都合が悪くば黙り込む、しょうもなくも愛おしい我が弟子へ   作:すかすかのタキ

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間章:その頃ゲナウは①

 あの女は、俺よりも頭一つ分以上背が低い。当然歩幅も大差がある。なので普通に並んで歩いていたら、俺がぐんぐん引き離すことになる。

 

 まあ、俺はそれで全然全く構わんのだが。何せあの人見知り、一度懐に入れてしまえば最後、放っておけば際限なく増長しては調子に乗る自己中極まりない生物なのだ。身勝手という言葉を体現した、悪夢に近い寄生虫だ。気付かぬ振りで撒けるなら、それに越したことはないだろう。

 

 しかしそれをやったなら、忌々しいあの女。伸縮自在の髪を操り、しゅるしゅるしゅると背後から、俺の足へと絡ませてくる。街の中でも人前でも、一切合切頓着なしで俺を転ばそうとしてきやがる。

 

 おお! あの重苦しい前髪から覗いてくる、視線の何とうらめがましく邪悪なことよ! 俺はもう、実はやつの正体が魔族であっても驚かん。

 

 そんなこんなで色々諦めざるを得なくなり、俺が歩調を合わすのが当然の気遣いにまで成り果てて───。

 

 

 一級魔法使い試験一次試験終了後。受験者達がみな、オイサーストに帰った後のグローブ盆地。一夜が開けて、他には誰もいないそこを、眩い朝日を浴びながら。

 俺は俺の同僚である、ゼンゼ一級魔法使いを横にして、とある事情で嫌々練り歩いていた。

 

 

 

 人々の暮らしに直結しない、森の奥地を選んでるとはいえ。

 

 試験という自分達の都合で自然を荒らし、ケアもせずに放置となれば、当然魔法協会にとっても体裁が悪い。我らが気に食わぬ者共に、付け込まれる隙にならないとも言い切れん。

 

 よって試験官は、被害状況を即日レポートに纏め協会に向け提出。それを元に、動植物の治癒が出来る僧侶や魔法使いを必要分だけ派遣させなければならないという訳だ。

 

 協会は、決して潤沢でもなければ手の空いた人材も多くはない。よって一級であれど、状況次第で雑事もぐいぐい押し付けられる。魔族に近い言葉の通じなさで、ぐいぐいぐいぐい素知らぬ顔で押し付けられる。おかげで修練や研究、実戦ばかりには明け暮れていられないのが現状なのだ。合理主義者の調査部め。連中には後で、いい酒の一杯でも奢らせなくては気が済まん。

 

 …しかし今回の受験者達は、前向きに考えるなら稀に見る豊作であるのだが。

 

 後ろ向きに思うなら───対人戦が起こるよう仕向けたのは、他ならぬ自分自身だとはいえ───あちらこちらにずいぶんと、酷い損害を残していってくれていた。

 

 直径にして二十センチは下らないだろう成木が、数十本も無残に切り倒されている。素人目に見ても、美しくすらある鋭利な切り口。恐らくは、斬撃魔法の名手であるユーベル三級魔法使いが暴れ回った痕跡か。二年前の一級殺し。あの事件より、更に修羅場を超えたのだろう。波の大きい使い手だが、それでも格段の進歩を遂げている。

 

 足元を見ると、全身濡れぼそったウサギやネズミの死骸が多数ある。水の操作を得意とした、カンネ三級魔法使い。雨を巨岩の如くに纏め上げ、中空から問答無用に叩き付けた見事な『リームシュトローア』。不運にも、彼女のそれに巻き込まれたのだろう。押し流されて溺れたか、木や岩に衝突してしまった結果だと思われる。

 

 他、地面に向けて撃ち込まれた、大小様々な無数の岩石。魔法で隆起させられた巨大な台地。淡く柔らかな色彩の、乙女チックな花畑。

 

 ……………いや、最後のはおかしいな。花畑て。魔法による物では間違いないが、破壊の痕跡でも何でもないな。むしろ平和の象徴だ。対人戦の最中に、誰がどうしてこんな物を咲かせたのか。バカなのか。見た者を和ませて、戦闘意欲を減衰させる効果でも付与させていたというのだろうか。どの受験者かは知らないが、一周回って興味深い人物ではある。

 

 まあこいつは一旦置いといて───中でも最も目を引いたのは、やはりデンケン宮廷魔法使いが戦った跡だろう。彼が天へと向けて立ち昇らせた、火焔と竜巻の合わせ技。それが維持されたのは、長く見積もって精々三十秒足らず。だが、たったその三十秒で、森の一部は死に絶えた。吹き荒れる熱風に、薙ぎ払われては延焼し、手の施しようのない焼け野原と化している。

 

 ゼンゼ一級魔法使いはそれを目にして立ち止まり、元々細く小さな肩を、更に小さく力なく竦めた。

 

 俺はやつの横へと並ぶ。俯いた顔。それを隠す重い前髪。常より無表情な女であるが、今何を思い何を考えているのかは、余計に伺い知ることが出来ない。だから俺は、黎明の空を見て、いつも通りの少し皮肉気な口調で問い掛けた。

 

「───不服か?」

 

「───まさか。これは一級試験なんだから。いつだって何処でだって、わたし達が向きあって然るべき日常の一幕だよ」

 

 低く、似合いもしない皮肉な声色で返された。そうだ、それが当然だ。俺はやつがコミュ障で、都会よりも田舎が好きな女だと知っている。暇が出来たらオイサーストの外れに行って、林の中で茶でも飲みながらダラダラ過ごす。そういう時間が好きなのだと、付き合いが長いから知りたくもないのに知っている。

 

 一級として生きるなら、二級レベルでも歯の立たない強大な魔物や魔族との戦いを強いられる。人間や、人間の築いた文明だけではない。目の前にある、焦げた地面。炭化した木々と煤の悪臭。動物も、林も森も。一級として生きるなら、これよりずっと悲惨な光景を、今までもこれからもいくらでも目にすることになる。

 

 もしここで、一言でも泣き言や文句を垂らすなら。

 俺は迷わずゼーリエに、こいつから一級の資格を剥奪するよう進言してる。

 

「───ところでさ。君は今回の件、財務部からは予算を大目に引き出せると思うかい?」

 

 低く静かで真摯な声。自然俺の返答も、皮肉さが消えやつと同種の物となってしまう。

 

「…難しくは、あるだろうな。規格外なのはトップだけで、協会の実質的な運営側は、基本まともで堅実な人間の集まりだ。あくまでも人里離れた奥地、しかも結界によって分断済みの管理された場での出来事に過ぎんのだ。多少被害が大きかっただけで、連中が財布の紐を緩めるまでの理由にはまずならん」

 

「───そうか。分かっていたが、やはり君から見ても難しいか」

 

 春といえど、北国の朝はまだまだ寒い。純粋に寒さからだったのか、己がやろうとしていることへの不安からだったのか。やつは自分の腕を抱いて、ぶるりと身体を震わせた。そして、俯き続けていた顔を、俺の方に向けて上げ、

 

「助言感謝するよ、ゲナウ。…まあどうにか頑張って、財務部とはわたしが交渉してみせるから」

 

 ほんの一瞬、ほんの僅かに口角を上げ、弱く寂し気な微笑を浮かべた。

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