『――くそ、来るな、来るな!!』
少年は滑り台の上を陣取って、声を上げる。
下を見ると、複数の大きな犬に囲まれていた。
時折登ってくる犬達に、噛まれるのではないかと恐れ、泣き喚きながら追い払う。
悲鳴にも似た声が公園に響くが、応えるはずの周りにいた大人達は、もういない。
大人達は飛び火を恐れて、公園にいた別の子供達の避難を優先し、そのままとっとと逃げてしまったからだ。
『……怖い、嫌だ、もう嫌だ』
しかも少年には、既に大声を上げる程の体力は残されておらず、追い払う気力もなくなってきていた。
このままでは最悪な自体になるが、それでももう何もできない。
周囲で吠え散らかす犬の声量に体を震わせて蹲り、ただ一言だけを口にする。
『助けて』
来るはずのない、しかし待ち望むしかない助けを小さく求めて、そして――
『この! あっち行け!!』
――そして、一人。
応えてくれる人がいた。いてくれた。
その人はただ通りすがっただけの、見るからに穏やかそうな青年で。
正直言えば、頼りなさそうに見えたけど、それでも助けようとする必死な姿に、目を奪われた。
『ふぅ……大丈夫?』
しばらくすると青年は犬を追い払い、煤まみれとなっていたが構わずゆっくりと滑り台の上にやってきて、少年に手を差し伸べる。
『あ、ありがとう』
おずおずと手を取りながらお礼を口にすると、青年は『よかった』と呟いて、安堵するように笑う。
『――――――』
ボロボロのまま笑うその姿が、少年には輝いてみえた。
その言葉が、あり方が、染み渡るように心に響いた。
自分もこうなりたい、こうありたいと、心底思った。
だから聞いたのだ。
『に、兄ちゃんって、だれ?』
その問いに、青年が答えたのはたった一つ。
『僕は、●●●●さ』
そうして少年は、夢を手に入れた。
ちっぽけで子供っぽいけれど、でも暖かな想いが込もった願いを叶えようと誓った。
なのに、
――視界が真っ赤に染まる。
薄れると足元にソレが倒れていて、開き切ったまま動かない目は、少年をジッとみていた。
すると開くはずのない口が開く。
お 前 の せ い だ
「知ってるよ」
久しぶりにみた悪夢に、ぼくは嗤った。
◇
悪夢に沈んでいた意識が浮上し、覚えのある天井が広がる。
自分の部屋だ。電気が点いており、部屋全体を照らしている。
(夢、だったのか?)
それなら随分と設定の凝った夢だ。題材として書いてもいいかもしれない。
などと苦笑し、額の汗を拭いながら起き上がる。
「――まだ起き上がらない方が良い。顔真っ青だからな」
その時聞こえた声に、拓海は「まあ、そうだよな」と達観した様子で、真っ暗な外を覗かせる窓の横へ目を向ける。
するとそこには、壁に寄りかかる亮がいた。
「…………それなら心配ない。単純に夢見が悪かっただけだから」
実際、昔に比べたら大したことないし、むしろ寝てたから頭がスッキリしてるくらいだ。
同時に、興奮していた頭もしっかり冷えている。
「そうかい。だとしてもまだ体は重いはずだ。後で白の創喚者達との話し合いもある。それまでもう少し休んでくれ。話したい事もあるしな」
どうやら、こんな夜中にまだ真里華はうちにいるらしい。
家も近いし、こういう時はいつもの事とはいえ、もう少し危機感を持ってほしい。
まだ見ぬあちらの幻衛士もいるから、大丈夫だと思うが。
「……分かった。そうする」
頷いて、枕を背もたれにして寄りかかると、ホッと息を吐く。
亮も話をするためか、壁から離れて机の椅子に座る。
「それじゃあ、まずは――すまなかった」
そう言って、亮はそのまま頭を下げ始めた。
「な、なんだよ急に」
「……知らなかったとはいえ、なにかトラウマがあるらしいアンタを煽って、戦いに巻き込んでしまったことだ」
「ああ、そのこと」
「早めに逃げの手を打って、祭りの知識含めて擦り合わせをしておけばよかったのに、そうせず戦うことを選んだ。それはどう考えても悪手だったのに」
そう言って、握る手に力が込めて、少し俯く。
その声色は苦々しく、後悔が滲み出ている。
「あの後、白の幻衛士が来て助かったとはいえ、それは結果論だ。オレの判断が、窮地に陥らせたのは変わりない」
「いや、それはちょっと違くないか?」
懺悔の途中で悪いが、ここで待ったをかける。
「元はと言えば、そういう光景をみる可能性があるのを分かってたのに、非日常に興奮して周りが見えなくなったのは、俺自身のせいだ。あんたのせいじゃない」
「いやしかしっ」
「どのみち、関わった時点でこうなる事は目に見えてたんだ。寝不足だったのも、きっと無関係じゃない。遅いか早いかの違い、だったから」
悪夢が脳裏に浮かんで、震える手を押さえ込む。
これもしばらくすればまた引っ込んで、元通りになるはずだ。
だから良いのだと、拓海は言う。
「それでもって言うなら、そうだな。お互い様って事にしないか? その方が収まりがつくだろ、多分」
「……
不承不承ながら頭を上げる亮に、拓海は苦笑する。
とはいえ人を待たせているのだ。この事について長々と話すのは時間の無駄なので、切り替える。
「それで、話したい事っていうのは、これだけか?」
「いや、もう一つ。さっき言っていた知識に関して擦り合わせをしておきたい」
「えっと、話し合いの為か?」
「その為でもある。どうせ抜けた分は勿論、不具合のせいで知識そのものに不備がないの確認は必要だったしな」
そう言って、亮は机に置かれた黒の創喚書を手に取る。
「というわけで、創喚者。この創喚書はさっきの戦いで見たように、アンタの意思に従って動く。その実験も兼ねて、読んでくれ。どこを開くかは、分かるだろ?」
「……分かった、やってみる」
初回特有の緊張を感じて、深呼吸。
少し落ち着いた拓海は、すぐに目の前の創喚書に意識を向け、ただ「来い」と命じてみる。
すると創喚書が亮から離れ、独りで浮かび出す。
そしてゆっくりと拓海に向かっていき、目の前まで来ると、拓海はおもむろにページを捲る。
一ページはステータスなので飛ばし、二ページへ。
「夢現武闘会についてのとこは……まあ後で良いか。今はーっと」
ここはさっと穴のある知識がないか見つつ、必要な部分を確認する。
……見る限り、読むべきなのは、能力も書かれていた三ページ目だろう。
だがその前に、二ページ目にある、知識に穴のあった適正ランクについての記述を読んでみる。
――――
適正―ランク―
創喚者となる人物が力を受け入れやすいか否かの目安。
適正が上であるほど、簡易な描写でもしっかり再現・強化誇張される。
ランク表記は適正なしであるE〜Sまで。
Sランクのみデメリットとして、その創喚者の髪や眼に力が浸透した結果、適正のあるものには変色して見えるようになる。
――――
「――これは」
「どうした、創喚者」
「……いや、ちょっと知り合いに当てはまるかもしれないやつがいただけだから。さっさと必要な分読んでいこう」
頭を軽く振って、拓海は改めて三ページ目に目を向け、初めから読んでいく。
――――
創喚―サモン―
物語に描かれた人物・武具といったものを現世に形作る機能。
三種に分けられたものを呼び出し、それは要となる創喚者を守り、戦う。
適正ランク・描写・ジャンルによって、創喚されたものにかかる補正が変わる。
【〜〜〜】【
幻衛士―ヴァンガード―
始めに創喚することになる、もう一人の核にして主戦力。
幻衛士は必ずその物語の主人公が選ばれることとなっており、他を選ぶことは出来ないようにされている。
なお、幻衛士は受肉しており、この祭りが終わるまで共に生活することとなっている。
従騎士―エスクワイア―
幻衛士となる主人公以外に呼び出された人物の名称。
一度に創喚出来るのは四人まで。
創喚に制限時間が設けられており、時間は三〇分。越えるとその場で退去となる。
また、制限時間内に撃破されると、ペナルティが課せられ、一枠潰したまま制限時間が三時間にまで伸びてしまう。
武具―ウェポン―
劇中に登場した武器・防具・装飾品等を纏めてここに分類される。
創喚枠は従騎士とは別に五つ。幻衛士の固有装備は別枠になる。
制限時間はないが、破壊された際のペナルティは従騎士と同様である。
――――
「……ふう」
既に読んでいた能力の前まで流し読みしたところで、一旦区切りつけ、息を吐く。
基本的には既に頭に刻まれていたので、スラスラと読むことができたが……。
「どうした、創喚者」
「あー……お前達幻衛士って受肉してるんだな」
「ああ。だから言ったろ? これからよろしくって」
「そんなたった一言でわかるわけなくない?」
いや、寝不足な自分が悪いのだけれども。
(客室、綺麗にしなきゃなあ……)
と内心げんなりしながら本を閉じ、体を起こす。
「なんだ、もういいのか?」
「まあ、あんまり人を待たせるのも悪いしな。細かいところとかは後でじっくり読めばいいだろ」
「アンタがそういうなら。と言いたいが、せめてもう一つ。能力の次にある《
(《結界》……というと、確かオーディンが去り際に言ってたやつか?)
確かにあの時に態々口にするのだから、戦いの中で重要なものなのだろう。
だが今は戦いの最中ではない。
この場所を知られるような相手なら兎も角、ほぼ他人相手なのだから、そんなすぐ全部把握しなくても良いだろう。
なにより、何度も言うが人を待たせているのだから。
「それは後でちゃんと読むから、今すぐっていうならお前から簡単に教えてくれ」
「……はあ。ま、仕方ない」
ベッドから立ち上がる拓海の言葉に、面倒だというように肩を落としながら立ち上がる。
「分かった。じゃあ端的に、結論だけ言うと《結界》というのは、創喚書となった物語に存在する場所をその場で再現する機能だ。詳細に関しては後でちゃんと読んで把握してくれ」
「わかった、ありがとう」
「どういたしまして、と」
ここで一旦やり取りを止めて、部屋を出て一階へ。
そのままリビングに入ると、そこにはソファーに座りジッと待つ真里華と見知らぬ金髪の少女がいた。
ドアの開く音に気付いた真里華はバッと顔をこちらに向くと、拓海の姿を見て目を見開く。
「拓海っ!」
勢いよく立ち上がった真里華は一目散に駆けつけてきて、拓海の頭をグッと引き寄せる。
「ま、真里華?」
「…………」
困惑する拓海の声に反応せず、その顔を見るその表情は真剣そのもの。
手を離すと、今度はその体を服の上から、ポンポンと軽く叩いてくる。
全身一通り済ませて、もう一度拓海のキョトンとした顔を見てくる。
すると表情が一気に緩み、途端に倒れ込んでくる。
咄嗟に支えると、そのまま彼の胸板に顔を押し付けてきて、深い安堵の息をもらした。
「……心配した」
「……うん、ごめん」
「急に倒れて、心臓飛び出すかと思った」
「本当にごめん」
悲しませてしまったと、自責の念が込み上げてくる。
守るために創喚者になったのに、なんて体たらく。
自身の不甲斐なさに、拓海はただ謝ることしかできない。
「だめ、許さない」
そう言って真里華はその状態から顔を上げて、少し目尻を吊り上げて拓海を睨んでくる。
状態が状態だし、本気で怒っている雰囲気は感じないので、全然怖くない。
拓海自身、真里華がそんなに怒ってない事くらい分かっているが、だから気にするなと済ませる事は出来ない。
「でも、まあ、そうね。今度の日曜辺り、デ……んん。買い物にでも行こうかと思ってるから、荷物持ちして。それで今回は許してあげる」
そんな拓海の思考を汲み取ったのか、簡単な約束を取り付けてくる。
「そんなので良いのか?」
「……嫌だった?」
「そんなわけない。分かった。それだけで良いのなら、いくらでも」
「よろしい」
その言葉を聞いた真里華はようやく笑みをくれて、拓海も釣られるように口角が上がる。
「こほん」
『!?』
その時、咳払いが聞こえてハッと二人は我に返るように離れ、真里華はゆっくりと元いたソファーに座る。
澄ました顔をしているが、うっすらと頬が赤いので、誤魔化しきれてない。
が、指摘したらこっちも被弾するのでスルーしておく。
「二人が仲睦まじいのは良く分かったけど、そろそろ話がしたいなーって。……ごめんね?」
「あ、いや、こちらこそ失礼しました。俺は紫苑拓海。えっと、黒の創喚者、です。で、貴女が……」
「白の幻衛士の神崎来珂で、来珂・ソルフェルトです。よろしくね、黒の創喚者さん」
「あっ、はい。よろしくです」
来珂の名前は、真里華から前に一度聞いた事がある。
確か、彼女の描いている異世界転移系漫画《異世界に転移したけど元の世界に帰る為に私は独立騎士になる》とかいうクソ長タイトルの主人公。
転移物だからそれぞれで名前切り替えた方がらしいんじゃないかなーって事で分けたんだったか。
「それじゃあ、そうだね。黒の幻衛士さん。彼に今までの経緯については」
「まだなにも。こちらはこちらで不具合があったもんで、それの対応を軽く済ませてきただけだから」
「そっか。ならまずはそこの説明から入ろうか」
こほんと咳払いを一つして、来珂は拓海が気絶してからの事を語り出した。