都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ   作:すかすかのタキ

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ゼンゼ様、ゼーリエガチ勢過激派だった

 四日前を、思い出す。一級魔法使い試験一次試験最終局面、隕鉄鳥を巡ってのデンケン宮廷魔法使いとの激突。

 ファルシュの口から『まるで熟練の老魔法使いのよう』と評された───長い年月、地道に基礎を磨き上げたろうから出来る、フリーレンさんの戦いを。

 

                 

 

 北側諸国グローブ盆地。深い森に囲まれている、魔法によって凍り付かされた断層湖。その直上を舞台とし、二羽の魔鳥が疾風の如くに交差する。

 

 火焔、氷槍、風刃、土塊。デンケン氏は矢継ぎ早に、対応する間など与えんとばかりに多彩な魔法を繰り出していく。

 

 一方フリーレンさんは───飛行魔法を除いては、ごくごく基礎的な一般攻撃魔法と防御魔法。その二つの、最小限の使用だけでデンケン氏へと対応した。

 

 それも、相手を害する為ではない。視線を遮り見失わす。魔法の熾りを妨害する。躱し、威嚇し、躊躇わせ、それでいて無理な攻撃を誘い込む。

 ───恐らくは、自身の消費は最小に。逆に相手の消費は最大に。のらりくらりと受け流し、気付かぬ内に徐々に貯蔵に差をつける、卓越した巧者としての立ち振る舞い。

 

 その内にやはり、両者の残存魔力量に、明らかに大きな差が出てくる。デンケン氏には、してやられたと焦りが生じる。これ以上、だらだら長期戦に付き合わされては敗北すると───上級攻撃魔法『バルドゴーゼン』と『ダオスドルグ』を同時発動、一気に決着を着けにかかる。両者の距離は、目測にして三十メートル。その相中に、巨大な炎の竜巻が、周囲の森ごとフリーレンさんを焼き尽くさんと凄まじい勢いで立ち昇る。けど通じない。防御魔法の全面展開。彼女はここまで、魔力の消費を最低限に抑えてきてる。消耗が大きいそれの行使を、彼女はまだまだ苦としていない。

 

 デンケン氏は、更に上位の攻撃手段───絶え間ない光の矢を撃ち放つ『カタストラーヴィア』までをも発動する。

 

 広範囲高威力だが、いささか大味な先の魔法。それは布石に過ぎなかった。

 

 フリーレンさんを囲んでいる、球体型の全面防御。その核となっているポイントへ、正確無比に無数の矢が打ち込まれていく。雑な広範攻撃から、精密な局所集中攻撃へ。急激な変化には、誰もがそうそう対処出来ない。防御魔法が崩される。数多の矢が、四方八方から襲い来る。中空に真紅の花が咲き乱れ、無慈悲に貫き切り裂かれた肉体があえなく地上へと堕ちていく。

 

 ───と、思いきや。フリーレンさんにとって、それも全く想定の内であったらしい。

 

 彼女は全面防御魔法───球形に組み上げられたフラグメントを維持したままに、自分だけは飛行魔法で高速離脱。デンケン氏の意識は、逃れられる筈などないと完全に攻撃へと集中してる。

 

 その致命的な読み間違いに───彼にはもう、小さな盾を出す暇もなく。

 

 鮮やかすぎるカウンター。死角より飛び込まれ、眼前に突き寄せられた少女の魔杖。

 一般攻撃魔法『ゾルトラーク』零距離射出の直撃により。

 

 デンケン宮廷魔法使いは、フリーレンさんの手によって完全敗北を喫していた。

 

                 

 

 そう、ゲナウはバカだからきちんと見ていないようだったけど。

 あれは何度思い返しても、思わずため息の漏れるほどに美しい、戦場における舞踊だった。

 

 手にしたコインを裏返すかの如き、恐ろしくスムーズな攻守の切り替え。相手を気持ちよく戦わせない、多様多彩な応用力と柔軟性。その全てを、大樹の根のように支えてる、途方もないほど深化された基本基礎。

 

 何もかもが、フリーレンさんこそが間違いなく、勇者ヒンメルと共に悪しき魔王を打倒した───ゼーリエ様にすら並び立つ、伝説の魔法使いなのだと告げていた。

 

 …だからこそ、拭いきれない違和感が一つある。

 

 あの時フリーレンさんは、同じチームの受験者達───水使いの女の子が、雨天で本領発揮する為に。

 

 盆地全体を封鎖した、直径三キロは下らないゼーリエ様の大結界。一級が力を合わせても、人一人が出入りできる小さな穴すら開けられない。それほどの硬度の結界を、よもや試験の片手間に解析し、鮮やかに破壊すらして見せた。

 

 ゼーリエ様とフリーレンさん。双方の技術は多分、千年以上を生きているエルフ族だからこそ身に付けられた個の極地と言うべきものであり。

 今後人類が、百年二百年を懸けて理論化し、明瞭なイメージを描けるよう細分化した上で一流同士の協調の元実現化するだろうものだ。

 

 対してデンケン氏との戦いは、技術自体は恐ろしく優れていたものの───使用したのは誰でも使える基礎的な戦闘用魔法だけ。百年どころか『バルドゴーゼン』『ダオスドルグ』のような、現代レベルの上級魔法。それの使用の兆しすら感じ取れはしなかった。

 

 この技術的アンバランス。魔法使いとしての、完成度の落差を、どう合理的に説明すればいいのだろう?

 

 わたしは図書館へ足を運ぶと、戦争時の記録から子供向けの絵本まで、フリーレンさんに関して記されてそうな書物を手当たり次第に読み漁り───ついに一つの結論へと到達した。

 

 ゼーリエ様はそれこそ神話の時代から。下手をすれば、万に迫る年月を魔法の為に重ね抜いており。

 

 一方フリーレンさんは、資料が正しいとするならば長くとも千と数百年レベル。無論、人間の寿命と比べれば、果てしないと言えるほど長い生を送っていることになるのだが───それでもゼーリエ様に比べれば、どう甘く見積もろうとも半分にすら至らない。

 

 魔法使いとして、研鑽してきた時間が全く違う。懸けてきた密度が、薄いということもありえない。同じ伝説上の存在と言え、双方の差は決して埋められるものじゃない。

 なのにフリーレンさんは、結界魔法に関してはゼーリエ様をも上回る超絶技巧を見せつけた。

 

 これらの情報を伴わせ、導き出される真実は一つ。

 

 フリーレンさんはひたすらに基礎攻撃魔法一つを高めただけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()。それが彼女の正体だ。

 

 そう。だからゼーリエ様は全然負けてなんかいないんだ! 攻撃でも防御でも、何でも極めた万能たる我が師こそ、世界最強ナンバーワン! 魔法の才能さえあれば、コミュ力が壊滅的でも全然全く気にしない最高に優しい人格者! 身長わたしよりもちっちゃいのに、尊大な態度と低い声とのギャップが超クール! カッコいい、腰砕ける! 『うひょー』とか欲望に流されることなんて絶対ない! 結界は壊されちゃったけど、総合力ではまだまだまだまだゼーリエ様のが遥か上! ほら、その高みから見下ろせば、フリーレンさんなんてミジンコ同然! ただのザコ! メスガキばばあ! だからゼンゼよ、弁えろ! わたしはちっとも悔しがる必要などないし、この敗北感も幻影だ!

 

 それにもう一段、深く思い返してごらん? グローブ盆地での、デンケン氏への圧倒劇。最後に勝負を決めたのは、ここぞという時の高速飛行。爆風に身を隠しての、零距離射出のカウンター。

 

 そして二次試験の舞台となるのは、地下ダンジョン零落の王墓。広大な屋外での、飛行魔法を存分に生かした三次元的な戦闘とは全くの逆。閉所での、足を止めての正面切った戦いが強いられる。

 

 つまり、先のデンケン氏との戦いのように、フリーレンさんの回避や牽制を支えた要素はほぼ消失。戦闘力は大幅ダウン。逆にわたし、ゼンゼの戦闘における十八番は、魔力を消しての死角からの奇襲。強化した髪の毛を用いての、閉所での空間制圧術。屋内戦でのバフがすごい。

 

 よって二次試験では、わたしでさえもフリーレンさんより格上に! 魔法は相性! シュピーゲルの造るラスボスだって、ゼーリエ様の愛弟子たるわたしが担当で間違いなし! 師弟揃って完全勝利!

 

 ふふふ。という訳で、これにてゼーリエ様とフリーレンさんの、尋常なる格付けは終わったね。もはや憂うことは何もなし。わたしは二次試験の開始へと向け、コミュ障でもどうにかなる短く無駄のない説明文を起稿させてもらうとしよう───。

 

 

 

 ───って違うだろう。人見知りたるこのわたしが人前で説明をしなくちゃいけない時点で憂いが溢れるほどにありまくりだしそもそもゲナウのバカが来てくれなかったおかげであれこれいらない苦労を背負う羽目になったのだけど緊急事態につき今はそれらは置いておく。

 

 今、わたしと受験者達の目前にある、『零落の王墓』最深部へと通じる大門。そこで待ち受けているであろう、水鏡の悪魔『シュピーゲル』直属の護衛。侵入者の中で、最も強い者の複製体。

 

 そこにいるのはこのわたし、ゼンゼ一級魔法使いの物である筈だったのに。

 

 全身土色であったとしても、見間違えようがありはしない。エルフ特有の尖った耳。小柄な肢体に胸元にまで届くツインテール。あれは間違いなく、少なくとも閉所であるダンジョンでは、わたしより弱い筈のフリーレンさんの複製体。

 

 顔には出さないようにしてるけど、背中にどっと冷たい汗が流れてる。心臓が乱れ狂った脈を打つ。ぐるぐるぐるぐるぐる目が回り、気を抜けば顔面から倒れこんでしまいそう。

 

 一体どうしてこうなったのだ。シュピーゲルの能力とは、自己防衛の為の感情を交えないシステムだ。感情を交えないがゆえに、そこに錯誤はありえない。つまりあの人は、もしかしなくともまだまだ多くの攻撃手段を備えてるのか。わたしは自分を買い被り、彼女を過剰に侮ってたということなのか。回り続ける目に反し、頭は全然働かない。同じ場所を、ぐるぐるぐるぐる空回りし続ける。

 

 ───ああ、思えばゲナウには、何度も重ねて諫められたのに。

『コートくらい自分で着させろ。茶菓子を髪で口元に運ぶとか、逆に失礼だとは思わんのか。魔法以外は何も出来ん駄目エルフにする気なのか。あと俺相手に、うへへへへって怪しい笑いを浮かべながらノロケを口にするんじゃない面倒臭い』と再三忠告されたのに。

 

 ちゃんと自制出来てるつもりだったのに、その実全く出来てなどいなかったのだ。

 

 そう。ついさっきまで、はっきりと認められてはいなかったけど。

 

 どうやらこのわたしゼンゼには、偉大にして大恩ある魔道の師───ゼーリエ様への敬愛が、少々いきすぎな面があるらしい。

 

 だから時として、冷静で客観的な視点を保てない。ゼーリエ様の結界が、フリーレンさんに破られた。その現実を、悔しさをきちんと認めて受け入れず───今みたいに、自分の都合のいいように、ついつい捻じれた解釈をしてしまう。

 

 一級にならんとする者は、みんな多かれ少なかれ、命を奪い奪われる覚悟を以ってこの試験に臨んでる。

 

 だがわたしの悪癖で、フリーレンさんの実力を見誤っていたというのなら。

 全員が協力して戦っても、多くの犠牲が出てしまう。そんな難度の戦いを、受験者達へ無自覚に課してしまっていたというのなら。

 

 試験官としての責を以って、二次試験は中止する。その決断を、ここで一同へ向けはっきり告げなくてはならない。

 

 ボレロの下、決意を込めて誰にも見られないよう拳を握る。

 

 

 …だけどさ~。わたしみたいなハイレベルコミュ障に、それはちょっと高難易度がすぎるよ~。

 

 今日挨拶したばっかりの、等級も年齢も下の後輩達に向け『ごめんなさい! どうやらわたしの想定よりも、難度がずっと上がってしまってたみたいです! 誠に申し訳ないですが、不要な人死にを避ける為、二次試験は別内容でやり直させて頂きます!』なんて素直に謝れる筈ないよう~。

 

 自慢にも何にもならないけど、わたしは大陸コミュニケーション能力協会最底辺の、九級試験にだって万年落ち続けてるんだからね? 今求められてるのは、三級から二級レベルのコミュスキル。つまり間違いなくプロの技! 君は五歳の幼子に向け、今から竜を狩ってこいと頼むのか? 頼まないだろう、必ず死んでしまうから。

 

 わたしは正に、それと同等の無茶を課されているんだよ! 

 

 怖い! 震える! 絶対みんなに取り囲まれて、ねちねちねちねちダメ人間って罵倒されてげしげしげしげし足蹴にされる! 決意から一秒持たずに拳が解けた! ああ、絶望で泡を吹いて、実行前から倒れて死んでしまいそう!

 

 ───駄目だ。メンタルがクソザコ過ぎて、このままではいつまで経っても決断を下せそうにない。実はわたしとフリーレンさんの差は、指先一本分程度というオチなのでは? やっぱり中止する必要なんてないのでは? などと余計な希望を抱いてしまう。

 

 こうなれば仕方がない。今わたしの目の前で、無防備な背中を晒しているフリーレンさんよ。どうかこんな身勝手で、非礼で無礼な卑怯を働くわたしのことを許してほしい。

 

 要はわたしと彼女の力量差、それがはっきり分からないからこうしてうだうだ迷うのだ。無駄な漏出の一切ない、美しいほど洗練されたフリーレンさんの魔力。その奥にあるだろう、彼女の真の力を体感すればきっと覚悟が決まるのだ。

 

 心中深く謝罪すると、わたしは自身の髪の一本へ向け、四つの魔法を発動した。

 

 内約は『操作』と『伸縮』。特に先端部には、『隠匿』と『探知』の魔法式を、入念に何重にも重ね掛けていく。

 

 そう。この部位を触れさせることにより、わたしは対象の秘めた魔力や得意技、肉体強度、心理状態、コンディションなど様々な情報を一度に読み取ることが出来るのだ。

 

 人の髪の太さとは、0.1ミリ前後であるという。それが蠢き自分を害そうとしていても───ましてや『隠匿』の魔法を重ね掛けしていては───察知するのは恐ろいほどに困難だ。

 

 万が一、高位の感知魔法を常時張り巡らさせてるような怪物に察知されることがあろうとも、わたしは髪の毛一本切り離せばそれで済む。戦いにおいて、ほぼノーリスクで相手を知って優位に進めることが出来るのだ。

 

 無論、これはただ修得しているというだけで、わたしの社会的信用を損ないかねない危険な能力ということはきちんと認識しているよ。だからこの力は、ゼーリエ様以外には誰一人として明かしていない。明白な敵対者を除いては、一度たりとも使用したことなどないと、女神に誓って断言できる。

 

 鍛え上げた繊細極まりないこの技術。わたしのことを『髪を鞭そのものに振り回し、成木をまとめて薙ぎ払う。防壁を多重展開しても、『穿孔』属性を付与して一気に突き破ってくる。そんなゴリゴリの武闘派が、平和主義者とはよく言ったものだ』とか嘲笑った輩には、全員頭を百度以上下げて謝ってもらいたい。ゲナウよ、主に君のことだからね。ああ、本当に腹立たしい男だよ。いつかサシで決着付けたい。

 

 

 だがその禁も、今日で破ってしまうこととなる。

 

 フリーレンさん。誓ってあなたの心まで、絶対読んだりしないから。

 どうか弱いわたしの覚悟の為に、英雄としての真の力、刹那でいいから触れさせて頂きたい。 

 

 そろりそろりと、おっかなびっくり。

 ばれる筈なんて絶対ない。わたしを信じられずとも、ゼーリエ様に賜り続けた指導を信じろ。そう自分へ言い聞かせながら、亀の歩みで一本の髪を差し向けて───遂に先端が、フリーレンさんの背に触れたその瞬間。

 

 わたしの前に、破壊と暴虐の大嵐が吹き荒れた。

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