都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ   作:すかすかのタキ

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ゼンゼ様、フリーレンパーティー全員と裏で邂逅を果たしてた⑦

 汚れ落としも道半ば。シュタルクは宿屋の女将に頼み込み椅子を一脚持ち出すと、それに腰掛けマジ泣きゼンゼと正面切って、まるでキャラ変した如く堂々向かい合っていた。

 

 シュタルクは、フェルンに向けた警戒網は既に解いてしまってる。最早いつ、フリーレンとフェルンが宿まで帰ってきてもおかしくない───のであるが、今の彼には余計な恐怖は一切ない。そう、これはかつて魔族の少女リーニエと、一対一の死闘を繰り広げた時の再現だ。

 

 今の彼は、刃と刃を全霊で、薙ぎ払らわれては雷もかくやと振り落とす、死を前提とした相討ちだって恐れない。いつものヘタレ、いつもの半ベソを捨て去っていよいよガチで開き直り状態となっていた。

 

 ───もういいよ。俺、悪いこととか一つだってしてないし。ゼンゼさんを泣かすこととか絶対してなんかいないもん。だからフェルン、来るんだったらいつでも来いよ。キレるんだったら好きなようにキレちゃえよ。ゼンゼさんが一緒になって、全部論破してもらうから平気だもんね、へっへーんだ。

 

 …といった心境で、あまり長続きはしないだろうが、とにかく今のシュタルクはほぼほぼ無敵といっていい状態になっている。

 

「はいどうぞ。飲んだら少しは落ち着くよ」

 

「ん、ありがとう…」

 

 温かいお茶を差し出して、どっしりとした安定感で話を聞き出す態勢に入る。『いや、こいつ誰だよ』とツッコまざるを得ない人格者にしてイケメンぶりを発揮しているが、そこをこすり始めたら延々話が進まなくなりそうなので以後は一切スルーさせて頂くこととする。

 

 ───さて、ぐしゅりぐしゅりと泣きながら、とつとつと自分のことを語るゼンゼさんいわく───彼女はなんと、現役の一級魔法使いの一人であり、今回の二次試験の担当までをもしてたらしい。

 

 うわマジか〜。類はなんたらというか、フリーレンに似た雰囲気だとは思ってたけど、実際関わり合ってるか〜。フェルンはともかく、あいつが迷惑かけていないとか絶対ありえないだろな〜。

 

 心の中でだけとはいえ、シュタルクもなかなか酷い言いようだった。事実、フリーレンはゼンゼへ本気の殺意を向けてるし、場合によっては処す気も満々だったので全然間違ってるとはいえないが。

 

 ───ところでだが。如何に開き直っているとはいえ、何故彼は、出会ったばかりの女の子から涙で懺悔されるというあまりに異常な状況に、こうもあっさり適応をしてられるのか。ちょっと普通じゃないんじゃないか。

 

 ついさっき、こすらないと言ってしまった直後だが、一応大事なことだと思うのでここで解説をしておこう。答えは単に、この手の変な反応は前から慣れっこだったからである。

 

 シュタルクの、旅の仲間フリーレン。彼女を忖度無く評すれば『顔と魔法しか取り柄のない、学習しない残念エルフ』だと言っていい。

 

 それが証拠にこのエルフ、時間があれば独りダンジョンへと出向き、分かりきったトラップもとい擬態モンスターミミックに食べられる。小柄ゆえ、頭から腰の辺りまでばくんと見事に齧られる。自力で撃破、脱出くらいはしているが、帰った時には全身ねとねと粘液塗れとなっているのがお約束。

 

 その度に『またか…』『またですか…』と呆れつつ、フェルンとシュタルクの両名は、髪やら身体を綺麗に拭いてあげることとなる。身体を拭いてもらう度、丁寧に撫で回してもらう度、段々気持ちがよくなってフリーレンはうとうと幸せそうに眠りだす。

 

 そして意識が曖昧なまま、深層意識のそのまた奥に押し込まれている本心が、撫でられるがまま外へと向けてちゅぽんと口から押し出される。

 

 いわく、『ふああ〜まいどながらきもちいい〜。こころもからだもいやされる〜。ふぇるん〜、しゅたるく〜。おばあちゃんは、やさしいまごをふたりももてて、じんせいでいまがいちばんしあわせだよ〜』だそうである。

 

 ババア呼ばわりで怒っても、表皮を剥いた本質はばっちりおばあちゃんなのだった。残念たること極まりない。

 

 そんな訳でシュタルクは、唐突すぎる涙と懺悔が相手でも『びっくりしたけどまあこれも、毎度のフリーレンのうわ言の延長線上にあるやつか…』と冷静な対処が出来たのだ。

 

 だがしかし、ゼンゼという名のとんでもキャラが語る懺悔。それはシュタルクの楽観なんて、数段飛ばしでぴょーんと楽々踏み越えていってしまう。

 

 ───え、待って?

 

 コートのファーが派手派手しい、野狼の眼をした銀の髪のヤンキーて。

 

 それってもしかしなくても、俺が一緒にフレッサーの討伐をした、ヴィアベルのやつのことだよね?

 

 で、そのヴィアベルが、最終試験の試験官である、レルネン一級魔法使いの孫娘をたぶらかし?

 

 ブチ切れたレルネンさんが、試験にかこつけヴィアベルを殺す気満々で。

 

 ついでに他の受験者さんも、とばっちりで全員がギッタギッタにのされた挙句、僧侶百人集めたって無駄なレベルで殺されそう??

 

 いやいやいやいやちょっと待ってよゼンゼさん?

 

 俺バカだから、難しいことは分かんないけどさ。この話、色々ぶっ飛びすぎていて、鵜呑みにしたら絶対いけないやつだよね? そんで、大陸魔法協会なんていうでっかい組織からしてみたら、そういう話は外へ漏らしたらまずいんじゃ? 俺みたいな部外者に、ペラペラペラペラ話しちゃっても大丈夫なの…??

 

 無論、シュタルクの考えてる通り、大丈夫などでは全然ない。

 

 組織の筆頭たる使い手が、同じ業界の人間を虐殺しようとしてるのだ。シュタルクの推測通り、組織の論理からしてみれば、彼が聞いている話は非常にまずい。ゆえに、ゼンゼとはこれ以上関わるべきでない。一級が己が立場を利用して、己が怒りの赴くままに無関係な同胞丸ごとターゲットを虐殺をする───真偽はさておき懺悔は強制シャットダウン。ゼンゼを丁重に追い払い、何も聞かず何も知らなかったフリをして、フェルンの機嫌をとって過ごすどうにも冴えない日常へすごすご帰還をすべきである。

 

 だが、何だかんだと言いつつも、それをするにはシュタルクはあまりに優しく人が好い。

 

 目前で涙している美少女を、きちんと泣きやませてあげぬまま無慈悲に部屋から追い出そう───なんて、思っていても実行出来よう筈がない。ヤバいなヤバいなと思いつつ、シュタルクは懺悔にいちいち相槌を打ち、続きを促し続けてしまう。

 

 ───ええと、それで?

 

 ゼンゼさんは、男女の恋のいざこざを早めに察せた状況にあり、同時にレルネンさんの凶行を唯一止めれる立場にあった。けれど、自分があまりに鈍感すぎて、察した時にはもう手遅れになっていた。

 

 だから、レルネンさんの目の前で自らお腹をかっ捌き、どうかしばらく恋路を見守ってもらえるよう、命と替えて嘆願し通す以外何ひとつとて道はない───?

 

 いやいやいやいやちょっと待ってよゼンゼさん? 俺、レルネンさんがどんな人かは知らないけれど、説得方に自害が真っ先に挙がるとかいくら何でも極端すぎる! 人として、もう少しまともな信頼は置けないの!? 

 

 ツッコミたいけどツッコめず、さすがの無敵シュタルクも口元がヒクヒク歪んだ形に引きつりだす。

 

 されど、ただでさえ朦朧としているコミュ障に、細かい空気や葛藤なんていちいち読める筈もなく。

 

 危険な懺悔は涙と共に、更なるカオスへ加速する。

 

 ───ゼンゼさん曰く、何も気付かず何もしなかった自分など、無価値に等しいゴミらしい。日の当たらない路地に放置され、人知れず朽ちていくべき古びた粗大物であるらしい。

 

 いや、さすがにそんなことはないだろうと、シュタルクはありがちな言葉をかけようとしたけども無理だった。

 

 呂律は朦朧としてるのに。ぼにょぼにょしてて聞き取り辛い声のに。目だけはギラギラ輝いていて、ガチの本気で自分は人の形のゴミであると、言語を超えて心の髄まで穿つが如くに訴えている。

 

 怖い。狂気しか感じない。言っちゃったら悪いけど、おこなフェルンよりも怖いかも。

 

 とにかくゴミはゴミらしく、ゼンゼさんは自分の命の使いどころを見出した。いざ自害を実行と、オイサーストの街路から根城たる魔法協会へと向けてハイテンションで歩き出す───が、そうしようとした瞬間、絡んできたのが例の悪ガキ三人衆。

 

 ゼンゼさんはゴミだけど(本人の希望といえど、何度も何度もゴミ呼ばわりしてすいません…)、生まれて以来の平和主義者でもあるそうで。

 

 平和主義者たる者が、いくら生意気だろうとも子供に手出しは許されない。だから、どんなイタズラをされてでも心を殺して耐えたけど、それをいいことに三人衆は際限なく調子に乗った。

 

 神聖な髪の毛を引っ張って、更には揃って顔を埋め、三連嘔吐さえされかねない最低最悪の悪ふざけ。

 

 それで我慢が出来なくなって、自害という、自分自身へ向けた殺意がぐるりと外へ向け反転。衝動の赴くまま、身体が鉄で構成された魔族でも、瞬きの間に十の防壁を展開する相手でも、問答無用で一撃で仕留めるだけの魔力を練って───それの発動ゼロコンマ一秒前に、割って入って三人衆を止めたのが、この俺シュタルクだったという話らしい。

 

 ───ってこっわ!? ちょっと待って、何なのそれ!? ゼンゼさん、つまりそれ、俺があと刹那でも割って入るのが遅れたら、巻き込まれちゃって死んでたの!?

 

 フェルンもたまに『魔法はイメージこそが全てなので』って俺といっしょに瞑想したりするけれど、一級レベルで絶対殺すイメージ出来てたの!?

 

 子供が助かったのはよかったけれど、マジでちびっちゃうくらい怖い! そんな真実知らないままがよかったよ!

 

 真っ当にして強烈な、溜めに溜めに溜められた掃射の如きツッコミである。だが、あくまで心の中だけで、口には出さずに優しい笑顔を維持しているシュタルクは、何やかんやでいい男すぎだった。

 

「───そうして三白赤毛戦士君に助けられ、わたしは殺しをしないで済んだのです。その件は、本当にいくら感謝をしてもし足りません」 

 

「あ、こちらこそどうも。あと、三白赤毛戦士じゃなくて、俺の名前はシュタルクです…」 

 

 シュタルクはようやく一つ、ここまでの会話では割とどうでもいいポイントにツッコめた。しかし、控えめな声であったゆえ、自分の事情でいっぱいいっぱいなゼンゼには全く届いてない模様。うだつの上がらぬサラリーマンよろしくに、ヘコヘコペコペコ互いに頭を幾度も下げまくっている。男女の逢瀬や浮気とか、そういう艶やかな空気など全く感じようもない、ただただひたすらぐっでぐでな状況だった。

 

「───そ、それでですね。わたしはこれより改めて、大陸魔法協会へと出向きレルネン一級魔法使いの前で自害を果たさなければならない訳ですが」

 

 自害かあ〜…。予想出来てはいたけれど、やっぱり話がそっちの方へ戻っちゃうんだ…。

 

 どうしよう。ゼンゼさんて、フェルンとフリーレンを合わせたよりも更に厄介な女の子で確定だけど、ここまで関わっちゃった以上放っておくのも寝覚めが悪い。

 

 何よりも、万が一ここまでの話が全部本当だったとしたんなら、フェルンもヴィアベルもシャルフさんも、みんな命が危ないことになっちゃうし。

 

 シュタルクとしては、どうにか誰も傷付かない、平和的解決の糸口を見つけてあげたいとこだったけど───

 

「困ったことに、変に間を置いてしまったことで、自害しようというテンションがさっぱり消えてしまっておりまして」

 

「───ん?」

 

 目をつぶり、しばし考え込もうとしていたところに、ゼンゼさんが不意に椅子から立ち上がった。それからおもむろに膝をつき、両手でそっと差し出して、こちらの右手を壊れ物であるように優しく緩やかに包んでくる。

 

 自分の荒れた手とは全然違う、女の子の手の小さく柔らかな温かさ。重い前髪の隙から覗く、他に頼るものなどないと潤み懇願する両眼。

 

 彼も年頃の男である。鍛え抜かれた分厚い胸筋に守られているシュタルクの心臓が、思わずとくんと高鳴って───

 

「だからどうかお願いしますっ!! どうかシュタルク君も一緒に来て、その戦斧でわたしの首を、わたしに代わりレルネン一級魔法使いの目前でズドンと斬り落としては頂けませんでしょうかーーーっ!!?」

 

「出来るわけないでしょそんなことーーーっ!!?」 

 

 清水が流れ落ちそうなほど潤み、星屑を散らしたような煌めき。そこから一瞬にして眼が反転。どす黒い狂気を宿し、ぐいぐいぐいぐい椅子から押し倒さんばかりに強硬に、シュタルクの目前へ壊れたゼンゼが迫ってくる。

 

 うわああん、もうやだようこの人~! フェルン~フリーレン~! お願いだから、早くこの宿にまで帰ってきて~!

 

(眼光以外は)可愛い女の子に迫られて、ぐいぐいずいずい押し倒されかけた状況である。今こられては非常に不味いのは明白なれど、最早そんなの構ってなんていられなかった。

 

 シュタルクは、ここを一体どう行動するのが正解なのか。そんなもの、超一流の軍師でもなくば、宇宙を統一せんとする黄金の皇帝に抗った黒髪の昼行灯でもなくば、この崖っぷちの状況で早々導き出せるものではない。

 

 さっきは頼ってみたけれど、ゼンゼを宥めながらダラダラ粘り、フェルンを介入させるのも良くはない。豹の群れが、兎を追い詰めるが如く冷徹に、ゾルトラークをぶっ込まれて殺される。しかし、この場でゼンゼを言いくるめられたのだとしても、レルネンの怒りだって解かなければ最終試験でフェルンが命の危機に遭う。しかししかしだからといって、ゼンゼの狂気に流されるまま首をズドンと斬り落とすなど論外中の論外だ。協会の醜聞を知りすぎて、ゼーリエ手ずから地獄の苦しみを振る舞ったあと無残に処されるのがオチである。どの行動も、考えれば考えるほど袋小路で詰みなのだ。

 

 そしてシュタルクの知能だが、言っては悪いが人として極めて凡庸な域にある。本人も、自分は頭の良くない人間だって極々謙虚に弁えている。突破口など見つけられよう筈もない。

 

 しかし、この時ばかりは謙虚さに、甘えてられなどいられなかった。

 

 考えろ、考えるんだ俺。何かないか、何かないのか。人生で一回だけ、この時限りで構わない。バカな自分にでもひり出せる、起死回生の名案が一つだけでもないものか。

 

 じりじりじりじり着実ににじり寄る、ギンッギンッに見開いた、底なしの沼そのもののキまりきったゼンゼの眼。絡みつくように放たれる、重い重い、黒くて濁って澱みきったプレッシャー。

 

 それに対しシュタルクは、全力で考えるのと並行しフェルンの眼から放たられる極寒のプレッシャーを思い出す。

 

 切り裂く寒風。急激に積もる雪。全身が凍りつき、瞬きの間に白へと埋もれていくような悪寒。週に一度は浴びてるそれは、ゼンゼのものと比べてもそう遠くないレベルにある。

 

 ───人生って、何がどんなところで役立つかマジで分かんないもんだよな。

 

 迫られながらも口元に、不敵な笑みが浮かんでくる。そのお陰でシュタルクは、すんでのところで闇に呑まれず耐えている。おっかなくて面倒だけど、大切な仲間であるフェルンの為に、青年は力の限り抵抗をする。最後まで諦めず、無い頭であろうとも全力で、使える手段を検索する。

 

 そうして、彼の脳裏の奥底で紫電の如くに繋がったのは。

 

 ───ゼンゼさんが、初めに俺に語ってた、何だかんだでとても尊敬してるという、レルネン一級魔法使いの外観。

 

 年の頃は七十前後。うなじの先まで伸ばされた、少し長めの総白髪。蓄えられた立派な髭。汚れの一つ、皺の一つも見られない、純白のマントを羽織ってる、槍みたいに背筋の伸びた老年の偉丈夫。───少し前、ほんの少しではあるけれど、俺は確かにその人と関わっている。思い出せ。それはいつだ? 俺はその時何処にいて、一体どんな状況でその人と関わった?

 

 ───そうだ。あれはオイサーストに来た当日だ。

 

 今から二か月と少し前。ここに着いてからすぐに、魔法協会受付にまで試験のエントリーをしに行った。

 

 だけどフリーレンのやつ、さすがは浮世離れなエルフというか、五十年間ほとんど魔法協会と関わらずに生きてきて、結果腕は達人なのに魔法使いの資格は無し。だから、達人なのにも関わらず、一級試験にエントリー自体が出来なくて、全部フェルンに押しつけようとしてまた揉めて。

 

 そんで何だっけ…。確か、『聖杖の証』? だとかいう、すっごい昔の魔法使いの資格らしい錆びたペンダントを持ち出して、当然門前払いを食らいかけ。

 

 その時、困っていた俺達に不意に言葉をかけてきて、受験を受けてもいいように取り計らってくれたおじいさん。

 

 それが、ゼンゼさんが語ってくれた、レルネンさんの色んな特徴と重なって───。

 

 ……………あれ?

 

 ちょっと待って。もしかしなくたってこれ、全然工夫なんてしなくても、レルネンさんを簡単に心変わりさせることが出来ないか───?

 

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