一二月二四日、ロンドン。
『理想送り』を消滅させるために世界を巡っていた上里翔流が出会ったのは、『幻想殺し』を右手に宿した少女と第三の右手『追想刻み』を宿した少年だった。
上城英治を名乗る少年がクソったれな『右手』を手にしたのは上条当麻と上里翔流が原因のようで──⁉︎
『右手』と『右手』が交差する時、物語に蛇足が生まれる──!
上里勢力も全員登場‼︎‼︎‼︎
0
彼はどこにでもいる平凡な高校生だった。
少なくとも、彼自身はそう自認していた。
ある時、彼は自分には不釣り合いな特別な力を手にする。
『
彼はたった一ヶ月程度で一〇〇人超の女の子を救い、上里勢力と呼べる集まりを築いた。
しかし、彼の感性はどこまでいっても『どこにでもいる平凡な高校生』。
彼はその幸運を受け入れられなかった。周囲の女の子が自分のような『どこにでもいる平凡な高校生』を好いてくれているのも、この『右手』が彼女たちの感情を歪めているからだと考えた。
こんなくそったれな幸運を与えた『魔神』に。
そうして、
そこでの経験が、彼の考えを変える。
もう一つの『右手』を持つ少年と戦った。
『右手』が人間を定義づけるのではなく、
もう一人の復讐者に『右手』を奪われた。
それでも、周りの女の子は何も変わらず
周りの女の子は『右手』なんかじゃなくて、元から
もう一方の世界で『魔神』と対話した。
自分には『右手』に選ばれるだけの才能が、血みどろの中でしか輝かないような個性がある事を知った。
でも、それでも、ありふれた世界の中で輝ける自分に挑戦したいと叫んだ。
そして、
彼にはもうブレる事のない一本化された復讐の意思はない。
彼にはもう『魔神』さえ殲滅できる特別な右手は必要ない。
だから、これは蛇足。
記録に残らない物語。
1
一二月二四日。
霧と魔術と闘争の都、ロンドン。
街中はお祭り騒ぎで酔っ払いだらけ。なにしろ、ブリテン・ザ・ハロウィンに続く二度目の国難を乗り越えてから初めての祝日だ。国全体を挙げて浮かれ気分が漂っている。
テレビでは学園都市の悪行がどーのこーのとお偉い専門家サマが宣っているが、誰もそんなの見ちゃいない。こんな日に暗い話なんて似合わない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
足元まで伸びる純白の長髪を、赤いシルクで束ねた少女。年齢は一四歳くらいだろうか。黒いサンハットの下から赤い瞳を覗かせる、魔女のようなシルエットだった。
少女は黒い生地と黄金のラインで彩られた豪奢なワンピースを身に纏っている。その人形染みた美貌と相まって、豪華な装丁を施されたアンティーク本のようにも見えた。
少女は息を切らして人混みを歩く。
それが人目を避けるためにあえて人通りの多い道を選ぶテクニックだと気付く者はいない。
たとえ違和感を感じた者がいたとしても、一秒後には見えなくなっているのだから誰も確信を得られないまま違和感を忘れ去る。
(空港、か。都合がいい。各国の人間が溢れるここじゃアタシみたいな派手な人間も風景になる)
ガトウィック空港。
ヒースロー空港に次ぐ、イギリスで二番目に大きな空港。
歴史ある空港だったが、かつての面影は見る影もない。
クロウリーズ・ハザード。
この辺りも、そう呼ばれた国難に巻き込まれた。
学園都市の手も借りて急ピッチで補修が進められたようだが、見る者が見ればそれは補修ではなく異なる新しい空港を建てているのに等しいと気づいただろう。
もはやこの空港に歴史的な価値はなく、かつての記録もまた失われた。
(くそくそくそが、くそったれが! どうしてこうなった⁉︎
少女は見た目とは反する粗雑な口調で悪態をつく。
今すぐにでも頭を掻きむしりたい衝動を抑え、人の流れに逆らわずいくらでも財布を盗めそうな平和ボケした東洋人の集団の中に紛れる。
(それこれも、全部アイツらのせいだ! アイツらが失敗したから! アイツらが相応しくなかったから!
少女は嘆き、元凶を思い浮かべる。
そう、すなわち。
(
ドンッ‼︎ と。
意識を少し逸らしたせいか、少女はキャリーバッグを引きずる少年とぶつかってしまう。
外見は何処にでもいそうな茶髪の東洋人。東洋人の顔は幼くて分かりづらいが、年齢は一五か一六といった所か。時期的にクリスマスのロンドンを目当てにやって来た観光客だろう。
少年は尻餅をつくと、
「っ、すまない。よそ見してたみたいだ」
「…………」
「言い訳みたいになるけど、今まできみに気が付かなかったんだ」
「………………」
「……? どうかしたのかい? どこか悪い場所でも打ったの──」
「────
ヒュー、と空調で暖められた空港の中に寒い空気が侵入する。
しかし、それとは別に、その穴の形を見た人は寒気に襲われる。
誰も喧騒をあげなかった。
誰も理解が及ばなかった。
だって、何が起こっているのか分からない。
壁に穴を開けるのなんて簡単だ。手では無理かもしれないが、ドリルだったり爆弾だったりを使えば一瞬で終わる。
だが、それは何でもなかった。ただ静かに、まるで元から何も無かったかのように壁が消滅した。
「
ただ一人、よく似た
その消滅を予期していた白髪の少女はそう呟いた少年を横目で見るが、その注意は穴の先に向けられていた。
穴の向こうから、足音が一つ。
その小さな響きは、まるで世界のスイッチを切り替えたよう。
目に見えない違和感が一瞬にして広がっていく。
「
それはどこにでもいる平凡な高校生だった。
髪は黒。目元が隠れるくらいまで伸ばした前髪と、首の辺りで軽く縛れそうなくらい長い後ろ髪。
一二月のイギリスにも
特徴のない凡庸的な顔立ち。人混みに紛れたら見失ってしまうような一般人。
「……アタシは会いたくなかったよ。
白髪の少女はそう応える。
白い髪と黒い髪。
黒い服と白い服。
相反する二人は、互いに『
そして。
両者の間に挟まれたどこにでもいる平凡な高校生・
「今度は何に巻き込まれたんだ……?」
2
「大将と逸れたぁ⁉︎」
茶色のロングヘアをあちこちザクザク乱暴に切り捨て、白いセーターと真っ赤なプリッツスカートを着用した不良少女・
その大声を真正面から受けた、足元まで伸びる長い黒髪の鑑識少女・
「だ・か・ら、逸れたんやのうて元々別の飛行機に乗ってたんですわあ。そっちは本来のヒースロー空港じゃなくガトウィック空港行きやったからちょっと探さなあきまへん」
「一緒だろ。つーか、そもそも何でそんな奇妙な取り違えが起きたんだ?」
「
海賊のように大きな帽子を被り、右目を眼帯で覆ったミニスカートの少女・
本来高校生くらいの年齢のはずの彼女は、どうした訳か一〇歳前後の見た目に変わっていた。
「
「ここら辺では誰も見てないそうよ。まあ、街全体がこんなお祭り騒ぎじゃ仕方ないわよね。わざわざ幼児化してお兄ちゃんを探している妹ぶって庇護欲を燻らせたから、あとは勝手に探してくれるんじゃないかしら?」
「えげつねーなー、時間制御」
「ほんま上里はんの姉としても妹としても甘えられる上に、月の一度のアレも回避できるとか、ずるいにも程がありますえ」
海賊少女・
外見上の年齢の変化など思いのまま。現在は年齢を引き下げて聞き込みを行っていた。
「そっちはどうなの?」
「うちと
「犬の嗅覚よりも鋭い
「クロウリーズ・ハザードとやらの被害のせいでGPSも上手く働かへんからなあ。アンタら魔術師の力ではどうなっとります?」
「私は大将の胸ポケットの中に一〇円玉を仕込んでたけど、そっちの位置も特定できねーな」
「あなたそんなの仕込んでたの⁉︎」
「アンタそんなんありなんかあ⁉︎」
不良少女・
その応用で硬貨の位置情報を把握できるのだが、
「まぁ、すぐに見つけんでもええんと違います?」
「?」
「どーせトラブルの中心で女の子と一緒にいますやろ」
「上里くんだしねぇ」
「大将だからな」
「上里はんやからなぁ」
3
白髪の少女と黒髪の少年。
互いに『右手』を構えた両者。
最初に腕を振るったのは
「
「ッ⁉︎」
指鉄砲。
人差し指が
魔術師のようにも能力者のようにも見えない少年の『右手』。たとえ拳を振るったって当たる距離ではない。
なのに、
咄嗟に頭を守るように、キャリーバッグで人差し指の向いた先を塞ぐ。
(なッ⁉︎)
科学と魔術、両方の技術を組み合わせて作り上げた究極の箱。核戦争が起こってもキャリーバッグの中身だけは無事に残るような、そんな怪物じみた代物だ。
それが一瞬で。
触れる事なく。
音も立てずに。
しかし、
(
少女と少年にどんな因縁があるのかは知らない。
もしかしたら少女の方が悪人で、彼はそんな少女を追いかける正義の味方なのかもしれない。
しかし、
もしも咄嗟に頭を守らなければ、
「アンタ、それは……」
一方で、白髪の少女は全く別の点に注目していた。
消滅した
「
『右手』。
「右手……『右手』の所有者だって⁉︎ ま、さか……きみたちは」
「オレの名前は
「あり、得ない……だって『魔神』はもういない! ぼくが
「……そうか、オマエが
一二月上旬、
彼らの言う『右手』が魔術師の夢、『魔神』の願望の集積体の事を指すのなら、今更誰かの右手にその力が宿る事なんてあり得ないのに。
「オマエは失敗した。さっさと『魔神』共を新天地とやらに追放すればいいものを、力を見せびらかすように『魔神』に猶予を与えた」
「な、にを」
「ヤツらは迷っただろうさ。第一希望か第二希望か。
理想と幻想。
「
世界の基準点、
世界の特異点、
二つに一つを選べなかった『魔神』が生み出した、どっちつかずの答え。
世界の分岐点、
無音で、空港の床も壁も、刻まれたみたいにズタズタに消滅する。
「……気を付けろよ、
「消してる訳じゃねぇよ。
「……よく知っているね」
「又聞きだがな」
そして、自身の『右手』についての情報をまとめているのか、そのメモを読みながら話す。
「そんで、オレの『
時間の逆行。
誰しもが一度は過去に戻りたいと願う。
しかし、『魔神』の規模で行ったそれはアルファオメガの始まりすら飛び越してマイナスに到達する。一歳の赤子を二歳若返らせたら存在ごと消えるように、行き過ぎた時間の逆行は生命の存在を否定する。
「パソコンのCtrとZを同時に押すようなもんさ。『魔神』共は変化を嫌って、一時停止ボタンを押したかった。
「…………っ」
自らが復讐を遊んだ結果、自らと同じ苦しみを辿った人間がいる。
彼に何があったのかは分からない。
それとも、全く別の苦しみを得たのか。
分からないなりに気持ちは理解できる。
『魔神』共に対する復讐心。
あるいは、『右手』を持った二人の少年に対する憤り。
「でも、それと彼女に何の関係がある? ぼくに復讐するのはいい。だけど、きみはどうして彼女を狙う?」
そこにどうして白髪の少女が関わってくるのかが分からない。
それを聞いた
「……オマエがどういう理由でそいつを庇ってるかは知らねぇが、気付いてねぇのか?
再び、
その人差し指の先には白髪の少女が。
庇う暇はなかった。
「
直後、何の音もなかった。
核シェルターすら喰い破る一撃を前に。
白髪の少女がしたのは簡単な事。
「────そいつは『
つまり、それが少女の『右手』だった。
異能を打ち消す世界の基準点。
その力が白髪の少女の右手に宿っていた。
「まぁ、そんなのはどうでも良くて。オレはただ単に…………あ? アイツはどこにいった?」
未だ異様な雰囲気に逃げる事もできていない群集に紛れたのか。辺りを見回して目を凝らす。
まさにその瞬間の事だった。
「ごっ、あぁ⁉︎」
「もしも異能バトルに巻き込まれたら、漫画を読んでそう考えた事がある」
「くそがッ、
「──
それは
厳密には、
男のロマンが詰まったようなゴテゴテした機械のアームから光のみに特化した
そして、その上で機械のアームから飛び出したのは
「ぼくらは初手で手首を刈り取る攻撃に弱い。覚えておきなよ、ルーキー」
サクリ、と。
果実を切り分けるような瑞々しい音。
「。ぁ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉︎」
瞬殺。
かつて
周囲の群衆はその分かりやすい被害でようやく状況を理解したのか、言葉にならない悲鳴をあげて逃げ惑う。もともと人混みができていたのが悪かったのか、ドミノ倒しのようになっていた。
「……これはもう、使い物にならないな」
代償は義手の全壊。
『
「さて、大丈夫かな。きみ──」
「──馬鹿野郎‼︎」
がつん、と
白髪の少女は顔を真っ赤にして怒っていた。
「
いつの間にか、少年の絶叫は止まっていた。
まるで逆再生でもするかのように、
しかし、それはその光景とも少し違った。それこそ、
「仕切り直しだ! 一旦逃げんぞ‼︎」
「えっ、ちょっと待って!
「それはもう持ってる」
「っ‼︎」
ドキリ、と心臓が動く。
条件さえ満たせば『魔神』さえ消し飛ばす
少女は
彼女が消し飛ばされていないのは、ひとえに彼女が条件を満たしていないからだろう。
即ち、願望の重複。それは白髪の少女がブレる事のない一本化された意志を持っている事を意味する。
「逃げるってどこに⁉︎」
「隠れ家がある! 一旦そっちだ‼︎」
「っ、足遅いな! ぼくが担ぐ!」
「おっ、遅くねぇよ! 身長差だろ⁉︎」
小さな少女の体を背負うようにして担ぐ。
白髪の少女が黒いワンピースを着ていたのは正直助かった。
……むしろ、心配になる軽さだった。
「ぼくの名前は
「アタシの名はアーカーシャ。アンタの言葉に合わせるなら……」
アーカーシャと名乗った少女は自身の右手を眺め、少し間を開けて告げた。
「
4
「あ、お兄ちゃんの
そう呟いたのは、CDのように見る角度によってギラギラ輝く長い銀の髪を顔の左右で悪魔の角のように丸めた少女だった。
彼女は地肌に直接半透明のレインコートを纏った奇怪極まる格好で背筋を伸ばしていた。その半透明さは学校の水着の日焼け痕のようなコントラストさえ浮かび上がるほどである。
何を隠そう、彼女こそが
絶滅犯・
「えー。じゃあ、私の能力で手の代わりを作った方が良かったじゃないですか」
「いやー、
「黙らっしゃい絶滅犯!」
黒い髪を二つ縛りにした、真冬のイギリスには全く似合わない真っ白なワンピースを着たメガネの少女。背格好だけなら地味なはずなのに、頭の両サイドから咲かせた南国の巨大な花がその印象を台無しにしている園芸部員・
彼女たちが話していたのは
この二人は上里勢力の中でも随一と言えるほどの人体のスペシャリストであった。
彼女自身は学園都市で主流の電子部品のサイボーグではなく化学反応を利用したサイボーグであるが、大まかな要領はそう変わらない。脳波に反応して動く義手は彼女の作品だった。
対して、
自身の肉体がそうであるように、人の体に馴染む植物性脂肪を作れば人間の腕の一本や二本など容易い。
「あなたは上里さん探しに参加しないんですか?」
「えー、私がいなくても大して変わらないっしょ」
「上里勢力で最も強大な実戦能力を持つ絶滅犯が何を言っているんですか」
『外的御供』の連鎖が途切れない限り、その破壊力は理論上無限に強くなり続ける。
全員集まればホワイトハウスさえ正面から攻略できると言われる上里勢力の中でも、
「それで? 何をやってるんです?」
「んー、これこれ」
「これは……
上里勢力の一員で、お天気お姉さんの姉妹。
地球全体の気象図と星の運行にまつわる天球儀を利用して、かなり広範囲かつ高精度で情報を取得できる地球規模の占い師。プライバシーを無視して個人情報をぶっこ抜くのが得意な二人だ。
「お兄ちゃんが一〇〇人以上の女の子を侍らせて世界中を巡ってるのは、クソバカハーレム野郎のハネムーンって訳じゃない。
「その候補がこの『リスト』って訳ですね。……あ、ほんとだ。今までに会った人も載ってる」
「空振りだったけどねぇ。自分を一〇センチだけ
「それで、
大量の取り消し線で覆われた『リスト』の中で、未だ名前が残っているその名前を読み上げる。
「あーかーしゃ?」
「黄金系では二番目に規模の大きい魔術結社『純金へ至る精錬』に所属する魔術師。確かアンタが前に会ったパトリシアちゃんの姉が、黄金系で一番目に大きな魔術結社の首領でしょ?」
「それは知りませんけど。うちの
「全然違う。『純金へ至る精錬』は科学とか魔術とか分かれる前から存在した、自然の
「自然法則を分析してるだけの組織が上里さんの『右手』をどうにかできるんですか?」
怪訝な顔で尋ねるメガネ少女・
「まぁ今回はイケそうじゃない? 『純金へ至る精錬』は
5
「いや、これは無理」
ロンドンにある石造りのアパート。
隠れ家で息を潜めながら、アーカーシャは首を振った。
「『純金へ至る精錬』ってのは『黄金』に呑まれてからついた名前で、元々の名前はアタシですら分からない。そもそも『黄金』に呑まれたっつっても歴史に名を残すほど関わった訳じゃねぇしな」
「……なら、どうして魔術サイドへ?」
「見たんだよ、当時の組織は。かつてのブライスロードで
「…………」
「世界の基準点。つまりは自然の法則の全てが書き込まれた
だけど、と。
アーカーシャは手に持った
「アタシはこれの情報を持ってない。修正すべき基準値を知らない。だからこそ、アタシの
「そう、か……」
「海外からアタシ目当てで来てもらって申し訳ないけど、アタシの『右手』でも流石にこれは手に余る」
「……いや、覚悟はしていた。
「…………」
沈黙。
ボロいアパートが風に吹かれてガタガタと揺れる。
ちなみにこのアパート、築一〇〇年を優に超えている。木造建築が基本の日本では理解しづらいかもしれないが、石造り中心の西洋では
そして、ふと気になった事をアーカーシャに尋ねる。
「それにしても……魔道書が詰め込まれていると言っていたけど、どこに? もしかして、
しかし、アーカーシャは皮肉げに笑う。
「当たらずとも遠からず、似て非なるものって感じか。ま、方式としては真逆なんだけどな」
「?」
「つまり、人間に魔道書の知識を詰め込んだ魔道書図書館とは真逆。
つまり。
つまり。
つまり。
「人間のフリをした魔道書、人為的に作られたアーカーシャの記録。『
クロウリーズ・ハザードにおいて、ロンドンに現れた『黄金』の魔術師の再現体とはまた異なる。
あちらが
「別に組織の人間は初めからアタシを組み立てようとした訳じゃない。自然の法則、異世界も含めたあらゆる
「……そんな事が、あり得るのか?」
「偶然には起こらねぇ。なら、必然と呼ぶべきか? 宇宙の法則を書き記すってのは宇宙の模型を作るってのと同義だ。そして、マクロな宇宙とミクロな人体は互いにリンクする。これは『黄金』と『薔薇』を貫いている共通の理屈。つまり、精密な宇宙の模型を作ったならそれは自動的に人体を構築する事を意味する」
『
『純金へ至る精錬』が作成した最高傑作。
世界の基準点、
「それで、どう思った? 助けた女の子が人間じゃなくてガッカリしたか?」
不安そうにアーカーシャは尋ねる。
黒いサンハットに隠されて表情は見えない。
それでも、かすかに震える声と黒いワンピースを握る手からその不安が感じ取れる。
しかし、
当たり前のように即答した。
「いや、まあ、それはどうでもいいんだけどさ」
ぽかん、とアーカーシャの口が開く。
「ぼくの仲間には狼に育てられた人狼少女や、形ある肉体を持たない幽霊少女だっている。人間かどうかなんて些細な問題じゃないかな?」
「…………え?」
「そんな事より、」
「そんな事⁉︎」
「ああ。そんな小さな事よりも、聞きたい事がある。あの
「…………」
一度は戦い、手首を切り落とした仲だが、
彼がどうやってイギリスを渡り、どんな経緯でアーカーシャを知り、どういう理由で命を狙うのか、何も。
「……アイツについては、アタシも知らねぇ事ばっかだ。ただ分かってんのは、アイツが
「…………」
「どこでその名を知ったのか、何でアタシを狙うのか。何も知らねぇ。ま、案外、本物がどこにいるか分からないから近くにいた似た名前のヤツを狙ったってだけなのかもな」
「……そうか。なら、狙われるべきはぼくだ。彼の復讐を受け止めるべきはぼくだ」
「…………、」
その憎しみの発端に
「きみは逃げろ。ぼくが注意を引けば、相手も満足するだろう」
「冗談言うな。アイツは『純金へ至る精錬』をぶっ壊した仇だぞ。アタシにだって復讐する権利はある」
「そうか。だったら協力してくれ。まずはアイツの右手の範囲と条件を知りたい」
ここが
一方で、
先ほど、相手との対話を無視して
「範囲と条件……?」
そんな
「ああ。
「……何となく分かった。
範囲は右手の影に触れた場所。
条件は対象が願望の重複を起こしている事。
「……なら、条件は知らねぇが範囲は指を差した方向じゃねぇか? 今まで消滅したモンは全部、アイツの指鉄砲が向けられた物体だった」
「いや、それなら不自然な点がある。空港での戦いを思い出してくれ」
彼が持っていたキャリーバックは消滅して、中からはタオルや衣服や右手が飛び出した。
「
「ッ⁉︎」
指を差したモノが消滅する。
キャリーバックの中に隠れていたから対象外だった。
それなら、指をさされた方とは反対側のキャリーバックだって消えないはずではないか?
例えば、
アーカーシャは思考する際の癖なのか、目を伏せて考え込む。赤い瞳がチカチカと点滅する。
「多分、指鉄砲はブラフだ。指を差すだけで対象を指定できるなら、初めから壁に穴を開けずに奇襲で相手を指定すればいいんだから」
「……壁に穴を開けたのは、パフォーマンスでも何でもなく、攻撃のための布石だったって事か?」
「多分ね。そして、その行動から効果範囲は逆算できる。
突然、
不審に思ったアーカーシャは
その瞬間の事だった。
「電子機器でお仲間にでも連絡しようとしたのか?」
どこにでもいる平凡な高校生が扉を突き破る。
密閉されていたアパートの空気に、外の冷たい風が侵入する。
「だが、考えるべきだったなぁ? オレは『純金へ至る精錬』を崩壊させた人間だ。ヤツらの使用していた、自然法則を分析するための器具を所有していてもおかしくはない。
今思えば、初めにアーカーシャを見つけた状況も不思議だった。
だから、それを補助する機材があって当たり前なのだ。
隠れ家とは言え狭いアパート。
入り口を塞がれた以上、他にも逃げ場は存在しない。
「終わりだよ、アーカーシャ
指鉄砲が向けられる。
時間を強制的に巻き戻し、存在をなかった事にする一撃が放たれる。
「
6
「ふん、ふん、ふん、ふーん……」
カタカタカタカタッ‼︎ ともの凄い勢いでタイピング音が響く。
その長身を猫背気味に丸めて前のめりにキーボードを叩いていたのは、真っ白な死に装束を身に纏った長い黒髪の幽霊少女・
よく見るとその姿が時々透けたり浮かんだりして、肉体の輪郭が崩れている事に気がつく。
少女はボリボリと野菜スティックをつまみながら、ディスプレイ上に表示された無数の情報を流し読みしていた。
「幽霊が生者より健康志向だなんてねぇ」
その画面を横から盗み見ていたのはやりすぎコスプレ少女の
かつては
同じグループにいても仲が良いとは限らないのが上里勢力であるが、サブカル系の
幽霊少女はハートのようにも見える三角の天冠を着けた頭を軽く振る。
「何言っているの。死に瀕した人間の方が健康な人間よりも食生活に気を配るなんて、幽霊じゃなくなって当たり前だわ。それに、私にとってこの食事は文字通りの生命線でもあるのだし」
「どれだけ食べても見た目も体重も変わらないってのは羨ましく思えるけどね」
「代わりに肉も魚も食べられなくなるわよ? 焼肉屋なんて行ったら一口でも食べる前に死ぬわ」
幽霊少女の
野菜スティックばかり食べているのも、『香炉』を失った際に自身の体臭で存在を安定させるための保険。逆に言えば、焼肉屋なんて匂いの強い所に行けば
「あなた、上里くんからメールの届いたこの状況でそんな事を訊きに来た訳じゃないでしょ?」
「
「ああ、心配してくれたの? 分かりにくいからもっと心配そうな顔しなさいよ」
「誰がするか」
「私は上里くんのメールにあった
ディスプレイに映るのは
分かったのは彼が目撃された場所と日付のみ。
しかし、見る者が見ればその異様さが分かっただろう。
魔術サイドでも科学サイドでもダメだった。作中に登場するギミックを再現するため、科学も魔術も片っ端から摘み食いしている
「第三次世界大戦での燻りが爆発したロシア史上最大の反乱事件『厳寒』。グレムリン残党による『
魔術と科学、二つの世界を渡り歩き女の子を救う。
「
「なにが?」
「
「けど?」
「……
「……?」
「
「
だから女の子に好かれて当然という訳ではないが、それにしたって
上条勢力にしろ、上里勢力にしろ、救った側と救われた側という結び付きは非常に強い。それが恋にせよ、恩義にせよ、救われた側は救った側に何らかの強い感情を抱いて当然なのだ。
それなのに、
「考えられる理由は三つ。一つ、私がまだ見つけられていないだけ。二つ、上城勢力は存在したが既に全員亡くなっている」
「……三つ目は?」
幽霊少女の後ろから抱き付く
「
7
「
アーカーシャは消滅する。
その、一瞬前。
音もない消滅ではない。
「…………は?」
答えは
「
「ッ‼︎」
静かに。
「厳密には『右手』の匂いか、それとも『右手』の微粒子にまで接触の効果が及ぶのか。まぁ、何でも良い。きみの『右手』に触れた風。それが
空港の壁の穴にアパートの扉。
彼はいつだって空気の通り道に立っていた。
つまり、そうするだけの理由があった。
キャリーバックの中身が無事だったのは、あれが密閉されていたからだろう。
『右手』に触れた風はキャリーバックには接触しても、密封された中身にまでは届かなかったのだから。
「そう考えるとキャリーバックだけが消滅してぼくは無事だったのが不思議だけど、それは
「…………、」
「まぁ、何はともあれきみの『右手』は封じられた。炎によって暖められた空気の流れは歪み、煙は他の匂いを塗り潰す。ほら、焼肉の臭いってなかなか消えないものだろう?」
「ま、さか……」
「うん?」
「
「
初めから準備は整っていた。
床を油で浸し、ライターの用意をして、わざとバレる電波を飛ばして
何しろ、
だから、『勇み足』を狙った。
「は、はは。凄えよ、オマエ。これが
「その言葉が言えて、どうして
「
「なッ⁉︎ 馬鹿野郎が‼︎」
「オマエは一個、思い違いをしてるぜ」
炎に包まれながら、
「匂いでも風でもねぇ。オレが触れた場所に、数秒間だけ特殊な力場が発生する。『残り香』って呼んでるこの力場に触れた瞬間、オレの『右手』は時間を巻き戻す」
だが、それは失敗だった。
「
そして。
その衝撃で、
投げつけられたボタンは検討外れの方向へ飛んだ。
「な、にが……何をした⁉︎」
「おいおい、ぼくはどこにでもいる平凡な高校生だぞ? 築一〇〇年のボロアパートとは言え、重機も使わずに壊せる訳がないだろう」
「なっ、なら……」
「忘れたのか?
これは
「アーカーシャっ、オマエ……ッ‼︎」
「アンタを倒せないのは知っている。だから、封じ込めさせて貰うぞ」
アーカーシャの
少女はこう言っていた。このアパートは『隠れ家』であると。
そう、『純金へ至る精錬』の隠れ家。
魔術結社の拠点の一つ。
建物全体にヒビが走る。
アパートを支えていた魔術的な補強が打ち消され、その自重に耐えられず崩落が始まる。
この建物で唯一魔術的な補強のない崩落しない場所は
「
「──
咄嗟に
しかし、何も起こらない。
「
「ッ‼︎」
「これらを合わせて考えれば、きみの『右手』の発動条件は一つ」
「
キャリーバッグも義手も、
一方で、
「恐らく基準はきみの年齢か……いや、違う。恐らく、
新しければ新しいほど弱くなる。
時間が経てば経つほど強くなる。
まるで文明に逆行するかのような『右手』。
それこそが
「だから、きみを倒すために必要なのは次世代のテクノロジーなんかじゃない。新しく異世界から召喚した神話の存在なんかでもない。
ボロいアパートが崩落する。
「
瞬間、
8
「助かったぜ、
「え」
9
「。っ、ぁ……?」
一瞬、意識が途切れていた。
痛む体を無理に起こす。
その時にようやく、
「
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
意味が分からなかった。
理解が追いつかなかった。
見回すと辺りは瓦礫に包まれていた。
「
「……ま、さか」
「なぁ、不自然に思わなかったか?
初めから対話を切り捨てて、敵対を選んだ。
民間人さえ容赦なく巻き込む
しかし、
だから、例えば。
もしかしたら。
「
「悪人……悪人ねぇ。ま、否定はしねぇよ? だが、こんな状況になったのはアンタのせいなんだよ。
「何?」
「
アーカーシャと
アーカーシャは戦いに散々巻き込んだ学園都市の人間じゃない。
アーカーシャは『魔神』から『右手』を与えられた訳じゃない。
だから、
検討外れの、関係のない憎悪だと。
──
「
息が、止まる。
復讐者。『右手』の犠牲者。
それは『右手』を与えられた当事者だけじゃない。
例えば、とある少年の父親は『不幸』によって苦しむ息子を見て憤った。
例えば、とある少年の義妹は『幸運』によって苦しむ義兄を見て憤った。
だから、彼女にだって憤る権利はあった。
『
「
あくまで、若返るのは肉体の表層だけだ。
密閉された内側にある脳までは戻らない。
記憶はそのまま継続している。
だから、巻き戻された
だが、思い出せ。
では、例えば。
『
「……彼は記憶ができない。記憶しても、巻き戻される。
だから、上城勢力なんてものは生まれない。
だって
彼に恩義を感じた人は大勢いた。彼に恋心を抱いた女の子はたくさんいた。それでも、誰も彼もが記憶に残らない事実に耐えられず離れていった。
アーカーシャは瓦礫の中に落ちていた手帳を拾う。
それは空港で見た、
「……凄えだろ。
グシャッ‼︎ とその手帳を握り潰す。
未だ燃えている炎に向かって、手帳を放り投げる。
仕方ないな、と
これは憎悪されても、復讐されても仕方ない。
「
「そう、だね……ぼくはそのために世界を巡っていた。『魔神』の力を消し去るために」
「だけど、どうしようもなかった。だろ?」
「…………、」
「仕方ねぇよ。『魔神』なんてバケモノが与えた力は人間にはどうにもならねぇ」
諦めの言葉、ではない。
それは決意の言葉。
忘れるな。
「
「なッ⁉︎」
剥がれる、剥がれる、剥がれる。
豪華な装丁を施されたアンティーク本のような黒と金のワンピースが、紅蓮の炎で燃え上がる。
赤いシルクで束ねられた床まで付くほど長い白髪が、血のように赤い色に染め上がる。
新雪のように白い肌がヒビ割れ、グロテスクな
「偶像の理論って知ってるか? 『姿形の似ているもの同士は互いに影響し合い、性質・状態・能力などが似てくる』という魔術理論。例えば、教会の十字架は神の子の処刑に用いられた本物じゃあない。だが、形を模しただけの
あるいは類感とも呼ばれるそれ。
かつて
「だが、それはオリジナルからレプリカへの一方通行だけじゃねぇ。超精巧なレプリカに手を加える事で、オリジナルを書き換えようとする魔術も多い」
例えば、『
「
『
世界の完全なるシミュレーションを頭の中に構築する事で、『世界の全て』を己の手足とする大魔術。
それと同じように、『宇宙の全て』を操る魔術。『
それはあくまでこの
新たな
しかし、『魔神』がアレイスターの手によって位相を挟み込む力を失い、
「『
理想の値、世界の黄金比。
それ書き換え、書き足し、台無しにする。
世界の新生だろうが世界の崩壊だろうが思いのまま。
「
「…………」
「だから邪魔をするな、
「……なら、なんでぼくを巻き込んだ」
「アンタを巻き込んだ訳じゃねぇ。必要だったのは『
心が揺らぐ。
しかし、不可解な点はもう一つある。
手を伸ばしてしまいそうになるその誘惑を跳ね除けて、もう一度疑問を口にする。
「……本当に何の問題もなく『右手』を消せるなら、
「…………、」
「だから、まだ話していない事があるだろ? そう、例えば……
『
だから、『
だが、それはアーカーシャの人体を構成する情報だ。
パソコンのシステム関連のファイルを好き勝手に弄ればどうなる?
素人が錆びたナイフで腹を掻っ捌いて体内器官を素手で触ればどうなる?
宇宙の法則も、『
対して、アーカーシャの返答は一言だった。
「
10
『純金へ至る精錬』。
宇宙の法則を詳らかにする事を目的とした組織。
そんなの、もう随分と昔の話だ。
かつての面影はどこにも存在しない。
魔術サイドに組み込まれ、魔術師を集めた、きっとそれが失敗だった。
魔術師は個人主義が強い。多くの場合において魔術師は過去に何らかの挫折や失敗を経験して、まっとうな手段では叶わない願いを持ったからこそ、魔術なんて裏技的な手段を頼るようになった。
だから、彼らにとっては組織さえも自身の願いを叶えるための手段に過ぎない。『純金へ至る精錬』は『
(ま、アタシには関係ないか。ヤツらの思惑がどんなであれ、それでアタシがまた一歩完成近づくのならそれで)
だが、想定外だったのは最悪の願いを持つ魔術師が『純金へ至る精錬』の首領となった事。
魔術師が持った願いは『世界との心中』。
『
……とは言っても、大した脅威ではない。
その魔術師がどんな魔術を使用したとしても、こちらにはあらゆる異能を打ち消す
勝敗は明らかだった。魔術師もそれは理解して、それでもと足掻こうとしていたのだろう。
だから、それは誰にとっても予想外の事態だった。
(……ああ)
アーカーシャは迷った。
彼女にとって『純金』の完成こそが最優先で。
だけど、その魔術師だって彼女にとっては恩人なのだ。
世話をしてもらった。
お菓子を買ってくれた。
長い髪を結んでもらった。
『
(中途半端だ、アタシは。だって、こんなの、何も残らない)
自身の目的を優先するなら、魔術師を殺せばよかった。
魔術師の願いを受け入れるなら、その身を差し出せばよかった。
なのに、アーカーシャはどちらもしなかった。
その結果が相討ち。アーカーシャの目的も、魔術師の願いも叶わない、何の意味もない残骸。
(まだ、手は動く。力が入る。だから、決めなくちゃ。アタシが死ぬか、コイツを殺すか。今ここで決めなくちゃ……‼︎)
「オレには何が正解なのか分からねぇ。オマエの背中を押す事も、新たな選択肢を提示する事もできねぇ」
彼はどこにでもいる平凡な高校生だった。
彼が現れただけで事件が解決する事はなかった。
「でもさ、オマエが決断する時間を稼ぐくらいならできる。いくらでも待ってやる。いくらでも保たせてやる。だから、焦らなくていいんだ。ゆっくり、オマエのペースで考えていいんだよ」
でも、それでも。
彼はアーカーシャに付き合ってくれた。
アーカーシャの優柔不断に寄り添ってくれた。
「リバースカウント、装填完了‼︎」
11
「アタシの命なんてどうでもいい。彼がアタシを覚えてくれるかなんてどうだっていい! 今度はアタシが救うんだ。彼がアタシにしてくれたように‼︎」
説得は、不可能だった。
彼女は
願望は一本化されて、その意志は絶対にブレない。
(……やっと状況が見えてきた。アーカーシャは自分を犠牲にして
本当ならアーカーシャのもとに
だって、彼女は
迷っていたはずなのだ。忘れて欲しくないという気持ち、
色々な願望が入り混じって、手帳という痕跡を残しながら凶行に走った。
アーカーシャは焦ったに違いない。
彼女の話によると、宇宙を完全に書き換えるには
その最後のピースが目の前に存在して、それがいつ消えるか分からないというタイムリミットさえ生まれた。
だから、彼女の願望は一本化した。
「……尊敬するよ、アーカーシャ。きみは人類ってものが抱える負の想念に打ち勝った。たとえ自分が犠牲になったとしても
他人を羨んで、他人に憧れて、背中を押してきた。
だから、いつものように肯定するべきだ。
尊敬する彼女の迷いは断ち切り、その『理想』を肯定する事が
「
彼は選んだ。『魔神』にこう言った。
血みどろの中でしか輝かない才能を持った自分だけど、それでも、ありふれた世界で輝く自分に挑戦したいと。
なら、今がその時だ。
アーカーシャか、
二者択一なんて
「ふざ、けるな。今更ッ、手遅れになってから現れた全ての元凶がふざけるな‼︎ 右手もない! 特別な力もない! そんなどこにでもいるアンタが何をできるってんだ‼︎」
「そうだ、ぼくには特別な力なんてない。だけど、それが諦める理由になんかなるもんか! だって、当たり前だろう⁉︎ 誰かを救いたいなんて、誰一人見捨てたくないなんて、そんなの誰だって思う事だろうが!
今になって、もう一つの『右手』を所有していた少年の言葉が身に沁みる。
『普通』である事は。
『平凡』である事は。
そんなに簡単な事じゃない。
何もしないから『普通』なのではない。
何かしているから『普通』でいられる。
ちょっとでも努力を怠れば道を踏み外し、『ありふれた』世界から転げ落ちてしまう事だってある。
だから。
『普通』の裏には日々の積み重ねが存在する。
人々が必死になって繋いできた、
「ぼくの『普通』を、きみに見せてやる」
どこにでもいる平凡な高校生・
「ぼくの願う『普通』の世界がどれだけ綺麗なものなのか、きみに見せてやる‼︎」
「だからッ、アンタに何ができるッッッ‼︎‼︎‼︎」
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ とアーカーシャは
「魔術ですらない攻撃も防げないアンタにッ、アタシと
「ああ‼︎ ぼくは天才なんかじゃない! 第三次世界大戦を止めた英雄でも世界を作り変えられる『魔神』サマでもない‼︎ それでも‼︎ 使えるものなら何でも使ってやる! プライドなんてどうでもいい!
それを、情けないと罵る人もいるかもしれない。
それを、個人のわがままに第三者を巻き込んだと言う人もいるかもしれない。
それを、かつての自分ならば唾棄すべき事柄のように憎んだのかもしれない。
でも、それでも。
この少女を『あたりまえ』の世界に帰すために。
少年は。
絞り出すような声で叫んだ。
「頼む。二人を助けるために、きみ達の力を貸してくれ‼︎」
12
そして、一〇〇人の少女は。
「「「「「任せて‼︎」」」」」
13
気が付けば、周囲は囲まれていた。
統一色のない、個性豊かな少女達。
一〇〇人を超える強烈な個性の群れ。
一人一人が独自の『世界』を有し、ホワイトハウスさえ軽く制圧できる集団。
「よお、大将。困ってるー?」
「黒、白、赤。賢者の石……? いえ、宇宙の模型と言った所かしら?」
「何だって良いですよ。
「それが
例えば、長い茶髪をざく切りにして、頭から狐耳のような房を伸ばす不良少女が。
例えば、海賊帽子に眼帯にミニスカート、カトラスと大型のマスケット銃を備えた海賊少女が。
例えば、二つ縛りの長い黒髪に白いワンピース、背中や側頭部から色とりどりの花弁を咲かせたメガネ少女が。
例えば、『香炉』と呼ばれるドローンの下に浮かぶ、白い死に装束を纏う黒髪の幽霊少女が。
「いっくよー!」
「行くでござる」
「アンタそんな口調じゃなかっただろ」
「むんっ‼︎」
例えば、ビニール素材のポンポンを持ったチアリーダー少女が。
例えば、全身にありったけの刀剣を差した和風の赤い甲冑少女が。
例えば、競技用のモデルのリカンベントを乗りこなす自転車少女が。
例えば、四肢で地面を踏み締め犬歯を剥き出しにする金髪縦ロールの人狼少女が。
「
「
「
例えば、剣士少女が。例えば、怪盗少女が。例えば、トロンボーン少女が。例えば、捕食女王が。例えば、微生物博士が。例えば、殺人パティシエが。例えば、アスリートソルジャーが。例えば、トラック野郎が。
例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば。
一人一人が極限の突然変異。
一人一つの世界を象徴する。
そんな少女が一〇〇人以上。
これが上里勢力。
「は、はは。結局他人頼りかよ、
「……、」
「けど、聞いてなかったのか? 頭数を揃えたってアタシには無駄なんだよ」
アーカーシャは出し惜しみをしなかった。
宇宙の全てを支配する魔術。それはつまり、そこに存在する人間さえ自由自在という事。
「
たった一言。
宇宙すら書き換える大魔術を、ちっぽけな人間を殺害するために使用する。
まさしく全能の力。世界の内側に存在する限り対抗のできない必殺の一撃。
「────は?」
「な、にが」
「きみが言ったんだろう。『
つまり、彼女にとっての『
「
全能。
神の域に至ったアーカーシャの唯一の死角。
「なら、もういいや」
アーカーシャは役に立たない力に拘泥しなかった。
上里勢力には力が及ばない事を認めた上で、一切の動揺なく告げる。
「
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ、と。
不気味に、
世界全て。
宇宙全てが敵となる。
「アーカーシャ、きみを助けてやる」
対して。
少年は、ちっぽけな左の拳に力を込める。
炎の中に涙を隠した少女を前に、一人静かに決意する。
「
14
「やっほー、
「……オマエは? それに、ここは一体……?」
「どうせ言っても忘れるっしょ。わざわざ説明はしないよ。私がアンタに訊きたいのは一つだけ」
絶滅犯・
「どうしようもない二択で迷って、無理な決断を迫られている女の子がいるんだけどさ。アンタはどうする?」
15
「
少女は歌うように告げた。
初手から人類絶滅クラスの危機が発生する。
まるでソドムとゴモラを滅ぼした硫黄の火。
地表に直撃すれば氷河期を引き起こす一撃。
「
「ああもう! 防げなかったら承知しないぞ、
『現代』兵器マニアの
都合よく『現代』の範囲を変える移り気な彼女であるが、次世代兵器とさえ呼ばれる学園都市の兵器すらも彼女にとっては守備範囲内。
もはや現代兵器の火力すら飛び越えたそれらを『原石』の少女・
「オンユアマーク」
直後、閃光があった。
隕石とバケモノ兵器が衝突し、両者共に空中分解が始まる。
もはや音とさえ認識できないような衝撃派がばら撒かれ、ロンドンに存在するガラスというガラスが粉々に吹っ飛んだ。
「
大陸を呑み干す黒い濁流の津波。
まるで増長した人類を滅ぼした大洪水。
文明を丸ごと海底に沈め、人類史の後退を引き起こす一撃。
「四精体内召喚の
「私も力を貸すわ。波を乗り越える船上で儀式を行う魔術師としてね」
エプロンを着けた幼な妻・
加えて、海賊少女・
瞬間、巨大な氷の船が発生した。
周囲の津波さえも船の補強材料として利用し、少女達全員を海上へ逃す。
「くそッ、聞いてくれ! アーカーシャ‼︎」
「アンタの話を聞いて何になる。命は助かるんだから妥協しろだの何だの言って、
まるで神が下す天罰のような『落雷』には、砂糖菓子の槍で避雷針を作る殺人パティシエの
まるで地獄へ続くような『地割れ』には、背中から伸びた大量の糸でカラクリ細工でできた巨大な鳥を
まるで奈落の主のような『蝗害』には、上里勢力随一の高火力を持つやりすぎコスプレ少女の
「アタシは諦めねぇ!
「だったら探そう! 二人とも救われる道を!」
「理想論はもういい。具体的には? アタシの魔術以外で
まるで神の裁きのような『乾き』には、天候を操り雨を降らせるお天気お姉さんの
まるで青褪めた馬に乗った騎士のような『疫病』には、一〇〇万種を超える微生物を体内で飼う微生物博士の
まるで一〇の災いのような正体不明の『呪い』には、同じく呪詛を扱う幽霊少女の
「アタシが犠牲になる以外に
一〇〇の災害を一〇〇の少女が迎え撃つ。
無数の戦火が飛び交う中、
元より、彼が出来ることなど高が知れている。
「分かったら黙ってろ! 偽善野郎が‼︎」
「…………に、決まってる」
「あ?」
「
瞬間、アーカーシャの思考が止まった。
誤魔化しでも時間稼ぎでもない。
説得。
今、
今度こそ彼は敵を切り捨てたりなんかしない。対話する事を諦めない‼︎
「
一手。
それは反撃の兆し。
「
二手。
束の間、アーカーシャは呼吸すら忘れていた。
「
三手。
もはや反論など許さない。
「言ってやるよ、他人の努力を掠め取って。あたかも自分の力みたいに見せびらかして言ってやる。諦めさえしなければ‼︎ きみを犠牲にせず彼を助ける方法なんていくらでもあるんだよ‼︎」
「…………、」
「理想論だと⁉︎ 自分でも分かっているんじゃないか! これがきみの理想だ! 第一希望を諦めて、第二希望に妥協して! それが自分の理想だなんて誤魔化すな‼︎ 覚悟しろ。きみを甘ったるい理想の世界へ叩き送ってやる‼︎」
揺らぐ。
揺らぐ。
揺らぐ。
他に方法ない。
そう思い込む事で一本化されていた意志が揺らぐ。
「……………………………………しんじ、られるか」
それでも、アーカーシャは
ここまで畳み掛けられても、彼女は迷いなく自身の道を突き進む。
「もしかしたら、アンタは本気でそう言っているのかもしれない。もしかしたら、本当に別の方法があるのかもしれない」
「だったら!」
「それで別の方法を試して、もしも失敗したら?」
「…………、」
「それで、もしも、今の手段が使えなくなってたら?
成功する
確実に成功する第二希望を選ぶ。
「どの道、アタシの肉体はもう崩壊が始まってる。ここで中止したって結末は変わらない。だったら、この手段しかねぇよ。
予兆はあった。
余りにも軽すぎる体重。
それはつまり、体内に
しかし、もう遅い。
取り返しはつかない。
少女の叫びに世界が応える。
『
世界が軋み、摂理は書き換わる。
「
それは既存のどの神話にも登場しない災害。
人間の脳味噌では理解すらできないナニカ。
新たな摂理、故に対策も立てられやしない。
上里勢力。その誰もがそれには敵わない。
「
激突。
何の音も、何の衝撃もなかった。
静かに、
「………………
「初めまして。会いたかったぜ、アーカーシャ
きっと、少年は何も知らない。
それが誰なのか、どうして戦っているのか。
何も知らないけれど、その少女の顔を見るとどうしても胸が締め付けられる。
拳を握る理由なんて、それで十分だった。
「
16
お前は悩みがなさそうで良いな、なんてよく言われた。
実際、そうだった。
悩んだ事はなかった。迷った事はなかった。
それは判断が早いとか、精神が安定しているとか、そんなんじゃなくて。単に何も考えていなかったのだと思う。
だからだろうか。
悩み、迷い、もがいている人がよく目についた。
どちらの選択肢も選べず、かと言って別の選択肢を模索する決断を下せず、途方に暮れて立ち尽くしている人が。
そんな人に限って迷う時間は無くて。
タイムリミットは短く、考えを放棄して無理に決断を迫られていて。
そういうのが許せなくて、右手を握った。
自分に何かができると思った訳じゃない。
背中を押して肯定できる訳じゃない。
拳でブン殴り否定できる訳じゃない。
でも、それでも。
迷う時間を稼ぐくらいなら。
無理に決断しようとしていた人の手を取り、保留を促す事くらいならできるんじゃないかと思った。
もう覚えてさえいない事件で戦ったのだって、ただそれだけの理由だったのだと思う。
第三次世界大戦での燻りが爆発して反乱が起こり、最終的に古くからロシアに居着いた土着の魔術師やロシア成教の精鋭『
グレムリン残党が『魔神』オティヌスに復讐するため、シギンと呼ばれた女性を中心に様々な術式を繋ぎ合わせて理論上『魔神』を殺害する事が可能な魔術生命体が誕生した『
学園都市の大規模なブラックアウトに伴って行われた学生達の集団疎開に乗じて、能力者のDNA情報を奪おうとアメリカの一部派閥が刺客を差し向けた『
かつての『黄金』の魔術師がロンドンに現れた事で活発化した黄金系魔術結社が、互いの持つ『黄金』の遺産を奪い合い、より高みに近づこうとした『黄金資源戦争』。そして、その勝者たる一人の魔術師が『
多分、大した活躍なんて出来なかった。
それでも、時間を稼ぐ事くらいできる。
今度だって、それは同じ。
「オレじゃ本当の意味でアーカーシャは救えない。だから、オマエらに任せるよ。それまでの時間稼ぎなら、オレが請け負ってやる」
17
「凄いな。ぼくなんかより、きみはずっとヒーローじゃないか」
かつて、とある少年は言った。
『右手』が人間を定義づけるのではない。
人間の方が『右手』を引き寄せるのだと。
だから、
『右手』なんて付属品に過ぎない。
「アーカーシャ、オマエの人体は崩壊が始まっている。もう猶予はない。……
少年の手には、真空パックの中に入った一切れのメモがあった。
それはとあるメモ帳をページを千切り、念のために靴の中に隠していた過去の
記憶の継続ができない少年が、それでも残した記録の欠片。
「……アタシの崩壊は体表じゃない。体内で起こっている。アンタの『右手』じゃ届かない。それとも、アタシの体内に手を突っ込むか? アタシの記憶ごと巻き戻して⁉︎」
「いいや、そうはならない。オマエと世界はリンクしているんだろ?
「……ッ⁉︎」
グラグラ、と少女の体が揺れる。
その心情と呼応するように、頭が震える。
もう一押し。
直感的に
故に、告げる。
「既に彼はきみを知っている。喪失の悲しみを彼に与えるのか?
直後、
『新天地』を解析していたアーカーシャの魔術が丸ごと消し飛んだ。
願望の重複。
一本化されていた意志が、ブレた。
「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎」
ブレた自分が信じられなくて、少女は叫ぶ。
迷いを掻き消すように。
悩みを誤魔化すように。
もはやそれは言葉にならなかった。
宇宙全て、思いつく限りの災害が殺到する。
「
対して、
ただ仲間に呼びかける。
「
一人一人、名前を呼ぶ。
宇宙の全てと上里勢力総勢一〇〇人以上。
少女と少女の意地がぶつかり合う。
「
隕石、洪水、落雷、地割れ、蝗害、乾き、疫病、呪い、噴火、地震、爆発、氷河期、嵐、太陽接近、超新星爆発、もはや人間の脳では理解できないナニカ。
植物、一〇円玉、ドローン、ドライアイス、カトラス、マスケット銃、呪詛、ミサイル、爪、鉄鎖、火炎放射器、日本刀、催涙ガス、スレッジハンマー、爆薬、長弓、エレキギター、スタンガン、水鉄砲、鉛玉、ハンマー投げ、大型バス、大トカゲ、微生物、炎の息、砂糖菓子の投げ槍、暗器、吸盤付きの太い触腕、斧、トロンボーン、リカベント。
災害と個性の激突が視界を埋め尽くす。
砂埃が舞い、煙が辺りを覆い隠す。
(これは……『
アーカーシャは全能ではあるが全知ではない。
人間が体内の臓器の働きを自覚していないように、いくら宇宙とリンクしていたとしても宇宙の内側で起こる出来事を知覚できない。
(まさか、気付かれたのか⁉︎
宇宙とリンクしているから宇宙を自由に書き換えられる。そんな簡単に事は進まない。
そもそもの前提として、宇宙とリンクできているのはオリジナルとレプリカが寸分違わず同じ形をしているからだ。
レプリカの方を書き換えて本物との間に魔術的な狂いがほんの僅かでも生じれば、その瞬間に宇宙とのリンクは途切れる。
故に、明らかに狂ったものを付け足してもリンクを途切れさせない霊装があった。
かつて『純金へ至る精錬』の魔術師がアーカーシャを終末霊装へ改造するために与えた霊装が。
『
そう呼ばれる、布状の霊装。
道教において、
河じりで少し揺らしただけで繋がっている大海が強烈に震えたとされる伝説があり、
そして、その霊装はかつての『黄金資源戦争』で手に入れた数々の『黄金』の遺産を組み合わせ、魔術師の手で新たに構築したもの。
瞬間、弾幕の中から
(どっちが……どっちが
シルエットは分かる。
それでも、その顔や格好は煙に隠れて見えない。
左右で、二人の少年が
(
一瞬、煙が晴れて黒いブレザーを視認する。
反射的に、反対側へ注意を向け──
「
足音でその正体を看破する。
少年が忘れて少女が覚えていた日々の積み重ね。
それがアーカーシャを勝利へ導く。
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
透明な衝撃波が少年を吹き飛ばす。
煙が晴れたそこに倒れ伏せていたのは
「は、はは、ははははははははは‼︎ これでアンタは救われる! アタシの──」
「──
「………………は?」
「
その少年の右手首に収まっていたのは
「な、にが」
「きみは知らないだろうけど、ぼくの妹は『外的御供』という素手で破壊した武具の破壊力と特性を取り込む魔術を扱う。なら、もしも、
「……あり得ない!
「だろうね。取り込めてもせいぜいが一パーセントって所かな。だけど、『外的御供』にはもう一つ特殊な効果がある。それは武具を破壊すればするほど雪だるま式に破壊力や特性が上積みされていく事。……ここまで言えば分かるだろう?
そして、
その右手だって取り外し可能で、他者の右手首に取り付ける事だって当然可能だった。
「きみの敗因は決断が早かった事。もっと迷っていたら、決められず両方ともに攻撃していたら、もっと違った結末もあったかもしれないのに」
その条件は既に満たされている。
「
その瞬間、音もなく。
まるで元から存在しなかったかのように、宇宙とアーカーシャをリンクさせる『
『
少女を犠牲にして少年を救う儀式は終わりを迎える。
「まだ、だ……」
それでも。
アーカーシャはまだ諦めきれない。
「まだ終わっちゃいない! 再び『黄金』の遺産をかき集めればッ! 宇宙とリンクするための霊装は、『
「……そうか。ぼくには何も言えない。ぼくはその意志を尊いと思うし、きみを止める事はできない」
だから、と。
少年は左手の指で
「
その指の先には。
どこにでもいる普通の高校生がいた。
髪は黒。目元が隠れるくらいまで伸ばした前髪と、首の辺りで軽く縛れそうなくらい長い後ろ髪。
一二月のイギリスにも
特徴のない凡庸的な顔立ち。人混みに紛れたら見失ってしまうような一般人。
「来いよ、アーカーシャ。オマエはまだ迷ってるんだろ? ならさ、オレがいくらでも付き合ってやる」
18
直後に。
激突が、あった。
19
一二月二五日。
霧と魔術と平和の都、ロンドン。
「
「良かった。きみに与えたものは
「ああ。
魔術と科学、そしてどちらにも当て嵌まらない(あるいはどちらにも当て嵌まる)技術。
一つに不具合が出てもあと二つが補完する、三位一体の記憶継続用アイテムが
「ところで、
「アーカーシャの仮説だがな。それでも良けりゃ話すぜ」
昨日、アーカーシャはロンドンで暴れまくった。
世界を歪め様々な災害を引き起こし、ロンドンを完膚なきまでに破壊した。
しかし、人的被害はゼロ。それどころか、初めの空港に開けられた大穴を除けば、
……というよりは、
「前提として、アーカーシャは世界を書き換える力を使いながら『新天地』の分析を進めていた。だからなのかは知らねぇが、無意識のうちに空間を『新天地』に近づけていたのかもしれねぇ……らしい」
「……?」
「この世界が〇として、『新天地』を一とする。なら、オレ達が戦った場所はその狭間にある〇・五。ほんの僅かに世界がズレていたからこそ、本物のロンドンに被害は無かったそうだ」
思えば、戦いの最中に誰かが割り込んで来る事はなかった。
イギリス清教が幅を効かせるロンドンのど真ん中で、世界を揺るがす戦いを行なっていたのにも
(……
そこまで考えて、
全てはもう過ぎた事だ。ようやく日々を積み重ねられるようになった彼を引き留めるべきではない。
「それで、きみはこの先どうする?」
「とりあえずは、今まで辿った道を引き返す」
そこには彼が
「記憶のない間に関わった人がいる。もしかしたら、記憶を失った事で傷つけたかもしれない。もしかしたら、まだオレを心配してくれているかもしれない。…………もしかしたら、アーカーシャみてぇにオレを救おうとしているかもしれない」
「…………、」
「だから、清算してくる。オレの過去を。これからの未来のために」
「…………そうか」
「オマエは?」
「ぼくは変わらない。『右手』を処分ないし封印する方法を探して世界中を巡るよ」
「そっか」
「………………」
「…………、」
そして、二人の少年は別の方向へ向く。
交わった直線が再び離れていくように。
「じゃあ、な」
「ああ、また」
二人の少年はそれぞれの『日常』へ帰る。
それぞれが積み重ねた当たり前の
「あら、私の勝ちね?」
「まーけーたー」
片や、褐色の裸体を包帯だけで隠す女。
片や、血色の悪いミニチャイナの少女。
二柱の女神の名はネフテュスと
かつて、一部の例外を除いて全ての『魔神』は『新天地』へと追放された。
彼女達はその一部の例外……
「もー、せっかくわたしの『
そう言うと、ミニスカチャイナ少女・
それはアーカーシャの髪を束ねていた霊装と同質のもの。
もちろん、細部には違いがある。アーカーシャが身に付けていた霊装は『純金へ至る精錬』の魔術師が『黄金』の遺産を組み合わせて作成したもの。
しかし、不思議には思わなかっただろうか?
『黄金』の遺産を材料に用いて、黄金系魔術結社『純金へ至る精錬』の魔術師が作成した、黄金系の魔道書『
黄金系の魔術師は黄金系の魔術しか使えない、とまでは言わない。
だが、何よりもまず初めに使用するのは黄金系であるはずだ。そもそも道教の魔術を使おうなどと発想からして思い浮かぶとは考えづらい。
つまり、
『純金へ至る精錬』の魔術師は自分からその霊装を思い付いたのではなく、与えられた道教の
『黄金資源戦争』はクロウリーズ・ハザードにて『黄金』の魔術師が姿を見せた事で活発化した黄金系魔術結社同士の争いであったが、その戦いで登場したのは『黄金』だけではない。
「ねーふてゅーす。あんた何もやってないんじゃない?」
「やったわ。ちょっと人間の心を揺さぶったり」
「それって
「あと最後にもちょっとだけ力を貸したわよ」
そして、疑問はもう一つある。
手段も動機も不明瞭なこの事件。
手段については、『魔神』である限り考える必要はないのかもしれない。全知全能を誇る彼女達に不可能など存在しない。
チョコレート色の肌に包帯だけを巻いた女神・ネフテュスは操縦士の心を操り、その進路を変更させた。アレイスター=クロウリーの術式で弱体化しているとは言え、神の葬儀で大泣きした伝承を持つ彼女にとって人間程度の感情に横槍を入れる事など容易かった。
では、動機は何なのか。
逆に考えてみればいい。
ならば当然、ネフテュスが飛行機を操ったのは
「無意識の願いとは言え、
「そう言葉にしている時点で呑み込めていないわよ」
ほんの少し前。
二柱の女神は憐れな少年に気付いた。
自分達の身勝手な願いのせいで苦しんでいる少年を見つけた。
だからこそ、それぞれの方法で救いを与えた。
分岐点を司る少年に、二つの選択肢を与える事で。
結果として、少年は選んだ。
一人の少女を犠牲にして問題が完全に解決する道ではなく、誰も犠牲にせず根気よく問題と付き合っていく道を。
ロンドンへの被害を無くすために世界を少しだけズラしたのは、ちょっとしたリップサービスのようなものだ。
「でもさ、ネフテュス。四大文明に端を発するわたし達の数千年に及ぶ歴史の結晶を、たった半日で解決されるのってイラつかない?」
「あら。違うわよ、
褐色の女神は、
それはまるで、天に輝く星に手を伸ばす人間を見つけた時のように。
「彼らが生まれてから培ってきた知恵。築いてきた繋がり。手にしてきた『普通』。そうやって積み上げてきた人生。それら全てが、数千年の神話を覆した」
「貴女を負かしたのは彼らが積み重ねた
「……
「誤差よ、誤差。それで言ったら、私達の年齢だって数千年どころの話じゃ──」
「──あーあー! 聞こえませぇ〜ん‼︎」
トトカルチョ様からファンアートとして上城英治のイラストを頂きました!
【挿絵表示】
凄い! ちゃんと追想刻みが表現されてる!!
pixivのリンクも一緒に貼っておきます
https://www.pixiv.net/artworks/118062923