【ゾンビランドサガ2次創作・全年齢向け・純子→幸太郎】


《サガロック》のステージを成功させたフランシュシュ。
だが、純子はもやもやとした気持ちを抱いていた。

深夜。
彼女は耐えきれずに布団から抜け出して、プロデューサーである幸太郎の部屋を目指すのだった……。


※pixivからの転載です。

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死んでもアイドル! ~純子ちゃんのゾンビィ的な純愛~

 魔境(まきょう)――佐賀県の夜は深い。

 とっても深い。驚くほど深い。

 街灯が滅多にないので、余計に深い。

 

 その某所(ぼうしょ)

 海辺にたたずむ、古くて巨大な洋館。

 

 その床をギシギシときしませながら、1人の、いや、1体のゾンビィ(・・・・)が廊下をさまよっていた。

 

 ゆらゆらと闇に揺れる影は小柄で、それは少女らしかった。

 ゾンビィのくせに夜目(よめ)()かないのだろうか、ときおり壁に寄りかかりながら廊下を進んでいる。

 

 静かな月光に照らされた白髪。青い肌。壁に添えられる、ほっそりとした指先。

 

 可憐な、しかしツギハギだらけのゾンビィ……。

 

 

 それは昭和の伝説のアイドル、《紺野純子(こんの・じゅんこ)》のゾンビィだった。

 30年の眠りから覚め、今ふたたび、あの輝かしい舞台を目指すアイドルゾンビィだ。

 

 服はネグリジェ。

 膝下まであるワンピースタイプの夜着。

 

 

 純子は、仲間たちと雑魚寝していた大広間を抜け出し、廊下をうろついていた。

 

(…………)

 

 彼女が探すのは、ただ一室。

 自称アイドルプロデューサー《巽幸太郎(たつみ・こうたろう)》の寝室だ。

 

(ここ、でしょうか……)

 

 それらしき扉を見つけ、純子は立ち止まる。

 だがそのドアを開ける勇気はない。

 

(……私は、一体、なにをしに…………)

 

 自分でも戸惑っていた。

 なぜ幸太郎の部屋を目指したのか――。

 

 

  + + +

 

 

 巽幸太郎。

 彼は、純子が所属するゾンビィアイドルグループ《フランシュシュ》のプロデューサーで、どうやら彼女たちをゾンビィにした張本人――らしいのだ。

 

 らしい、と、断定できないのは、彼がそう言い張っているからだけで、常識的に考えればゾンビィなんていう馬鹿馬鹿しい物体がこの昭和の世に……もとい、平成の世に存在すること自体、荒唐無稽(こうとうむけい)な話なのだ。

 

 だが。

 実際に、純子はゾンビィである。

 体は腐っているし、死臭もする。

 

 とっても残念なことだが、純子は正真正銘のゾンビィなのだ。

 死ぬほど嫌な事実である。

 

(もう、死んでますけどね……)

 

 純子は、胸中でため息をつく。

 

 

 彼女は30年以上前に、この佐賀県に向かう途中、飛行機事故で命を落とした。

 肉体はバラバラになり、その代償としてゾンビィである彼女の肌はこうしてツギハギだらけなのだった。

 

 

 

 純子が目を覚ましたのは、この洋館の一室だった。

 

 6人の仲間たち。

 純子を含めて7人のアイドルグループ、フランシュシュ。

 

 彼女たちは先日、《サガロック》の舞台に立った。

 トラブルには見舞われたものの、彼女たちのコンサートは成功裏(せいこうり)に終わったと言っていいだろう。

 

 その最大の立役者(たてやくしゃ)は――

 幸太郎だ。

 

 そもそも、ゾンビィにアイドルをさせる、という発想からして狂人のそれだが、幸太郎はいつも勢い任せに純子たちを振りまわし、(ひど)い目に()わせてきた。

 

(でも……)

 

 彼のおかげで、純子は再びステージで輝けたのだ。

 

 サガロックを前にして、アイドルとしての()り方と、そして現代とのギャップに苦しんで腐っていた純子を救ってくれたのは、他の誰でもない、幸太郎だった。

 

 部屋にバリケードを張って立てこもっていた純子を、そして閉ざしていた心を、彼は救ってくれた。

 

 かなり力尽くで。まるで白馬の王子様のように颯爽(さっそう)と。胸を震わせる強い言葉で。

 欲しかったものを――くれた。

 

 

(幸太郎さん……)

 

 ネグリジェの胸元で、ぎゅっと両手を握る。

 

 ――どうしてしまったのだろう。

 純子は自分の気持ちに戸惑いを隠せないでいる。

 

 あの男のことを思い出すと、眠れなくなる。

 ゾンビィだから眠る必要はないのだが、眠ろうと思えば眠れるし、眠れるのだと思えば眠たくもなる。

 

 けれど。

 今夜は寝つけない。

 

 サガロックの、あの(しび)れるようなステージを思い出すからだろうか?

 ――いや、違う。

 

 この先、ゾンビィアイドルとしてやっていくことへの不安からだろうか?

 ――それも違う。

 

 

 純子は。

 

 

(これが……これは、恋、なのでしょうか?)

 

 

 純子は、自分の気持ちを確かめるために、ここに来たのだ――。

 

 

 

  + + +

 

 

 

 とはいえ。

 布団を抜け出し、仲間たちに気づかれないように幸太郎の部屋の前までたどり着いた純子ではあったが、いざとなると踏ん切りが付かずにいた。

 

 

 だいたい、なんと言って部屋に入ればいいのだろうか?

 

 そもそも、もう遅い時間だ。

 丑三(うしみ)(どき)

 

 ゾンビィの肉体には快適な時間ではあるが、(たぶん)普通の人間である幸太郎は、もうとっくに眠っている頃合だろう。

 

(…………)

 

 ドア越しにうかがってみても、人が起きている気配はない。

 

(当たり前、ですよね……)

 

 出直そう。

 明日になって、どうにか2人で会う機会を見つけて、それで――。

 

 そんなことができるだろうか?

 それまで、この宙ぶらりんな、ぶつけようのない感情をどう扱えばいいのだろう?

 

 純子はごくりと生唾(なまつば)を飲み込んで――『生』と言っていいのかはともかく――、ごく控えめな手つきで、ドアをノックした。

 

 コン、コン……。

 

 反応はない。寝ているようだ。

 やはり、あきらめよう。

 

 振り返り、廊下を一歩、二歩、進むが――そこで足が止まってしまう。

 Uターンして、また扉の前に。

 

「あの…………」

 

 (ささや)いてみるが、ドアの向こうからは何も返ってこない。

 それ以上大きな声を出すことは(はばか)られて、部屋から離れてみるが――また、すぐに戻ってきてしまう。

 

 

 うろうろと、行ったり来たり。

 

「うう……私は、本当に、なにを……」

 

 大きなため息をつくと、みじめな気持ちが、腐った肺腑(はいふ)()み渡る。

 

 純子は大広間に戻る決心をした。 

 だが最後に少しだけ。

 

 そっと部屋のドアに寄りそい、(ほお)をつけ、耳をあてがう。

 ほんの少しでも、幸太郎の存在を感じていたくて。

 

 が。

 その次の瞬間。

 

 

「やっっっかましいぃいい! 何時だと思っとるんじゃいこのボケェぇえええええええええええええええ!!!!!」

 

 

 けたたましい叫声とともに、ドアが蹴り開かれた。

 どかーん、と。

 

 ドアは、あり得ない勢いで外向きに開かれて――だから、そこにぴったりとくっついていた純子は、その体勢のまま、ドアと壁の間にびたーーーーん! と叩きつけられサンドイッチになった。

 

 そして、

 

「――っ!? ぐぇへっっ!!?」

 

 とてもアイドルとは思えない、くぐもった断末魔の声を上げたのだった。

 

 

  + + +

 

 

「なにしとんじゃい、この馬鹿ゾンビィめが」

「すみません……」

 

 そうして結局。

 純子は当初の目的である、幸太郎の部屋への入室を果たした。

 

 先ほどまで幸太郎が寝ていたらしいベッドの脇。

 純子は、そこに置かれた椅子に座らされ、説教を受けていた。

 

 つばを飛ばしながら幸太郎は、

 

「部屋の前で『あぁ』とか『うぅ』とか……コツコツ、ギシギシ! ゾンビィが夜中にやったら洒落(しゃれ)にならんヤツじゃろがぃ! ホラー映画か? ホラー映画なんか!? えぇ、この非常識ゾンビィめが!!」

「は、はい……ごめんなさい」

 

 しゅん、と肩を落として小さくなる。

 

 自業自得(じごうじとく)

 どれだけ罵倒(ばとう)されても仕方がないだろう。

 

 たしかに非常識だ。

 ゾンビィじゃなくても、非常識な行為だった。

 

「ったく。……それで?」

「え。それで、とは……?」

「なんで他人様(ひとさま)の部屋の前を徘徊(はいかい)しとったか聞いとんのじゃい!!!」

「で、ですよね……」

 

 しかし、まさかこの状況で『私のこの気持ちは恋でしょうか?』なんて問いかけられるほど、純子も非常識ではなかった。ロマンスもムードもあったものではない。

 

 だが。

 ひとしきり叫んだ幸太郎は息を整えると、もう一脚の椅子を純子の前に運んできて、自分がそこに座った。

 

 目が合う――

 いや、たぶん、目が合った、のだと思う。

 

 自信が無いのは、彼が今もまだサングラスをしているからだ。

 夜なのに。

 まさか、寝ている最中も装着していたのだろうか?

 

 それに、

 

「……それ、寝間着(ねまき)にしてるんですね」

「あん? ああ、これか」

 

 彼が着ているのは、例のクソダサTシャツだ。

 胸元に大きく『フランシュシュ』のロゴがあしらわれている。

 アイドルグッズの1つ。

 

 だが、そのデザインは絶望的なまでに――1度死んだゾンビィを絶望させるほどに(ひど)かった。

 

 

 そう感じるのは純子のセンスが古いから、ではなくて、平成の時代を生きる他のメンバーや、逆に100年ほど前に生きていた花魁(おいらん)から見ても、やはり魂が抜けるほどにダサいというのだから、これはもう、普遍的(ふへんてき )クソダサTシャツと呼んでいい代物(しろもの)だ。

 

 ちなみに、これは純子には理解できない(たと)えだが――

 そのデザインはまるで、パソコンを少し扱える近所のおじさんが、Office系ソフトのワードアートを駆使(くし)して作った町内会の残念なチラシ――みたいな、そんな感じのダサさだった。

 

 そのくせ、本人はハイセンスなつもりでいるのだから余計にタチが悪い。

 もちろんファンにもほとんど売れていない。

 

 

 

 ……閑話休題(かんわきゅうだい)

 

 とにかく、そんな奇想天外なセンスや、強引なやり口もひっくるめて、この幸太郎という男については、純子が惚れるような要素はまったく見当たらない。

 

 なのに、である。

 

 それでも、こうして向き合って見つめ合うと――

 ()ちたはずの心臓が、どきどきと早鐘(はやがね)を打つのだ。

 

「うぅ……」

 

 直視される恥ずかしさに耐えきれず、赤面してうつむく。

 

 ゾンビィのくせに赤面なんて、と思いつつも。

 しかしやはり冷めきったはずの肉体が熱を帯びて赤みを帯びるのだから、そしてそれはどうしようもないのだから――。

 

 純子は、ネグリジェの太ももをもじもじとこすり合わせて、さらに小さくなってしまう。

 

 そんな純子の様子を無言で眺めていた幸太郎が、軽く息をつく。

 

「純子」

「は、はいっ……」

 

 呼ばれて、視線を上げる。

 

「興奮して寝付けなかったのか?」

「~~っっ!」

 

 恋心を見透かされたのか、と焦ったが、どうやらそういう意味ではないようだった。

 

「おおかた、サガロックでのステージを思い出したんだろう。あれには俺も(しび)れたからな。まるで稲妻に撃たれたかのようだった」

「私たちは、本当に撃たれたんですけどね……」

 

 落雷の直撃を受けてなおステージを続けられるアイドルなんて、彼女たち以外には存在し得ないだろう。

 

「輝いていたぞ」

「まあ、実際に発光しちゃってましたし……」

「いや、それだけじゃない」

「え?」

 

 (あご)を上げて、幸太郎を真っ直ぐ見つめる。

 見つめ返してくる彼のまなざしは、真剣そのものだった――少なくとも、純子にはそう感じられた。

 

「特に純子。お前はまさしく光っていた。……見せつけてやったな、アイドルの矜持(きょうじ)を」

「っ、はいっ……!」

 

 今度は喜びに身が震えた。

 

 純子は悩んでいた。『時代遅れのアイドル』が、どうやって生きていくべきなのかを。正確には死んでいるけれど――それでも、どう生きていいのか、暗闇の中で1人うずくまって、うじうじ、ジメジメと悩んでいたのだ。

 

 その状況を打開できたのは――そう、やはり、間違いなく彼のおかげなのだ。

 

「あの、ありがとうございました。それを……それを、伝えたくて!」

 

 前のめりになって、幸太郎に向かって純子は言った。

 

 言ってから気づいた。

 思わず出た言葉だったが、これはこれで純子の本心でもあったのだ。

  

「だからといって、こんな時間にやってくる馬鹿がいるか。この夜行性ゾンビィめ」

 

 こつん、と、純子のおでこを幸太郎の拳が叩いた。

 だが声は優しく、拳の痛みも純子にとったは心地がよかった。

 

「ですよね……すみません」

「それで、気は済んだか?」

「…………」

 

 そこでまた純子は口をつぐんでしまう。

 

()れたか、俺に」

「えええっ!?」

 

 いきなり核心を突かれて、ガタッと椅子から立ちあがる。

 

「い、いえその……そんな、なにを!」

「それで、夜這(よば)いか」

「ち、ちちち、違いますっ! そんな破廉恥(ハレンチ)な!」

 

 幸太郎も、すっと立ちあがる。

 

「男の部屋に、夜中1人で訪ねてきて」

「うう……」

「寝起きドッキリを仕掛けるのは、アイドルじゃなくてプロデューサーの(がわ)だぞ」

「で、ですね……」

 

 またしても小さくなる純子に、幸太郎は毅然(きぜん)とした声を上げる。

 

「顔を上げろ、紺野純子」

「っ……?」

「言いたいことがあるならハッキリと言え」

「は、ハッキリだなんて……言えたなら、苦労なんて、しません」

 

 あとから考えてみれば、これはもう言ってしまっているようなものだったが――

 

 想い人の部屋で、2人きりで、夜に、しかもこうしてベッドの横で向かい合っているという今の状況は――恋愛に関してまったく純真(うぶ)な純子にはかなりの心的負荷(しんてきふか)()いており、彼女は冷静ではいられなかった。

 

「気持ちを秘めるのもアイドル。それは確かにそうだろう。ファンの前ではアイドルを演じきらねばならない。……だが、気持ちを爆発させるのも、またアイドルの姿だ」

「爆発……」

「ちょうど、あのステージでのお前たちのようにな」

「…………」

 

 普段の純子は、たとえ胸の中には狂おしいほどの熱情を秘めていたとしても、簡単にはそれを外には出さない。

 

 だがあの場所では――

 アイドルとして立つステージの上では、そのありのままの純子を思う存分に叩きつけられる。

 

 ファンを笑顔にしたい。

 それは決して他人のためだけではなく、彼女自身の心を満たすための強く激しい欲求でもあるのだ。

 

 それを実現させたときの、あの、()も言われぬ快感――充足感。

 それは、戦わねば、自分自身をぶつけなければ、絶対に得ることのできないものだ。

 

 ならば――この気持ちも、恋愛も、同じなのだろうか。

 

 純子は息を飲んで、それから覚悟を決めて、言った。

 

「わ、私は……私は! 幸太郎さんのことが好きです! ただの憧れかもしれない、あまりにも唐突(とうとつ)で、軽薄(けいはく)な女と思われるかもしれませんが……ですが! そうとしか、言いようがないんです! こ、こんな気持ちは、初めてで……!」

 

 女性である自分からこんな大胆な告白をするなんて、以前の――生前の純子であれば考えられなかっただろう。

 

 だが、幸太郎はどこまでも冷静だった。

 

「……それで?」

「そ、それでって……、そ、それは!」

 

 そこから先は、言葉が出なかった。

 気持ちはぶつけた。

 だが、その先のことなんて、もちろん考えていない。

 

「おまえは、どうしたい」

「どうって……」

 

 そこでふいに幸太郎が距離を縮めて、右手の指を純子の(あご)に添えた。

 

「あっ」

 

 顔が近づく。

 もう少しで、唇が触れるかもしれないというほどに。

 あと少し、純子が背伸びでもしようものなら――。

 

「おまえが望むなら、望むことをしてやろう。どうしたい、純子」

「わ、私は……っ」

 

 全身がこわばって、まるで自分のものではないように小刻みに震えた。

 だが、純子は幸太郎の手を振り払うように身を(ひるがえ)して、

 

「や、やっぱりできませんっ! 私は……私は……」

「そうだ。おまえはアイドルだからだ」

「っ!?」

「おまえは、どんな姿になろうと、どんな境遇(きょうぐう)であっても、アイドルであろうとするからだ」

 

 胸のわだかまりの正体が分かった気がした。

 幸太郎への恋心は、もしかしたら一時の気の迷いなのかもしれない。錯覚なのかもしれない。けれど――身を焼くほどに、どうしようもなく本気でもあるのだ。今の純子にとっては。

 

 だが一方で――

 純子は、やはりアイドルなのだ。

 アイドルが、恋愛など。

 

 その矛盾が葛藤(かっとう)を生み、初めて抱いた恋心とない()ぜになって、純子の胸中で渦巻いていた。行き場のない情動が、純子のゾンビィの肉体を突き動かしてこんな行動を取らせてしまった――そういうことなのだろう。

 

 ようやく目が覚めた。

 簡単なことだった。

 

 

 ――そうだ、あきらめればいい。

 ――幸太郎への恋心など、捨ててしまえばいい。

 

 

 これまでだって純子は、アイドルであるために様々なものを切り離して遠ざけてきた。

 

 普通の女学生としての日常も。

 家族との団らんも。

 時には食事や睡眠のような、生きるために不可欠な要素すらないがしろ(・・・・・)にして、アイドルであろう努力を重ねてきた。

 

 今回だって同じことだ。

 忘れてしまえばいい。

 

 恋心なんて、そんな不必要で不純なものは道ばたにでも捨ててしまって、そのへんの犬にでも喰わせておけばいいのだ。

 

 それでいい。分かりきっている。

 なのに。

 

「っ…………!」

 

 なぜ涙が止まらないのだろう。

 まだきちんと始まってすらいない恋を失って、純子は声を押し殺して泣いた。

 

「そうだ。それが今のお前の気持ちだ、純子」

 

 言って、幸太郎は指先で純子の目の端をぬぐった。

 

「アイドルでありたい。それがお前の望みなんだ」

「……ひどい人です、幸太郎さんは」

「そうだな」

「冷たい、人です……」

「ゾンビィにだけは言われたくないがな」

「です、ね……」

 

 純子は弱々しく、けれど心から微笑んだ。

 

 幸太郎は言う。

 

「だが昭和の華々しい、そして秘密のベールに包まれたアイドルたちも、引退して恋人を作り、家庭を築き、子を産んだ」

「引退……」

「アイドルは、いつか卒業するものだ。卒業した後は1人の人間として、普通の生活を送る」

「人並みなんて……私はゾンビですから、無理ですよね」

「決めつけるな。いや、人並みである必要なんてない。ゾンビィはゾンビィなりの、人並み以上の幸せを掴めば、それでいい」

「そんなの……」

 

 無理ですと言いかけて、やめた。

 弱音を吐いても、きっと目の前のこの男は、純子が前を向くまで叱咤(しった)し、(はげ)ましてくれるのだろう。

 

 この人に振り向いて欲しいのなら――対等になりたいのなら、いつまでも下を向いてばかりはいられない。彼と同じように、前を向ける人間(ゾンビィ)にならなければいけない。

 

「……ゾンビの女の子を好きになってくれる人なんて、いますかね」

「いる。ゾンビィだろうと、輝いていれば、な」

 

 断言するところが、彼らしい。

 

「幸太郎さんは、そういう男の人ですか?」

「ふん。ゾンビィが怖くて、ゾンビィアイドルのプロデューサーが(つと)まると思うか?」

「ですね」

 

 くすくすと笑ってから、純子はぺこりと頭を下げた。

 

「……夜分に、すみませんでした。ちょっと頭を冷やしてから、もう寝ます」

「そうしろ。夜更かしはお肌の大敵だぞ」

「もう、腐ってますけどね」

 

 心底楽しい気分で純子は笑った。幸太郎も笑っていた。

 

 

  + + +

 

 

 翌朝。

 ダンスの練習着に着替えた純子は、メンバーたちに遅れて部屋を出た。

 

 洋館の離れにある練習場へと、純子は小走りで急ぐ。

 

 

 廊下の角を折れ曲がったところで――

 

「きゃっ!?」

「ぬおっ!」

 

 幸太郎とぶつかって、尻餅をつく。

 

「あいたたた……」

「廊下を走るな、この暴走ゾンビィめ!」

 

 幸太郎は悪態(あくたい)()きながらも、立ちあがって純子へと手を差し伸べてくる。

 

「ほら、さっさと立て。練習に行くんだろう」

「…………」

 

 目の前に差し出された手を見つめ、しかし純子は軽く首を振ってから、

 

「ありがとうございます。でも、ひとりで立てますから」

 

 その手は取らずに、自分だけで立ちあがった。

 

「そうか」

 

 幸太郎は気分を悪くするでもなく、むしろどこか満足そうに微笑む。純子も、微笑(びしょう)を返す。

 

「では、いってきます」

 

 幸太郎の脇を抜け、練習場へと向かう。

 だが純子は、ぴたりと足を止めて幸太郎のほうを振り返った。

 

「どうした?」

「いえ。……あの、幸太郎さん」

「?」

 

 純子は、すう、と朝の息を吸い込んでから、

 

「私、一所懸命(いっしょけんめい)にがんばります。がんばってがんばって、みんなと一緒にアイドルの頂点に立ってみせます」

「そうか」

「……そして。そのアイドルとしての生き(ざま)で、ゾンビィとしての死に(ざま)で、幸太郎さんのことを振り向かせてみせます」

 

 決然(けつぜん)とした純子の言葉を、幸太郎は黙って、微笑とともに受けとめてくれていた。純子は続ける。

 

「だから……ずっと見ていてくださいね、幸太郎さん」

 

 ぱちっと片目を閉じ、とびきりのアイドルウインクを幸太郎に投げかけて、純子はまた振り向いて仲間たちのもとへと向かっていった。

 

 窓から降り注ぐ朝陽が、彼女の活き活きとした横顔を清々しく照らす。

 夏まっさかりの佐賀は、今日も暑くなりそうだった。

 

 


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