「先ほどの話し合いは聞かせてもらいました。なかなか面白かったですよ」
とても偶然とは思えない坂柳さんの登場によって私は動揺を隠せなかった。
しかし、龍園くんはそんな私と違って余裕の笑みを浮かべている。
「坂柳。お前は最近になってよく心音とつるむようになったな。それならお前がここにいるのも心音が絡んでいるのか?」
「心音とは綾瀬さんのことですね。ここにいる理由は先ほどもお伝えしましたが?」
綾瀬さんの名前が出てきた瞬間、私の肩がピクッと反応した。
「どうせ心音に俺と鈴音のことを聞いているんだろ。それならお前がこの状況を読んでいてもおかしくない」
「相変わらず話を聞かない人ですね。まぁ確かに綾瀬さんから話は聞いていますが」
2人はどこかで既に知り合っていたのか互いに知っている風だった。そして龍園くんは坂柳さんの能力を高く評価している様子。
「抜け目ないな。どこまで聞いた?」
「主に夏休みの間に起こった特別試験についてですね。報告はクラスメイトから聞いていましたが、彼女の独特な解釈だとまるで別の話を聞かされている気分になりました」
「なぜそんな情報を集めている......と聞きたいところだが、それは後回しだ」
龍園くんは一度私を見た後、再び坂柳に向き合った。
「まさか心音に頼まれてここにいるわけじゃねぇよな?アイツがこの状況を読めてるはずもない」
「えぇ。こういったことは彼女の専門外でしょう」
「じゃあお前がこの状況を打破する手段でも持ってきたのか?」
「それなら体育祭が発表された時点で動いていますよ」
「最初から動いていたらどうにか出来たとでも言いたげだな」
「えぇ。あなた方の『不正』を暴くなんて容易いですから」
坂柳さんは断定するようにハッキリと言う。
どこまでの情報を握っているのかは分からないけれど、彼女は当事者である私よりも事態を把握してそうな口ぶりだった。
「聞いたか木下。『不正』だってよ」
「そんな......酷い......堀北さんがわざとぶつかってきたからこんな怪我をしてるのに......」
「あなたまだそんなことを......」
わざとらしく泣く振りをする木下さんを見て憤りを感じた。
「あぁ、一つ勘違いしないでいただきたいのですが、私はここで真実を暴こうなんて気は微塵もありません。私からすればそんなことはどうでもいいことですから」
確かにそれはそうだ。坂柳さんは部外者。この件に深く関わる必要がない。
「ただ、これだけは言わせてください」
そう言って坂柳さんは木下さんに視線を向けた。泣く振りを続けていた木下さんの顔が少しだけ強張る。
「私は木下さんのことをとても勇気のある人だと思うのです」
「は?ゆ、勇気......?」
木下さんはそんなこと言われると思っていなかったのか、困惑した声色で答えた。
「えぇ。だってそうでしょう?もし堀北さんが訴えてあなたが敗訴したら確実に退学。これまでの言動が全て嘘だったとしたらあまりにも悪質ですから。そんなリスクを抱えながらも立ち向かう姿はとても立派です」
「っ......」
そう言われてみれば確かに相手は大きなリスクを抱えている。
こんなことは相手の立場を考えればすぐに分かったことだ。それほどまでに私は追い詰められた自分のことしか見えてもなかったということね......。
一瞬怯んだ木下さんの代わりに龍園くんが前に出る。
「クク、何を言うかと思えばそんなことか。こっちには負ける要素なんてねぇ。こちらとしても判決は望むところだ」
「なるほど。よっぽど自信があるようですね。ただ......一つ疑問なのですが、あなたたちが気にするべきは果たして本当に判決の行方なのでしょうか?」
「え?」
思わず声が出た。それ以外何があるというのかしら......。
「今後の試験では退学がペナルティとして科されることも必ず増えてくるでしょう。今回の体育祭で例えるなら一定の基準に満たさなかった生徒は退学、といったところでしょうか」
いきなり何を、と思った。
「......なぜ今そんな話をする」
龍園くんも私と同じ感想だったのかと思ったが、その鋭い視線はこれ以上喋るなとでも言いたげだった。それを受けて挑発的に笑う坂柳さん。
「ふふっ、この話の結末にもう気付きましたか。というよりは気付いていた、ですかね。まぁ当然ですよね。あなたは綾瀬さんと近い関係にありますから」
「ちょっと......二人だけで何の話してんの......?綾瀬さん......?なんで綾瀬さんが出てくるの......?」
木下さんは綾瀬さんの名前を聞いて少しだけ嫌そうな顔をした。そんな木下さんを無視して龍園くんは話を進める。
「お前は何が言いたいんだ?」
「今回のことで言えば意図的な接触で機能停止させれば退学に追い込むことと同じ、ということですよ。このようにこの学校では狙おうと思えば他人を排除することが出来ます」
「待て。さすがに今の発言は......」
今まで静観していた茶柱先生が割り込んだ。
「見過ごせませんか?ですが実際に行われていることなのは間違いないのでしょう?」
「根拠もねぇのに喋るのは止めた方がいいぜ?」
「龍園くん。あなたはとっくに気付いているはずですよ。体育館に集まったときに見えた上級生の数。それが答えです。特に2年生の数が少なかったですね」
「......!」
あのときにそんなところまで見ていたのね......兄さんの姿を追いかけるだけだった私にはまったく気付かなかった......。
完全に坂柳さんを侮っていたわね......私とは視野の広さが違う。
「2年生のあの数的にそのペナルティを積極的に活用しているのかと思われますが」
図星なのか茶柱先生はばつが悪そうな顔をする。しかし、ここで引き下がらなかった。
「もうこれ以上はよせ」
「これは生徒間の問題です。茶柱先生が介入するのは立場的にもよろしくないのでは?」
「私にもこの話の結末が見えてきたからな。このままでは穏便には済まない可能性も出てくる」
「......穏便には済まない?」
......私にはまだこの話の結末とやらが見えてこない。
どうしてそんな物騒な言葉が出てくるのだろうか。
「これは私なりの優しさでもあります。木下さんにはしっかり己の立場を自覚させた方がよろしいかと。それに実行するのは私ではありませんから何も問題はありませんよ」
「はぁ......?何......?立場って......」
「木下さん。あなたは今......」
「────ここまでだ」
坂柳さんの言葉を遮って打ち切ろうとしたのは茶柱先生ではなく龍園くんだった。
「せっかくいいところになってきたのに終わらせてしまうんですか?まだ決着はついていないようですが」
「午後から推薦競技に出なきゃならねぇからな。これ以上お前の下らない話に付き合ってられるかよ」
時計を見ると推薦競技の時間まで残り時間も少ない。推薦競技に出れない私たちには関係ないけれど龍園くんはそうはいかない。
「別に龍園くん抜きでも話は出来ますけどね」
「言ったはずだぜ。木下は精神的に参っているんだ。一人にさせるわけにはいかねぇよ」
「似合わない台詞ですね。ですがこれ以上は可哀想なのでここは引いてあげますよ」
龍園くんが相手だろうと挑発的な姿勢は一切崩さない。この保健室のやり取りだけを見ても相当な自信家であることが分かった。
「鈴音。体育祭が終わった後にでも答えを聞かせてもらおうか。100万払って和解するのか、問題を学校中で審議させるか。どう落ち合うかは考えているから心配するな。当然邪魔者なしでな」
「分かりました。立ち会いなんて無粋な真似はしませんよ」
まだこの話は終わっていない。だけど気になることがたくさんある。
「一応伝えておいてやるよ坂柳。別にお前が想定する方法でも俺は構わないぜ?そうなったときの対処方法は考えてあるからな」
「それが綾瀬さんに通じるとよいですね」
「通じるさ。心音の扱い方は学んでいるからな」
その会話を最後に龍園くんは木下さんに肩を貸しながら保健室を後にした。
「......お前たちも早く戻れ」
「そうですね。いきましょうか、堀北さん」
坂柳さんは杖を支えにしながら立ち上がった。そして歩き出す。
呆気に取られていた私は慌ててその後についていった。
「あなた、動けなかったんじゃないの?」
「もちろん嘘です」
悪びれた様子もなく笑顔で返されてしまった。
「それなら聞きたいことがたくさんあるわ。まずあなたがあの場所にいたのは偶然じゃないのね?」
「えぇ。綾瀬さんから龍園くんが堀北さんに執着している話を聞いて元々何かしら仕掛けてくるのでないだろうかと予測していました。木下さんと接触したのを見てそれがここで起きることもね」
「......じゃああなたは私を助けるためにあそこにいたの?そうだとしたら何故?」
「そうですね......綾瀬さんにアピールするためでしょうか」
「......アピール?」
「残念ながらこのことに関しては堀北さんにはお話出来ません。これは個人的なことなので」
そう言われてしまったら坂柳さんは口を割らないだろう。仕方ないので別のことを聞くことにした。
「あなたや龍園くんには何が見えているの?あの話の結末とはなんだったの?」
「そこまで難しい話じゃありませんよ。堀北さんが100万ポイント払って和解しようが、裁判を起こそうが、どちらにせよ木下さんは綾瀬心音に『大義名分』を与えてしまったことになる、ということです」
「大義......名分......?」
「えぇ。綾瀬さんが木下さんに報復するための大義名分をね」
「報復って......まさか暴力でやり返すとでも言いたいの?あの子がそんなことするわけないじゃない......」
綾瀬さんは優しい子だ。
あの身体能力を他人にぶつけることがどれだけ恐ろしいことかをしっかり自分で理解している。
「ですが船上の試験では報復をチラつかせることで鼠グループを支配したのですよね?」
「その話は私も聞いたわ......でもあれはあくまで脅しなのよね。本気で実行に移すわけがないわ」
「本当にそうですかね。先ほどの木下さんの件ですが、おそらく綾瀬さんはストッパーがなければ本気で実行しますよ」
「綾瀬さんはそんなことしないわ......」
やっぱり私には綾瀬さんが暴力を他人に向けるだなんて思えない。
「堀北さんは綾瀬さんの性格をよく分かっているようですね。それなら────私が綾瀬さんを誘導したとしたらどうでしょう」
「......何を、言っているの......?」
「今回の体育祭でよく分かったと思いますが、クラスに欠員が出ると今後の特別試験などに大きく影響を与えます。私としても綾瀬さんが木下さんを追い込んでくれるなら都合がいい。Cクラスに大きな打撃を与えることができますからね」
「まさか......あなた、綾瀬さんを利用する気なの......?」
「綾瀬さんを誘導するのは容易い。もし堀北さんが痛手を負ってくれるなら私が大した労力を使わずとも動いてくれるでしょう」
「ふざけないで!私が......そんなことさせない。綾瀬さんのことは誰にも利用させないわ」
きっとこの学校に来たばかりの私だったらこんなことは思わなかったかもしれない。
私が綾瀬さんと親しくなっていなかったら、もしかしたら私も彼女の力を利用する立場になっていたかもしれない。
でも、彼女と過ごした時間はそんなあったかもしれない自分を変えさせるには充分だった。
綾瀬さんは力を持ってはいるけど、知らないことばかりの子。そんな子が利用されようとしていることが許せない。
「なるほど。それなら一つ、差し出がましいとは思いますがアドバイスさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「......何?」
「綾瀬さんは枠組みを軽々と破壊出来る存在です。フフ、全く困ったものです。盤面を動かすことが私の取り柄なのですが、その盤面ごと破壊するのが綾瀬心音。一番相手にしたくないタイプですね」
そう言う坂柳さんはどこか楽しそうだった。
「これからは綾瀬さんによって破壊された盤面で戦うことも想定する必要があるかもしれません。少なくとも龍園くんはそのことを頭に入れている。もちろん私もね。だから堀北さんもどうかそういった状況でも戦えるような存在になってください。そうでなければただただ綾瀬さんに振り回されるだけになってしまいますからね」
「......え?」
少し理解が追いつかなかった。
さっき利用すると言ったばかりなのにどうして私にそんなアドバイスを送るのかしら......。
私のそんな疑問を見抜いたように坂柳さんはクスッと笑った。
「混乱させてしまって申し訳ありません。ですが私が言えるのはここまで......あぁ、あともう一つだけ伝え忘れていたことがありました」
坂柳さんは杖をカツカツと鳴らしながら私の隣に立った。
「決して綾瀬さんを見る視点だけは間違えないようにして下さい。そこを見誤ると取り返しのつかないことになりますので」
そして坂柳さんは私の後ろに立ち、お辞儀をする。
「それでは私はここで。どうか頑張って下さいね」
しばらく杖のつく音が鳴っていたが、やがてそれは聞こえなくなっていった。
「......結局彼女の目的はなんだったのかしら」
まだどこか謎めいたものが渦巻いている感覚だけど、私は当初の目的を果たすために歩き出した。
昼休みはとっくに終わっている。推薦競技も始まっているわね。何も言わずに離れてしまったから今頃私が出るはずだった穴をどうやって埋めるか話し合っているのかもしれない。申し訳ないけれどそこは綾小路くんや平田くんに任せるしかないわね。
まだ少し痛む足を引きずりながら私はこの昼休みで起きたことを振り返っていた。
龍園くんも坂柳さんも綾瀬さんを強く警戒している。それなのに私は警戒どころか今の段階では相手にすらなっていないだろう。
今の私は綾瀬さんの力になるどころか足を引っ張っている。
悔しい。情けない。
私は────あの子の隣に立つために力をつけなければいけない。
だけど私一人の力ではたかが知れている。
だから私は、須藤くんの元へと向かった。
坂柳さんのところは混乱させてしまっている自覚あります。最後には回収するのでご安心を。
話は変わりますが祝!アニメ4期放送!ということでオープニングすっごいかっこよかったですね。綾瀬もはみ出しのモンスター感あると自分では思ってるんですけどどうでしょうかね?