都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ   作:すかすかのタキ

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今回ちょっと長めです。一話ごとの文字数のばらつきをもうちょっと安定させたい。
40話前後で完結予定なので、何とか辿り着けるようもうひと踏ん張りします。


都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ③

 北の前線へと向かってる、腕に覚えのある冒険者。若く前途有望な、魔法学校の留学生。商人、流民、地元民と、雑多な人が練り歩いている、喧騒溢るる魔法都市オイサーストの大通り。そこから一本逸れた細い道、特に高級でもないが、立地が悪く訳あり者が利用するでもない、ごくごく手頃に宿泊出来る小さな宿屋が建っている。

 

 そこそこ長く、ここに滞在し続けているのだろう。迷わぬ歩調で歩み寄り、慣れた手付きで扉をくぐる。ヒヤシンスやフリージア。カウンターの花瓶には、郊外で摘んできたであろう春の花々が飾られていて、涼やかな香りを漂わせてる。帳簿を付けている女将へと、一言二言世間話を交わして、少し軋んだ階段を上る。

 

 きしきしと微かな音を立てながら、案内された二階の一室。年季の入ったベッドとタンス、小さな書き物机と椅子一式。

 

 一人用の、小さな居室ではあるのだが、なかなかどうして居心地は悪くない。窓ガラスも床板も、どれもがよく磨かれていて、紛うことなき愛情の元、宿が守られてきたのが分かるから。

 

 年に一度はゲナウから『ええい貴様、どういうことだこの汚部屋は! いつか最強の一級になりゼーリエ様を招きたいとか何とかいう、ノロケは何処にいったんだ! 何故自分の部屋の掃除くらい、定期的に自分でやっておかんのか! もういい、我慢がならん、俺が全てを消毒する! 独断と偏見で、不要な物は残さず全て、まとめて燃やして灰にする! やかましいから全てが済むまで貴様は半径一キロ以内に近寄るな!』って自室から、蹴鞠みたくにぽーんと放り出されるし、今後もちょくちょく避難に利用させてもらおかな。

 

 ───等々、どうにもこうにもはた迷惑なお客になる可能性は置いておき、この宿屋について結構好印象を抱いていたゼンゼ女史であるのだが。

 

 

「───どうして?」

 

 そこは今や、ゲナウの小言が子守歌でしかなくなるくらい、彼女にとって最悪の居心地にまで成り果てていた。

 

 椅子の上。シュタルクと向かい合ったまま、うっかりしたらゼンゼは眩暈で転げ落ちそうになっている。 

 

 理解不能な前衛アート。その内部へと、強制的に取り込まれたかのようだった。

 

 悪くはなかったこの場所が、ぐにゃりぐにゅりと歪んで見える。小さな部屋が内へと向かい、がちゃりがちゃりと折り畳まれて、総身を押し潰してくるようにすら感じられる。 

 

 ───どうして? 心なしか呆けたような、彼の放った疑問の声。

 

 そこに、少なからずの困惑はあれ、不快だとか苛立ちだとか、負の感情が含まれてはないことは、ド級のコミュ障ゼンゼにだって分かってる。

 

 少々気弱っぽくはあるけれど、シュタルクは人の話をよく聞けて、皮肉や当てつけも言ったりしないなかなかの人格者であることは、アホでずぼらなゼンゼにだって一応理解が出来ている。

 

 それでも尚───

 

 コミュ障であるゆえのトラウマ。人が豹変する恐怖。失望を、落胆の目を向けられる瞬間。

 

 過去の傷に苛まれ、真綿のような罪悪感に胸を締め付けられながら、それでも尚ゼンゼは思う。

 

 ほんとにごめんよシュタルク君。君の困惑は当然だ。

 

 今も静かに怒りを研ぎ澄ましているであろう、レルネン一級魔法使い。わたしはついさっきまで、彼の件は自力じゃどうにも出来ないし、どうかこのコミュ障の首を落として収めてくれと君に向けて迫ってた。

 

 いくら合意があったって、こんな頼みは重いよね。二日か三日、かるーい悪夢に悩まされちゃう程度には、重くてめんどい懇願だよね。

 

 そんなめんどいわたしに君は、フリーレンさんによる説得という、誰も死なず誰も傷付きなどしない、完璧なる解決策を授けてくれた。まともな理性があるならば、平身低頭錐もみ土下座で言うがままに従うだろうと君は思っていた筈だ。

 

 けどね、それは出来ないんだ。

 

 フェルン嬢にエーレ嬢。暴力おへそとゴスロリさんに、おじいちゃん子な馬面とお団子さん。それから切り裂きユーベルとか、諸悪の根源銀髪ヤンキー。

 

 無辜の後輩ばかりとは全然言えない気もするけれど、彼らを危険に曝すと分かってようと出来ないものは出来ないんだ。

 

 だってわたしは、この世の誰より敬愛している魔道の師───ゼーリエ様に嫌われたりなどしたくないから。

 

 

 我が師匠、大魔法使いゼーリエ様。

 一見すれば、黄金の髪を腰の辺りまでなびかせた、小柄で年若い女性。

 

 だが、実際には万に迫る年月を───いや、それを超える年月を生きているかもしれないという、大陸魔法協会設立者にして現存する伝説。その気になれば、万の兵士と万の魔物が血を交え合う戦場を、指一本で薙ぎ払って平定出来る。魔道における、後にも先にも誰も並び得はしないだろう、孤高にして偉大な巨峰。

 

 このわたし、ゼンゼの持てる、最大限の愛と敬意を羨望を込め、恐れ多くももう一度その名を呼ばせて頂こう。

 

 我が師匠、現存する伝説にして入神の域にある、至高の大魔法使いゼーリエ様。

 

 はあ〜、たまらない。びくんびくんて絶頂しそう。御名の響きそれだけで、誇らしすぎて■ンピースの蛇姫みたく胸が反り返っちゃうよ。

 

 そのお方が、ちょうど二ヶ月くらい前からだった。

 

 例えばわたしに、魔法の稽古をして下さっていた時だとか。

 

 未解読の魔道書を、辞書を片手に紐解いたり。虫食い部分に知恵を絞り、意地と根気で空白を埋め合わせていた時だとか。

 

 ゼーリエ様の、普段通りの憮然とした無表情。支配者たるに相応しい、合理的かつ傲然とした人使い。

 

 わたし、基本的に労働なんてコミュの次には大っ嫌いだけれども、ゼーリエ様の命とあらば二十四時間三百六十五日不眠不休の最低賃金ギリギリだって花のような笑顔を浮かべて踊るように働けます。労基上等、過労死だって本望さ☆☆ 

 

 それはともかく何故だろう。作業の合間ふと見たら、ゼーリエ様の両肩が数ミリ単位で揺れ動く。指先が、心地良い音楽に触れたよう、ほんの数秒トントントンと軽やかなリズムを刻む。

 

 この二か月、わたしの目にはあの方が、内気な子供の鼻唄ぐらい、ほんの微かに浮き足立って見えていた。 

 

 わたしは人の心の不理解さには、絶対的定評のあるコミュ障だ。自慢じゃないがその点に、慢心なんか欠片もない。

 

 だからまあ、労働の疲れとか、ちょっとした勘違いだと弁えて、さっさと記憶の端まで滑り落としていたんだが───さすがはゼーリエ様を神と信奉するわたし。浮き足立ってたという印象は、どうやら正しかったらしい。

 

 そう、オイサーストの主たるあの方は、二ヶ月前の時点からとっくに把握されていた。

 

 同族のエルフであり、同じ魔法使いでもあるフリーレンさんが、一級試験を受験しにここを訪れていたことを。

 

 エルフとは、一見すればほとんど人間そのものの容姿だが、寿命がそれらの百倍から二百倍───短い者でも数千年。長い者なら二万年以上も生きるという、超がいくつでも付く長寿種だ。

 

 だが、その代償と言うべきか、エルフには、男女共に、恋愛感情や性欲など、いわゆる繁殖欲が皆無に近いと言っていい。だから、群れを作らず個体も少なく、同族同士が出会うことも滅多にない。これから先、エルフとエルフが新たに出会い結ばれて、新たな命が産み落とされる淡い未来が見えてこない。

 

 その為に、減速魔法をかけられたカメみたく緩やかではあるものの、彼らは絶滅への道程を着実に辿っていっているという。 

 

 ゼーリエ様と同じよう、悠遠なる寿命を活かし、個の能力を神の域まで高められる。太陽や月への高み、無限の可能性を秘めながら、それ単一で潰える種。

 

 一方で、個の寿命では百の壁すら越えられない。だけど、群としてなら潰えることなく紡いで繋ぎ、知識と技術を重ねに重ね、いつか同じ高みにまで至れる種。

 

 人とエルフ。言葉が通じ、同じ女神を信仰し、見た目もほとんど変わらない。だけどきっと、人と人同士ですらも決して分かり合えることがないように、多くの面でズレ続けるだろう二つの種。

 

 そんな中、同じエルフで同じ魔法使いの女の子が、オイサーストまで訪れたなら───ゼーリエ様は一体何を思うだろう。

 

 わたしはあの両名が、どんな関係にあるのかは知らない。コミュ障ゆえに、無礼にならず自然と聞き出せるような話術もない。

 

 だけど、肩を揺らしてリズムを刻むゼーリエ様を見た以上。珍しくも上機嫌なあのお方を見た以上、二人が一切無関係だとも思えない。

 

 それが、善きものであれ悪しきものであれ、余人には計り知れず踏み入れない、深い何かが両名にはある筈だ。きっと、ゼーリエ様は、いつも通りの傲然としたかんばせの下、一級試験を勝ち抜けてきたフリーレンさんとの再会を、心待ちにしてるんだ。

 

 だというのに、今思えばわたしという愚昧な底辺コミュ障は、またしても致命的ミスをやらかしていた!

 

 一級魔法使い試験二次試験。わたしが下した未踏破ダンジョン『零落の王墓』攻略という課題。元々ゲナウに同行してもらうつもりだったのに、あの似非エ■ヴィンがわたしに無言でサボったせいで、よりにもよって気付いたらうっかりフリーレンさんパーティーに混じってた。一介の、ただの弟子に過ぎないこのわたしが、再会を楽しみにしておられたゼーリエ様に先駆けて、一緒にダンジョン攻略をする距離感近めのけしからん状況になっていた。

 

 ぐうう、何という罪っ! もうこの時点で、わたしはダンジョン脱出直後、絶対者の雷により即死かギリギリ生存か、デッドオアアライブの裁きを受けなきゃならなかったんだっ!

 

 それがこうして、未だにぐでぐで思考を回してられるのは、コミュ障ゆえに物静かな同性以外誰とも同行出来なかったからという、偉大なるゼーリエ様の深き温情に他ならない。

 

 だがそれも! 絶対者の寛大なんて、精々一年で一度きり!

 

 もしわたしが、この場でシュタルク君の好意に甘え、フリーレンさんと更なる関係性を持ったなら。

 

『おのれ! おのれおのれおのれおのれゼンゼ! 同族の子と仲を深めたかったのに、よりにもよって温情をかけ続けた弟子に先を越されるとは! 恩を仇で返しおって、今回こそは許せぬわ! 真の髪を操る魔法とはどういうものか、己が未熟を刻み込んでやった上で無惨に■す!』と、絶対ゼーリエ様の激怒を買う!

 

 嫌だよう、そんなのわたし耐えられない!

 

 ゼーリエ様の命により、幾多の魔族を葬った果て堂々戦場で散るのなら、いくらだってその運命を受け入れよう。名誉ある死を天のおじいちゃんにも誇れるさ。

 

 だが、己が無能で嫌われてという形では、例え地獄の王を相手取ってもこのコミュ障は死にきれないっっ!

 

 それくらいなら改めて、自分の首を自分自身で切り落とし事態の全てを償おう! 或いはいっそ、発端であるエーレ嬢の恋心、銀髪ヤンキーの所業など一切気付かなかったフリをして、レルネン一級魔法使いの暴挙も暴力も何もかも放置の道をわたしは選ぶ! 全人類の命より、ゼーリエ様ただお一人の愛が欲しいー!

 

 ───等々、ゼンゼはシュタルクと向き合いつつ、余人には計り知れないゲスにして迷宮的ネガティブ理論を爆速展開し続けていた。これまで通り、心の内に収めているのではなくて、『愛が欲しいー!』と口に出し、あらゆる全てを現実へ向けぶちまけまくってしまっていた。

 

 彼女はあれやこれやと考えすぎるコミュ障だ。

 ゆえに『あ、う、あ…』と心も身体も硬直し、全く喋れることが出来ないケース。たどたどしくても自分の気持ちを喋っていたらだんだん興が乗ってきて、何でもかんでもハイテンションでぶちまけすぎてしまうケース。これらの落差があまりに激しすぎる人間だった。そして、現在やらかしてるのは言うまでもなく後者。マッサージによる錯乱からどうにかこうにか回復してくれたと思ったら、本人による資質で以ってまた錯乱してるのである。

 

 それにしたって迷惑なのは、巻き込まれてしまったシュタルクだ。

 

 どうにか事態が解決したと、メンタル的に落ち着いついてくれたと思ったら、またもやゼンゼがわんわんびえーんと泣き出している。

 

 ■■歳の、大人の女の号泣なんて本来見れたものではないのだが、ゼンゼは見た目だけなら十代半ばの小柄で麗しい美少女だ。

 

 よって、内情を除外して、純粋に見てくれだけを見たならば、どうにかこうにか絵にならなくもない状況は不幸中の幸いか、或いは不幸を増大させているのかは、この場じゃちょっと答えの出づらい難題である。

 

 ともあれシュタルクは改めて「そ、それじゃあ他に、レルネンさんをどうにか鎮める手段がないか、もう一回俺と一緒に考えようか…?」と、優しい声で話しかけた。

 

 いつの間にかと言うべきか、それとも当然の状態と言うべきか。彼の目元にくっきりと、痛々しいほど病的で哀れを催す濃ゆい隈が浮かんでいる。

 

 それでも尚、あれだけいいよう振り回されても怒らず態度を変えない辺り、この青年は本当に偉い。ヘタレなだけかもしれないが、実に人間が出来ている。誰でもいいから胃に優しい、薄味リゾットの一杯くらい作って賄うべきである。

 

「うわ〜んうわ〜ん、ゼーリエ様〜」

 

「あの…」

 

「ゼーリエ様〜。どうかお願いですから、ダメでどうしようもないわたしでも見捨てないで下さい〜」

 

「ゼンゼさん、ちょっとでいいから落ち着いて、俺の話を聞いて…」

 

 涙と嗚咽と、懺悔の声は治まらない。彼女は今、完全に自分だけの世界にいる。ちょっとやそっとじゃ戻ってこないが、さりとて下手に刺激を与えると串刺し返しにされかねない、扱いにくすぎる状態だった。何をどう言おうとも無視される。成果が無へと帰していく。偉いと評したばかりだが、いい加減メンタルが無視の出来ない軋みを上げる。『一発顔面殴りたい』そう嘯く本能が、むくりむくりとせり上がる。だが、シュタルクは戦士のタフさを以ってしてギリギリそれらを捻じ伏せて、自分はここからどうするべきか現状を整理する。

 

 ───レルネンさんの、無差別殺人すらも厭わない怒りをどうにかする方法。それは、当人が深く尊敬しているっぽい、フリーレンに説得してもらうのが一番だと思ったけれど、ゼンゼさんがここまで嫌がっている以上危なすぎて使えない。

 

 ゼンゼさん当人は、もう余計な手出しなんてせず、全て成り行きに任せたいとも言ってるけれど。そうしたらフェルンと、こないだフェルンの友達になってくれた、カンネさんとラヴィーネさんまで危険に曝されることになる。

 

 この人の言うこと、多分鵜呑みにしちゃいけないんだろうけども───それでもフェルンは、ずっと一緒に旅をしてきた俺の仲間なんだから。分かっていながら死ぬリスクを負わせるなんて、薄情なことはしたくない。

 

 いっそのこと、ゼンゼさんを自害ルートへ誘導するのが一番楽な気もするけれど、人として大事な何かを捨て去ることになりそうだからこの発想は封じよう…。

 

 ───などと、シュタルクが地味に闇堕ち回避していたのはさておいて、狭い部屋には相変わらず、うわんうわんとゼンゼの泣き声が響いている。

 

 階下からは、この宿屋の従業員や宿泊者。街路からは、都市を行き来する通行人。それぞれが、二階の方へ、一体何が起こっているんだと胡乱で怪訝な目を向けて。

 

 青年は「はいはい、別に怒ってなんていないから〜」と、自動で口を動かしつつ、再度全力で頭を回し第二の手段を模索する。

 

 ───よし。とにかく俺は、基本的に頭が良くはないんだから、焦って奇抜な方法とかに絶対頼っちゃダメなんだ。落ち着いて、ごく普通に考えて、ごくごく現実的に実行出来るいい方法を探すんだ。

 

 ───と、なると。普通に考えて出来そうなのは、レルネンさんにヴィアベルのやつのいいとこを、なるべくたくさんアピールすることくらいだろうか?

 

 エーレさんは、悪い男に誑かされたんじゃなくて、自分の目で見て自分の心で立派な男を選んだのだから、落ち着いて様子を見てあげてほしい───という流れへと持っていく策だ。

 

 うーん、でもなあ。シュタルクは、ゼンゼにはバレないよう軽く顔をしかめて唸り、数日前無理矢理仕事に付き合わされた、銀の髪の鋭い目をした魔法使いの容貌を思い出す。

 

 ───あの時。一級魔法使い試験一次試験が無事に終わり、フェルンとフリーレンと合流したその翌日。

 

 オイサーストの大通りをフェルンと一緒に歩いていたら、ひょっこり出て来てさらっと俺をさらっていった、北部魔法隊隊長だというヴィアベルのやつ。

 

 強引で、ツリ目の三白眼のギザっ歯で、俺より頭一つ分は背が高い。恐怖を煮詰めて練り合わせたみたいなヤンキーだけど、喋ってみたら意外と軽くてフランクだし、見た目ほど怖い男じゃないことはすぐに分かった。

 

 だけどもそれはそれとして、フレッサーの討伐が終わった後のあれはなあ。

 

『シャルフもシュタルクもご苦労さん、いい戦いっぷりだったぜ。よーし、たんまり報酬も入ることだし、今夜は綺麗なお姉ちゃんのいる店でいい酒飲んで遊ぶかあ!』って、変な方にも俺を誘ってきたしなあ。肩を抱いて、バンバン背中を叩きながら。

 

 レルネンさんは、自分の管理の範囲外で『孫娘の心を奪った不届きな男が許せない!』ってキレている訳だから、この事実は多分致命傷になるよねえ。ヴィアベルのやつ、俺の隣で余計なことをしたもんだよ。 

 

 ───ところで、これは余談であるのだが。

 

 シュタルクは、ヴィアベルに誘われるまま、綺麗なお姉さんのいる店でデレデレ遊んだりなどしていない。もしバレたら、フェルンに一生軽蔑の目で見られながらの針の筵で冒険か、お得意の速射型ゾルトラークの連発に追い立てられて一生パーティーから追放か、最悪の二択しかないのだと直感的に思い描いていたからである。シュタルクは、頭脳は並でも本能に流されないだけ賢明なやつなのだ。単にヘタレなだけの■貞とかは、口が裂けても言ってはいけない。

 

 ───まあとにかく。そういういかがわしいお店に突撃さえしなければ、ヴィアベルは人一倍長所の多い、すごい男だと思うんだよ。

 

 例えばさ、実戦において、初めて連携をする前衛と後衛は、まず上手くいかないものなんだ。

 

 互いの力量、得意と不得意。持続力や、安定感の有無。ピンチの時やチャンスの時に顕れる、無意識の行動傾向。

 

 そういうのは、互いのことを事前に教え合ってみたとこで、言葉で全てを把握するなんて不可能だ。実際に合わせてみて、何度も実戦を重ねながら、少しずつ擦り合わせていく以外他にない。

 

 ああ、そういう意味じゃあフェルンてば、平時はこまごまとした管理人体質なのに、いざ戦闘になると乱射乱射のパワープレイで突出しがちになっちゃうから、ギャップに苦労したよなあ。

 

 フリーレンはフリーレンで、マイペースな性格のうえ修得している魔法の数が桁違いに多いから、次に何をしようとしてるのか全然予測が出来ないんだよ。

 

 今はフェルンと一緒に調教をして、手札を絞ってもらうようにしてるけど。以前はほんと、敵よりよっぽど味方に苦労させられていた。今更思い出したくもない苦難の日々だ。

 

 そんな二人に比べるとさ、ヴィアベルと共闘するのはほんっとーに楽だったよ。北部魔法隊隊長という肩書きは、全く全然伊達じゃあなかった。

 

 オイサーストの街中で、フレッサーの討伐に誘われた時。

 ヴィアベルが、俺の全身あちこちへ触れながら『お前、凄くいいな…♡』ってニヤリと笑いかけてきた瞬間は、『ひえっ!? もしかして、こないだ図書館で中身を知らずにたまたま読んだ、びーえるとかいう創作内でのあれこれが現実に起ころうとしているの!?』って泣きそうになったけど───実際はたったのあれだけで。もしかしたら俺自身よりも正確に、俺の持ってる力量をあいつは測りきってしまっていた。

 

 湖上都市と郊外を結ぶ長い橋を渡りきり、山の奥にまで侵入しての、討伐対象フレッサーとの戦闘。

 

 俺が攻撃に移ろうとした瞬間に、あいつは威力最小のゾルトラークでうまく足元を崩してくれる。だから俺は、多少の大振りになろうとも、大胆で積極的な攻撃に入っていけた。

 

 けどフレッサーは、ちょっした小屋くらいの大きさがあり、全身硬質な毛に覆われた猪型のタフな魔物だ。だから、俺は仕留めたつもりでも、実際には一撃じゃあ仕留めきれていなかったりもする。

 

 そういう時はヴィアベルは、逆に強めのゾルトラークを即座に撃って、反撃の暇なく確実なトドメを刺してくれた。こっちの放てる攻撃力と、あちらが秘めた耐久力、生命力との差異。それらを正確に計算し、最速かつ最適な行動を起こせる経験値と判断力。

 

 ───ああ、こうして改めて振り返ると、ヴィアベルは本当に大したやつだ。あれは多分、十年来の相棒だとかそういう貴重な存在を、一瞬で得てしまった感覚だ。

 

 ちょっと付き合ってみたのなら、分かる。

 

 味方を理解し合わせられる、観察力と協調性。その場で必要としてる魔法、それを攻防問わず的確に、最小の消費で賄ってくれている、圧倒的な安定感と安心感。

 

 ほんとに全く、思い出せば思い出すほどヴィアベルのやつは最高だよ。

 

 戦闘中に、思いつきで変な民間魔法を唱えちゃって場を乱しまくるフリーレン。ゾルトラークの乱射をしすぎてガス欠を起こすフェルン。改めて言うけどさ。二人とも、あいつの爪の垢でも煎じて飲んで心を入れ替えてもらいたい。

 

 そうだ、その他にも、ヴィアベルは料理の腕だって抜群さ。討伐したフレッサーを、その場で見事に解体して、塩と軽めの香辛料の一振りで絶品の域にまで仕上げてくるし。サバイバル適性高すぎるだろ。

 

 いやいやそもそも一次試験と二次試験のインターバルに魔物退治までしようだなんて、人として意識の高さの次元が違う。道中腰を痛めたお婆ちゃんも悪態つきつつツンデレ的に助けていたし、体力とか回復力とか、使命感とか責任感とか労働意欲だとか何だとか色んな面で規格外にすごすぎて、もう俺の語彙じゃあ何が何だか分からないくらいにあいつはすご───…

 

 

 そこで、シュタルクの思考がはたと止まった。

 

「うんうん俺には分かるよ〜」と、ゼンゼをオートで慰めていた口も、螺子が切れた時計のようにピタリと言葉を止めていた。

 

 そして、まだ泣き喚いてるゼンゼを見つつ、三白眼の真顔で思う。

 

 ───あれ? これってもしかしなくても、お姉ちゃんのお店うんぬんさえバレないように隠しておけば。

 

 口下手フリーレンなんかに任せるよりも、よっぽど上手くレルネンさんを説得出来る───?

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