都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ 作:すかすかのタキ
「はっ、はっ、はっ───!」
わたしは走った。激しく息を切らしながら、オイサーストの街中を。
踵の辺りまで伸ばされた、茅色の長い髪をたなびかせ。小さな身体で、道行く人々の隙間を縫い。引きこもりコミュ障にはあるまじく、彼女は久方振りの全力で汗にまみれた手足を振るう。
───ああもう、わたしは何ていうバカなんだ。ぐだぐだと自分の気持ちを整理して伝えるべき言葉を考えてたら、案の定寝落ちして寝坊のコンボを決めるとは。
「わっ───!?」
石畳の、小さな窪みに躓いた。けれどギリギリ、運動音痴なわたしにしては転ばないまま立て直す。何度も人にぶつかりそうになったけど、今は構ってなんていられない。幸いにして、目指すべき場所だけならば明確だって言っていい。
このオイサーストは湖上に建てられた大都市だ。ゆえに、そこを発って他の土地を目指すのならば、どうしたって都市と郊外とを繋ぐアーチ橋を渡らざるを得ないから。
だからわたしは、そこを目指してまだ走る。まだ追い付けるんだって、わたし自身を奮い立たせ。
オイサーストを発つ前に、もう一度フリーレンさんに会いに行く。
あの時───通路に隠れて結果を見届けようとしてた時。最終試験で落とされた、エーレ嬢の憂い顔を目の当たりにしたあの瞬間。
連鎖的に思い起こされた光景は、ゼーリエ様の哀しげに憂いた顔。今は亡き一級魔法使いの同志達。
アレクサンダーさん。フリーダさん。クララちゃんとアルルちゃん。シュナイダー先輩。アマデウスのお婆さん。
共に学び共に食べ、同じ戦場で戦った。人見知りのわたしでも、いささか面倒くさい性格であろうとも、多少であるなら仲良くなれたもういない同志達。
人形を踊らせる魔法。絵の中の人物や動物を、思い通りに動かす魔法。眼が七色にビカビカ光る魔法。水をヌルヌルのゲルに変える魔法。声色がアイドルみたいな可愛い高音になる魔法。お酒がなくとも酔った気分になれる魔法。
どれもこれも、実用性なんて特にない。ただ、そこらの子供を楽しませるだけにあるような、何も守れず害もしない、平和的で無意味な魔法。
そんなモノを、厳しい修業、過酷な任務の僅かな合間を縫ってまで。
真面目な顔で開発しては、本当に子供相手に披露して楽しそうに笑ってる。超絶陰キャのわたしでも、いい人だったと断言出来る愛すべき同僚達。
ゼーリエ様は当然ながら、遊ぶ暇があるのなら基礎の一つでも磨けって、イライラしてるの丸出しで叱責しっ放しであったけど。
だけどわたしは、この目で一度だけ見てたんだ。彼らが誰も、この世界からいなくなったその後を。
一級として、まだまだ未熟であった古い日々。あのお方に命じられ、共に未解読の魔道書の解読を。その作業と並行し、難易度のかなり高い多重付与の維持調整を二時間やり続けてみろと、なかなかハードな訓練を課されてしまった若い頃。
どうにかこうにか二時間のノルマ達成後、緊張を解いたわたしはさすがにクタクタになっていた。
ゼーリエ様もゼーリエ様で、解読と並行しながらわたしへと、細かい助言を送り続けてくれたのだ。如何な伝説とはいえど、やはり少しばかりは休みを欲していたらしい。
ぞんざいに命じられ、わたしは一度お部屋より外に出て、お茶とお茶菓子一式を適当に用意した。待たせることもお口に合わないこともないように、無許可でしれっと最高級品を持ち出したので、後日総務に吊るし上げにされたのはもう忘れたい思い出だ。
それはともかく、冷めない内にと通路を早足で戻り行き。トレイで両手が塞がってたし、軽い焦りに訓練による疲労もあり、まあまあしょうがなくもあったのだけど。
未熟なわたしは不覚にも、よりにもよって師のお部屋へ入るのにノックをするのを忘れたままで、「たたたたただ今戻りましたー…!」と、無許可で扉をガチャリと開け放してしまってた。
───ああダメだ。またもやうっかり不躾な真似をしでかした。お茶が冷めるのより速く、心拍が急激に冷めきっていく。訓練自体はギリギリこなせきったのに、どうしてわたしは変なところでやらかしてしまうのか。嫌だよう。これは絶対、敬愛しているあのお方から手厳すぎる叱責を受けるよう。
嫌だけど、今更逃れられる訳がない。覚悟を決めた次の瞬間、わたしの眼へと映った物は───全長にして、二十センチあるかないかの、五つの小さな出っぱりがある細長い布の塊。
綿を詰めて縫い合わせ、切れ端で作ったらしい赤いワンピースを着せられた───少女を模した小さな人形。
ゼーリエ様はその一体の人形に、いつも通りの憮然な顔で絨毯の上にあぐらをかいて、魔法で以って何故かダンスを踊らせていた。
だけどそれは、弟子から師への形式的なお世辞なんて一切無しに。
それはそれはつい見とれてしまうくらい、楽しげで花開くような舞だった。
右へ左へ、子犬みたいにくるくる回り無邪気に軽やかに跳び跳ねる。デタラメで、自分勝手なようでいて、全てが計算し尽くされてもいるみたい。
無音の筈の、厳格ですらある空間に、明るいワルツが奏されてると錯覚しそうにすらなった───かと思えば、わざとらしくコケてみせ、頭を掻いておどけてみたり。もう一度立ち上がろうとしてまたコケて、それらの失態全てを塗り替えるかのように、ステップは一段また一段と大胆華麗になってゆく。
───ああ、これはすごく楽しいなあ。感情が表に出ないコミュ障ではあるけれど、自然に笑みが浮かびそうになってしまう。
もう少しの間だけ。淹れてきたお茶が冷めるけど、もう少しの間だけこれを見続けていたいなあ。そう思ってしまった瞬間に───つい、感嘆の溜め息が漏れ出てしまった瞬間に、わたしとゼーリエ様との目が合った。
合ったと同時、ワルツの調べも人形のステップも、氷みたいに停止した。
この僅か十数秒。わたし一人の為にあり、わたしだけに向け踊ってくれた小さな舞台と小さなプリマ。人形は絨毯に、ぽてんと音を立てて倒れ込み、込められていた魔力も霧消。母の手からから娘の手へとそっと贈られてゆくような、何処かの誰かの手作りらしい素朴なそれに戻ってしまう。
「どうした。茶を淹れてきたのだろう。冷める前にとっとと寄越せ」
「───は。ただ今」
ゼーリエ様は、そのまま何事もなかったかのように、人形を鷲掴みにして部屋の隅へと放り投げた。
ああ、敬愛すべき我が師匠ゼーリエ様。師の威厳とか、あなたへ向けた敬愛は、そんな程度で消えてなくなったりはしないから。だからもう少しの間だけ、今の舞踏を続けていてほしかった。
今は亡き、こんな陰キャコミュ障であってでも、友と呼んでもよかったのだろう同僚達。今見たものは、彼らの遊戯の再演でありより洗練された完成形。
いずれはもっと楽しいものを。手を叩いて笑えるくらい、面白いものを見せてやろうと豪語した、果たされなかった宣言が───今、わたしの前で別の形で果たされていた。
やることなすこと無駄ばっかりで、不要に明るくわたしの性質と相反してて、それがゆえに近くにいるのがちょっぴり怖く。だけど、同じお方を尊敬してて同じ方へと歩いて行けて。
共にいられて、こんな自分であろうとも少しだけなら輝けていた短い日々の残照に───一秒だけでもよかったから、身を浸らせていてほしかった。
「そそそそそこの門衛君! ここここここを、紫色の髪の長身の女の子と、戦斧を背負った赤毛の戦士と、それから銀の髪の小柄なエルフの三人パーティーが通って行った覚えはない!?」
「え? はあ、そういう人達でしたら確か、ほんの十分くらい前に橋を渡っていきましたけど」
「あああああありがとう、門衛君よ恩に着る! ここここれはチップだ遠慮なく取っておいて代わりにこのコミュ障の聞き取り辛いどもりごと全て忘れてくれたまえー!」
「ちょっ、君、こんな程度で金貨って!? 待ってくれ小さいお嬢ちゃん! おじさんこんなのとても受け取れないんだが―!?」
ふふふふふ、偉いぞわたしよくやった! よもやただの一回で、知らない人から聞きたかった情報を引き出すことが出来るとは! これはもう、大陸コミュニケーション協会万年九級の最低位から一気に七級辺りまでジャンプアップを出来ちゃうかもね!?
門衛君が、背後で何かを叫んでいるが聞こえない。大丈夫だ、まだ間に合う。わたしは年だし普段はろくに運動しない。これから最低一か月、筋肉痛でまともに歩けないのは確定だけど今走り抜けられるのなら構わない。介護はゲナウに任せるのみさ。
───ああ、それにしたってわたしは何と愚かしい。どうしてあの日の光景を、ずっと忘れたままでいたのだろう。もう少しだけ意味を、深く考えなかったというんだろう。
決して見てはいけないモノを、見てしまったと思ったからか。日々の修行、過酷な任務に携わる内、終わったことを考えている暇などないと押し流されたからなのか。
そもそもだよ、あのお方の目的とは何だ。わたし達一級と、ゼーリエ様との関係性とは何なんだ。
そんなもの、今更確認するまでもない。それは歴史に名を残す、強大な魔法使いを育て上げること。
魔法という技を、今より更に高く高く。この先数百年でも語り継がれていくほどに、神へと一矢を報いれるほど貴き魔法を編み上げること。
一級という才能は、詰まるところそれを補助する道具に過ぎはしない。
万能にはなれずとも。たった一つであろうとも、自身を凌駕する技を。自身のみでは発想するに至らない、過去に例の一切ない全く新しい技を。
ゼーリエ様はそれを求め、わたし達を利用する。知識と技術を、厳しくも余すことなく個々に適したモノを伝授して。
一級もまた、自身が魔法を極める為にその思惑を利用する。ただそれだけの、ドライで契約的な関係だ。
期待にそぐわないのなら、レルネン一級魔法使いに向けたようゼーリエ様には失望するだけの権利がある。
それで当然の間柄、そこにいちいち怒りを覚えるなんて不合理だ。そのような乾いた関係だからこそ、魔法の才能しか持っていない引きこもりコミュ障であってでも傍で仕えることを許された。歪な形であってでも、ゼーリエ様に受け入れられて幸せだったこのわたしに。
今更どうして、おこがましくも不平や不満を口に出来る───?
「はあ───ふう───へえ───」
ぬ、ぬかったよ。コミュ力が、一気に二階級特進したのかと思ったら早速この有り様だよ。
走るスピード大激減。情けなく息が切れ、心臓がヘヴィメタルのドラムみたく危うい勢いで脈打っている。さっきのあれがダメだった。門衛君へ無駄に大声で叫びすぎ、すっかり酸欠状態だ。いや、そも特進といったら殉職じゃん。言った時点で死亡フラグをドスンと立てて秒で回収してるじゃん! 救いようのないバカじゃないのかいわたしは!?
ああ、湖が陽光を反射して、目が焼けるくらいに眩しい。湖面を泳ぐ魚のように、空を渡る鳥のように、わたしも優雅に軽やかに橋の上を走りたい。ぐだぐだ悩むのなんてとっとと止めて、堅実に確実に早朝から橋の前で待ち伏せていればよかったんだ。
やはりこれは勢い任せの身の程知らず。わたしみたいなコミュ障がこんなにも大胆な行動に出ようなど、人としておこがましいだけだったのだろうか?
───そうだ。わたしみたいな引きこもり陰キャコミュ障如きがこんなことを思うだなんて、おこがましいことこの上ないのだけれども。
哀しげな目を浮かべ、人形を踊らせていたゼーリエ様。下だらないと、蔑んでいたものを身に付けて、まるで弔いのようにして華やかに舞わせておられたあの姿。
もしあのお方が、魔法を高める為だけにある乾いた関係など超えて───わたし達を弟子として、一人一人を愛して下さっていたのなら。
なのにあの時、レルネン一級魔法使いを育てたことは無駄であった侮辱して───自らが嫌われる形で以ってして、フリーレンさんへとけしかけられたという矛盾。
本当に、こんなことは考えることすら死罪に値するかもしれないけれど。
ゲナウにはボコられてファルシュには空虚な目で見つめられ、モブリーナさんには窒息レベルで爆笑される屈辱案件なのかもしれないけれど。
もしかしたらのもしかしたら。ゼーリエ様は実のところ、自分の気持ちすらも分かっていないわたし以上のコミュ障で。
だからゆえに平然と、自分が憎まれ嫌われてしまう不器用なやり方を、取ってしまうというのなら。
モブリーナさんは言っていた。ゼーリエ様はフリーレンさんに向け、『今後千年出禁。大陸魔法協会及び関係施設には立ち入るな』と宣告したと。
ならばせめて、コミュが破滅的だって自覚くらいはある者として。
あのお方に少しでも、報いる為に出来ることがあるとすれば───
───み、みみみみみみみみ見えてきたあ!
紫色のロングヘアに、黒いロングコートの組み合わせ。重厚そうな戦斧を背負った、中肉中背の赤毛の青年。その先頭に立っている、新雪みたいな銀髪をツインテールに纏め上げた細身で小柄な女の子。
間違いない。前方をのんびりと歩いてる、三人パーティーの背中。あれこそは二次試験より一週間、色んな意味で濃いお付き合いとなっていたフリーレンさん一行だ。
もう少しで追い付ける。息よ続け、元々遅いこの脚が更に見る影もなくなろうと最後まで走り抜け。この橋を渡り切り、郊外へと出ていってしまうその前に、あの背中へと伝えるべき声を届けるみせる。
人の正確な気持ちなど、わたしのような人見知り陰キャコミュ障風情にはそうそう簡単には察せない。それが、如何に人そのものの姿形をしてようと、万の年月を生き続けるエルフ同士の話なら、尚更察することになど意味はないのかもしれない。
だけどもわたしは伝えよう。人間一人の生なんて、どれだけ長く引き延ばそうと百を超えることすら極稀だ。
千年後の世界など、わたしのような小物には想像すらもしようがないけれど。その時ここオイサーストは、どのような変貌を遂げている?
今より更に、魔法が広く発展し、全世界の中心として栄華を極めているのかもしれない。魔法とは全く違う技術が台頭し、寂れ朽ち果て廃墟と化しているのやも。
最悪を想定すれば、魔王が在った時代など可愛いものだと思えるくらい人と人とが泥沼の争いに沈み込み、歩いて諸国を巡るだなんてのん気なことはとても出来なくなっている。そんな暗黒の未来さえ、根暗なわたしはついつい思い描いてみてしまう。
万が一本当に、平和や平穏とは程遠いどうしようもない未来が訪れてしまったのだとしても───。
フリーレンさん、あなたはどうか出禁が解かれる千年後、またここオイサーストにまで足を運んでほしいんだ。
わたしと出会ったことなんて、明日にだろうと忘れてくれて構わない。面倒くさくて訳分かんない人間だって、嫌ってもらって上等だ。
でもどうか───何か下だらない意地や揉め事で、一級試験を落とされたのだとしても───ゼーリエ様のことだけは、どうか嫌いにならないでいてほしい。
わたしのようなコミュ障じゃ、二人の過去も関係性も知り得ない。何となく、お互い苦手に思っているらしいくらいしか、鈍い感性じゃ測れない。
だけどそれでも、わたしだけは知っている。憂いた瞳と慈愛の瞳。踊る人形。投げ捨てはしても、壊すまではしなかった。一級に成り立ての、無力な雛鳥でしかなかった頃。言葉で表せなくとも別にいいと、わたしを許して頂いたあの日のゼーリエ様の懸命さ。
───そうさ。言葉で言い表せなかろうと。態度ですらも、示すことが出来なかろうと。
フリーレンさん、あなたはわたし達と同じで、必ずやゼーリエ様から愛を向けられているんだよ。
だからわたしは、一級魔法使いゼンゼはその背に向かって走るんだ。
どうしようもない口下手だけど。間違いだらけのコミュ障だけど。ここオイサーストにまで、また会いに来てほしんだってあなたに向けて伝えるべく。
自分の気持ちが分からない、不器用すぎる我が師の為に。
これにてどうにか完結ですー。最後まで読んで下さった方、どうもありがとうございましたー。感想頂けると大変励みになりますー