「そうと決まれば――」
「創喚者?」
一つの決心をつけた拓海は徐ろに立ち上がって、洗面所に向かう。
そこで整髪料を洗い流し、無理に垂らしていた前髪を上げる。
「はー」
リビングに戻ると、キョトン顔で何らかの声を上げる亮を尻目に、小道具や医療品等も納められた小棚から髪ゴムを取り出す。
それを一旦口に咥え、髪を後ろで纏めてから髪ゴムで結ってポニーテールにする。
「どうだ?」
「良いじゃん、似合ってる。っていうか、むしろなんで顔隠してたんだ?」
「……ならお前、同性から告られて嬉しいか?」
「すまんかった」
そういう人ならいざ知らず、普通に異性が好みな拓海には正直キツかった。
……まあ単純に、この顔があまり好きじゃないのもあるが。
「けどまあ、もう一度向き合うと決めたことだし、まずはここからだろ」
「創喚者、アンタ……」
明るく開いた視界にはまだ少し違和感があるけど、直に慣れるはずだ。
「まずは、ごめん。俺はお前のことを生きてる人じゃない、別のナニカと思ってたみたいだ」
「気にしてねえよ。実際生まれはそうだし、『生きてる自覚』はあっても、アンタ達とは『違う』ってオレ自身思ってたから。
けど、それでもアンタは、同じだって言ってくれるんだな」
「うん。思えば生まれ方は違っても、俺とは違う心を持っていて、ここに立って、息もしている。そんな奴等が、俺達と同じように生きてなきゃ嘘だ。
だから……りょ、
唐突の大声で名前を呼ばれ、亮は二度ほど目をパチクリさせて、
「お前個人に、依頼がある!」
「……聞こう」
続いて出たこの言葉に、目をスッと鋭くさせた。
「俺は、俺はヒーローになる! けれど正直、今でもまだ怖い。脳裏に赤いのが浮かんできて、体が怖気づくんだ。だから、その。その時曲がった背中を、近くで押して真っ直ぐにしてほしい」
それは決意の表明であり、情けない弱音の暴露。
そしてもしもの時、助けてほしいけれどそのまま素直に言えず、小説を書く時みたいに変に癖をつけてしまった言い回し。
少し恥ずかしそうに、けれど目の前の亮から目を離すことなく言った拓海に対し、亮は思わず吹き出すように笑う。
「……仕方ないな。その依頼、承ったぜ、
「拓海でいい」
「はっ?」
そういうと、亮は目を丸くする。
「だから、拓海って呼べばいいって言ったんだよ。これから協力し合ったり、飲食を共にもするんだから」
それに、交友を深めるなら、呼び方も一新した方が良い筈だから。
「お、おう」
しかし未だ困惑状態の亮に、なにか間違えてしまっただろうかと、内心焦る。
(さ、最初は名字からのがよかったか……?)
同性の真っ当な(?)交友関係を築こうとするのは随分と久々で、勝手が分からない。
「えっと、まあ、なんだ。俺ばっかりあれこれ言うのはフェアじゃないし、なにかあったら遠慮なく言ってくれ。……きっと仲間……と、友達、ってのは、そういうことを言えるもの、だろうから……!」
「……ほーん?」
なのでそのフォローというか、正直言うつもりのなかった気恥ずかしい本音を口にすると、何故か亮は言ったな? と言わんばかりに目を細める。
(な、なんかまたマズイこと言ったか!? えっと、えっと……)
「そ、そのかわり! 俺もお前のこと亮って呼ぶからそのつもりでいろよ!!」
何故かツンデレ風味な言い方になってしまった。我ながら焦り過ぎである。恥ずかしい。
「呼び方は別に好きにすればいいと思うが……そうくるなら、
そんな拓海の様子を気にせず、亮は周囲にふよふよと浮いていた創喚書を手に取り、その本で拓海の胸をトントンと叩く。
「もう少しなんだから、説明くらいちゃんと読め」
「あっ………………はい」
ごもっともな言葉をいただいた拓海は、早速亮から創喚書を受け取り、先程のページを開いた。
◇
結界―エリア―
作中に存在する場所を、塗り替えるような形で最大半径一〇〇メートルまで再現する機能。
その結界で再現された場所はギミック含めて細部までそのまま作られ、さらに幻衛士に補正がかかり、身体能力などが上昇する。
制限時間は一五分。再発動までのクールタイムは一時間。
その間、他の創喚者が結界を発動しようとしても塗り替えることはできず、時間経過を待つか撃破する他に抜け出す方法はない。
逆に外部から侵入することは可能。
結界発動時、その中心地から半径五〇〇メートル付近にいる創喚者達に、その発動とその位置を第六感・直感により知らせる。
【
???
条件を満たすことで開放される機能。
詳細も開放時に明かされる。
???
以下同文。
心話
創喚書における、所謂テレパシー。
創喚書を通して創喚者・幻衛士達の心の間に、独自の回線を生み出されており、話したいと意識さえすれば離れていても会話可能となっている。
その他機能
◇
「……確かにこれくらいなら、さっき全部読んどけば良かったな」
「だから言ったろ」
「はい、すいませんでした……」
残りをさっと読み切った拓海は、余計な手間を取らせた亮に謝罪する。
だがそれはそれとして、読んだ事で疑問がいくつか生まれる。
説明不要と言わんばかりに、名前だけ並んでるその他機能もそうだが、やはり。
「そ、それで、このハテナの部分がなにかってわかるか?」
「いや、オレ達もそこは何も。まあ、オレ達が説明できてたら隠す必要はないだろ」
「それもそうか」
一先ずは、知識を蓄えられたので良しとする。
そう思いながら本を閉じると、「よし」と亮は手を叩く。
「それじゃこれらを踏まえて、これからどう立ち回るか。どう戦うか大まかに決めておくか」
確かに普通に考えても、それがあるなしでは動きに差が出てくるのは間違いない。
「それなら、一つ確認しておきたいんだけど」
そうして創喚書にも載っていない、頭の隅っこで考えていたことを話すと、途端に亮は渋い顔をする。
「できなくはないが……本気か?」
「それをするかどうかは分からないけど、一つの選択肢として聞いておこうかと思って」
「そういうことなら、うん。とりあえずデメリットというか、注意点を――」
と、語り出す亮の話を、今後の為にしっかりと聞こうとした。
その時。
『――――!?』
ある方向のある場所に、突如拓海の――恐らく亮も――意識が引っ張られた。
そこにいくように誘われているような、そんな感覚。
「これは、結界の発動!?」
「この感覚が……いや、待て」
亮の言葉から連鎖的に、先程読んだ説明にあった文を思い出す。
確か、結界を発動した時、ある程度の距離にいる創喚者達に知らせられるものだったはずだ。
仮に今自分達がいる場所が、五〇〇メートル範囲の端の方にいるとして。
この距離に住む創喚者は、拓海の知る限り一人しかいない。
「ッ……!」
その予想が外れるように、という一心で目を閉じ、真里華に心話を繋げる。
《真里華、聞こえるか?》
《っ、拓海……っ!? ちょっと待って、今は――来珂っ――あっ》
《……結界の反応があったから、大丈夫かって聞こうと思ってただけだったんだけど……その反応、そういうことだよな》
思わず心話にも出てしまったのだろう、来珂を呼ぶ声に対する拓海の言葉に、「流石に誤魔化せないよね」と消沈した声色で真里華は肯定する。
《……確かに私達は今、公園にいて、戦ってる。そこには青の創喚者だけじゃなくて、トキちゃん……緑の創喚者もいる。どうも手を組んで来たみたい》
《っ!? それなら俺も――》
《駄目っ! 言ったでしょ、拓海はもうこんなのに付き合わなくていいって。私なら大丈夫だから、拓海は明日に備えて早く寝た方が良い。明日も早いんだから》
拓海をこれ以上巻き込みたくないからと、真里華は
拓海は先程、誰がみても情けない、頼りない、弱いと言える姿を見せていた。
出てくれば傷付くと分かっている男に、手を貸してと言えない。そう言わないのは、彼女なりの気遣いだろう。
《気遣いは嬉しい。けど、二組相手に無理はしないでくれ。片方の相手くらいは――》
《大丈夫だって。無理もしてないから。――分かってる、すぐ支援するから急かさないで! ――と、ごめんね。私は私でこっちに集中しなくちゃだから、話はまた明日ね。おやすみ!》
《ちょっと待て、まだ話は――》
と、心話の接続がプツッと切れた事を察知して、拓海はため息を吐く。
「……まったく、余裕なんてないくせに、強情なやつだ」
心の声とはいえ、いつもならすぐ気づいているであろう拓海の声色の変化への反応がないのが、何よりも証拠だ。
「それで、どうする?」
「――行くに決まってるだろ」
そう呟くように言って、玄関へと向かう。
立ち直ろうと決意したばかりで、まだトラウマが消えたわけじゃない。
このまま勢いのまま行ったところで、またさっきの繰り返しになるだけかもしれない。
それでも、駄目なのだ。
どんなに苦しくても、真里華が傷付くのを、見逃すことなんて出来ない。
だから、
「俺がヒーローになるならない関係なく、その答えは変わらない」
「なんでそんな即答できるんだよ」
「……分かって言ってんだろ」
靴を履いて立ち上がった拓海は、後ろにいる亮の方へ振り向きながら答える。
「――好きだから。好きな人を、助けにいきたい」
そんな、たった一つのシンプルな答え。
「それだけだ。文句あるか?」
「いいや。ただ、聞けてよかったと思う」
「なら、よかった。……それじゃあ、行こう」
「了解。向かう途中に、さっきの話の続きでもするか」
「頼む」
拓海はドアノブを握り、深呼吸。
ほんの少しの躊躇いを振り払うように勢いよくドアを開け、新たな一歩を踏み出すように、家を出る。
「――ふむ、思っていたよりは遅かったかな」
するとその先に、赤い表紙の本を手に持つ見知った一人の少女と、その傍らに一人の男が立っていた。
短い
この時代には珍しい中世にあったような外套を羽織った、明らかに人でない……まるで吸血鬼を思わせる風貌をした男。
微笑む少女とは裏腹に、乙女ゲームでも出てきそうな程整った顔立ちを無表情にしながら、彼はその目に警戒の色を滲ませている。
即ち、創喚者とその幻衛士――そう認識したと同時に亮は拓海の前を遮るように立つ。
そうして剣を突きつけようとして――その手を、拓海はそっと押さえて止めた。
「拓海?」
「こいつは大丈夫だ。仮にやる気ならとっくに襲いかかってきてる」
彼女も創喚者であることに、さして驚きはない。
あれから数時間は経っているし、拓海が創喚者になっていることを知っていても、不思議じゃない。
「……で。それはそれとして、なんでいるの、お前」
「なんて冷たい言い草だ、私は悲しいよ」
しくしくと泣き真似るいつも通りな彼女に、思わずため息が漏れる。
今彼女に付き合っている暇はない。一言断って、
「せっかく、君の懸念を払拭してあげようと思ったのに」
……この訳知りな言い草、まさかこいつ。
「……お前、もしかしなくても見ていたな?」
「さて、どうかな? ただ結界に巻き込まれたと知ったのなら、君達のどちらであっても、必ず助けに向かうと分かっている。
――とすれば、ここで一つ心配事ができる」
そう一拍置いて、彼女はピンと人差し指を立てる。
「
間に合ったとしても、到着した時には赤羽氏達が疲れ切って、まともに戦えなくなっている可能性が高い。そうなると、二組とも気にして戦わなければならない。
……そうなった場合のことを考えるのでは、と推測したまでさ」
「――なんだ、こいつ」
推測と言いながら、確信した物言いをする彼女に亮は薄気味悪そうに呟く。
亮の場合は拓海の話した内容から確信したが、彼女はそれがなく、拓海が知れる限りでは見ているだけのはず。
なのに、知っている。
それは確かに不気味の一言に尽きるが、それが彼女なのだ。
どこから仕入れているのかわからない、無尽蔵とも思える情報網。
それに伴って培われた(らしい)推理力で、大枚叩いてでも雇いたいと殺到するくらいの優秀さ。
だが客を選び滅多に依頼を受けず、その上彼女の意にそぐわない行為をした者の悉くが破滅したという。
爆弾付きの宝箱のようなあり方と、その名字も相まってホームズと呼ばれた、贔屓している常連が挙って敵に回したくないと豪語する少女。
「それで、同志。猫の手は、必要かい?」
にゃあ、と鳴き真似て、彼女――家達楓は手招いた。