吐き出された炎は、確かに拓海へと着弾した。
そこに爆煙が広がる。
手応えはあった。
幻衛士ならともかく、普通の人間である創喚者があれを受けてはまず生きてはいない。
(なのに、なんだ?)
だというのに、アキラは確信しきれずにいた。
歯になにか挟まったような違和感。
こうならないと可笑しいとおもっている自分がいて……。
「……ア?」
その時。ふと目に入ったのは、地べたで座り込んだままの白の創喚者とその幻衛士だった。
「っ、どこまでできるか、分からない、けどっ。やるだけ、やってみる。だから――真里華?」
来珂はアキラ達を迎え撃つつもりなのか、無理矢理身体を動かそうとしている様子が見受けられる。
そんな来珂に、真里華は言う。
「――大丈夫」
「――――――――」
その声を、表情を見た瞬間、全身の毛が逆立つ。
そうだ、奴が落ちたのなら、彼女が泣き叫んでいなければおかしいだろ――!
その違和感の正体に気付いた次の瞬間、目の前の爆煙をかき分けて、突貫してくるものが一つ。
少し焦げた黒いジャケットのようなもの……ブレザーが目に飛び込んできたのだ。
「驚きはしたが、これくらい、熱を冷ますまでもねェ!」
払い除ける為、そのままの状態で大槍を振るう。
「――知らないなら教えてやる」
姿の見えない彼の言葉と共に、大槍は間違いなく直撃し、
「そういう発言はな、フラグって言うんだよ」
――鉄を叩くような、甲高い音が鳴り響いた。
「なっ――」
流石に目を見開く。一体どういう――いや、待て。
そういえば撃つ前に
『武具強化Type.D――!』
それが砲撃を放つ前、微かに聞こえた拓海の声。
身体強化の時、タイプ〇〇と続けていたが、それは恐らく強化時のステ振りの方向性を意味している筈だ。
そのうちのNがノーマルの略であれば、頭の悪いアキラでも他の答えは簡単だ。
確かに今身に纏っているものを防具と仮定して強化する事は簡単に思いつく。
だが問題はそこじゃない。
ブレザーを、防いだ槍ごと押し退けて少年が――拓海が前に躍り出る。
一時停止は使った。血を垂らす時間はない。
まだ逃げようと思えば逃げられるが……
(こんなところで晒すつもりはなかったが……!)
ここまでなりふり構わない奴は、もしここで逃す事になれば後々面倒になる……!
そう考えたアキラは一度手を離し、刃近くにあるもう一つのトリガーに指をかける。
「――なるほど」
その時、ポツリと、拓海が呟く。
突如一つの物体が高速で飛来し、掴むはずだった大槍が弾かれてしまった。
物体の正体は、純白に染まった西洋剣。
「――ッ、の野郎ッ! 自分の得物の扱いどうなってンだ!?」
間違いなく亮の奴が、いつも世話になっている筈の自分の愛剣を、投げ飛ばしたのだ――!
「悪いとは思ってる。が、弾丸を入れる時間もなかったし、仕方ない。――さあ」
そうしてなにやら呟くと、亮は不敵に笑った。
《決めろ、拓海!》
その言葉に応えるため、ほんの少しでも、アキラの意識が亮に向いている内に。
拓海は前を進み、アキラの懐へ。
あれくらいなら、暴発などしないと推測していた。
いくらどれくらい保つか分からない奴であっても、対策出来ると言われて顔色一つ変えない者は普通いない。
馬鹿でも経験豊富なアキラはともかく、未来は拓海達と同じく初戦の筈。
感情を出さないように努めていたとしても無理がある。
とすれば、余程のことがなければ、その状態でも砲撃を撃つことさえ出来ると考えられる。
ここまでは亮と同意見。
そこから先。
刃にある、
あれは恐らく、もう一つのトリガーにあたるモノ。
そこへ手を伸ばし始めていたから、万全を期す為に亮は弾き飛ばしたのだと
「アキラさ――」
「おっと、流石にこれ以上はやらせねえぞ」
推測は恐らく合っていた。しかも手ぶらの状態に持ち込んだ。
その上、援護しようと本をめくり出していた未来まで、亮はカラドボルグを向けて抑えてくれている。
(ここまでお膳立てされたんだ――)
ならば、やることはもう、一つだけ――!
「マイス、!?」
未来に意識を向けていたが、すぐハッと我に返るように、アキラが気付く。
しかし、既に拓海は射程圏内――懐に入っており、右肘を引き絞っていた。
これ以上は保たないのはもう分かってる。だからこの一撃で――!
「うおぉぉぉぉォォォ――――――!!」
雄叫びを上げ、拳を握ろうとして、――全身の毛が粟立った。
「――【溢れろ】ッッ!!」
突如、アキラの身体から炎が溢れ出し、危険を察知した肉体が避けるように足を止める。……止めて、しまう。
《マズい……! 前に出ろ、拓海!》
焦燥の声が脳内に響く。
無理だ。これ以上、迅速な動きは出来ない。
肉体は既にギシリと軋むような感覚と共に、痛みがぶり返し始めているから。
「惜しかったな」
それを察しているのか、アキラは飄々と――どこかホッとした様子で――拓海にそう言って足を後ろへ下げる。
このまま打っても、空振りは必然。
この一撃を外してしまえばその手に魔槍はなくとも、既に動けなくなった拓海の身体に風穴を開けることくらい、わけないだろう。
(駄目、だった…………?)
アキラの惜しかった、という言葉が本音であれば、もう少し気付かれないように動ければいけたのかもしれない。
しかしそれはもしもの話。覆せる手はもうない。
健闘虚しく、アキラは拓海の届く範囲から下がろうとしたその時。
ある方向から、ナニカが飛来した。
「ハッ?」
それはアキラの真後ろに突き刺さり、一瞬アキラの足が止まる。
見ればそれは、どこか見覚えのある細く尖った剣で……。
「――【
「ガッッッ――――!?!?」
細剣に蓄積していたらしい少しの電が、地面を伝ってアキラを襲い、その身体の動きを止めた。
「拓海――――――っ!!」
真里華の声に応えるように、前に進む。
ただそれだけで、体中に響く痛みが大きくなる。
これ以上動くのは難しいだろう。それで進めたのはたった一歩だけ。
そう、たかが一歩。――されど一歩。
少なくとも離れ始めていた距離は縮まり、アキラとの距離は手の届くところにある。
ならばもう一度、拳に力を込める。
強く、強く。
今まで通り、それでいて今まで以上に。
すると爪が食い込み、手から血が流れ出す。
ギギギ、と身体が軋むような感覚から、肉体が警報を鳴らしているのが分かる。
(――知るか、そんなこと)
これだけのチャンスは、もう来ない。
なら無茶で元々、このたった一度にすべてを掛けるしかない。
だから全力を越えて、死力をこの一撃に――!
「これで――――!」
地面を踏み締め、腰を捻る。
ここでアキラが動き出すが、遅い。
今度こそ、なにか割り込む隙間もない。
素人同然の、不格好な構えから引き絞った拳は、豪、と唸りを上げ――
「終わりだァァァアアア――――――!!」
無防備なその鳩尾に一撃は放たれ、アキラは投げた紙くずのようにフワリと空を舞う。
そして地面に叩きつけられると、少しの間身動ぎして、そのまま動かなくなった。
……耳を澄ませば聴こえる呼吸音と、それに伴った胸の動きからして生きているはずだ。
だが、それでも。亮は立っている。来珂もいる。
――勝敗は、決した。
(ギリギリ、だったか)
少し呼吸整えていると、ちょうど制限時間を過ぎたらしく、結界が解ける。
粒子と光が舞う幻想的な光景を前に、拓海はホッと息を吐くと、途端に力が抜けて、
「――――――――――」
「拓海っ!!」
突如、身体を駆け巡る激痛、鈍痛。
崩れ落ちるように倒れる寸前、駆け寄ってきていた真里華が支えてくれる。
「大丈夫か?」
そう言う立場上、本来なら支えるべきである亮は、倒れたアキラに剣を突き立てている。
「ん、まあ、指一本も動けそうにないけど」
「そりゃ、あんな無茶すればな。……それで、どうする?」
亮は問う。アキラ達の処遇を。
このまま斬ってもいいのか、それともどうするか。
「そう、だな。……よし。真里華、悪いんだけど、このまま俺をあいつらのところまで連れてってくれないか?」
「……ん、了解」
言うと思った、と言わんばかりに真里華はため息交じりに苦笑すると、少し体勢を変え、二人三脚の要領で腰を掴んでゆっくりと動き出す。
「私も手伝うよ」
二人三脚と違い、全体重を預ける為に体勢が崩れそうになるのを見かねてか、真里華の反対を来珂がサッと支えてくれる。
「ああ、助かる。ありがとう」
「うん。……それから、ごめんね。さっきあんなこと言って」
「さっきのことなら良いって。実際、そう言われても仕方ないくらい情けない姿を見せていたし、今もそうだからな」
「いいや、少なくとも今は違う。うん、凄く男の子してた。カッコよかったよ。ね? 真里華。未だに顔赤いし?」
「う、うるさい! 余計なこと言わないで!」
「あー、はは……まあ、なんだ。それなら、よかった」
怒りやら羞恥やらでさらに顔を赤くする真里華をみて、顔の熱を誤魔化すように笑う。
そうしている内にアキラの前に到着すると、一旦気持ちを切り替えた拓海は、ひとまず「よお」と軽く声をかけてみる。
「とりあえず、生きてるか?」
「……ああ。体を起こすことも一苦労しそうなくらい、キチィがな」
治すことは出来るだろうが、そんな隙は与えられると思っていないのだろう。
現にアキラは力を入れる様子はなく、脱力した状態でこちらを見ている。
「お前が本気だったら、こうはなってなかったと思うよ」
アキラの敗因は、主に慢心と注意散漫の二つ。
いくら力を近付けたとしても、今の拓海と彼等には圧倒的差がある。
最初からその気だったなら、そもそも戦いにすらならなかっただろう。
「そうケンソンすンな。少なくとも途中からは本気だったっての。その上でオレをブッ飛ばしたンだ。誇れよ」
「……わかった。なら、言わせてもらう。俺達の勝ちだ」
「……ああ、オレ達の負けだ」
そうして告げた勝利宣言に、アキラは、そして未来は静かにそれを受け入れた。
「まあ、だからってお前を――」
「あー、わかってっから、みなまで言うな。……悪いな、創喚者。つーわけだ。短い間だったが、世話ンなった」
「……いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
続けて話そうとした拓海の言葉を遮って、二人はそのまま今生の別れ話を始め出す。
まあ確かに、普通に考えればそういう話に移行していってもおかしくないが――
「改めて、待たせたな。手前の勝ちだ。そら、煮るなり焼くなり好きにしやがれ」
「えっ、嫌だけど」
「「はっ?」」
「かわりにしばらくの間、ここにいる全員、それぞれ敵対行動を取らないようにしてもらうから」
「はあァッ!?」
もうちょっとこっちの話を聞いてから結論を出してほしいと思いながら、拓海は呆れ気味にそう言った。
「あっ、このままじゃ体勢キツそうかな。亮、悪いだけどこいつの体起こしてやってくれないか?」
「
「あっ、おう。……って、待て待て待て! オカシイだろ!?」
「なにかおかしいか? だっていまお前、俺達が勝ったって認めただろ?」
「だからってなンでそうなンだ! 素直にトドメを刺せよ!」
寝そべったままだったところを、亮の手で起こされたアキラはただただ困惑している。
真里華達に手伝ってもらってゆっくりと腰を下ろしながら、拓海は嘆息を零す。
「気軽にトドメを刺せなんて言うがな。良く考えろ、今日が開催初日で、俺に至っては亮を創喚してまだ半日くらいなんだぞ?
今の今まで戦いとは無縁だったのに、自分で手を下さないからって、おいそれと自分の願いの為に殺せる意思なんてすぐに持てるわけないだろ」
ついさっき亮達だって生きているのだと解ったのに、その矢先に幻衛士なのだからと割り切られるわけがない。
出来たらその人は、薄情者か心がないに違いないだろう。
夢現武闘会の参加者である以上、単なる先延ばしになるということも分かっている。
そうなれば今回のように上手くいく保証なんてない事だって百も承知だ。
「それに――」
勿論、それだけが理由じゃない。
まず、拓海には夢はあっても願いがない。
それがあれば、アキラの言うようにトドメを刺すのも、選択肢に入ったかもしれない。
だが別に今叶えてほしいと思うものがないのに、誰かの願いを踏みにじるのは、憚れた、というべきか。
(ああいや、違わないけど、違うか)
考えてみたら、これは建前だ。
本心ではあるが、これもそれも全部後付けだ。
結局のところ――
「単に、俺がそうしたくないんだ」
ヒーロー云々抜きにしても、変わらない。
そうだ。本当のところ、特に理由なんてないのだ。
無理矢理あげるなら、その方が気分が良いからという、自分本意で単純明快な答え。
「……ンだそりゃ、考えなしにも程がある。そりゃァもう馬鹿を通り越して愚か者のやることだぜ」
「知るか。愚かだろうがなんだろうが、どっちを選んでも後悔するなら、自分が望んだ方を選んで後悔したほうがいいだろ。
よく言うだろ? やらずに後悔するよりやって後悔って。あれと同じだよ。それに……」
――真里華の前で、そんな真似はしたくない。
「……なァ〜るほど?」
真里華の方へチラリと目を向けると、それに気付いたアキラは納得したのか滲み出した苛立ちの表情から一変、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
顔だけでもうるさいって思ったの初めてだ、そう思いながら、熱くなった顔を背ける。
「待ってください、なに納得しようとしてるんですか! 紫苑さんも分かってるんですか、これは口約束でしかないんですよ!? 私達がそれを守らなかったらどうするんですか!!」
アキラの様子を見て、慌てて待ったをかける未来に、拓海は一つ確信して笑みを浮かべる。
「それは大丈夫でしょ。知り合って少しの間だけど、植野さんが優しいのは分かる。その優しさを信じてるから」
「んなっ――――」
「仮にもしそうなっても、まあ、その時はその時だ。それまでに手札を増やして相手をするまで。で、いいよな、亮」
「ま、反対する理由はないかな。そのかわり、また戦うときが来ても良いように、拓海にはそれ相応にキツい思いをしてでも力をつけてもらうので、そのつもりで」
「うっ……の、望むところだっ」
拓海は思わず顔を顰め、対して亮は笑う。
拓海の選択を甘いと、間違っていると誰もが言うだろう。
だがそれがどうした。
どれだけ馬鹿げているとして、紫苑拓海は自分がそうしたいと思ったことを突き通す。
臆病風に吹かれても、ワガママであり続ける。
「……それで、どうする? まさか敗者が勝者の言う事を聞かない、なんてこと言うわけないよな?」
これからの事を一旦、頭の端に置いた拓海はニヤリと笑って、ギリギリ動く左手を差し伸べる。
すると、アキラは呆れたように笑い返し、
「……まさか、ンなブスイな真似しねェよ。なァ、創喚者」
「……そう、ですね。まだ残れるのなら願ってもいない事ですから」
未来と共に頷いて、その手を掴んだ。