なかなかトラブル体質な方ですね。ザイン様もいないのですし、この上わたしの目がない場所で無理はしないでほしいのですが。ぷんすか。
ともあれ、ほんの一時間前シュタルク様は、この近辺にて相当目立って持て囃されていた模様。つまりそれは、わたしが命じていた目標───この都市で、頼れる戦士としての顔を売り、安定して仕事を受注出来る状況が出来上がったことを意味します。
ではこの後、言いつけられた目標を達成し、喝采に応え立ち去ったというシュタルク様はどう行動したのでしょう?
先日の会話。あれを振り返ってみましょうか。
まずわたしは、最近のシュタルク様は修行をサボりがちでしたので、営業活動が終わり次第ハードトレーニングにも勤しむよう厳しく言いつけておりました。本人も『絶対やるから許して〜』と激しく首肯し懇願されておりました。ならば飛行魔法を用い、郊外の森や高台平地など、修行をするのに適した場所を上空から探索すれば、自ずとシュタルク様を発見出来る───我ながら不可分なき、合理的かつ堅実な推理です。今すぐ行動に移したいところではありますが、ここで一旦立ち止まるのが理性ある者の所作。ねえわたし。自分の知性にいささか自惚れていますよね。果たしてこんなに単純思考でよいのでしょうか? シュタルク様が、仔犬のように素直で従順な方だって、信じ切ってもいいのでしょうか?
分かってますよ、それは否。わたしフェルンは、このダメっ子パーティーの要です。厳しくて隙のない、経済的にも生命的にも幾度の危機を乗り越えた冒険者。集団の要たるべき人間は、短絡的でもお人好しでも決してあってはならないのです。その信念に基づいて、もう一段回推理を先に進めましょう。
シュタルク様はここ二か月、わたしが忙しいのをいいことに怠惰な日々を長々過ごしてられました。ならば、如何にわたしが厳しく命じていようとも、急にハードな修行とか本音じゃやりたくないに決まってます。
もし今回、シュタルク様が思う通りに顔を売れていなかったとしたならば。
今頃は、ズタズタでボロボロでヘナヘナな姿に成り果てるまで不要なトレーニングを己に課し、わたしからどうにか情けを引き出そうとあれこれ画策してたでしょう。
ですが現実のシュタルク様は、持ち前のトラブル体質も相まって望外の成果を上げることとなりました。───で、あるならば。サボり癖がこびりついてしまったあの方は、今は何処でどのような行動を取ってるか?
結論を述べましょう。答えはまんま、『望外の成果にイキり倒し、宿屋でだらだらデリバリーして美食と共に寛いでいる』。これに決まっているのですっ!! 百パー間違いありませんっっ!!
───とまあこの通り。
見事に外しているのだが。嫌々ながらであろうとも、シュタルクは真面目にトレーニングする気でいたのだが。フェルンは心中、外れた推理に絶対の確信を持っていた。
いつも通りの、目にハイライトがない無表情。だが、興奮に鼻息荒く拳を握り、バックに『ドオーン!!』と巨大な効果音が浮かび上がってくるくらい、的外れな回答に過剰な自信を持っていた。地味に滑稽この上ない。
───しかし、これは皮肉と言うべきか、運命の気まぐれと言うべきか。
自分の師匠と同様に、身内の心理は全然分かっていなくとも。バクバク大食いした挙句、推理を大外れさせていようとも。シュタルクの向かっていった先だけは、見事なまでにズバリ的中させている。
そうしてフェルンは、スープを綺麗に飲み干しきるとすっくとベンチから立ち上がり、宿へと向けて一直線に歩き出す。速度こそ緩やかだけど、澱みも迷いも彼女の脚には一切なし。一定の揺るぎないペースで以って、着実に確実に宿に向かって進んで行く。
ザインという仲介役がいない今、このままではオイサーストに、誰にも治めることが不可能な修羅場が顕現してしまう。シュタルクに残された時間は、もうあまり多くはない───…