夢と現のクロスロード   作:佐月栄汰

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「――とまあ、こんなところかな」

 

 来珂達から事の詳細を聞いて、「なるほど」と小さく呟く。

 

「やっぱり、トキも創喚者だったか」

 

 適正の設定を読んだ時にまさかとは思っていたので、驚きはない。

 

「あの創喚者の髪の色に気付いてたんなら、なんで疑問に思わなかったんだ?」

 

「それは……真里華なら分かると思うけど、トキならやりかねないっていうか」

 

「あー……」

 

 拓海の言葉に、真里華は苦笑する。

 

「なんだ、あの創喚者はそんな突拍子もないことを平然とするようなやつなのか?」

 

「いやまあ、悪戯好きではあるんだが、単純にコスプレ好きなんだよ、あいつ」

 

 しきたりでの男装が高じて趣味になったというべきか。

 家の事情なのをいい事に、男装になる範囲で好きな格好をしようと色々模索していくうちにコスプレイヤーの写真に目が止まり、そのままズルズルと引きずり込まれていったのだとか。

 いつかコミックマーケットに行きたいと言ってたし、その時は一緒にと誘われてたりもする。

 

「だからその髪を見たときはついに学校でもか、と思ったんだよ」

 

「なるほどねえ」

 

「はいはい、その話はそれくらいにして、今考えるべき事に移ろうよ。気にするべき問題があるんだから」

 

 ここで来珂がパンパンと手を叩き、話を切り替える。

 彼女の言う問題というと……。

 

「それって、まず間違いなくその二組は手を組むだろうって話か?」

 

 拓海達は実質同盟関係にあるのは、あちらも把握している。

 仕切り直したのなら、まず間違いなくそのまま正面から行けばあちらが不利になるのは、理解しているはずだ。

 それならこっちも、となるのは当然といえば当然。

 

「……まあ、確かにそれも問題だけど、私が言いたいのは君のことだよ、黒の創喚者」

 

「俺?」

 

「そう。私が来るまでの事は、事前に聞いているから」

 

「――ああ」

 

 その言葉で、拓海は彼女の言いたいことを察する。

 

「だから今の内に聞いておきたいんだ。君は彼の……青の幻衛士の前に、もっと言えば戦場に出て、正常でいられるのかを」

 

 それは同盟のような形を取るのなら、少なくとも幻衛士には聞かれるだろうと思っていたこと。

 惚けることは許さないというように、来珂は指摘する。

 

「幻衛士が吹き飛ばされたところをみただけで気絶しちゃった事そのものには、何も言わない。人それぞれの事情があるだろうから。

 けどもし、またそうなる可能性があるなら、話は別」

 

「ただの足手まといにしかなれない人を、連れていく事はできない。居ても邪魔なだけだ……ってか?」

 

「うん」

 

「っ、ちょっと、来珂!」

 

「私は誰かが言わなきゃいけないことを言っただけだよ。それで、どうなの?」

 

 そうして、来珂は澄んだ瞳でこちらを射抜いてくる。

 真里華を守る為に創喚者になったのなら、目を逸らすわけにはいかない。

 真摯に向き合うべく、拓海は彼女としっかりと目を合わせ、勿論だと口を開こうとして、

 

 

 脳裏に少年期(あの時)の光景が、フラッシュバックした。

 

 

「――――――」

 

 

 息が止まる。汗が滲む。手足が震え出す。

 何をしている。声を出せ。意思を見せろ。早く、早く早く早く早く早く!

 そうでなければ――!

 

 そう思うも、自分の意思とは裏腹に口は空いたまま声を発することなく、体の震えも止まらない。

 意思はどうあれ、その答えは既に体から出ていた。

 

「……そう」

 

 その様子に、来珂はため息を一つ。

 

「少し期待してたんだけど、残念だ。帰ろう、真里華」

 

「何言ってるの、話はまだ――待ちなさい!」

 

 落胆と失望を隠すことなく、来珂はそのまま家を出ていってしまった。

 残った真里華は、外に出た来珂に追いかけるためか立ち上がり、そして拓海をみて止まる。

 なにかを言おうとして口を開いたり、閉じたりを繰り返す。

 

「……ごめんね」

 

 そして出た言葉に、拓海は愕然とした。

 ――なんで、真里華が謝るんだ。

 

「私、拓海が関わったら思い出しちゃうって、分かってたのに、結局巻き込んじゃった」

 

 ――それは、違う。本屋を紹介してほしいって、言ったのは、俺だから。

 

「あそこを選ぶべきじゃなかった。せっかく走る車を見ても、軽く汗ばむ程度になったのに」

 

 ――それは俺が弱いせいで、真里華のせいじゃない。だからそんな風に言わないでくれ。

 

 そう言いたい。言いたいのに、言葉が出てこない。

 

「でも、もう心配しないで。拓海はもう、こんなことに付き合わなくていいから。オーディンにも、どうにか棄権できないか聞いてみるから。だから……」

 

 そんな拓海の震える手を、真里華は優しく包むように握ってくる。

 大丈夫、大丈夫と、慈しむように。

 

「それまでは、私が。拓海が巻き込まれないように守るから。だから安心して、ね?」

 

 真里華を守るために創喚者になったのに、その彼女から守ると言われてしまったのに、それでも何も言えなくて。

 

「まり、か。おれは…………」

 

 何か言おうとしてようやく口を開くが、やはり考えもまとまらないままで、それ以上言葉が進まない。

 

「……それじゃあ、今日はもう遅いから、また明日ね」

 

「あ…………」

 

 そんな拓海に、真里華はニコリと微笑んでそっと手を離し、今度こそ来珂を追うように家へと帰っていった。

 

 呼び止められず、そのまま後ろ姿を見届けた拓海は、ソファーへ倒れるように寝っ転がり、目を瞑って息を吐く。

 まるで腹に溜まった靄を、吐き出すように。

 

(なっさけねえ、なあ……)

 

 当然ながら、その靄が消えることはない。

 認めなければならない人達に、醜い部分を曝け出すだけで勇気を引き出すことなく、失望させてしまったことから来ているのだ。

 そんなことをしたところでスッキリするわけがなく、ただ滲めになるだけだ。

 

「……お前は、どうするんだ?」

 

 ふと、未だこの場にいる亮に問いかけると、それに対して亮は失笑で返す。

 

「どうするも何も、このままアンタの側にいさせてもらうさ。アンタを守らなきゃ、結局オレは消えてしまうんだから」

 

「それも、そうか」

 

 沈黙。リビングは静寂に包まれ、重苦しい空気が漂いだす。

 

「――なあ、一つ聞かせてほしいんだけど」

 

 その沈黙に耐えきれなかったのか、今度は亮から声をかけてくる。

 

「なんだよ」

 

「理由だよ。アンタがそうなった理由を聞きたい。アンタ自身が吹き飛んで。ならともかく、他人が飛んでいくのをみただけでああなるなんて、何か訳がないとありえないはずだからな」

 

「……まあ、そうだよな。気になるよな」

 

 さてどうしようか。拓海は目を開けて天井を仰ぐ。

 正直に言えば、話したくない。

 この話は拓海だけでなく、真里華にとっても極力触れられたくないはずのものだから。

 だから、どうはぐらかしたものかと思案して……すぐに思考を止める。

 

(まあ、いいか)

 

 この男に話したところで、どうにかなるわけではないし。

 どうせ幻衛士相手なのだ。独り言と対して変わらない。

 ……自暴自棄になっているのには、違いないが。

 

「そう、だな。まず前提として話すべきなのは、俺がガキだった頃の夢の話から、かな」

 

「夢?」

 

 体を起こしながら語り始め、そのままソファーに背中を預ける拓海の言葉に、亮は首を傾げる。

 

「そう、夢。恐らく多くの男の子が最初に憧れて、時間と共に現実を知って諦める、ヒーローっていう夢。

 俺の場合は経緯が少し違って、ある出来事が合ったからなんだけど」

 

 そう、拓海はテレビに映し出されたヒーロー達を見て憧れたわけではない。

 一人の青年が、はじまりだった。

 

「小さい頃、公園で大型犬に襲われそうになってさ。滑り台の上で追い払いながら助けを呼んだけど、周りには助けてくれる筈の大人はいなかった」

 

 正確にはいたが、その大人達は周りの避難だけしてさっさと逃げやがって、意味のない行為でしかなかった。

 それでも、そうすることしかできなかった当時の拓海は、疲れ果てても助けを乞うて――

 

「けど偶然、通りすがった人が応えてくれたんだ」

 

 そんな時だった、あの人がやってきたのは。

 

「その人は、喧嘩強くは見えなかったし、実際犬に体当たりされて尻もちついたりしてたけど、それでも一人で必死に助けようとしてくれた。

 それが俺にとっては、格好良く見えたんだ。特撮ヒーローよりも、アニメの主人公よりも。……正直、憧れた」

 

 そう語りながら、拓海の表情は穏やかなものになる。

 少なくともこの記憶は、かけがえのないものだと、今でも思っているから。

 

「そうして追い払ってくれたその人は、疲れてあまり動けないでいた俺に、手を差し伸べてくれた。転ばされたりして、俺より痛いはずなのに。

 強いって、思った。こんな人に、俺もなりたいと思った。だから、どういう人なのかを、言葉足らずだが聞いて、そして」

 

「その答えが、ヒーローだった、と」

 

「そう。さらに言えばその人、後から知ったんだが真里華のお兄さんでもあったんだぜ?」

 

 これには拓海も『彼』も大層驚いたものだ。

 何時でも会える距離、関係にあったにも関わらず、一度も鉢合わせなかったのだから。

 その前から真里華とは遊ぶ仲だったが、それ以降は家族ぐるみでの交流が増えたものだ。

 

「それはまた、縁のある話だ」

 

「だよなあ」

 

 なんて笑いながらも、これから話すことを思うと、手が震えて声音も固くなる。

 落ち着け、落ち着け。

 話すと言ったのは自分なのだからと、感情を表に出さないようにすると同時に、表情が平坦になっていくのが分かる。

 

「まあ、そんなこんなで夢を手に入れた俺のそれからの日々は、穏やかで幸せだった」

 

 ヒーローになりたくて、ゴミ捨て等も含めた人助けをしたときにくれた、「ありがとう」が嬉しくて。

 父や母には、「危ない事はするなよ」と窘められたり、呆れたりされたけど、最後には頭を撫でて笑ってくれて。

 そしてそのことを真里華兄や真里華に伝えたら、「よかったね」って笑ってくれた。

 

「その時は、こんなのがいつまでも続くと、本気で思ってた」

 

 そう、だったのだ。

 

 

            ◇

 

 

 いくつか年月を重ねて、拓海達が小三くらいの頃。

 そろそろヒーローから卒業してもおかしくない年頃だ。

 だが拓海はその逆で、色々知った上でちゃんとした意思を持ってヒーローになろうと決意を固めようとしていた。

 

 そんな拓海とは打って変わって、真里華兄はある時を境に元気を無くし、無気力に座り込む事が多くなっていた。

 周りは病気を疑って病院に連れて行ったりしてみたが、そんなことはなく、彼の様子に心配そうに見ていることしかできなかった。

 

「兄ちゃん、今日はぼくと外で遊ぼ!」

 

 見かねた拓海は、なんとか元気づけられないかと思い、外へ遊びに出かけようと声をかけた。

 ……頷いてくれた時、少しホッとした。

 断られてたら、本意ではないがどうにか無理にでも、連れ出していたと思うから。

 

 それから二人は、いろんな遊びをした。

 公園でキャッチボール。ゲーセンでゲーム。

 とにかく思いつく限りの遊びを一通り楽しんだ。

 それから夕方前の昼過ぎくらいになった頃、遅くなる前に帰ろうと彼から言われて、帰り道につくことにした。

 

 その頃には目的は達成していて、彼の表情も少しは柔らかくなっていたから、誘って良かったと思った。

 

 歩道用信号機が青に、車道側の信号が赤になってすぐに拓海は走り出す。

 

「兄ちゃん兄ちゃん、早く早く!」

 

 向かいまで着いてすぐ真里華兄に急かすと、吹き出して笑い出す。

 

 多分、達成感と帰ったらまた別の事をしようというワクワク感といった楽しげな、嬉しげな感情が顔から出ていたのだろう。

 

「仕方ないなあ」

 

 そして一頻り笑った後、そう言って穏やかに微笑んだ彼は、横断歩道を渡るべく脚を踏み出す。

 

 ――次の瞬間だったのだ。

 なにか、ブレた影のように見えるほどの速度で、ワゴン車が彼を巻き込んで通り過ぎたのは。

 

「――――――え?」

 

 正直、一瞬の出来事で、何が起こったのか分からなかった。

 ただ瞬く間に影と共に真里華兄も姿を消して、そしてすぐに鈍く大きなぶつかった音が響き渡った事くらいしか、当時の拓海は認識出来なかった。

 

 

 ――キャアアアアアアアアアアア!!

 

 ――おい、誰か救急車! いや、消防車呼べ!!

 

 

 その後、間髪入れず耳に入り込んでくる怒号と悲鳴。

 聞きつけて集まる群衆。上がる火の手の熱風。

 ――そしてその風から運ばれてくる、焼けた肉の臭い。

 

 駄目だ、見るな、近寄るな!!

 

 耳が、目が、鼻が。それを感じ取り、脳に警報を鳴らす。

 

「兄、ちゃん……?」

 

 だが、その先にいる彼を心配して、拓海は車の向かった曲がり角の先を見に行った。行ってしまった。

 

「――――――――――――」

 

 そこで目にしたのはソレ(・・)は、もはや人と呼べるようなものではなく。

 放り出された人形のようだと、子供ながらに思った。

 

 潰れて炎が上がる車の横で、ソレは四肢は普通、曲がらない方向に折れ曲がっていた。

 服も体もボロボロになって、裂け目から赤いのが垂れ流れている。

 さらにソレを中心に赤いものが広がっていて、光を失った目は瞳孔が開ききっており、何故かこちらを見つめているような錯覚に陥る。

 

 上がる炎が広がり、燃え移る。

 このままでは見分けすらつかなくなってしまう。

 

「――っ、! ぅ――ぁァ――――!?」

 

 慌てて声を出そうとするも、喉に引っ掛かりを覚えたように、声が出ない。

 

 ならば誰かに助けてもらうか?

 ――何もせず現場を見ているだけの野次馬に言っても無駄だろう。

 誰かが呼んだであろう救急か消防の人なら?

 ――先程通り過ぎたサイレンを聴くに、恐らく間に合わない。

 

 全てが耳障りだった、全てが目障りだった。

 誰かなんとかしてくれと思った。

 

「…………ぁ」

 

 だがそうやって呆然と立ち尽くすしかない自分も、彼等と同じで何もしない、できない役立たずでしかなくて……。

 

 

 その時、ピシリと。

 

 自分の中で、なにかヒビが入るような音を、聞いた気がした。

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