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「――そしてそのまま燃え尽きるのを見届けた俺は、気付けば病院のベッドで寝ていたよ」
平然とした様子で語られた、拓海の過去に亮は愕然とする。
親しい人が眼の前で原型すら留めなくなる光景なんて、人が――ましてや、子供が見ていいものじゃない。
昔は明るい子だったんだろう。
それがたった一日の出来事で、全てが変わってしまった。
きっと、人生観すらひっくり返っただろう。
(ああ、そうか。オレのあの話も、ここから来てるのか)
物語にとっては、ただ回想。
亮にとっては、生き方すら歪められた憎しみの記憶。
燃える家と、親が営んでいた孤児院。いろんなものを散らばせた
そして奥に進んだ先でみた、赤黒い剣で両親を突き刺す男の姿。
意識してか無意識かはともかく。
恐らくこの話は、自身の過去から影響を受けているのだろうということは、想像に難くなかった。
「……その車を運転していた奴は、どうなったんだ?」
話すべきこと、聞くべきことは他にある。
だが亮はまず全部聞いてからがいいと思い、先を問う。
「そいつなら、車が電柱にぶつかった時に、そのまま」
「それは……」
ままならない話だ。
その運転手を恨むべきものであったなら、楽だったろうに、それすら分からないということなのだから。
「運転手を責めるのは簡単だけど、そもそも俺が急かさなければ、事故に遭わなかったかもしれない。その後も何か行動を……それこそ声を上げたりしていれば、もしかしたら助かったかもしれない」
たらればを口にして、拓海は自傷気味に笑う。
「それからしばらく肉が食えなくなったり、車をみただけで卒倒しかけていたある日、気付いたんだ。俺は、ヒーローになれないって。
……もっと早くに気付けって話だよな」
そうして拓海は締めくくるように息を吐いた。
どうにか克服させることは出来ないかと思って聞いたが、余計なことをしたのではと、少し後悔する。
「……一〇歳くらいなら多分、そんなもんなんじゃないのか? むしろもっと夢をみたって良いと思う」
「もしそうだったなら、良かったんだけど。まあもう終わった話だから」
とりあえず一言、せめてもの気休め程度になればと言葉を投げかけるが、拓海は少し笑って受け流す。
実際、声色的にも、拓海は気にしていないのだろう。
態々蒸し返すような話ではないというだけ。
今の自分の状態も、発作のようなものだと割り切っている節がある。
「まあ、アンタがそこまで気にしてないなら、これ以上言うつもりはない。――けど」
だがそうなると、少し腑に落ちないところが出てくる。
「今の話を聞くに、事故が大元の原因じゃないよな?」
原因の一つではあるのだろう。
話している最中、手が震えているのが見えていたから。
けれど、トラウマや深い後悔というのは、そう簡単に割り切れるものじゃない。
個人差はあるだろうが、記憶よりも心……もっと言えば、魂に刻まれてしまうものだと思っている。
完全に折り合いをつけない限り、先程の拓海みたく些細なきっかけでもあれば、すぐに思い出せてしまう。
例えどれだけ時間が経って、風化してしまっても、まるで連想ゲームのように。
「事故そのもの一つだけが原因なら、オレが吹き飛ぶ前にそうなっているはず。それこそ、魔弾を乱れ撃ってる光景でもなってるはずだ。だから、別の要因もあるはず」
語ってた時の記憶の節々を探ってみる。
そういえば一つだけ、頑なに隠されていたところを思い出す。
「……聞かせてほしいんだが、さっきからずっと隠してる白の創喚者の兄の名前って、なんだ?」
ピクリと、長い前髪から見え隠れする拓海の目蓋が震える。
嫌そうに苦しそうに顔を歪めて、逸らされていた目がようやく亮に向く。
「…………赤羽
それから少し考える素振りをして、答えたその名前。
そこから一文字取って、さらに変換すれば……。
「なるほど。だから、オレなのか」
「……そうだよ。今でこそ違うけど、元々は自分が思う良二さんの格好良さを形にしたいって欲求から、お前は生まれたんだ。物語の内容だって初期構想じゃヒロイックなものだったよ」
「物語に関してはアンタの趣味が変わっただけじゃ?」
「まあそうだけど、あんなことがなかったら、そこまで変えることは流石になかったよ。わざわざ本人に許可まで取りに行ったんだから」
その言葉に、亮は流石に苦笑が溢れる。
先程から思っていたが、想像以上に行動力の化身のような少年だったらしい。
「本当なら、名前も変えるべきだったんだろうけど、なんかそれも思い出の一つだと思うとできなくて。今は万が一にも、あの人がいたことを忘れないように、そのまま書き続けてる。……ヒーローって夢は、流石に諦めたけど」
そう言って拓海は頭を振る。
「それと同時に決めたんだ。やりたいことがあっても趣味に留めておこうって」
そう思うのは仕方ないだろう。
拓海は全く悪くないとはいえ、良かれと思って連れ出した結果ではあるのだ。
また台無しになるのはたまらないと考えるのが普通だ。
「……まあ夢に関しては、あんなことがなくても時間が経てば諦めてたと思うけど」
「なんでだよ?」
「だってヒーローだし、叶うわけがない夢を追いかけたって無駄だろ?」
そう言って、冗談交じりに笑みを浮かべて――
「それが現実なんだから」
「…………なるほど」
ずっと感じていた、違和感。
何を自分は気になっているのかと思っていたが、今の言葉と表情をみて、ようやく合点がいった。
「アンタはまだ、ヒーローに憧れてるんだな」
◇
「はっ?」
唐突な亮の言葉に、拓海は思わず声が出る。
「お前、俺の話ちゃんと聞いてたのか?」
「ああ、聞いていたから言ってる」
自信ありげな様子には、流石に困惑する。
何を根拠にそんな事を言っているのか、そう思っていると、亮は怪訝そうな顔をしていて……。
「……なんだ。アンタ、気付いてないのか?」
「? なにを言って――」
「アンタがヒーローのことを語っている時、必ず表情が固くなるんだよ。見えていた口元が、笑みを浮かべてるようで食いしばってた。まるで何か隠すみたいに」
「っ!」
思わず言葉を失う。……図星だった。
「それが現実なんだから、なんて。よくよく考えてみれば、本当に諦めていたらそんな言葉が出るはずもない」
「……待ってくれ」
饒舌になって、答え合わせをしているかのようにつらつらと語り出す亮に、思わず言葉が出る。
だが、亮は止まることなく……。
「あんな最悪な形で打ちのめされて、夢を諦めるべきだと分かっていても、諦めきれなくて」
「待てって」
「もしかしたら自分のせいかもしれないのに、そうでなくても何もできなかったのに、それでも貰ったものを捨てられない。
もはや意地となっているそれを、どうすればいいのか分からないんだろ?」
「やめろって。聞けよ、なあ」
「だから諦めたフリをして、誤魔化すように小説書きに没頭するようになった。我慢することを覚えた。いつかトラウマと一緒に風化して、そんな気持ちが消える事を願って。そうなるなんてこと、微塵も思ってないくせに――」
「――やめろって言ってんだろ! 人の心の内を、勝手に曝してんじゃねえ!」
堪えきれずに叫ぶ、吐き出す。
激情の赴くままに立ち上がり、亮の胸倉を掴み睨む。
「ああ、そうだよ! 俺はまだヒーローに憧れてる! それが呪いみたいになっていることも、俺が一番分かってんだよ!!」
今でも思い出す。
葬式で、真里華の涙をみた時の無力感を。
支えるべきだった、慰めるべきだった。せめて手を繋ぎに行くことくらいは出来たはずだった。
なのに、自分の事しか見えていなくて……そんなこともできない男に、ヒーローなんかできるわけがない。
そもそもどうあっても叶えられるわけもない夢を追いかけたところで、ただ現実を突きつけられるだけ。
そう思ったはずなのに、自分はまだ、そんなものに縋りたがっている。
それを呪いと言わず、なんという。
「でもこれは俺が背負わなきゃいけないものなんだ! 今日会ったばかりの他人に……それも本当は存在しない夢幻なんかに、あれこれ言われる筋合いなんかないんだよッ!!」
そんな矛盾した苦悩を、文字を羅列されたもので構築されただけの存在に、分かられてたまるか――!!
「……そうだな、確かに無神経に言い過ぎた。ごめん」
「だったら――!」
「でも、
たった一言。
されるがままでいた亮は、ただそれだけを口にした。
それは何度繰り返したか分からない、自問の問い。
しかし気を遣ってか、誰からも言われたことのなかった言葉。
それは着火剤の如く。
燃え滓だらけの心に、僅かな火を滲ませた。
「それでアンタは納得するのか? 夢を諦めてアンタはこの先、純粋に笑えるのか? ――幸せになれるのか?」
続けて問われた言葉は、僅かな火を燻らせる。
心の奥底にあるものが、湧き上がってくる。
だが、それでも……
「……じゃあどうすればいいって言うんだ? これは現実味のない夢で、俺は物語の主人公でもなんでもない。お前達のように報われるいつかが来る保証なんてないんだよ」
「けど、諦めきれないんだろ? だったらなればいい」
自分でも往生際が悪いと言わざるを得ないくらい、未だにぐだぐだと口にする諦めを振り払うように、亮はあっけらかんと告げる。
「なればいい、ってお前なあ――」
「なっていない時点でどれも空想なんだ。身の丈に合った人生って言うのだって、結局それを実現出来なければ夢幻と一緒だろ? だったらそこに優劣なんてない。
夢は等しく夢。どんなものも叶えたいって想いは同じなんだから、否定したりされたりする謂れはどこにもないし、誰にもない」
例え、現実味のない夢だとしても、非常に叶えるのが困難な夢であっても。
どんなものも、結局変わらないのだと、亮は言う。
「だから、誰かから否定されたとしても、なりたいと思うのなら。
そうあろうと、あり続ければいい」
「そう、あろうと……?」
「そうだ。オレの知ってる現実と、この現実に、どれだけ理不尽の差があるかは知らない。けど、これだけは知っている。
例えそう言ってるだけのニセモノであっても、そうあろうと行動し続けたものは、いつか誰かにとってのホンモノになれるってことを」
「――――――――」
それは拓海が思いもしなかった思考だった。
先程、亮は言っていた。「オレ達は生きている」と。
実際、でなければ亮は既にここにいないだろう。
それを間近で見ているのに、怒りを受けているのに、未だ拓海は自分等と彼等は違うのだと無意識に分別していた。
拓海の書いた描写によって、拓海と似たりよったりの思考になると思い込んでいた。
けれどそれは思い上がりだった。
彼等は確かに、文字や絵で構築された、想像上の人物かもしれないけれど。
今は確かに、
触れ合える、語り合える、――生きている。
そんな当たり前を、今更になって気が付いた。
「その過程で何度挫折したって、アンタ自身の時間が夢に使われるだけなんだ。細い煙を吹く程度の火種であっても、その気があるなら、納得するまで挑み続ければ良い」
そう言って、亮は笑みを向ける。
「それが夢ってもの、だろ?」
「……無責任なこと言いやがって」
そう小さく愚痴ながら、胸の奥は確かに熱くなっていた。
身の丈に合わない夢は、見ないほうが良いというのは変わりない。
けれど、どんなものもまだ燻っているのなら、きっかけ一つでそれはまた激しく燃え上がる。
その火はまだ、小さなものだけれど、今はそれで十分。
我ながら単純だと、思わず笑みを溢す。
「それに、夢現武闘会もある」
「黄金の果実のことか? でも、それは――」
ただ願うだけでなっても、それはハリボテだ。
例え、普通叶えられる筈のない夢であっても、それをしても意味はない。――しちゃいけない。
「願いをどうするかは別でいいさ。それより今回の祭りには、アンタの身内がいるんだ。なら、ヒーローとして、やれることもあるだろ」
「……俺に、できると思うか?」
「さてな、それはやってみなきゃ誰にも分からない。だが諦められないんだろ? だったら立ち上がって前に進むしかないと思う」
「その道に進むと決めたとして、その時、お前はどうする?」
「ん? ……まあ、オレは幻衛士だからな。アンタを守るのも役目だし、離れたりすることはないよ」
「そっか」
相槌のように呟いて、少し目を閉じる。
そして自身に問いかける、どうしたいか、どうするか。
――決まっている。
再び夢をみるきっかけが出来て、立ち上がるだけの、動機もあったのだ。
ならばもう一度目指さなければ嘘だろう。
所詮は夢だ。でも、だからこそ諦めるまで、気が済むまで挑戦すればいい。
そう教えてもらったから。
悲劇のヒーロー気取る暇があるのなら――
(まだ、躊躇いはあるけど)
もうそろそろ、座り込むのはやめにしよう。