夢と現のクロスロード   作:佐月栄汰

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 翌日。午前六時頃。

 久しぶりに早く目覚める事が出来た拓海は、ゆっくりとベッドから起き上がり、軽く背伸びをする。

 気持ちも、頭もスッキリしている。

 

(こんな清々しい気分になったのは何時ぶりだっけか)

 

 そんな事を思いながら軽く体を解した拓海は、一度二度、右手を開き閉じる。

 

「……うん。今のところ大丈夫そう」

 

 痛みもなく、違和感もない。

 拓海には完全に治っているように思える。

 だが治療した亮と来珂曰く、

 

『治っているように見えても形だけ』

 

『特に右腕は専門じゃないオレ達の腕じゃ完璧には無理だ』

 

 とのことなので、ひとまずは無理に動かず右腕も動かさないようにするつもりだ。

 

「よし」

 

 確認を終えたところでベッドから離れると、今日も平日なので、登校の準備を始める。

 制服に着替え、部屋から出て階段を降りてすぐ洗面所へ。

 顔を洗って髪を下ろ、そうとしてすぐ髪を後頭部に集め、ゴムで纏める。

 

「おっ。おはよう、拓海」

 

 リビングに入ると、亮が出迎えてくれる。

 真里華以外にこういうやり取りをしたのは久しぶりで――その真里華はまだ来ていないようだ――少し嬉しくなって顔が緩む。

 

「ああ、おはよう、亮」

 

「ん。それで体、特に腕の調子はどうだ?」

 

「今のところは問題ないよ」

 

「そうか。なにかあったらすぐに言ってくれ。出来る限りの処置はする」

 

「その度に変化してたらキリないだろ。帰ってきたら天使族の誰かを創喚するつもりだから大丈夫」

 

「あーまあ、その方がいいか。ちなみにおすすめはオレの義妹そのイチな」

 

「はいはい、呼ぶよ」

 

 ちゃっかりしてる亮に苦笑しながら、キッチンに入る。

 

「さて」

 

 掛けてある二つある内の青い方のエプロンを着た拓海は、冷蔵庫の中を確認しながら思案。

 少し覚束ない手つきでちょっと久々の調理に入る。

 

 

 ――あの後、アキラ達と手を取り合った後。

 

『どうやら、ベストタイミングだったようだね』

 

 亮の手で治療中の時に楓が時亜を連れて戻ってきたのだが、その彼女と言えば拓海を見るや否や、拓海に向かって爆走してきて捲し立て出したのだ。

 

『あ、兄貴、兄貴! ねえ、なんなのあの人、怖いんだけど!? それと大丈夫!?!?』

 

『あー、ひとまず落ち着け。俺の容体をついでに聞くな、大丈夫だけど。それでなんだ、使わなかった奥の手でも内容含めて暴かれたか?』

 

『なんで分かんの!? こっっっっわ!!』

 

『それはお前、楓だからとしか……』

 

『酷いなあ。私はこんなにも葵氏を気に入っているというのに』

 

『こわいあとこわい。たすけてあにき』

 

 縋りつく青褪めた時亜を宥める拓海を他所に、ニヤニヤと怖い笑みを浮かべて近付く楓。

 そしてその楓に恐怖し、拓海の後ろに隠れる時亜。

 に、ちょっと嫉頬を膨らませる真里華という、あっという間にカオスな状況になったのを思い出して、くすりと笑みが溢れる。

 

 その後しばらくの間、停戦する提案をしたところ時亜はあっけらかんとした様子で『おっけー』と了承したので、拓海は拍子抜けしたものだ。

 

『願いはあるっちゃあるけど、叶えてもらうもんでもないしね。だから美月と会えただけでもラッキー! って感じだし、もしもの時はギブアップする気だったから心配ごむよーだよん』

 

『私も概ね同意見だね。そもそも私は同志の味方のつもりだ。君がそういうのなら、わざわざ武器を向ける意味はないよ』

 

 そんなわけで一悶着一つなく話は終わり、拓海が一人で歩ける程度に回復した後、現地解散。

 亮の寝室を即興で準備し、晩飯を食べることなくそのまま就寝。

 

 そして今に至る。

 

「……あれ、拓海?」

 

 少し残った眠気からか朧げだった記憶が鮮明になった頃、真里華がキョトンとした顔でキッチンに顔を出す。

 リビングを見れば来珂も来ている。

 

「おはよう、真里華」

 

「あっ、うん。おはよう拓海。急にどうしたの?」

 

「ああ、心機一転、まずは日常生活から。ヒーローをもう一度目指すって決めたからには、真里華に任せっきりなのもどうかと思ってな」

 

 元々朝っぱらから悪いって思ってたので、きっかけとしてもちょうどよかったのだ。

 

「任せっきり、って言っても全部任されてるの料理くらいじゃない。それに好きでやってるから別にいいのに」

 

「俺もやりたいからやるんだ。今までが今までだったから、少なくとも人並みには、真里華の手がかからないくらいには頑張らないと――」

 

 と、ここで真里華が寂しそうにしている事に気付く。

 だが、ここで引けばお互いの為にならない。

 ここはグッと堪え、

 

「…………いけないと思ったけど、そういや久々だったし、ちょっと覚束ないんだよなー。人数も多し、真里華、手伝ってくれないか?」

 

「! うん!」

 

 られるわけが、拓海になかった。

 

 というわけで二人で支度を始めて四、五十分後。

 白飯、みそ汁、焼き魚、玉子焼き、野菜炒めというオーソドックスな朝食四人分をテーブルに置き、それぞれ座る。

 

「おお! これが本物の食べ物か!」

 

「日本で一般的と言われる朝食セットだ。これ以外にも、色んな食べ物がある。

 お前にはこれから色々と世話になるからな。高級なのは無理でも、できる限りは用意してみるよ」

 

「それは楽しみだ。……ん? なあ、これなんだ?」

 

「あー、これはな――」

 

 食文化すら形骸化した世界観にいる亮に、フォークやスプーンの使い方と日本特有文化を教えて、両手を合わせていただきます。

 先割れスプーンを手にとって、覚束ないながら口にする。

 

「――――!! 不思議だ。ただの一口なのに、もっと食べたいって気持ちになる。これが美味いってことか」

 

「白米で大げさ……でもないか。まっ、じっくり味わってくれ」

 

「ああ」

 

 そう短く返事すると、亮はそこから一言も喋ることもなく、食事に集中する。

 

「んん〜〜〜〜!!」

 

 同じように唸り声を上げる来珂を見て、拓海と真里華は顔を見合わせて苦笑を返す。

 さて、と。

 今日も学園があるので、箸を手に取ろうとして――短い着信音が鳴る。

 

「ん?」

 

 鳴ったのは拓海の携帯機器。

 電源ボタンを軽く押し、ロック画面から通知履歴を確認する。

 

「………………」

 

 確認を終えた拓海は、喉が詰まらない程度に急いでご飯をかき込む。

 行儀悪いのは百も承知で食べながら楓にメールを送り、完食して食器を流し台に水に浸けて置く。

 

「ごちそうさま。悪いけど、先行ってくるわ」

 

「……もしかして、いつもの?」

 

 早々に鞄を持つ拓海に、真里華は悲しげに問う。

 手を止めたい、足を止めたい。けれど、

 

「ああ、楓との用事。でも大丈夫」

 

 そう。だってこれは、いつものように億劫な話ではない。

 

「今日で終わりだって言ってたから」

 

 むしろ終わらせる為に、向かうのだから。

 

「ほんとう?」

 

「ああ。というわけで、面倒なことは早めに終わらせてきます」

 

 そう断言すると、真里華は安心した表情になるのを確認して、すぐチラリと亮達に目を流す。

 亮はまだご飯に集中していて気づく様子はない。

 が、来珂は気付くと、拓海の意図を察してか片手を上げて振る。

 

「悪いけど、途中まで頼む」

 

「んー。まあ察してるだろうけど、昨日もしてたから言われるまでもないよ」

 

「あー……」

 

 やはり昨日の不自然な静電気は来珂の仕業だったらしい。

 苦笑しながら、拓海は手を上げ返し、玄関へと向かう。

 

「それじゃあ――」

 

「あっ、ちょっと待って!」

 

 一旦箸を置いた真里華が、早歩きで近寄ってくる。

 

「ん、どうした?」

 

「昨日もだけど、髪、ちゃんとできてないから。やったげる」

 

「マジで? だったら、ごめん。頼んでいいか?」

 

「お任せあれ!」

 

 そう言って、拓海の髪ゴムを取り、再度結びだす。

 拓海がどれだけ拙かったかが分かるくらい、スムーズで痛みなく髪を纏め上げていく。

 

「わあ……」

 

 なんか変な声上げて興奮からか頬を赤らめる来珂がいるが気にしないでおく。

 

「これで、よし!!」

 

 纏まった髪をポンと叩くと、真里華は手鏡でみせてくる。

 さっきまでの拓海のがどれだけボサボサだったのかが分かる、完璧な仕上がりだ。

 

「ありがとう」

 

「お安い御用よ。それじゃあ気を付けてね」

 

「分かってるよ。んじゃ、改めて、いってきます」

 

「「「いってらっしゃーい」」」

 

 どうやら、会話には入らずとも周りはちゃんと見えていたらしい。

 返ってきた言葉に、拓海は口角を上げながら――亮には少し呆れながら――目的地へと走り出すのだった。

 

 

 

 

 七時二十分頃。

 前回と同じ校舎裏に到着した拓海は、ひとまず乱れた呼吸を整える。

 途中、送ったメールの返信が届いていたので、ロックを解除して内容を確認する。

 

(――やっぱり、あの時のはそういうことか)

 

 ありがたい気持ちと色々とガン無視で大丈夫か、という感情から、苦笑交じりの笑みが浮かぶ。

 

 たった今届いた楓からのメール。

 これは言わば保険。なにもなければそれでよし。

 でなければ、彼に対して反則と言わざるを得ない一手の準備を、頼んでいたのだ。

 

「今度、なにかお礼しないとだな」

 

 いつもそうだが、今回は特に世話になりっぱなしだ。

 なにをどこまでできるかは分からないが、この件が落ち着いて時間が空いた時、どうにかして彼女に借りを返そう。

 

「――誰だ、てめえ」

 

 ちょうどその時、待ち人来たる。

 蛇居がまず拓海の前に姿を現し、凄みを利かせてくる。

 

「し、紫苑です。紫苑、拓海」

 

「は? マジで言ってんの?」

 

「――どうも、本当に仲介くんのようだよ」

 

 答えると、初めて拓海の素顔を見て驚く蛇居を他所に、隠れていた吸値が前に出てくる。

 

「僕もまさか、と思ったけど、雰囲気や背丈からしてまず間違いない」

 

「へえ……」

 

 吸値の言葉を聞くと、蛇居がなにやらこちらをジロジロと見てくる。

 それは昔から感じていた目線と似ているようで少し違う感じがして、気味が悪い。

 

「君にどんな心境の変化があったか知らないけど、気になってはいたんだよね。仲介くんの素顔がどんなものか。それがこんな可愛らしいものだったなんて。ははっ、びっくりだよ。

 あー、本当――気持ち悪い」

 

「っ」

 

 嘲笑し、冷めきった表情、冷たい眼が拓海を射抜く。

 怖くはない。なのにそれに思わず、微かにだが身体が震えてしまう。

 半年もの間、彼等の下に付き、結果染みついてしまった『(くさり)』は、拓海の心を縛って離さない。

 

(このままじゃ、駄目だ――)

 

 今度こそヒーローになるというのなら、今縛りつけているものから解き放たれなければ、スタートラインにすら立てない。

 

 ――だから落ち着け。

 大丈夫、良くみろ。

 幻衛士達が漂わせる雰囲気に比べれば、雛と獅子か、それ以上の差があるのは一目瞭然だろう。

 

「すぅ――――はぁ――――」

 

 一度、深呼吸する。

 ゆっくりと目を開き、彼等をみる。

 

「……気に入らねえな、その目」

 

 睨まなくていい。

 ただ前を、目の前の相手の眼を見て、向き合う。

 拓海の平然とした態度に、蛇居は怒りを露にするが、それでも崩されない表情に吸値は舌打ちを一つ零す。

 

「別に、どう言われようとも構いません。それより、話したいことがあります」

 

「……僕に意見だなんて。仲介くんのくせに、ずいぶんとまあ、偉くなったものだ」

 

「………………」

 

「まあ良い。けどその前に、渡すものがあるだろ?」

 

 無言で昨日、帰りに楓から渡されていた紙を手渡す。

 受け取った吸値は内容を確認すると、満足そうに頷いて懐に納める。

 

「確かに。それで、話したいことがあるんだったね。ちゃんと聞いてあげるから、話してみなよ」

 

 ――来た。拓海は口の中が乾くのを感じ取る。

 ドクンドクンと心臓が鳴る。冷や汗も止まらない。

 『いつも』を崩す時は、なんであれ緊張をしてしまうものだ。

 

 けれど、このまま縛られていることは許されない。

 楽かもしれないけど、それでは何もできない。

 何者すらなれはしない木偶に、なるわけにはいかない。

 

「――すいませんが、今日で『仲介くん』をやめさせていただきます」

 

 ――だから解け。

 そんな(もの)は、ここに置いていけ。

 

「あァ!? てめえ、いまなんつったァ! そんなこと許すわけ――」

 

「待った。君、本気で言ってるんだよね?」

 

「はい」

 

「なるほど。……まあ、良いか。好きにしなよ」

 

「吸値!?」

 

「落ち着いて、蛇居。実は今回の情報が本当なら、これまでのを帳消しにできるくらい有益でね。

 今の僕はすこぶる機嫌がいいのもあるけど、正直、もう用はないんだよね」

 

 確かに、先程と比べると随分と明るく、眉間のシワもなくなっている。

 ……少し拍子抜けだが、余計なことはしなくて済みそうだ。

 

「つまり、君はもうお払い箱ってわけだ。さっさとどこかにいけばいい。

 ああ、でも。分かってると思うけど、僕たちの事を口にしちゃいけないよ? そんなことをしたらどうなるか、分かるよね?」

 

 こくりと頷くと、吸値は満足そうに笑みを浮かべる。

 

「結構結構。それじゃ、これからはもう気安く話しかけてこないでね。さあ、行こうか、蛇居」

 

 吸値は翻し、蛇居を連れて立ち去ろうとする。

 若干、拍子抜けだが、これで余計な縛りはなくなった。

 力んでいた体が、一気に解れていく。

 

(これで、心置きなくヒーローとして――)

 

「今日にでも、赤羽の華を僕の人形(おもちゃ)にできそうだよ」

 

 

 

「――――――――――――――――――――はっ?」

 

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