都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ 作:すかすかのタキ
「───レルネン。ファルシュ。ゲナウ。ゼンゼ。一級四人、全員揃っているようだな」
一級魔法使い試験最終試験当日の朝。大陸魔法協会オイサースト支部中央会議室。そこに急遽設えられた、座ると眠りの淵にまで瞬時に引き込まれるほど柔らかい、職人特注の豪奢なソファー。
あのお方が、それへと向けて、まるでボール遊びでもするように。
幹部ですらも購入するのは躊躇うだろう、高級品中の高級品。それへと向けて、壊れて上等な勢いで、ボールでも放るみたいに身体を投げ出しどっかと雑に腰掛けた。
───全く、ゼーリエ様にも困ったものだ。小柄で細身なお方とはいえ、何という大胆な。怪我でもされたらどうするのです。
やれやれだ。価値観の違うエルフといえど、もう少し経済的観念を覚えてほしいものですな。
会議室に、呆れたような困ったような、師に向け不謹慎とも例えれる微妙な空気が広がっていく。
だがそれも、次にあのお方が言葉を発すほんの数秒の時間だけ。
ぞんざいに脚を組み、絶対者の威厳を以って傲岸に顎を仰け反らせ、
「───みな、結論から言わせてもらう。此度の最終試験、このわたしが直々に選別させてもらおうか」
───シュタルク君、まずは君に、心中改め謝罪をさせて頂こう。
三日前、宿屋の中でのいざこざは、マジで誠に申し訳ありませんでしたあーっ!
あの後、わたしはどうにかこうにか二度目の錯乱から抜け出して、身体を拭いてもらったり目の前で泣き出してしまったり散々迷惑かけたのにも関わらず、レルネン一級魔法使いを鎮める為の第二の策まで授けられてしまってた。
シュタルク君、君は想像を絶するいい人だ。東の果ての島国の『仏』に至った存在だ。ホントに感謝の念に耐えません。ゲナウにばれたらゲンコツ十発分以上お説教される件だよね。
───けれどもまあ、それはそれでこれはこれ。
あの銀髪ヤンキーを、君のような人格者───もとい『仏』が自分以上の『仏』だと評するなんて俄かには信じ難い。口八丁で洗脳されて、いいように利用されているだけじゃない? 君、人格者である代償に、人を疑ったりするのとかかなり向いてなさそうだし。
とはいえ、銀髪ヤンキーの人格者ぶりをアピールし、見た目によらずエーレ嬢に相応しい男であるとレルネン一級魔法使いに納得をしてもらう───という以外、策らしい策を思い付かないのもまた事実。
うーん、うーん。わたしは一体どうするべきか。
相も変わらず無口無表情なまま。
時間にして五秒ほど、唸り考え込んだゼンゼだが。
───ま、いいか。散々悩んで迷走し続けての今なんだ。これ以上は考えたってしょうがない!
取りあえず自分でも、協会にまで戻り次第銀髪ヤンキーの情報を集めよう。集めた結果、シュタルク君の証言が真実ならばそれで良し。ヤンキーが、見た目通りのカスだったならだったらで、予定通りに自害をキめればいいだけさ。明白にして、あまりに簡単な帰結だよ!
───この瞬間、右に左に上から下に、八倒しながらさまよい続けたか弱いゼンゼのメンタルは、夜通し続いた雷雨を耐え抜いたが如く、青く透明に晴れ渡った。
ゼンゼとは、平和主義者と名乗っていながらゴリゴリの武闘派であるように、あらゆる面で極端が過ぎるコミュ障だ。ゆえに、迷うにしても吹っ切れるのにしても、零か一でしか動けない厄介極まりない存在なのだ。
何にせよ、そんなにも爽やかに開き直れるというのなら、もっと早くにそこまで至ってほしかった。関係者なら、文句の十や二十くらい───いや、拳と蹴りの十や二十ブチかましたくなる所だが、こういう女なのだから諦めるより他にない。こちらも負けずに、開き直って話を先に進めよう。
───さて、最終試験の開始まで、インターバルは三日間。既に一日目の正午は過ぎた。つまり、残った時間は二日半。
決して長いとは言い難い───が、かの有名なジ■ヴァンニは、一晩きりかつ単独で、これより遥かに無茶な仕事を果たしてる。やつのように、事務能力に長けた男であるならば余裕でこなせる時間だろう。
わたしはそう考えて、銀髪ヤンキーの本業───つまり、北部魔法隊隊長としての実績や、隊の部下や幹部の評価、救助に当たった村々からの証言など。
説得に必要な、客観的情報を、超突貫で可能な限り大量に集めるようゲナウに向けて依頼した。
頼んだ途端、握り潰した書類みたいに歪んだ顔をされたけど、
『ダメかい…?』って上目遣いに見つめてみたら、
『…ちっ!』と舌打ちした後に、何だかんだで引き受けてくれていた。品位はないけどいいやつだ。
その後、自室に帰って引きこもり。もとい、疲れた心身を休めつつ、迷わず一閃に首を切るシミュレーションを重ねること二日間。
試験前夜夜十時。翌朝に、虐殺が控えているとはとてもじゃないけど思えない、人気の途絶えた静かな時間。閉じたカーテンの隙間から、微かな月明かりが差し込んでくる。報告はまだ来ない。やはりダメか、所詮ジョヴァ■ニとは創作内のキャラクター。現実には二日程度でまともなデータは揃わない───と、諦め始めた時間帯。
ドカドカドカとけたたましい、静寂を破る足音と共にそれは来た。報告書の束を手にした、七三クソ野郎ことゲナウだ。
おおお、ありがとう! 恩に着るぞゲナウよ! さすがこのわたしが、生涯のライバルだって認めているだけのことはある!
思わず抱きつきそうになったけど、さすがに屈辱だからそれはしない。コミュ障なりに、普通に頭を深く下げて、普通にお礼を言おうとしたんだが、書類を手渡されるのと同時、
『俺は寝る! いいか、絶対に起こすなよ! 何に使うかは知らんけど、これ以上厄介事を持ち込まれても俺は絶対助けんぞ!』って、わたしのお尻に蹴りを入れるとフラフラしながら去っていった。
ちょっ、いったいなあーもう!?
何だい何だい、人にはぐちぐち嫌味ったらしく礼儀作法を説く癖に、女の子のお尻を狙うだなんて! セクハラだよ! 一番礼儀がなってないのは間違いなく君じゃあないか!
やはりこの男、背後から串刺しにしてやるべきではないかと思ったが、もう時間が残ってない。机に着いて、ランプに小さな明かりを灯し、早速書類に速読で目を通す。
───そうして三十分後、通し終えた結果は衝撃的なものだった。
銀髪ヤンキー、もとい北部魔法隊隊長ヴィアベルへと向けられた評価。そのほとんどが、『強く理知的な理想の隊長』。先日の、シュタルク君の発言に見事に準ずるものだった。
───ぐぬぬ、しかしどうしたことだろう。さっきからこれを読んでると、何やら胸の辺りがむずむずそわそわするのだが。目覚ましとして、嫌いなりに無理をしながらガブ飲んだ、ブラックコーヒーのもたらしてくる吐き気や胸焼けとはまた違う。
レルネン一級魔法使いを説得し、平和的解決を迎える為には実に都合がいい情報なのに、この敗北感は一体何だというのだろうね!? がぶー!
───ああ、分かった。多分あれだ。ブラコをうっかり一気飲みしたショックによって自覚した。
このわたしの、極度の陰キャであるゆえの、ギャルだとかヤンキーだとか陽キャ全般に対する偏見だとか劣等感。
それらの全てがこの報告書によって、牽強附会も不可なレベルで浮き彫りになったからだよこれは死ぬほど恥ずかしい!
唯一、『娼館遊びがやや激しい』という記述を見つけた時は、『やった! ドスケベ! やつはドスケベ狼だ! 完璧に見えた銀髪にも一つくらいは弱点が!』と、暗い喜びを覚えたけれど、読み進めたら部下の苦労を労っているだけだった! 自分は一切ベッドに行かず、女の子を侍らせてお酒を飲んでるだけだった!
しかも、『俺達は北部の最前で戦っている、明日も知れない身の上だ。どうしたって人肌が恋しくなることもあるだろう。───だがな、だからといって、女を相手に乱暴に接する真似は、断じてこの俺が許さねえ。誇り高い北部魔法隊の一員として、紳士的に一夜を過ごせ』という上司としての真っ当すぎる指導付き!
あのさあ、マジで何なのこのヤンキー!? 古き善き、強者男性フェミニスト!?『幼い頃に生き別れた、初恋の女の子がいる。そいつと会えるとしたらその時は、世界に誇れる強くて立派な自分で在りたい』とか素で言っちゃう、ピュアな魂の持ち主かい!?
もうこの報告書、『こいつに比べりゃゼンゼとは、顔の周りを飛び回ってるハエみたいに面倒でダメな人間宣告書』に見えてきて、読むのが辛くなってるよ! 机にダンダン、コーヒーカップを割れんばかりに叩き付けてしまっちゃうよ!
てゆうか実際、マジで幾度か気絶しかけたのだけども。
その度に、『頑張れわたし! この情報は使えるよ! 今試験を、誰も死なずに誰も無駄に傷付かない、受験者達が笑って称え合える光景にて終わらせる為なんだ! あとまあ、ゲナウにも一応ちょっとぐらいは報いなきゃ』と、どうにか自分を奮い立てては頭に報告書を叩き込み、説得の言葉を紡ぎ上げた。半徹夜で。
───だというのに。
肝心要の最終試験当日。ここに来て、この流れは何なんだ?
───此度の最終試験、このわたしが直々に、選別させてもらおうか。
ゼーリエ様のただ一言。それにより、いささか弛緩しようとしてた、中央会議室の空気が変わる。
レルネン一級魔法使い。ファルシュ一級魔法使い。ゲナウ一級魔法使い。北部の前線にて、全員が幾多の修羅場を超えており、魔力や知識だけでなく精神も鍛え上げられている。
だから、あからさまな動揺を見せるということは、誰一人としてしなかったけど───それでも、一瞬揺らいだ漏出魔力の流れから。
『気紛れで我がままな方とはいえ、流石にこれは唐突では?』
『今年は一級合格者を、出す気がなくなってしまったのか?』などと考えてしまったことが、ゼーリエ様には透けて見えていることだろう。
されど、あのお方より放たれる絶対的威厳を前にして、誰も意見は挟めない。
わたしが言葉が終えるまで、口を開くことは許さない───そんな威圧が、たった一人の小柄な女性から放たれて、空間そのものを満たしてる。
「何故、わたしが此処まで出向いたか。理由は分かるか? ゼンゼ」
ごめんなさい、問われたけれどマジでさっぱり分かりません。ゼーリエ様は最終試験が終わるまで、表に出ては来られないと思ってたので。
元よりわたしは二十四時間三百六十五日、いつでも何処でも敬愛するゼーリエ様のことばかり、考えながら過ごしてます。ましてや直接話しかけて頂けるだなんて、場も弁えず小躍りしてしまうほど我が人生における無上の喜び。
ですが、今朝のわたしの思考回路は違いました。
最低限の睡眠で、説得の言葉を組み上げては無事伝えきるシミュレーションを繰り返し、断固たる決意で以ってレルネン一級魔法使いの説得を実行に移すつもりでした。
睡魔と緊張、突貫で叩き込んだ情報により、脳は既にいっぱいいっぱい。今はもうこれ以上、事態の急な転換なんて対応するのは不可能です。
だというのに、わたしはこの一週間で何回どんでん返しを叩き込まれなくちゃならないの!?
最終試験のインターバル三日間。どんなに憎悪に燃えていようとも、レルネン一級魔法使いが無闇矢鱈に暴走しないことは分かってた。
それは基本あの方が、誰より謙虚かつ堅実で、理知的な人格の持ち主であるからだ。
だから、銀髪ヤンキーを殺すのは既定路線であろうとも、暗殺の類はあり得ない。最低限の試験を通し、人格と実力を見極めてからになるだろうとこのわたしは思ってた。
そして実際、それは当たっていたのだが───何故ここに来て、ゼーリエ様が試験官権限を乗っ取るの!? こうなると、レルネン一級魔法使いがどう動くのかさっぱり読めなくなっちゃうよ!
前向きに考えるなら───私情ではなく、あくまでも試験を通して裁いたという、名目が使えなくなったと考えるなら。
報復なんて馬鹿げたことは諦めて、謙虚に殺意を抑えつけ大人しくしていてくれるのか? ゲナウには悪いけど、もうこのコミュ障が無理をして、説得をしなくてもよくなるのか?
いや、それはないっ! このコミュ障の、極度のネガティブゆえの直感が、安易な逃避はするんじゃないと激しく警告を鳴らしてるっ! レルネン一級魔法使いのいささか以上に行き過ぎた孫愛を、断じて侮ることなかれ。あの方ならば、魔力を極一点にまで圧縮した、新型ゾルトラークを開発しての超長距離狙撃による暗殺だとか。何時間でも何日でも、銀髪が一人きりになるまではしつこくしつこくつけ回し、『いざ尋常に、孫誑しに成敗を』と、闇夜に紛れて決闘を申し込んでくるだとか、寝不足気味の頭だろうとそれくらいの想定はしておくべき!
───と、なれば。
わたしはこれからの行動を、どう修正すればいいんだい? ゼーリエ様のお話が終わり次第、予定通りに説得を始めるか?
いやいや、慎重になれわたし。先に挙げた想定は、実行までには少なからず時間がかかる。喫緊の危機というまでの、即座の一手が必要な、最悪の状況ではなくなった。
───で、ある以上。
わたしのような口下手が、下手に刺激をするべきじゃあないのでは? 話の最中にテンパって余計なことを口走り、憎悪へ無駄な油を注ぐ最悪な結果になりかねない。いいや、別に、状況が変わったことで急にヘタれた訳じゃあなくってね? 日和った訳でもなくってね? 今までちょっと、焦って急いて短期決戦にこだわり過ぎてたと思うから。ここはひとつ、腰を据えての長期的戦略に切り替えるべきではないのかと、愚考し直した次第でね?
そうだ、こういうのはどうだろう。まずはさ。このわたしが、可愛く無邪気な第二の孫モードへと入り、『ねえ、レルネンおじいちゃん。ゼンゼ、苦手な試験官を押し付けられてくったくったに疲れちゃった。ご褒美に、美味しいお菓子をお腹いっぱい奢ってほしいな☆☆』って、レルネン一級魔法使いにべったり甘え、銀髪ヤンキーがオイサーストを発つまでの時間稼ぎをしてみせるんだ。
そして、両者の隔離に成功した後は、わたしは書簡をしたためて北部魔法隊にまで即送る。
銀髪ヤンキーとレルネン一級魔法使い。両者はかくかくしかじか色々あって、会うと絶対殺し合っちゃう仲なので、今後は一切接触させてはならないと、先方に誤解なきようきちんと正確に伝えきる。く、口下手なので口頭では無理だけど、文章ならば普通にコミュが取れるんだから! あんまりわたしを甘く見ないでくれたまえ!
後はまあ、嫌々ながらこのコミュ障。あくまでも、ほとぼりが完全に冷めたのだって、確信が持てるまでではあるのだが。
任務調整の仲介として、死ぬほど苦手な銀髪ヤンキーヴィアベルが相手でも、書簡であるなら意思の疎通を担うのも決して吝かな話では───…
「だんまりか。都合が悪い時はいつもそうだな」
ぎゃひいいまたやってしまったあ! うっかりゼーリエ様のご質問すら無視してたああ!
何も喋らず反応もせず、仮面の如き無表情。指先一本ぴくりとすらも動かさないで、ただただ己が思考に沈み込む。そんなわたしの悪癖が、一番見せたくはないお方にして、一番出しちゃいけない状況でもろに炸裂していてしまってたあ!
いやもう毎度毎度のことながら、この身が思わず爆散しそうな衝撃だってちっとも表に現れちゃあいないんだけどもね!
てゆうかどうしよう。一介の弟子風情が、同じく弟子三人の目前で師匠をガン無視してみせたんだ。ゼーリエ様に、とんだ恥をかかせちゃっているんだよ。
試験開始より一週間。一度目はフリーレンさんに、二度目は大きく育ったエーレ嬢に。思えばこんな短期の内に二回も殺されかけたけど、どちらも何が何だか分からないまま気付けば生き延びることが出来ていた。
さすがはわたし、人後に落ちない輝く幸運の持ち主だって自画自賛をしたけれど、それもここで尽きたのか。
この場はわたしを除いても、三人もの一級が顔を並べている訳だから。
きっと、『おお、貴様ら調度いい。このゼーリエを、とことん無視した不遜な弟子に厳罰だ。わたしに代わり、肉片一つも残すことなくその身を徹底的に消し飛ばせ』って、無慈悲に命を下すだろう。
ああ、嫌だなあ。どうせ消し飛ばされるんだったら、ゼーリエ様に手ずから消し飛ばしてほしいなあ。けど、わたしがどれだけ絶好調であろうとも、一級三人同時に相手にしたのなら、勝機だなんて皆無に近しいものだろうし。
ならばせめて、憎き七三ゲナウの首程度なら。
冥土の土産に捨身の先制攻撃で、我が美髪による全方位からの数十同時の斬撃により必ずや斬り落とし───と、またもやぐるぐる思考の渦へと沈み込んでいたとこで。
「───ふ」
不意に、わたしの視線とゼーリエ様の視線とが、旅人同士の軌跡のようにピタリと一つに重なった。
わたしは───あのお方はわたしに向けて、怒りや苛立ちを抱いていると思ってた。わたしは絶対、機嫌を激しく損ねちゃったと思ってた。
でも違う。
ゼーリエ様の、ほんの一瞬緩んだ口元。蝶の羽ばたきにも満ちはしない、微かに零れた柔らかな息。ほんの刹那、わたしの瞳と重なった、黄金色の深淵な眼は。
十中八九、ただの見間違いだろうけど。
年の離れた小さな妹、それをからかう姉のような無邪気な稚気。
幼い娘を見守っている、母のような慈愛の光を宿してて。
そして次に、わたしの目前でゼーリエ様は───