ーーーニール・ゲイマン『アメリカン・ゴッズ」
1997年 タマウリパス州ヌエボ・ラレド、メキシコ北東部の
処刑され、端に吊るされたカルテルの
戦闘ヘリコプターの腹に備え付けられたマシンガンの掃射、爆散する男、仲間を足蹴に
死の嵐が吹き荒れるこのメキシコで、頭角を表し始めていた新興カルテル、ロス・カサソラスの四人兄弟の一人であるバルミロは、
残り8発、弾倉は無し。状況は非常に悪い。
ロス・カサソラスはベラクルス出身のカサソラ兄弟がメキシコ北東部に進出し、四年前に
ここ数ヶ月は、北東部でロス・カサソラスに
しかし、数日前に自宅に送られてきたカサソラスの末端メンバーの一人が首を落とされ、臓器を抜かれて、手足を切断された出荷前の豚のような状態で届けられたところから、新たな新興カルテル、ドゴ・カルテルが戦争を仕掛けてきた。
ドゴ・カルテルのリーダーは生粋のメキシコ人ではなく、アルゼンチン生まれの移民であった。率いるカルテルの名前の
ドゴ・カルテルの戦闘力は凄まじく、その象徴の闘犬と同じように、噛みついた獲物を離さなかった。
2日前、ロス・カサソラスのカルテルの四兄弟ーーーベルナルド、ジョバニ、バルミロ、トゥイリオ、彼らの邸宅に戦闘ヘリによる空爆が始まった。
バルミロは嫌な予感と夢見の悪さから、ゲートを警備する歩哨との紙巻煙草を嗜みながら、雑談に興じていたことが功を奏した。
爆散する屋敷、吹き飛ばされる自分の妻、赤子、そして落ちてきたベルナルドの腕とジョバニの焼け焦げた頭部、即座にバルミロは懐のマシンピストルにを構え、近くの森へと隠れた。
空爆を行ったのは、
つまり、ドゴ・カルテルの軍事作戦と、バルミロは理解した。
ヘリコプターが旋回する。二度目の空爆がすぐに来るはずだ。
そこから、バルミロの行動は早かった。
「銃を有るだけトラックに詰め込め!手榴弾もだ!」
かき集められた銃や爆薬をピックアップトラックのラム1500へと積み込み、アクセルのペダルを踏みつける。
後ろから迫るライトと銃声、ドゴの連中の鼻は鋭かった。
数台とのカーチェイスとなった。
バルミロは窓越しにマシンピストルを乱射し、相手の運転手の頭部を貫く。
ハンドルを急旋回させ、ラムアタックを仕掛け、口で手榴弾のピンを抜き、後ろに迫る装甲車へと投げつける。
爆風が背後から吹き上げ、トラックが揺れる。
トラックの積荷に乗って、アメリカ製のAR-18を乱射する元メキシコ特殊部隊出身のアンドレス。
既にこの戦争で生き残ったのは、バルミロとアンドレスの二人のみであった。
事実上の全滅…、ドゴ・カルテルはロス・カサソラスの占領していた領地に土足で踏み込んでいた。
しかし、組織はまた作り出すことができる。
まずは、追っ手を巻くべきだろう。
バルミロはアンドレスに指示を出し、地面に
窓越しから、マシンピストルの弾薬をばら撒く。怒涛の
この射撃は当てるためでなく、呼ぶための行動だった。
すぐに装甲車がやってきて、ドゴの連中がトラックに向けて銃のハレルヤコーラスが流れ始める。
即座に携帯電話を鳴らす。それが合図となり、装甲車は真下からの爆発に巻き込まれ、数メートル空を飛び上がった。
だが、後続の車両にいた
絶叫と衝撃から、アンドレスが体勢を崩し、地面へと放り出される。
バルミロは彼を助けることはできなかった。
トラックまた、限界だった。エンジントラブルにより動かなくなり、トラックにC-4を設置して徒歩で森を駆ける。
途中でまた、携帯を鳴らし、遠方で爆風が吹き荒れ、森が燃える。
バルミロは森を走り抜け、畑へと出る。運が悪い老夫婦が、
もう一つの
数十分を走らせ、近くのガソリンスタンドに停車して、弾薬を取り出す。TP9とグロック17は、同じ種類のバラベラム弾だ。マシンピストルはこの状況だとあまり使えないだろう。
TP9の弾薬を抜き取り、グロックへと挿入する。
拳銃を弄りながら、バルミロは思考を加速させていた。
逃走ルートについてだ。バルミロは、麻薬の輸送路を脳裏に描いていた。
バルミロは、罪を赦す神など信仰していない。彼が信仰するのは、地獄をも超越する戦争の神、
家族や仲間を殺され、涙を流して崩れるような男では彼は無かった。彼はその復讐心を激らせる。
復讐をする為には、まずは生きていなければならない。死者には力がない。
まずはもう一度、組織を作らなければならない。アステカの戦士たちのような。
脳裏の地図を辿り、どこへ逃げるかを考える。
ドゴの連中は、北ーーーアメリカ合衆国の国境付近で待ち構えることだろう。敗走したバルミロはそこへ逃げると。
アメリカへ逃げ切れば、流石のカルテルもお膝元で動くことは難しくなる。
持っている無線機をアンドレスの無線機に繋ぎ、アメリカへ向かうと告げて、バルミロはバイクに乗っている若者に札束を渡した。
ここで殺しを行えば、ドゴ・カルテルの情報網にかかる可能性があるからだ。
金で解決できるなら、それに越したことはなかった。
バイクに跨り、フルフェイスのヘルメットを被り、
焼けて他に汚れた服を捨て、ハワイアンなシャツにした。
バイクを走らせ、北とは真逆の南へと向かう。
コカインの最大の
氷とは、メタンフェタミンのことである。
日本では、ヒロポンとして市販されていたそれは、世界規模でブラックマーケットに偏在していた。
ロス・カサソラスは、その中で一つの海路を使用することを決めた。
それは、メキシコ湾を出て、カリブ海を南下し、ベネズエラで陸上げして、ブラジルへと向かうものをだ。
バルミロは、密輸コーディネーターに身分を隠して搭乗し、ベネズエラへと向かう。
ベネズエラで、少し活動を行ってから、ブラジルの方へと向かおうとした時、現地の麻薬カルテルの男が興味深いことを話していた。
それは、タイのとある島の話であった。
話には聞いたことがある。現代のソドムとゴモラの都市ーーーロアナプラ。
実質上タイ政府の主権が及ばない複数の犯罪組織による治外法権的支配下にあり、世界最悪レベルの治安の悪さを誇ると噂の場所だ。
メキシコよりも酷い場所なのか?と鼻で笑っていたが、バルミロの脳裏には一つの輝きがあった。
ロアナプラには、それ相応の人間がいる。そんな場所で生きていけるほど、豪胆な奴らばかりならば、俺が育ててやれば素晴らしい
タイならば、メキシコから遠い。ドゴの連中はアメリカを血眼になって探し回っている頃だろう。
ならば、組織を作るならその場所で作り上げるべきだろう。
バルミロはベネズエラの麻薬カルテルから経由し、密輸コーディネーターとしてコロンビアの麻薬カルテルの扉を叩いた。
その名前はマニサレア・カルテル。数ヶ月の時間を要して組織に名前を刻み込み、ロアナプラでの活動を理解してもらう。
懐柔するには時間がかかったが、たかが数ヶ月で組織再興の火種を作れるならば安いものだった。
組織を作るのは、時間がかかる。組織を広げるのは、火をつけるように広げるのが、彼の考えであった。
ロアナプラにやってきてすぐに行ったのは、身分証の偽造であった。
アルメニア、ベネズエラ、そしてペルーの身分証を見繕う。身分証の発行の間に、ロアナプラで世話になる男への挨拶も欠かさずにやっておこう。
いずれ喰らうべき存在だが、まだ牙は隠しておくべきだろう。
バルミロは髪を整髪剤で整えて、ロアナプラのマニサレア・カルテルの支部の扉を叩いた。
「
開かれた眼は、漆黒のような輝きを灯していた。
戦争が、ロアナプラへと足を踏み入れた。