絶叫が轟く戦場のど真ん中に、片腕に創喚者を抱えた、二人の幻衛士が降り立つ。
その場で創喚者を降ろすと、引き抜くようにそれぞれ得物を携えて、狙いを定めた彼等は跳ぶ。
白と黒の二刀使いはアキラの元へ。
刀身に不自然な割れ目のある、武骨で巨大な大剣使いは美月の元へと。
「くっ!?」
「チィッ!?」
そうして振るわれる剣の狙いは、間違いなく急所。
流石の二人もこれを無視することは出来ず、あえなく砲撃を中断し、それぞれの武器を盾にして防ぐ。
「それでは手筈通りに。思う存分やり返すと良い」
「頼んだ、楓。それから、ありがとう」
「……礼を言うのは、些か早いように思うけど、まあ素直に受け取っておくよ」
そう言いながら、楓の口元は嬉しそうに緩んでいて、それに気付いたのかすぐ手で口を隠す。
「さて、この人数でやり合うには少し狭い。まずは場所を変えよう、サイファー」
「承知した」
そして手をどかし、いつもの怪しげな笑みに変えた楓の呼びかけに応えるのは、赤の幻衛士――サイファー。
サイファーは徐ろに武器から手を離すと、気が付けば時亜と美月の後ろに立っており、首根っこを掴む。
「「へっ?」」
「フンッッ!!」
「「うわああああああああああああああ!?!?」」
そして力任せにぶん投げると今度は楓の横で跪く。
するとその左腕に楓が乗り、その状態のまま、サイファーは二人を投げた方向に向かって跳んでいった。
これで相手はアキラと未来の一組だけ。
少なくとも、危機的状況から脱すことは出来た。
ギリギリのところで助けに来てくれたことには、感謝しているし、拓海の顔を見た時には、正直ホッとした。
(私の馬鹿……!)
けれどそれは、トラウマに悩まされる拓海を引っ張り出してしまった事に他ならない。
教えた時点で拓海なら来るとわかっていたのに、迂闊な自分に嫌気が差す。
だが同時に、来てくれて嬉しいのも、また事実だった。
確かに助けが必要で、その相手が拓海だったら良いとどこかで思っていたのかもしれない。
来てくれた――けれど来てほしくなかった――そんな相反する感情が同時に来て、真里華を責め立てる。
「ひとまず間に合ってよかった」
そんな矛盾に塗れた心に苛まれていると、楓とサイファーを見送った拓海がそう言いながら振り返り――
「――――――――」
そして、言葉を失った。
眼鏡越しに見える、硝子玉のように綺麗な瞳。
丸みを帯びた、柔らかな容貌。
髪を後ろで纏め、拓海自身は好きになれないという、少女のような綺麗で愛らしい拓海の顔が曝け出されていたから。
個人的には寝ている時以外でみるのは久しぶりで嬉しいが、中学の時のあの大事件(他校の男子生徒告白事件)以来、顔を外で出すのを嫌がっていたはず。
なのに、どうして……。
「まあ、なんだ。色々と話したい事、お互いにあるかもだけど、今は待っていてくれ」
二つの感情が入り混じって混乱している真里華に、拓海はそう笑ってみせると、目をツンと鋭くしてアキラへと向かい合う。
そこで、ふと気付く。
先程まで聞いていた声色が、表情が変わっている事に。
暗く怯えていたものから、いつも通りの……けれど立ち向かおうという、少し力の込もったものになっていた事に。
「俺、また頑張ってみるから」
その眼に、表情に。
その声に、言葉に。
思わず胸の内がトクントクンと暴れ出す。
誰かを助けようとするその立ち振る舞いは、かつて、ヒーローになろうと努力していた頃に似ていて……。
(――そういえば)
思えば拓海の自身の幻衛士へ向ける目の色も、穏やかになっている。
状況からも察するに、拓海を立ち直らせたのは、兄に似た幻衛士である亮だということか。
「……悔しいなあ」
羨ましいとも言える。
それは、自分がやりたかったことだったから。
元戻りにとは言わなくても、思い出話が出来るようにはしたかった。
その上で、ちゃんとした人生を歩めるように、したかった。
「今更言っても仕方ない、か。来珂、もう大丈夫よ」
「真里華?」
ひとまずは、その感情を飲み込んで、安堵しておこう。
怖くても立ち向かい、そして丸く収めてのける。
そんな拓海が――
「私のヒーローが、来たから」
◇
真里華に背を向け、拓海は自身の顔を見て目を丸くしたアキラ達と向き合う。
「フッ!!」
「――、っとォ!!」
意識を逸らしている間に亮が鍔迫り合う武器を押し込み出すと、すぐに我に返り、武器を弾き合う。
「はー……いやァ、流石に驚いた。それが手前の素顔ってわけか」
そして二人はそれぞれの創喚者の前にまで下がってくると、一息を吐いたアキラが、親しげに声をかけてくる。
「ああ、まあな」
「なるほどなァ。しかし可愛いとか綺麗とか、そういう部類にはなるが、整った顔してンじゃねェか。なんで隠してたんだ?」
「俺はノーマルだ。亮にも言ったが、好き好んで野郎にそういう目で見られたいと思うわけないだろ」
「違いねェ。……まあ、だが安心したぜ。いつまで経っても来なかったから、てっきり怖気付いたのかと思っていた」
「…………、強ち、間違ってはいないよ」
今だって槍が見えているだけで鼓動が煩いし、尋常じゃない冷や汗が服に滲みている。
意識だって、記憶が脳裏に浮かんではグラついている。
真里華にはああ言ったものの、やはり向き合うと決めただけでは、トラウマも何も消えるわけじゃない事も分かっている。
「それでも……!」
あそこまで真里華を煤と擦り傷まみれにした、目の前のあんチクショーを野放しにするわけにはいかない――!
「へえ……」
拓海の目を見たアキラは感心したように声を出すと、改めて槍を手に構える。
戦いが始まる――それを感じる雰囲気に、胸が痛くなるほど暴れ出した。
「は――ぁ、――っ、はあ――」
呼吸まで乱れ始め、視界がちかちかと点滅するように靄がかかり出す。
落ち着け、落ち着け、落ち着け。
胸を掴むように押さえながら、無理矢理呼吸を整えようと深呼吸する。
ここまできたのに、あれだけ馬鹿な事を言い切ったのに、それを嘘にするのか。
また何もできずにいる、木偶の坊でいるのか。
(ふざ、けるな……っ!)
足を開き、腰を据えて踏ん張るように、全身に力を入れる。
目が瞑らないように、瞼を力いっぱい開き、必死に意識を保とうとする。
しかし健闘虚しく、次第に視界は真っ白に染まり――――
――――その時。ふと、思い出す。
『ヒーローって夢は、叶えるのが凄く難しいものなんだ。きっと、想像よりもずっと辛いこと、苦しいことが待っていると思う。
そんな時は周りを見て。きっと沢山の人が、貴方は決して一人じゃない事を教えてくれるから。
あー、難しかったかな? まあでも、きっと大丈夫。
君はこんなに小さいのに、その心にはこんなにもでっかくて温かい、誰かを想う気持ちがあるから』
今まさに立っている、この場所で聞いた事。
『それでも挫けてしまいそうなときが来たら……そうだね。その時の為に一つ、おまじない……魔法を教えてあげる。
怖いと思った時、ほんのちょっとの勇気を思い出させるだけの、そんな魔法』
何時、誰に聞いたのか、思い出せないけれど。
『自分に足りないもの、必要なもの、すでに燃え盛るもの。その
それは今、拓海にとって必要なものであることには違いなかった。
「――覚悟を、この手に」
足りなかったのは、恐らく覚悟。
それをこの手に宿すように呟いて、左手で包んだ右拳を押し当てるように、胸を叩いてみる。
――ドクン――
一度、大きく心臓が跳ねる感覚。
しかし痛みはなく、それを最後に視界が晴れ、胸は落ち着きを取り戻していく。
今にも消えそうな火に薪を焚べられたかのように、体の震えは治まり、胸の奥が熱くなる。
(全く、今になってこんな事を思い出すなんて、俺も大概単純だな。……でも)
おかげで、心が決まった。
「オラ、どうした! ヒーローみたく助太刀に来た癖に、結局また何もしないのか!? ちょっと期待させておいてそりゃねェぞ! 何もしないなら帰れ! 何かするつもりなら、ここからどうすンのか魅せてくれ! さあ、さあ――」
「ギャーギャー、ギャーギャー急かすな、この早漏!」
「なっ――」
遮るように放たれたあんまりな言葉に、アキラは絶句した。
そんな彼を気にも留めず、拓海はゆっくりと呼吸を落ち着かせて、目前の敵を見据える。
「確かに、少なくともさっきまでの俺は、何もできない木偶の坊でしかなかった」
正直、今でも気を抜けば足が竦みそうになる。
「でも、俺には夢がある。それがどれだけ困難なものであっても、そうなるって決めた。
なら、立ち向かわなきゃなにも始められない。お前のようなせっかちで早とちりな馬鹿野郎に、もう背を向けるわけにはいかないんだよ!」
「夢って、もしかして、拓海……!」
背中から小さく驚きの声が上がる。
その声を……歓喜の入り交じった声を聞いて、自分がここにいる理由を再確認できた拓海は、未だ震える膝を叩いて背を伸ばす。
(――そうだ、だから)
だから、自分はヒーローだとカッコつける。
だから、弱さを表に出さないように自身を叱咤する。
だから、出来るだけカッコ悪いところを見せないよう、意地を張る。
それが出来なければ、今ここにいる意味がない……!
「それに――」
それだけじゃない。
これだけでは敵対する理由にはならない。
勿論、さっきの話も本音だけど、同時に建前でもある。
「夢があろうがなかろうが、俺がここに来てお前達の前に出る理由はたった一つ」
夢現武闘会のルール上、仕方のないことだとしても。
たとえ、どんな願いがあろうとも。
「
「――――!?」
思わず目を細めると、何故かアキラの表情が引き攣ったのが見えるが、そんなことはどうでもいい。
改めて口にすることで湧き上がるモノが、拓海の意思を染め上げる。
「
あの人が死んだ時もそうだった。
「あいつらは俺にとって
自分の方が悲しいはずなのに、泣きたいはずなのに、塞ぎ込む拓海を慰めようとしてくれた。
「あいつらがいるから、俺はここにいて、生きている」
落ちぶれて卑屈になったこんな自分の傍に、彼女はいてくれた。
隣で一緒に笑ってくれた。叱ってくれた。傷付く拓海をみて悲しんでくれた。
「だから許さない」
その彼女が、あんなにもボロボロになっている。
――大好きな人が、愛しいあの
なら、十分だ。
他に下手な理由付けなんていらない。
「脳筋クソ野郎なテメェらにどんな理由があろうが、俺の大切を傷付けたんだ。――ただで済むと思うなよ?」
「ッ、さっきからウダウダと! 一丁前に抜かしてンじゃねェ!!」
その巫山戯た口を塞いでやると言わんばかりに迫るアキラの大槍。
振るわれた一撃を亮が双剣を重ねて防ぎ、拮抗状態を維持してくれる。
その時、亮が此方に目線をくれる。
《……危険性について話したはずだが、それでもやるんだな?》
そう一言、心話で問いかけられ、拓海はコクリと頷く。
すると亮は「仕方ないな」と言わんばかりに呆れ混じりの笑みを浮かべる。
《それならもう何も言わない。アンタのやりたいように、思いっきりやっちまえ!》
《言われなくても!》
そうして亮が前を向き、拓海もまた創喚書を開き、文字をなぞる。
「【技能】【発動】! 【身体強化Type N】!!」
「ハッ、大口叩いておいて二番煎じ。いい加減、無駄だって学習したら――」
アキラの言葉を無視して、ギュッと目を閉じ、すぐ見開く。
そしてその手に浮かばせた球体を掴み――
「! テメっ、何を――」
そのまま勢いよく、握り潰した。
「――カッ、ハア――ぁ――――!?」
痛い、痛い、痛い――――!?
取り込んだ神力が身体の内側から膨張する感覚。
力は次第に外へと溢れ出した。
膨れ上がるような感覚を直に感じて、今にも体が破裂してしまいそうな錯覚に陥る。
息が詰まる。喉になにか湧き上がってくる。
それは、口から臓器でも出てしまうのではとさえ思ってしまうほど。
その場で立ったまま蹲り、血混じりの胃液を吐き出す。
恐れていたものでないことを安堵しながら、体で暴れまわるものを抑えるように、あるいは落ち着かせるように集中する。
「バカ野郎ッ!! 未だ力が馴染んでいない、創喚者になって数時間のやつが、身体強化なんざ使えば、そうなるに決まってる! 下手すりゃ文字通り破裂するぞ!?」
拓海の行った行為に唖然としていたアキラが、今すぐやめろと忠告してくれる。
主人公らしく、根の優しさもあるのだろうが、敵である拓海に声を荒げるほど危険な行為ということなのだろう。
実際、この苦しみは普通に生きていれば味わう事はないと確信できる。
「――――、そいつは。良いことを、聞いた……」
だがそれに対し、拓海は表情筋を引き攣らせながらも、笑ってみせた。
「それは、つまり。力が体に、馴染めば、この痛みは減るってことだろ? だったら、すぐ馴、染ませてやるっ。
だが、それを待っている、つもりはない。その前に、お前を、ブッ飛ばしてやるッ!」
「しょ、正気か手前……!?」
「ヒーローを本気で目指すような奴が、正気なわけ、ねえだろォオ――――!!」
体中を暴れ回られた事で、強引に覚えさせられた力の感覚を用いて、掴むイメージ。
雄叫びと共に〝ソレ〟を押さえつけ、力ずくで捻じ伏せる。
するとそれは、拓海の体に合わせて形が整っていき、細胞に浸透していく。
……ようやく落ち着いた。
恐らく一時期なものだろうが、今はそれで構わない。
不自然な程身体が軽くなったのを感じながら、息を吐く。
前を見据え、地面に踏み込んだ足に力を入れると、右肘を引き絞り、その手でしっかりと拳を作る。
そして跳び出す寸前、亮は武器を弾き、後ろに一歩探し出し――
入れ替わるように、拓海はアキラの懐にまで迫っていた。
「な、しま――」
「オオ――オオオオオオ―――――!!」
「ガッ、ア、ァア――――!?!?!?」
雄叫びと共に放たれる一撃。
それは間違いなくアキラの鳩尾を捉え、彼は数メートル先にある壁にまで叩きつけられた。
「く、――ぁ、……な、んだ、っ、この、威力…………!?」
流石、と言ったところか。
苦しそうに鳩尾を押さえ、槍を杖のように立てていながらも、真っ直ぐに立ちあがっている。
だが、ダメージは与えられた。
身体強化一つで幻衛士と同じ土俵に上がれることが分かったのだけ、上々だろう。
「っ、っ」
一方でその一撃の代償に、右手から全身にかけて衝撃が伝い、その反動が体に残ったままの状態になっていた。
右手に至っては小刻みに震え、膨れ上がるような感覚もあり、上手く指を開くことができない。
衝撃のせいか、垂れ流れる鼻血を左手で乱暴に拭い、血痰をペッと吐き出す。
なんとか腫れた感覚を減らそうとゆっくりと動かせるだけ、何度か開き閉じを繰り返しに締めにグッと拳を作る。
鼻血はまだ出てる。内側から押し上げられる圧迫感も健在。腕の感覚も痺れて鈍いまま。
でも、さっきよりはマシだ。
(けどそれとは別に不安要素があるし、ここは一つ)
こっちも場所を変えるとしよう。
と、拓海は創喚書を浮かばせ、左手で一つ文字をなぞる。
「【
なぞった指から滴る光の雫が地面に落ちる。
するとそこから色を上塗りするかのように、別の地面が広がりだす。
現から夢へ。公園から神殿へ。
気付けばこの場に、祭壇のある広々とした空間が広がっていた。
ここは今、亮が手に持つ
祭壇とこの広い空間以外は何も無いが、それでいい。
ここなら、周囲を気にせず戦える。
――いける。
「手、前…………!」
脂汗を垂れ流しながら睨むアキラを前に、亮は拓海の横に並び立つ。
「さて、いけるか? ヒーロー」
その言葉に対し、拓海は不敵な笑みを携える。
「当然」
でなければなにも始められない。
怖いけれど、それでも突き進むと決めたのだから。
さあ嘯け、紫苑拓海。
大言壮語を並べて、その上で示すのだ。
ここからの自分を。真里華に、皆に。
「――いくぞ。今度はこっちの番だ」
だからこれは、その為の一歩だ。
「