夢と現のクロスロード   作:佐月栄汰

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 ――疾走する。目的に向かって、一直線に。

 その常人では考えられない速度は、射られた一本の矢を思わせる。

 

 結界の持続時間は一五分。

 それまでに決着を着けられなければ、自分は愚か、亮の上がったステータスも元に戻る。

 つまり、その時点で敗北が決まると言って良い。

 だから策を弄さず、拓海は右の肘を後ろに引き絞りながら、アキラへと駆け抜ける。

 

「チッ……!」

 

 当然、相手はそれをただで許されるわけもなく、大槍を振るわれる。

 まるで周囲に集る羽虫を払うような所作。

 しかし侮るなかれ。その一撃は、既に必殺。

 アキラにとっては何の変哲もないただの一撃であれど、直撃……いや掠れでもすれば、いくら強化を施しても拓海にとっては致命傷になり得る――!

 

「ッッッ――――――」

 

 恐怖が――死がやってくる。

 それを肌が、心臓が、自分を構築するあらゆるものが感じ取る。

 このままでは文字通り、死を待つのみであることは言うまでもない。

 

(だから、その感覚を利用する)

 

 来る、来る、来る!

 迫りくる。死が迫る感覚が徐々に広がっていく。

 

 産毛が逆立つ。肌がピリピリと痺れる。

 ――察知する。

 心臓が跳ねる。槍が迫るほど、鼓動が早くなる。

 ――推測する。

 

 おおよその狙いを察知する。

 直撃する残り時間を推測する。

 恐らく左脇腹。横振り、しかも刃でなく刀身の表面。

 

 足を止める事も考えるが、その動作をしたことによるロスで避ける前に大槍が来るのは確実なので、そのまま進む。

 

 体感時間で言うと、残り五秒。

 四、

 三、――跳躍。

 

「―――――――、っ、あ、アアァ――――!!」

 

 靴底をわずかに掠るもなんとか飛び越え、少し体勢を崩しながらアキラへ蹴りを叩き込む!

 

「なっ――くっ!」

 

 驚きの声を上げながらあっさりと防ぎ、その衝撃から長く伸びた靴跡を残して、後ろへと引き摺る。

 不着地し、転がる拓海はすぐに立ってその跡を追い、対しアキラは逃げながら再び攻撃を繰り出す。

 

 一突。避ける。

 一閃。これも避ける。

 

 薙ぎ、振り下ろし、振り上げ、乱れ突き!

 一撃一撃が、徐々に本気になってスピードが上がっているにも関わらず、全てを拓海は間一髪のところで回避する。

 

「悉くを避けやがって……! まさか手前、見えていやがるな!?」

 

「……、いいや、見えちゃいない。ただ、諸事情で俺は他人よりちょっとばかり、怖がりでね。危険を察知すると、体が敏感に反応する癖があるんだ。

 これ、結構疲れるから、普段は不便なんだけど、今回は役に立った。それだけだ!!」

 

 言い切ったと同時に、痺れていない左足で跳躍。

 先ほどと同じように懐に潜り込み、渾身の力を込めて右腕を引き絞る。

 

「ハァ――――!!」

 

「ぐ、――ぅ――――!?」

 

 そして放たれる右拳!

 しかし今度は大槍を盾に防がれ、アキラはその体勢のまま後ろへ引き摺られる。

 

 その衝撃を受けたその指は、わずかだが震えている。

 我ながら、創喚者の癖にとんでもない威力だ。

 内心引きそうだと思いながら、拓海は震える右腕を隠すようにして、再び走り出す。

 

「っ、この……! 調子に、乗るなァ――!!」

 

 そうして突き出された大槍。その切っ先から光が集まっていく。

 十中八九、砲撃だ。

 貯めに時間はそう掛からないと聞いている。

 広範囲に及ぶ攻撃故に、ここから退くには更なるスピードが必要になる。

 さらに言えば打つ度に肉体が消耗するのに合わせ、回避の為に常に神経を研ぎ澄ませていたこともあって、疲れが表に出始めている。

 

 回避は不可能。

 このままではなす術なく、だが今の拓海に諦めるという選択肢はない。

 かと言って弱い人間である自分一人では、どうしようもない。

 だから、

 

《頼む!》

 

 誰かに助けを求める事を、躊躇わない――!

 

「まかせろ」

 

 呼びかけたその時、目の前に白いジャケットがフワリと広がる。

 

「【魔弾】【装填】」

 

 拓海とアキラの前に躍り出た亮は、カリバーンを支えに、銃剣・カラドボルグを突き出す。

 その切っ先――銃口には大槍と同じように光が溢れ出している。

 先程と同じ魔力弾を放とうとしているようだが、文字通り、砲弾と銃弾ほどの違いがある。

 このままでは何の意味もない。

 

「【全魔力装填(チャージ・フルカウント)】!!」

 

 だからもう一つ、詠唱(ことば)を増やす。

 すると銃口の光が膨れ上がり、すぐにそれは目の前のものと同等の大きさになっていく。

 同時に亮の体内にある魔力が、尋常でないスピードで減っていっている筈だ。

 次第に、残存魔力を全て使い切るだろう。

 元々容量そのものが少なく、気以外は空になっても命に別状がないので、そこは差して問題はない。

 

 だがそれは――

 

「――ブッ飛べ」

 

「ッ、【発射(フォイア)】――――!!」

 

 再び砲撃が撃ち出され、亮も合わせるように引き金を引く。

 放たれた二つの砲弾はぶつかり合い、相殺、爆発。

 鳴り響く二つ重なった怒号にも似た爆発音と共に、砂煙がその場を包み込んだ。

 

 ――瞬きの静寂。

 思わず拓海は口を開き、

 

「どうなっ――」

 

 そう言葉を発したその時、目の前の砂塵から飛び出す物体。

 今頃感じる腹への感覚。しかし心構えもなにもなく、ただ咄嗟に身体が動き――

 

「――失礼」

 

 後ろから瞬来する影が一つ。

 突き出されようとした熱を帯びた大槍を弾き、それは拓海の手を掴む。

 

 大槍を中心に巻き起こる熱風が拓海の顔に掠めた次の瞬間。

 拓海は、その影に引っ張られ、気付けば数メートル後ろにいた。

 

 温存していたのか、これまで以上の速度を短いながら感じ取る。

 しかし、それとは別に、握られた手の力が弱かったような……。

 

 何はともあれ、危機は脱した。拓海は安堵の息を吐く。

 ひとまずその影……亮に礼を言おうと振り返り――目を瞠った。

 

「……チッ、手前まで風変わりしやがって。これも創喚者の趣味かなんかか?」

 

「どうかな。ただ、これはこれで役には立つんだぜ?」

 

 そこにいたのは、亮であるのは間違いなく。しかしその風貌はまるで違っていた。

 

 肌は青白く、緑色に変色した髪は肩にかかるくらいまで伸びていて、さらに耳が少し長く、尖っている。

 ――即ち、エルフ。

 ファンタジー物には欠かせない種族として登場する種族・エルフへと、亮の体が変異していた。

 

 

 ――亮の物語(せかい)には、追放者(アウトサイダー)特異者(イレギュラー)という種族に関係なく分けられた、はみ出し者達がいる。

 

 追放者とは、基本、出ることのない種族間に分けられた国から旅立っていった者。あるいは文字通り、何らかの理由から追放された者の事を言い、

 特異者とは、姿・力問わず、それぞれの種族では普通ありえない特徴を生まれつき持つ者の事を言う。

 

 

 亮はその両方に該当し、そのうち特異者である事が、その変わってる(・・・・・)事に関係していた。

 理由もまた二つ。

 一つは、人間にも関わらず、他種族の力を(容量は少ないが)持ち合わせていること。

 そしてもう一つは、

 

(……肉体変異体質(メタモルフォーゼ)。人間が持つ力である気以外の力が底をついた時、力が無理に回復しようとして過負荷(オーバーロード)を引き起こし、その影響で力の本質が肉体に現れるようになるという体質)

 

 容量満タンになるまでその状態が続くが、容量そのものが少ないので長続きはしない。

 早めに回復する為の複製アーティファクトも所有しているので、精々三分くらいか。

 それぞれの種族特有の特徴・肉体の強みが現れる為、戦闘ではかなり有用なものであるのは間違いないのだが……

 

「……良かったのか? お前。嫌いな筈だろ、それ」

 

「ん。まあ、そうだけどな。自分の創喚者が体張って勇気出してるんだ。好き嫌いは抜きにして、使えるものは使うべき、だろ?」

 

 そう言って、亮はニッと笑った。

 そういう風に書いたのは、他ならぬ拓海だと知っているだろうに。

 例え拓海自身に自分の存在がかかっているとはいえ、こんな馬鹿な創喚者の為に使うのだと、亮は言うのだ。

 

「……だったら俺は、それに応えないと、だな」

 

「ああ、ぜひそうしてくれ。これについての報酬だが、なにか美味いものでも食わせてもらうだけで手を打ってやるよ」

 

「あっ、報酬いるのね。いや、むしろどう労おうか考えてたから、いいんだけどね。

 まあ、後で色々食べさせてやるから楽しみにしてくれ」

 

「そいつは楽しみだ」

 

「話、終わったか?」

 

 冗談交じりの会話に一区切りつけたタイミングで、擦り傷と埃だらけのアキラが声をかけてくる。

 

 見るとアキラは、事前に聞いていた通り、血を刃に滑らせていた。

 すると真っ赤に煙を噴いていた刃は、冷めるように元に戻っていく。

 不思議な行動を実際に目の当たりにした拓海の脳は、自然と記憶を漁り出し、

 

「……真っ赤になっていた刃。煙が出るほどの熱。血を浴びせれば逆戻る槍」

 

 ――そして、見つけた。

 

「あ?」

 

「ルーン。あるいはルイン。

 だからルーンルインか。安直だけど良い名付け方だ」

 

 それが多分、アキラの持つ槍の元ネタ。

 アルスターの戦士・ケルトハル・マク・ウテヒルを主な担い手とした、ケルトハルのルーンとも称された槍だ。

 その穂先にどす黒い液――血の煮液や毒液に浸さないと柄そのものが燃え出す他、あることから自滅の凶器や予兆の槍とも言われた、いわくつきの代物。

 

 それをアレンジして出来たのが、あのルーンルインなのだろう。

 恐らくあの刀身に表れていた熱は、元々ああなっているのが普通なのだ。

 その熱を冷ます為、または遅延させる為に、ああして毒と認識させたらしいアキラの血を塗っていると見る。

 

 そして定期的に吐き出さないといけないのであろう、溜まった熱を解き放った結果が、あの砲撃だということになる。

 

「で、合ってるか?」

 

「……ええ、その通り。大元はそれで間違いありません。ですが、それを知ったところでどうにかなるとは思えないのですが」

 

「そうでもない。それならそれでやりようはあるって思ったけどな、俺は」

 

「なるほど、なにか考えがあると。ですが――」

 

「それまで手前が保つとは、思えねェな」

 

 その断言に、拓海は口を噤んだ。

 

 ――やっぱり、バレている。

 

「分かるぜ。手前、そろそろ限界に近いだろ。そもそも身体強化を使って五体満足なのも驚きだが、一発殴った後も動けるのも不思議なくらいだった。だがそれも分かったぜ。

 あれだろ、あの、あー、アド、あど、ado……」

 

「……もしかして、アドレナリンですか?」

 

「そうそう、レナリン、レナリン。それで動けていたわけだ。だが長くは保たねェ。精々、あと一発が限度ってトコだな。それ以上は体どころか命に関わりかねねェ」

 

 ……アキラの言う通り、痛みをイマイチ認識せずに立っていられているが、手の尋常でない震えは隠せていない。

 後一発殴りにいくくらいで、限界を迎えるだろう。

 

 ――それでも。

 

「……あの様子、まさか分かっていてこうしているように見えるのですが」

 

「らしいな。しかもまだやる気すらみえる。――死ぬ気か?」

 

 震える右手で拳を作り見据える拓海に、二人は呆れたように言うまでもない事(・・・・・・・・)を問うてくる。

 

「そんなわけあるか。俺だって命は惜しい。けど、大切な人を守るためなら、命くらいは賭けるものだろ。

 その上で、生きて帰る。俺の人生は、その人がいてこそのものだから。――だから、多少の無理は押し通る」

 

 右腕に力を込める。

 アドレナリンが切れ始めたのか、ピリッとした感覚が右腕から全身に伝う。

 

 こんな状態で立ち向かうなんて、普通に考えたら無謀だ。けれど、それは自分がそう怯えているだけ。

 無茶、不可能なんて言葉は、自分のさじ加減でしかないと、彼らの存在そのものが教えてくれたから。

 

 それにどちらにしても、未来はともかくアキラは見逃してくれるようなタチではない。

 なら、まだ休むわけにはいかない。

 

 動けなくなる前に、終わらせる――!

 

「良い啖呵だ、無謀さを考えなければな。

 手前はどうだ、アイサカ。幻衛士としては創喚者の蛮行は止めるべきなンじゃねェのか?」

 

「そうかもしれないな。だがオレは、そうしてがむしゃらに走る創喚者の方が好ましくてね。そんなこいつがそうしたいと思ったのなら、オレは出来る限りの手を尽くす。それだけだ」

 

 迷いなく言ってのけた亮に、アキラは口角を上げる。

 

「……ククッ、2人揃って大バカとはな。嫌いじゃねェぜ。オイ、名を聞かせろ」

 

「……紫苑拓海」

 

「シオンか。よし、良ーく覚えとくぜ。だから安心して、オレらの糧になってくれや」

 

 そう言って、ニヤニヤと穂先を向け構えを取る。

 その表情とは裏腹に、少し緩んでいた周囲の雰囲気が一気に引き締まっていき、亮も両手の剣を逆手に持ち替える。

 

 ――ああ、でも。ふざけた態度であるのは間違いない。

 あの顔はどう転んでも勝つのは自分達だと、ほざいているようなものだから。

 

「……なに勝った気でいやがる。勝つのは俺達だ!」

 

「ハッ、言ったな! ならやってみろ、そして刻め! このオレをなァ――――!!」

 

 名乗りと共に踏み出される一歩。

 跳躍のタイミングもまた同時。

 しかしその速度には先程以上に、それこそ雲泥の差があり、亮はアキラの背中に回っていた。

 

 通り過ぎ様、無防備なその首を刈り取らんと振るわれた聖剣。

 しかしそれは容易く弾かれ、お返しにアキラが大槍を薙ぐ。

 

 その一撃を亮は風の流れに身を任せたかのようにするりと躱し、その先にある壁へと着地、跳躍。

 そしてまたアキラへと剣を振るい、防がれ、反撃を避け、着地して跳び――それを繰り返す。

 何度も、何度も。しかし変化はある。

 その跳躍の速度が、繰り返す毎に疾くなっているのだ。

 

 変異した身体にはそれぞれの特徴が存在し、エルフ化――物語的には魔族化――は身軽で、どんなに障害物があろうとも速度を落とさず通常の倍の速さで駆け巡る事が出来る。

 代わりにデメリットとして、腕の筋力、それから体重すら落ちてしまっているが……だからこそできる戦いがある。

 

「【技能】、【発動】【身体強化Type.S】!」

 

 本を開いて二本の指で文字をなぞり、顕れた球体が亮の元へと飛んでいく。

 壁に着地しながら亮はカラドボルグでそれを裂き、壁を蹴ると巻き起こる衝撃と共に、アキラへと突貫する。

 

 黒剣を放り、手には聖剣を一つ。

 前に掲げ、雷纏う来珂にも匹敵する速度にかかる風圧を、この剣に乗せる。

 

「【壱ノ剣】――」

 

 それは(キバ)を剥き、疾走する狼の如し。

 本来の動きとは違えど、隙を見て、気づかれる前に相手の肉を噛み千切らんと速度を乗せて振るう我流の剣術が一。

 

「【迅狼(ジンロウ)】――――ッ!!」

 

 風が鳴き、赤が散る。

 その牙は確かに、アキラの認識が追いつく前に、その肉を食い斬った!

 

「ッッッ、っぶねェ!!」

 

 しかし、狙いは逸らされる。

 頭を狙った振り下ろしの一太刀は、割と感の良いアキラが横にズレる事によって外れ、結果、左肩を少し裂いた程度。

 

「クソ、やる、なァッッ!!」

 

 悪態混じりにアキラは大槍を大振るい、発生した突風によって亮は吹き飛ばされてしまった。

 

(……まっ、こうなるよな)

 

 想定内だったのか、驚きの声もなく難なく着地し、さりげなくカラドボルグを回収する亮を見ながら、拓海は一人愚痴る。

 拓海も亮も、どれだけ速かろうがこんなあからさまな一撃で決まるとは、微塵も思っていない。

 これでそうなるのなら、来珂達との戦いで既に終わっている。

 

 だから、今はこれで良い。

 わずかでも疲労させ、亮に思考を割かせるだけでいい。

 

「まだまだ、これからだッ!!」

 

「――、――――ッ!!」

 

 亮の啖呵と共に、地面を踏み締め、駆け抜ける。

 徐々に膨れ上がる痛みに耐えながら、ただ走る。

 亮の速度に翻弄されているアキラは、まだこちらに気付かない。

 

 このまま、行ければ――!

 もう少しで射程圏内。拓海は右手を握り締め、

 

 

「――【一時停止(とまれ)】」

 

 

 ――そして、止まった。

 前回と同じ、数秒間こちらの動きを止める能力。

 それを耳にしたことによって、拓海と亮はまたしても硬直させられた。

 

「全く。私もいるのに、気付かないわけないじゃないですか」

 

 そう声を掛ける未来。しかし前と違って拓海の裾を掴んでいない。

 裾を掴んでいたのは、瞬間移動に巻き込むためであって、この能力には関係なかったらしい。

 

「ともかくこれでチェックです。アキラさん!」

 

「応よ」

 

 気付けばアキラは拓海の前に来ており、その切っ先をこちらへ向け、光が集束していく。

 数秒後、動き出す体。しかしどうみても穂先の熱は砲弾として完成している。

 

(――間に合うか!?)

 

「【技能】【発動】――――」

 

 拓海は急ぎ二本指でなぞっていた(・・・・・・・・・・)もう一単語(・・・・・)を口ずさみながら、あるものを掴み――

 

 引き金は引かれ、炎の塊を叩きつけられた。

 

 

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