ただこの物語において大事な要素でもあるので少なくとも1年生編までは続けます。
第65話 彼女の生態は常識を破壊している。
「今日からお前は別のカリキュラムだ」
まだ3歳になる前、私だけ皆とは違ったことをするように言われた。どうして、なんて言葉をそのとき知らない私はそのまま従う。
とにかく皆には会わないことを徹底された。時間も違う。
「心音、お前は今後身体能力に特化した訓練しかしない」
最初の頃は自分が訓練をしているとは感じていなかった。大人の人が私の前でお手本を見せるように走ったり、鍛えたりしてたからただ同じように真似をする。そんな繰り返し。
どうしてそんなことを繰り返していたのか。そうしなければいけないのだと私の本能が学習したから......なんだって。
そんなことを続けていくうちに異変が起き始めた。
「起きろ心音」
「......」
身体が焼けるように熱い。動かす度に軋むようにも感じる。起きようとしたらガクッと崩れ落ちた。
その日は無理矢理立つことは出来たけど、なんとなく自分の終わりを感じていた。そんなとき、プールを使った訓練が始まった。
プールに浸かると、熱い身体が一気に冷める。プールってそこまで冷たく出来てはいないらしいんだけど、熱を冷ますには充分だった。
訓練が終わった後は30分間自由にしてもいい。私はこの時間が好きだった。
水の中を潜って身体を丸める。息がギリギリになるまで、そのまま。
誰もいなくて静かな時間。冷たくて静寂しかないこの世界が気持ちいい。不快な音なんて何一つない、この世界ならうるさいものもない。
そうしてずっと一人で身体を鍛え続けて2年が経とうとしていた。
「心音......お前は痛みを感じないのか......?」
「......?」
私は首をかしげた。痛みという言葉を知らなかったんだ。ただ、その頃にはもうそんなものを感じることが無くなっていた。
そして私の身体能力は普通の人間は超えちゃったらしい。よく大人の人がそんなことを言っていた。この辺りから私と同じように身体能力に特化、もしくは勉強に特化させようとした子どもたちも私と一緒に訓練するようになっていた。
さっきも言った通り、元々いる子どもたちに会わないことを徹底されている。そんな私たちのための新しい場所が用意された。そこも真っ白な空間だ。
殆どの人はすぐにいなくなった。最初は何も感じない。その人たちがどうなろうと私にとって関係のない。
だけど、ある日─────。
目を覚ますと、いつの間にか大人の人たちが私の周りで倒れていたことがあった。
価値のなくなったメガネを掛けた女の子が私に助けを求めたときのこと。あの子はよく私に話しかけてくれた。どうしてそうしてくれたのかは分からない。ただそのおかげで、私はどこか仲間意識みたいなもの感じていたんだと思う。
「ふ、ふふふ......あははっ、あははは!凄い!凄いよ心音ちゃん!」
メガネを掛けた女の子は涙を流しながら笑っていた。
「人としての機能を壊してまで勉強を頑張ったのにまた勝てなかった。そのせいで何のために壊れていくのか分からなくなっていた。でも心音ちゃんを見てわかったよ。私は足りなかった、もっと自分を壊さないといけない。必要なのは力。それ以外はいらなかったんだ。心音ちゃんみたいになれば、こんな地獄だって壊せるんだ......あははは......」
その子は首に掛けていた十字架を私の首に掛けた。
「知ってる?今では十字架って祈りの道具として使われているけど、昔は処刑の道具として使われていたの。そんな道具を心音ちゃんにあげる。私のような『間違った』使い方をしちゃ駄目だよ」
あんなに大事にしていた十字架を私に渡した。
「────素晴らしい」
大人の人が1人、私たちのもとに近づいてくる。
その人は手をパンパンと叩きながら笑っていた。
「誰!?」
「あなたは不要です。敗北者は去りなさい」
その人はメガネを掛けた子のお腹を蹴り上げた。
「ゴホッ......!」
「遺伝とは不思議なものですねぇ。親子揃って盲信家になるとは。ただ、あなたには感謝していますよ。あなたを引き取ったことで厄介なカルト宗教家とパイプを繋げることが出来ましたから」
「がっ......!」
その人はもう一度お腹を蹴った。
運動することが出来なくなっていたから身体は弱い。メガネを掛けた女の子は意識を失ってしまう。
「あなたが心音ですね。あなたに興味があって足を運びましたが、これは期待以上でした。身体能力だけであそこまでの戦闘能力とは見事なものです」
その人は喋りながら私の首に掛かっている十字架を取ろうとした。私はその手を払いのける。
「......おや?いけませんよ心音。それは本来この場にあってはいけないものです。あなたにそんなものは不要────」
「あ......な、た......あな、た......あなた、あなたあなたあなた......」
そのとき私は理解した。『あなた』とは、目の前の相手を指す言葉。
「────うるさい」
聞きたくない。とにかく、うるさい。
私はその人に飛びかかった。
「素晴らしいスピードです。ただ動きが単調なのはもったいないですね」
その人は身体を横にして避けた。そして、私の後頭部に強い衝撃。蹴られた。
視界が揺れる。上手く足に力が入らない。
「スペックは最高峰と言ってもいいですが、まだまだ技術が拙い」
無理矢理立ち上がって相手の腰あたりに右手を伸ばすと、肘と膝で勢いよく私の右腕が挟まれた。今度は右腕に力が入らなくなった。そして顔面に拳が飛んでくる。私は背中から倒れた。
「あなたに技を学ばせるのも簡単なことではないので無理もありませんか」
また視界が揺れる。そして頭の中で警報器が鳴った。あの頃は何となくで感じていたけど、今ならその警報器が何を意味していたのかはっきりと言葉にすることが出来る。
頭の中に鳴り響いていた警報器はこう伝えていた。
『これ以上は身体が動かない』
うるさい。そんなものは無視する。
「......」
「......ほう、まだ立ち上がりますか。なるほど、面白い。ますます興味が湧きました」
フッ、とその人から力が抜けるのを感じた。
「心音。私があなたには戦闘に必要な技術を教えましょう。ちょうどあなたのような『人材』が欲しかったところです」
伸ばされた手。いつもの私なら大人の人に手を伸ばされたら攻撃していた。
だけど、その時の私は動かなかった。手も取らない。ただ見つめるだけ。
「ツキシロと申します。私があなたを育てます」
それが、私とツキシロの出会い。
この出会いが私の────『綾瀬心音』の価値を大きく変えた。
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