都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ   作:すかすかのタキ

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都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ⑤

「第二次試験の合格者は十二名。異例の合格者数だ。多すぎる」

 

 ほんの一瞬交錯をした、わたしとゼーリエ様との目の光。

 

 きっと、ただの見間違いであっただろう、全く以ってあのお方らしからぬ、無邪気な稚気と慈愛の光。中央会議室という空間の中、それを証明するように。いつも通りのゼーリエ様の、傲岸にして威厳ある声音が場の主導権を支配する。

 

「全員協調型の試験は大いに結構だ。今の一級魔法使いには協調性がないからな。

 ───だがその中に、あってはならない程の実力を持った者がいた」

 

「フリーレン様ですね」

 

 会話が苦手なわたしに代わり、レルネン一級魔法使いが自然に場を繋いでくれる。

 

 おう、何てありがたいんだい。コミュ障は感動した。ほんと、エーレ嬢さえ関わらなくば、優しく気が利き頼りになる、理想のおじいちゃんであられるのに。色んな意味でもったいないお方だよ。

 

 そんな感謝と感動と、ほんのちょっとの残念さをよそにして、ゼーリエ様の話は続く。

 

「お陰で、実力に見合わない者まで大勢合格した。従来通りの第三次試験では、そいつらは全員死ぬことになる」

 

 ───ん?

 

 その言葉に、わたしは。

 軽い静電気でも受けたかのような、一瞬の違和感を覚えた。

 

 茫漠として、掴み所など全然ない。だけど、ここから先は、脳を全力で回転させて、ゼーリエ様のお言葉を一音たりとも聞き逃してはならないと、わたしの乏しい直感が大きな声で告げている。

 

「ゼンゼ、それはお前の望みとはかけ離れたものだ。それにわたしとて、そこまでの無駄死にはさすがに望んでなどいない」

 

 ソファの上。仰々しくあぐらをかき、不遜な笑みを浮かべながら、絶対者は言葉を紡ぐ。

 

 考えろ。わたしよ、考えろ考えろ。今だけは、脱線とネガティブという度し難い悪癖を抑え込み、ゼーリエ様の意図するところは何なのか一字一句も聞き逃さずに雑念を許すことなく考えろ。

 

 ───異例の合格者十二名───あってはならない実力者、フリーレンさん───実力に見合わない者まで合格した───全員が死ぬ、全員が無駄死に───それはこのわたし、ゼンゼの望みとはかけ離れてる───。

 

 ゲナウ。ファルシュ。レルネン一級魔法使い。会議室の四方の壁を、荘厳に飾るステンドグラス。全てを視界から追い払い、己自身の思考という深い深い湖に、奥底目がけて沈んでいく。

 

 ゲナウの纏めてくれた書類、考え抜いた説得の言葉すら捨てて。潜って潜って潜り抜いて、ゼーリエ様のお姿と言葉以外、不要なモノを余さず白く削っていき───。

 

 ───そうか。分かったよ、これがさっき感じた違和感の正体だ。

 

 ゼーリエ様、あなたはさっき、今回の二次試験について、実力に見合わない者が多く合格したと仰ったけど、それはおかしな発言なのだ。

 

 未踏破ダンジョン『零落の王墓』。その最深部に潜んでいた、古代の魔物シュピーゲル。ヤツの能力は、己が根城への侵入者達を解析し、限りなく真に近い複製体を生み出すこと。

 

 それを、従順にして心無い、死をも恐れぬ人形兵にすることで、自身を害する侵入者への迎撃へと充てるもの。

 

 そして、ダンジョン最奥部。シュピーゲル直属の護衛となる複製は、当然ながら一級魔法使いたるこのわたし、ゼンゼのものだと思ってた。受験者達が協力し、格上にして目標たる一級魔法使いの複製を見事撃破してもらう。それこそが、平和主義者のコミュ障にして二次試験官たるわたしの意図であったのだが───。

 

 正直思い出したくもないのだけれど、ここはあえて恥辱に耐え抜き思い出そう。このわたしが、少々行き過ぎた盲信とマヌケでアホな勘違いとを見事コンボしちゃったことにより、当初の意図が完全に狂いきったということを。

 

 そう。エルフの受験者フリーレンさんが、わたしよりも三段も四段も、比較にするのも馬鹿馬鹿しくなるくらい圧倒的に強かったのだ。

 

 当然、シュピーゲルの護衛たる複製体は、わたしではなくフリーレンさんのモノになる。これにより、よりにもよってわたしゼンゼの複製体───魔力隠匿による奇襲、閉所での空間制圧術を最も得意としたダンジョン特化型魔法使い───が、シュピーゲルの遊兵として、暗殺者よろしくにそこらをうろつくことになった。

 

 前門のフリーレンさん。後門のゼンゼ。

 

 結果として、二次試験の難易度までもが四段と五段と六段と、まともにやれば攻略不能な領域にまでズドンと跳ね上がることになる。

 

 本来なら───わたしが極度の口下手にして人見知りコミュ障でなどなかったならば、ここで試験は中止されていたことだろう。

 

 だが違った。最終的に受験者達は、フリーレンさん本人とその弟子フェルン嬢とがコンビを組んでフリーレンさんの複製体を打倒。その間、残った受験者は、わたしやデンケン宮廷魔法使いを筆頭とした他の複製体から挟撃を受けることのないように、各通路から抑えに回る。 

 

 全ての者で作戦を立て、全ての者が自身の意志で危険な役目を請け負った。

 

 退路がないからそうせざるを得なかった訳じゃない。

 

 全員が、きちんと脱出用ゴーレムを保持したままで、ダンジョン最深部にて合流した。合理的に考えたなら、それを用いて五体満足なままダンジョンから脱出し、三年後に備えた方が余程いい。余程いいのにリスクを背負い、死線と隣り合うこと間違いなしの過酷な戦いを選択した。

 

 つまるところ、試験の合否に関わらずダンジョン最奥にまで辿り着いた二次受験者達全員が、

 

『絶対に一級魔法使いになってみせる』『誰が来ても持ち場を死守し、最終試験へと挑む』という、断固たる決意を抱いていた。

 

 それは、如何なる窮地でもブレはせず、成りたい自分を成りたいままに貫き通す───魔法使いの基礎にして、最高最大の奥義、『イメージ』という能力を、十全に備えていたのだという証明なのだ。

 

 ソファの上で、今も尊大にふんぞり返っているゼーリエ様。あのお方は、組織の絶対者であるゆえに、少しばかり気まぐれかつ我がままな面がある。

 

 が、そのようなお方だからこそ、魔法の才に関してはとことんまで誠実で、同時に見誤ろうことなんて天地がひっくり返っても絶対ない。

 

 そうでなきゃあ、わたしみたいな才能だけしか持っていない面倒臭いコミュ障に、十年以上も根気よく指導をし続けてなんかくれないさ!

 

 我がままも気まぐれも、ゼーリエ様にかかったのなら大長所! 俗世間的な価値観であのお方を測るだなんて愚かしいこと極まりないね!

 

 ───あ、ああ、いけない。わたしはまたもや、懲りずに師への狂信へと向けて全力疾走していたかい? 一番愚かしいのがわたしとは、ろくでもなさすぎるオチだよね。いい加減、■■歳の大人らしく自制することを覚えなくては。

 

 ───とにかくだよ、だからこそおかしいんだ。

 

 二次試験の合格者が、全員一級昇格するとはさすがにわたしも思わない。けれど、ゼーリエ様の評するように、合格者の大半が死んで当然なほど未熟ともわたしはとても思えない。

 

 いや、もちろんレルネン一級魔法使いの暴走を、止められてるのが前提じゃああるけれど。

 

「ゼーリエ様…」

 

「ゼンゼ、謝る必要はない。全てフリーレンが悪い」 

  

 あなた程の先達が、そんな見え透いた嘘をついてまで。

 

「異例には異例を───第三次試験はわたしが担当する。平和的に選別してやる」

 

 官の立場を奪ってまで、受験者達がこちらへ踏み込めるか否か自らの眼で見定める。

 

「従来の担当はお前だったな。異論はないな? レルネン」

 

「───ゼーリエ様の我がままは、今に始まったことではありませんから」

 

 わたし風情の思考では、あなたが何をなそうとしてるのか未だ追いつけないでいる───

 

 

 

 

 

 最終試験、もとい受験者達とゼーリエ様との一対一での面接は、スピーディーかつ淡々と進んでいった。

 

 わたしは極度のコミュ障なので、いくら気になっていようとも、落ちた子達をどう慰めればいいのやら全くさっぱり分からない。アドバイスとか、優しい言葉だとかを求められても、個々に応じてアドリブでなど絶対応えようがない。

 

 ゆえに、絶対姿が見つかることのないように、通路の柱に隠れた上で入念に漏出魔力と気配を消して、彼らが奮戦の結末をビクビクしながら待ちわびる。

 

 やがて、面接会場に使われた、屋内庭園へと通じる門が内から音を立てて開かれる。

 

 初めに姿を現したのは、三級のメスガキコンビの片割れさん。

 

 名前は確か、カンネさんとかいっただろうか。肩とかヘソとか太ももだとか全体的に露出が多く、夏にテンションぶち上がりだしマイクロビキニも平気で着そうな近づきたくない陽キャラだ。

 

 なのにどうして、ゴスロリさんから締められたり、のしかかられたり蹴られたり叩かれたりして悦に入る変態なのか。人生楽しいギャルっ娘なのに、重度のドМに堕ちるのか。

 

 分からない。二次で落ちたゴスロリさんも、どうしてそこまでSの道へと踏み込めるのか、全く共々に分からない。やはり人間とは、理解し難く読み切れない末恐ろしい生き物だよね。

 

 けれど、そういう相性良くない人間であろうとも。

 

 平和主義者のわたしにとって、知ってる人があからさまに項垂れては落胆し、とぼとぼとした足取りで協会の外へ去っていく───そんな姿を見届けるのは、心に刺さるものがあるのだった。

 

 その後も、ゼーリエ様にバッサリ酷評されたのだろう。なんか弱そうなヒゲおじさんも、乙女オーラが溢れてるツンツン頭のお兄さんも、わたしと同様デンケンおじいちゃんの孫っぽい脚の綺麗なお団子さんも。

 

 庭園にまで通されては、十分経つか経たない内に露出ギャルさんと同じ顔で溜め息混じりに帰ってゆく。

 

 ああ、人見知りゆえ喋れなくとも、この思いは届いてほしい。将来有望な若者達よ。自分は一級になれるのだと、明確なイメージを持てていた君達が。過酷な試練を二つも超えて、自信を蓄えていた君達が。

 

 最後の最後に、こんなにあっさりそれらを打ち砕かれてしまうだなんて、さぞやショックも大きかろう。心も身体も虚脱して、一人ベッドへ潜り込み起き上がりたくない気分だろう。

 

 けどね、これだけは言わせてくれ。君達はみな、わたしのような引きこもりとは違うんだ。

 

 自棄の果てにここに来て、運と出会いと才能だけで何となーくやってる内に、生を立て直すことが出来ていた。そんな無頼なわたしより、君達みたいに地味に真面目に積み上げてきた人間が劣る筈などあり得ない。

 

 魔法使いの人生とは、今ように手痛い敗北を喫してからが本番だ。

 

 一週間や二週間、かつてのダメなわたしのように寝たまま過ごしたっていい。自堕落に、自棄的に時を潰し、痩せたり太ったりニキビだらけになったりだとか醜い姿を晒していい。

 

 いつかもう一度立ち上がり、ツギハギだらけの不格好で十分だから。

 

 打ち砕かれたイメージを、強固で全く新しいカタチへと生まれ変わらせてみせてくれ。

 

 そうしてこれより三年後───君達が、時代の魔道の担い手として我らに並び立つ瞬間を、心待ちにさせてもらう。

 

 ───まあもっとも。

 わたしは以後は、一級試験試験官なんて絶対辞退させてもらうけど!

 

 全く、試験管理部の連中はとんでもない無能だよ!

 

 このわたしが、人後に落ちぬ究極のコミュ障だって。知らない人と喋るとなると、『ボロなんて出したくない。挨拶を求められるその前に、ズドンと一息に刺し■したい』などという、物騒な衝動を覚えるのだと知ってか知らずかは不明だが、よもや五回も試験官に任命だとは! やつらの辞書は、適材適所という欄が丸ごと虫に食べられ尽くしているんだよ! 部屋にこもって書類ばっかりいじってないで、外で風とお日様に脳を浄化してもらうべきだよね!

 

 ああそうだ。もういっそゲナウを通じ、人事のやつらへずかりずかりと直談判だ。

 

 このわたしに、最優先で充てがわれるべき最も適した任務は何か? そんなのは、考えるまでもなく決まってる。人の形と人の心を模した悪魔、つまり憎き魔族連中の討伐さ!

 

 あいつらは、表層的な善を語り形だけの慈悲を乞う、耳を貸してはならない人誑しの狩人だ。

 

 ゆえに、対峙したのが優しく理知的な人間であるほどに、迷い戸惑い隙を穿たれることとなる。本当に許し難い、心持たない悪どもだ。

 

 その点、コミュが苦手なコミュ障ならば、コミュが禁じられている相手ほど戦いやすい相手はないっ! 相手が一を喋ろうとしたその隙に、喋りが壊滅的たるコミュ障は問答無用に十の魔法を叩き込んでくれるだろう!

 

 へっへーん、イメージとはいえ無様だね。戦場にトークを持ち込む甘ちゃんめ。そのグルグル回る舌だけ残し、蘇生不能なレベルまで二秒で消し飛ばして差し上げたよ! 七崩賢でも八壊将でも大魔王の息子でも、どーんとまとめてこの口下手にかかってくるがいいのさー! 

 

 ───とか何とか、相も変わらずぐでぐで無駄な思考を回していたら、わたしの手前をエーレ嬢が歩いてきた。

 

 彼女もまた面談は、望まぬ結果に終わったらしい。足取りはとぼとぼとして、以前に出会った時のような溌剌とした覇気がない。

 

 わたしは人の心を慮るのは苦手だが、多分、敗者なりの意地というものがあるのだろう。顔は俯き、瞳は涙に濡れているけれど、彼女は決して地へと流し落とすようなことはしなかった。

 

 うん。やはりエーレ嬢は間違いなく、我が先達レルネン一級魔法使いの孫娘だね。

 

 大人ぶって、ツンとクールに振る舞っているよう見せてても。あからさまに落ち込んで、岩でも背負わされているような重く頼りない歩みでも。

 

 内側には、他人が気安く手を伸ばすなど許さない。次は必ず受かるのだという決意を秘めた、真っ赤な炎が煮え滾り火の粉を散らして揺れているのが見て取れる。

 

 ふふ。実に素晴らしい気合いじゃないか。これはもう、三年後には合格確実どころじゃなく、一級五十人中上位十人の領域にまで、一気に飛び上がって来るのかもしれないね。

 

 このゼンゼ、歴史という分厚い書物に君が付箋を挟み込む瞬間を、楽しみに待たせてもらうとするよ。

 

 …なんて、無駄に尊大なフリしたり前置きが長くなってしまったが。

 

 詰まるところ、超孫バカで過激なおじいちゃんと同様に、今の彼女はどうして我が師のお目に叶わなかったのか不明なレベルで超怖い。

 

 ヤバい、震える。このわたしとしたことが、気配の隠匿が解けちゃいそう。暴力だとか暴力だとかゾルトラークの無差別乱れ撃ちだとか、トラブルの予感以外何も想起されないのだが黙って帰していいのだろうか。いや、てゆうかそれ以前に、今のわたしは通路の柱に気配を消して、こそこそひそひそ佇んでいるあからさまに怪しい女。あの状態の彼女であれば、我が存在を見事に察知されたりしないかい?

 

 ひええ、こんなろくでもない可能性、気付かなければよかったよう。三日前、カウンターの内側で刻まれた、消えないトラウマの再現だよ。落ち着かなくちゃならないのに、ブルブルガタガタ震えは激しくなる一方で、全然止まっちゃくれはしない。

 

 もう魔力の隠匿うんぬんじゃない。この振動がエーレ嬢にまで伝わって、『さっきから何よこれ、ブルブルガタガタ窓やら床やら震えてからに、あからさまに誰かが潜んでいるじゃない!───ああ、さては協会に仇をなす帝国からの侵入者? なら、ちょうどいいわ。試験に落ちた腹いせよ。石を千個胃袋にまで、たんまりご馳走した上で巨岩落としで潰して■す!』とか何とか、ここぞとばかりに煮え滾っている悔恨を、全力で解き放ってはこないだろうか? 御年■■歳相応にまで、顔面一気に老けるくらいに超怖い。

 

 ってふひょおおおおお!? 我が十数万の毛髪が、いつの間にやら臨戦態勢!? ダメだ、鎮まれ! わたしの許可なく、もさもさわさわさムカデみたいにキモく蠢いてるんじゃない!

 

 これはいつものネガティブすぎる、起こる筈もない妄想だ! 慈しむべき後輩へ向けクロスカウンターの準備だなんて、平和主義者の毛髪がやって許される行為じゃないぞ!

 

「───あ」

 

 そうこう混乱している内に、エーレ嬢はわたしの姿に全く気付きもしないまま、目前を普通に歩み去っていた。

 

 背中を見せて、振り向く気配もないままに、協会の出口へ向けてごくごく普通に通路を歩み去っていた。

 

 …いやまあ、極度の対人恐怖症たるこのゼンゼ。こうなるオチは大体分かってましたけど。

 

 過剰にビクビク怯えてたのは、何もかもが全て杞憂でありました。彼女の姿が見えてから、通り過ぎるまで十数秒。ぐっでぐでの圧縮思考ですいません。

 

 ───けれど、すれ違いざまに間近で見た、涙で潤み熱を孕んだエーレ嬢の憂いた顔。それに、呼応するようにして。

 

 わたしの脳裏に、不意に思い描かれる過去の一幕があった。

 

 

 アレクサンダーさん。フリーダさん。クララちゃんとアルルちゃん。シュナイダー先輩。アマデウスのお婆さん。

 

 一級として、共に学び戦った幾人もの同士達。人見知りのわたしでも、いささか面倒くさい性格であろうとも、多少であるなら仲良くなれた人もいた。

 

 けれど、わたし達は、過酷な試験を勝ち抜き通し選ばれた、栄えある一級魔法使い。人より幾段幾層も、命を懸けた過酷な使命を背負って動く立場ゆえ。

 

 それらの内の何名か───友人だと、呼んでよかったのかもしれない存在は、任務や戦闘を経る内に志半ばで世を去った。

 

 人形を踊らせる魔法。絵の中の人物や動物を、思い通りに動かす魔法。眼が七色にビカビカ光る魔法。水をヌルヌルのゲルに変える魔法。声色がアイドルみたいな可愛い高音になる魔法。お酒がなくとも酔った気分になれる魔法。

 

 どれもこれも、実用性なんて特にない。ただ、そこらの子供を楽しませるだけにあるような、何も守れず害もしない、平和的で無意味な魔法。

 

 そんなモノを、厳しい修業、過酷な任務の僅かな合間を縫ってまで。

 

 真面目な顔で開発しては、本当に子供相手に披露して楽しそうに笑ってる。超絶陰キャのわたしでも、いい人だったと断言出来る愛すべき同僚達。

 

『───おい貴様ら。貴様らは本当に、歴史に名を残せるだけの偉大な魔法を生み出す気はあるか? 遊戯の暇があるのなら、基礎の一つでも磨いてろ』

 

 ゼーリエ様には当然ながら、イライラしてるの丸出しで叱責されっ放しであったけど。

 

『はーい』と適当な返事を返し、時にゆるく、時に生真面目に生きている、真に失い難い人達だった。

 

 

「───おっと」

 

 ほんの刹那、立ち眩んでいたようだった。 

 

 不意に思い出した淡い過去。揺蕩っていた優しい幻影。跡形もなく霧散して、見える景色が今現在───通い慣れた、魔法協会の通路の一角のモノとなる。それを経て、わたしはようやく分かったような気になった。

 

 ゼーリエ様の、一瞬見せた表情の意味。レルネン一級魔法使いから、突然試験官の立場を奪うなどして何をやろうとしてたのか。

 

 

 

 

 

「ゼンゼ、済まなかったな。確かに今年は豊作だ」

 

 そうして、オイサーストに正午の鐘が響くと同時───最終試験、もといゼーリエ様の面談が開始され五時間強。太陽が傾いて、都市とそれを囲む湖が、夕焼け色に染まる頃。

 

 フリーレンさんの不合格以外には、不平を叫んで揉めたりだとか波乱らしい波乱など一切何も起こらずに。

 

 一次と二次の激戦が嘘であったかの如く、今回の一級試験はあまりにあっさり幕を閉じた。

 

 合格者は、ゼーリエ様が今年は豊作だと語った通り計六名。 

 

 フェルン嬢を筆頭に、最有力候補であったデンケン宮廷魔法使い。我が天敵たる切り裂き魔法のユーベルと、彼女と何故かイチャついていた金髪メガネのラント君。

 

 それから、実はいいヤツらしいのに、騒動の元凶すぎてどういう感情を向ければいいか分からないどうにも困る三十路野郎、北部魔法隊隊長銀髪ヤンキーヴィアベル。

 

 最後に、羨ましいのは胸と身長だけであり、絶対こうはなりたくない女筆頭、性犯罪者スレスレの変態白マントことメトーデだ。

 

 諫言を許して頂けるなら、『ユ』なんちゃらさんだとか、『メ』かんちゃらさんだとか、合格させちゃあならない人間が二名ほど混じっていたと言いたいが───よもやわたしが、あのお方の決定にホントに諫言出来る訳もなく。

 

 屋内庭園から退出されたゼーリエ様は、夕日の映える黄金の髪をたなびかせ、心なしか上機嫌な足取りで己が書斎へ進み行く。

 

 ちなみにわたしは『すまなかったな』という謝罪の言葉が申し訳なく自害の衝動に襲われて、同時に『確かに今年は豊作だ』というお褒めの言葉に昇天するほど至福に包まれていたのだか、コミュ障なのでどうにかこうにかいつも通りに無言無表情のまま乗り切った。とても偉い。

 

 今はただ、同試験官を務めた身としてそのお背中に付き添いながら、わたしは中央会議室での一幕を思い出す。

 

 

『───実に謙虚で堅実だ。お前が最初の一級魔法使いになってから、半世紀が過ぎた』

 

『お前は、臆病な坊やのままだな。それだけに、残念でならん』

 

『それだけの境地に立っておきながら、老い先はもう短い。フリーレンと戦いことは、この先一生無いだろう。───それが例え、勝てる戦いであったとしても』

 

『やはり人間の弟子など、取る物ではないな。───本当に、残念だ』 

 

 あの後───ゼーリエ様が最終試験試験官を引き継ぐことを、レルネン一級魔法使いが受諾した直後。

 

 ゼーリエ様との会話は、フリーレンさんの持つ、魔力制限技術についてへ移っていった。

 

 魔力制限。自然漏出してしまう魔力の代謝を抑え込み、それによって自身の力を小さく見せて相手の心理を欺く技術。けれど、天与の才でもない限り、磨く意味が薄い技術。

 

 考えてみれば当然だ。自然漏出の制限は、決して他者にバレてはいけない。二十四時間、食事の間も戦闘の間も、追い詰められてる窮地でも眠っている間ですらも。絶やすことなく制限を、ごくごく自然に維持しなければ、敵を騙し討つなど不可能がゆえ───そんな無茶に長い時間を割くよりか、普通に基礎を磨いた方が早く確実に強くなれる。少し魔法を学んだならば、子供にだって理解が出来る極めて簡単な正論だ。

 

 そんな無駄を、数百数十年という果てしない時間を以って練り上げて───フリーレンさんは本当に、魔族の眼すら欺く域へ魔力制限を到達させた。 

 

 それを、殺られる以前に看破したのは歴史上に三人だけ。

 

 一人は最早言うまでもない。我らが眼前、傲岸な笑みを共としてソファの上に座していた、大魔法使いゼーリエ様。一人は今より八十年前。フリーレンさん以下、勇者ヒンメル一行により討伐された亡き魔王。

 

 最後の一人は、やはり我らと共にあり、常に先陣を歩き行く貴き清廉な白マント───英雄に最も近い者。現代最強と誉れ高いゼーリエ様の一番弟子。レルネン一級魔法使いその人だ。

 

 それほどの使い手を───ゼーリエ様によく尽くし、よく学びよく分け与えてきた魔道の徒の存在を、あのお方はどういう訳か、唐突に無駄であったと否定した。

 

 ああ、わたしは大恩あるゼーリエ様を、誰より熱く崇拝し誰より深く敬意の念を抱いてるとも。だからこそ、全く誤魔化しようのない失意と失望の念に襲われた。

 

 わたしは人の心を察せない、九級以下の鈍くてどうしようもないコミュ障だ。

 

 だけれども、一緒に何度もお菓子の食べ歩きをして周り、エーレ嬢とわたし用にと抱いて眠れるでかぐるみをおもちゃ屋さんに無理を言って注文し、何度も一緒に魔法の勉強をして、無いのならば創るだけだとエーレ嬢が泣いて喜ぶ究極のケーキを創ろうとして共に見事に爆死を果たしたあのお方のことならば、少しくらいは分かってる。

 

 そうだ。レルネン一級魔法使いは恐らくは、わたしと出会いそれ以前よりずっと気に病んでおられたのだ。

 

 あの方は、孫のことさえ関わらなくば、極めて温厚かつ理知的で、謙虚堅実を絵に描いた尊敬出来る善人だ。

 

 で、あるのにその才は、時代が違えば英雄になれたというほどに、戦闘の方向へ向け特化している。なのに、既に魔王は倒されていて、人と魔族の全面的な戦争なんてそうそう起こりようがない。勇者ヒンメル様の死後、魔族残党との散発的な戦闘があるのみで、己が真の才能なんてどうにも活かしようがない。

 

 一人では至れなかった境地。高みへ導いて頂いた大恩を、どうやったってゼーリエ様へと返せない。さりとて、謙虚堅実なあの方は、名誉や恩義、己がエゴの為だけに七崩賢を刺激して、世を乱すような行いも当然ながら実行出来ず。

 

 数多の後進に名を知られ、身に纏う燦然とした輝きを憧憬の眼で見上げられ───最初の一級にまで登り詰め、ゼーリエ様にお迎えすること五十年。その栄光とは裏腹に、レルネン一級魔法使いはずっと永く、霧に纏わられるようにして道に迷い続けておられたのだ。

 

 ───その、全てを。

 

 レルネン一級魔法使いの悔恨を。孫娘への愛ゆえに、銀髪ヤンキーヴィアベルへと向けられた静かなる灼熱。その飛び火に、無関係の受験者までもが被害を受けかねない現状を。

 

 わたしがそれを、どうにか食い止めなければならないと奮戦していたことまで含め、ゼーリエ様が全てを察しておられたのだとしたらどうだろう?

 

 大陸魔法協会の王、黄金の絶対者ゼーリエ様。依頼とあらば各地へ魔法使いを派遣して、後世のため学び舎の運営にも余念がない、知らぬ者なき大組織の主。

 

 その支部の一角を。白亜の大理石の通路の上を、堂々かつ悠然と歩み行く、絶対的自尊に支えられた黄金の背中。

 

 侍ることをお許しして頂けながら。手を伸ばせば届くほどすぐ目前へありながら、みだりに触れることなんて恐れ多くて出来やしない。

 

 そんな憧れのお姿を、ぼんやりと眼に映しながらわたしは更に己が思考を整理する。

 

 ───そうだ。合格者の大半は、ここに至るに相応しくなどないと。

 

 もっともらしい嘘まで語り、ゼーリエ様ご自身が最終試験官の座に就いたのは。

 

 このゼンゼの、いち平和主義者としての願いを見切り、レルネン一級魔法使いの手によって無駄な犠牲を出させない為だったのではなかろうか。

 

 だがそれで、銀髪ヤンキーへと向けられたあのお方の激昂が、解消された訳では当然ない。闇討ちだとか狙撃だとか、過激な行動に走ってしまう可能性なら十分にある。

 

 だからこそゼーリエ様は、フリーレンさんの話題を巧みに絡め、従順な一番弟子を侮辱する発言をした。

 

『臆病な坊や』だと。『存在が無駄だった』と、レルネン一級魔法使いご本人の眼前で。 

 

 それを受け、孫を誑かされての激昂を、銀髪ヤンキーへと当てられなくなったあの方は。

 

 臆病なままだって、侮辱を受けられたあの方は───『フリーレンと戦う機会は二度とない』『それが例え、勝てる戦いだったとしても』───という言葉を基として、これからどういう行動へと出るか?

 

 恐らくではあるけども、早ければ今晩か明朝か。遅くとも、一級資格授与式が終わるまでの間には。

 

 侮辱を撤回して頂く為に。臆病などではないと、己を育て上げたのは決して無駄などではなかったと、ゼーリエ様へ存在の証明をする為に。

 

 試験を終えてこの都市を発つ前に、フリーレンさんの前に行き正々堂々真正面から決闘を申し込むと思う。

 

 双方の実力を識るわたしの眼からしてみれば───如何に英雄の資質あろうとも、姑息な不意打ちでもやらない限り伝説には十に一つも勝機はない。

 

 されど、一方的に圧せる程に甘い使い手であるなどと、わたしはレルネン一級魔法使いを低いレベルに評さない。フリーレンさんが勝利をすれど、相応に時間がかかり数の知れない浅手も負う。

 

 結果として、少なくない目撃情報から残るのは。

 

 伝説と渡り合えるだけの才覚を、見つけて育てたゼーリエ様の良き手腕。男として、勝てる筈なき相手に対し一矢も二矢も報いきった、協会に長く語られ続けるだろうレルネン一級魔法使いの勇姿。

 

 そして、そのような激戦を通したならば、相手を問わない激昂だってさすがにかなりは解消される。

 

 実に少年マンガ的。憎み合ってたライバルが、立てなくなるまで殴り合ったその果てに、淀んだ感情が浄化され互いに熱い友情が芽生え出す───という、コテコテな王道に近いモノがある展開だ。

 

 孫を誑かした罪悪も、グーパン五発に杖での殴打一発くらいで多分勘弁してもらえるさ。良かったね、銀髪ヤンキーヴィアベルよ☆☆

 

 そうして世は事もなし。虐殺の危機があったなど、誰に知られもせぬままに、オイサーストでは平和な日常が維持される───などというシナリオを、ゼーリエ様が描いていたと考えるのは、一介のコミュ障による妄想に過ぎないのだろうか?

 

 これはあのお方の気まぐれを、さも深い意味があるように無理にこじつけただけのモノ。

 

 敬愛するゼーリエ様に、わたしを失望させてほしくない。人と人との争いになど、これ以上手を突っ込んだりしたくない。そんな風に考えてしまう、世慣れずちっぽけなコミュ障だから───弱さ由来のご都合主義を、どうにかこうにか無理矢理にでも押し通そうとしてるだけ。

 

 毒舌野郎のゲナウなら、今のわたしをそのように。業腹だけど、現実的かつ辛辣に、皮肉な笑みでまともに評してくれるだろう。

 

 ───それでも、万が一の億が一。その都合がいい妄想こそが、真実だったとしたのなら。

 

 わたしには以前から、粗悪な紙のように薄々ながら感じていたことが一つある。 

 

 その直感を掘り下げるのは、わたしの如きコミュ障ではあまりに無礼でおこがましくて。

 

 絶対踏み込んでなどならないと、心の深い奥底へ封を重ねておいたのだけど───それでも今は、改めて考えてしまうのだ。

 

 もしあのお方が本当に、わたしの抱いた直感通り、わたし以上にわたしの同類だっていうのなら。

 

 時に誤解を生むことを、人に憎まれるということを厭いもしないお心に、誰が手を差し伸べられというのだろう───?




きりのいいところまで行こうとしたらかなり長く…。多分次で完結です!
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