都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ 作:すかすかのタキ
自分の気持ちが分からない、不器用すぎる我が師の為に①
その日の夜、特権授与式の終わりを以って、今試験の全ての幕は閉じられた。
運に見放されてしまった者。まだ実力が及ばなかった者。望んだものを見事手に入れられた者。受験者達は各々の思いを抱き、ここオイサーストから新たな一歩を歩み出してゆく。
ある者は、三年後には絶対受かると晴れやかな顔で宣言し。
ある者は、探し物を見つける為にまだ見ぬ地へ向け旅立って。
「おじいちゃん、この人が同じパーティーで戦った北部魔法隊隊長のヴィアベルさん。立場上、早く北まで帰らなくちゃならないそうだから、船を融通してもらえるとそれはすっごく助かるって」
「うす、お孫さんには試験中、大変お世話になりました! 今日から新参の一級として活動させてもらうことにまりました、北部魔法隊隊長のヴィアベルと申しますっ! レルネン一級魔法使いの高名は、北の戦場でも兼ね兼ね! マジで尊敬してるっす!」
またあるヤンキーは、上下に厳しい体育会系出身らしく、弁えるべき時はビシッと弁え先達へと深い角度で礼を決めた。そのお陰でレルネンからは、
(ふむ。一見すると、一山いくらでたむろしている只のヤンキー。エーレの頭を撫で回し、ツンデレがどうのとからかっていたけしからん男。以上の二点から判断し、あの子にとって少かならず毒になると殺意も覚えていましたが───いざ話してみると、なかなかどうして礼儀の正しい有望な若人であったようですね。学校も無事卒業し、エーレももう大人と呼んでいい年齢。寂しくはありますが、一人の人間として信頼し手を離してゆく時期ですか───)
と、なんやかんやで普通にかなりの好評価を下されていた。
以後、ヴィアベルが調子に乗ってまたレルネンをブチ切れさせたりしないかは、恋の女神のみぞ知る語られない未来である。
「いや〜、それにしてもフェルンは本当に素晴らしい魔法を習得してくれたよね〜。
この『服の汚れを綺麗さっぱり落とす魔法』さえあれば、どれだけミミックにガジられてどれだけ全身ネチョネチョにされたのだとしても、いつでも何処でも呪文一つで快適さわやかな旅路へと戻れるんだから。本当の本当に素晴らしい〜☆☆☆」
「ばかっ!? フリーレン、そういうことは思っていても口に出しちゃあ絶対ダメだ! 俺とかザインならまだしも、フェルンのやつにそんなこと聞かれたら…!」
「シュタルク様、フリーレン様。何もかもがしっかりと、わたしの耳まで届いてます。では今すぐに、オイサーストの魔法協会にまで戻りましょうか。ゼーリエ様も、『正気かお前?』って嫌そうな顔されていましたし、誠心誠意お願いすれば別の魔法に交換し───」
「わああん、ごめんよフェルン〜わたしが全面的に悪かったから告げ口だけは許して〜! そんなのゼーリエに知られたら、追尾型のゾルトラークでしつこくお仕置きをされちゃうよ〜!」
フリーレンもまた、いつも通りのわちゃわちゃとした下らない会話を交わしながら、オレオールへの新たな旅路を歩み出す。
滞在期間二ヶ月強。顔見知りの門衛に、またいつかと挨拶をする。多くの出会い、多くの濃密な経験を得た、魔法都市オイサーストの重厚な門が開き出す。
小柄なエルフの歩幅に合わせ、二人の仲間もそれを潜る。
潜った先でもう一度、示し合わせたかのように三人揃って振り返る。長い旅の、折り返し地点となるこの場所を、まぶたの奥へ焼き付けるかのように。
深く蒼い巨大な湖。その中心に建てられた、白く輝く大都市から。
透き通るような春空の下、降りそそぐ陽光と緩い風を浴びながら。
雄大な、長さにして一キロは下らない、レンガ造りのアーチ橋を渡り行き。少しだけ後ろ髪を引かれつつ、これまで以上の試練が待ち受けているだろう北への街道へと抜けて行く。
───ちなみにこれは、全くの余談であるのだが。
最終試験までのインターバル一日目。シュタルクはニヶ月滞在した宿屋にて、助けた筈の暴走ゼンゼにすったもんだで振り回されたその挙げ句、
『最後にいいかなゼンゼさん!? 俺達は今日、出会ったりなんてしてないし、お互いのことなんて全く何も知りやしない。全部忘れてそういうことにしておこう! そういうことにしておかなくちゃ、フェルンに何かツッコまれたらとんでもないトラブルに発展しそうで怖いんだ!』
『う、うん。分かった。よく分からないことも多いけど、君は色んな意味で恩人なのだし全て言われた通りにしておこう…』
『うわああん、ほんっとうにありがとうゼンゼさんー! 俺がゼンゼさんの全身をあちこちなで回しちゃったことも、ゼンゼさんが俺に迫って押し倒そうとしたことも、何もかも全部なかったことにする方向でー!』
───等々、厳重に念を押したその上で、両者は一つの契約を交わした。
そうして二人は、宿屋の前の街路にて軽く手を振ってお別れし。
ゼンゼは魔法協会支部まで戻り、ゲナウへのヴィアベル調査依頼へと。シュタルクはオイサースト郊外の林へと出向き、フェルンに命じられた通り久々のハードトレーニングへと移っていった。
スタンダードな素振りや腹筋。ひと汗以上にたっぷり汗を流し終えたシュタルクは、武の極みおじいさんと入れ替わりでやって来たフェルンと平和に合流をする。そうして、折られた杖とフリーレンの冷淡さについて、愚痴をあれこれ聞かされることとなったのだけど───もしもこれらのタイミングが、一分だけでも狂ってしまっていたのなら。
例えば、あとほんの少しだけ。フェルンが一分だけ早く、拠点の宿屋に到着していたという場合。ゼンゼが渋り、シュタルクと契約を交わすのがほんの一分遅れてしまっていた場合。
『うわああん、ほんっとうにありがとうゼンゼさんー! 俺がゼンゼさんの全身をあちこちなで回しちゃったことも、ゼンゼさんが俺に迫って押し倒そうとしたことも、何もかも全部なかったことにする方向でー!』
という、事情を知らない第三者からしたならば、どう解釈しようとも十八禁的想像を爆裂連鎖してしまう大問題発言が。
涙目でテンパって、足をガクガク震わせながら必死の声で訴えている哀切な姿も当然込みで、一言余さずフェルンの耳に入ってしまっていたのである。
シュタルクに取り、本当の本当に、あれ以上の破滅的トラブルに叩き込まれないで済むギリギリのタイミングであったのだ。
もし聞かれていたのなら、杖での微細なコントロールなど放棄しての一撃で、ゼンゼも宿屋も諸共に魔力で消し飛ばされていただろう。そうしてその騒動に、現在オイサーストで行動可能な一級魔法使い計三名───レルネン、ゲナウ、ファルシュ他、武闘派の二級やら滞在していた戦士まで大戦力が駆り出される。フェルンとフリーレンはどうにかこうにか合流をして逃げのびたけど、大陸魔法協会加盟都市全域にて指名手配されてしまうという混沌の未来が避け難かったのは否めない。
一時堕落はしていたが、基本日頃の行いが善い男シュタルク。肝心要の場面にて女神の慈悲が働いたのは誰も知らない事実である。
「───そうだ、名案を思いついたよ。これから先、ミミックの可能性がある宝箱は、コートを脱いでパンイチになったシュタルクに全部処理してもらえばいい。そうすれば、洗濯の問題もミミックの問題も全てが丸く解決だ」
「何がどう解決するんだよ! この期に及んで開けない選択肢はないのかよ!? そもそも脱ぎたくないしかぶり付かれたくもないんだが!?」
「そうですよ、さっぱり意味が分かりません。正直聞く価値もないと思うのですが、一応説明を願いますフリーレン様」
「なんだ、二人とも分からないの? ふふん、しょうがないお子様だなあ。じゃあリクエストにお応えし、お姉さんがしかと教えてあげるとしよう。実はね、一級試験の合間に読んだ、人間に大人気という書物の中に『鋼の錬■術師』という物があったのだけど───」
「待って下さいフリーレン様。びっくりするほど斜め上に、ろくでもない予感がするのですが」
「その本によるとね。鍛えられし屈強な戦士というモノは、隙あらば自分のタフさと筋肉を披露せずにはいられないそうなんだ! わたしもまだまだ人間について不理解だよね。戦士をやっている男性には、そんなにも変わった習性があるなんて!」
「そんなもん師匠にも誰にもねえよ! 知識源が間違ってるし、アーム■トロングさんが特殊なだけだ!」
「だからね、シュタルク。わたしは理解ってあげられるから、これ以上自分を隠さなくてもいいからね? もしミミックらしき宝箱を見つけたら、率先してかぶり付かれてタフさをアピールすればいい。服をよだれで汚されちゃうとフェルンにガミガミ怒られるから、事前に脱ぐのを忘れずに。そうすれば、鍛え上げた筋肉と戦士のタフさを両方周りにアピール出来て、人生で味わったことのない最上のエクスタシーにまで───」
「フリーレン様、もういいです。聞いたわたし達がバカでした。今後は魔道書以外の書物には、漏れなく検閲を行いますのでそのつもりで」
「えええ、酷い! どうして!? どうしてフェルンはさっきから、わたしを泣かすことばかり言い出すの!? ねえ〜理由くらいは教えてよ〜! 人間は大人になると、みんなこんなに冷酷になっちゃうの〜!?」
わちゃわちゃと、明日にはとっくに忘れ去っているだろう下らない会話を交わしながら、三人の新しい旅は始まっていく。
空は高く地は遥か。人とエルフの寿命は違う。どれだけ心を通わせようと、いつか必ず別れは来る。
初めて取って育てた弟子も。戦友の心技と才を受け継いでいる青年も。
彼女を一人此処へ残し、如何なる魔法を極めても届きようのない彼方まで。誰もが先に、彼女を残して行ってしまう。
───それでもきっと、フリーレンはまた歩む。幾度も別れ、幾度も軋み、それでも何度も繰り返す。
人を、自分を、少しずつ理解していきながら。
大地を巡り馬車に乗り、大陸すらも越えながら新たな出会いを繰り返す。バカな会話で暖を取り、忘れ去ってたやり取りを不意に思い出しては微笑みながら。
長い長い、星の光の到達を待つような、遥かなる旅路の果てを目指してゆく。
───そして───
ここで完結予定でしたけど、思ってたより長引いたので次で完結にします。もうひと踏ん張り