夢と現のクロスロード   作:佐月栄汰

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「ん? もしかして聞いてしまったのかな? いけないなあ、そういうのは」

 

「おっ、やっぱりこいつシバくか!?」

 

「それ、君がしたいだけだろ? 確かに、ただで逃がすわけにはいかなくなったけどね」

 

 ――彼等の言葉が、頭に入ってこない。

 

「まあ聞いての通りさ。今までの情報は全てその為。彼女は僕のお眼鏡にかなったわけなんだけど、なかなか隙がなくってね。けどそれも今日でおしまい。

 ありがとう、仲介……いや、紫苑くん。君のおかげでうまくいきそうだ」

 

「そこまで話していいのかよ?」

 

「構わないさ。もしもの場合でも、こんな奴にどうにかできるわけがない。しようとすれば君が動く。だろ?」

 

「それもそうだな」

 

 ――こいつはさっき、なんて言った?

 

「ふむ、そういえば彼女は君が小さい頃からの知り合いなんだっけ? あんなのと一緒にいたんだ、さぞ気苦労が絶えなかっただろうなあ。

 そうだ、もしその気なら君もこの件に一枚噛むかい? ああ、遠慮しなくていい。トモダチなんだから、褒美くらい与えるさ。

 ……まさか、断るなんてこと言わないよね?」

 

 ――誰を、どうするとほざいていた?

 

 繰り返し、繰り返し。

 何度も反芻していると、次第に脳の処理が追いついて――

 

(そういえば、赤羽の華って、真里華の学園内の二つ名、みたいなのだっけ。……ああ、そうか)

 

 ――そうして、ようやく理解する。

 

 こいつは、こいつらは――真里華の人生を壊すと、言ったのか。

 

「おい。てめえ、話聞いて――」

 

「――は。

 はははははははははははははははははははははははははははははははははは――――!!」

 

 わらう、笑う、嗤う!

 なんだかおかしくなって、拓海は狂笑する。

 

 二人が気味悪そうにみてくる。だが、どうでもいい。

 これを笑わずにいられるか!!

 

(守っているつもりだった)

 

 真里華も楓も皆、自分が身代わりになる事で、吸値達から目を逸らせていると思っていた。

 それで彼女が幸せであれば、隣にいられなくても構わない、と。

 けど、それは思い上がりだった。

 

「結局、守られていたのは俺の方じゃないか……!」

 

 なんて迂闊。なんて盲目。

 むしろ危険に晒そうとしていたのは、自分の方だったなんて。

 こんなのでヒーローを目指そうなどと言う、自分の愚かしさに腹が立つ。

 

(今ならまだ、間に合うか――いや、違う。間に合わせるんだ!)

 

 自分を責める隙などない。

 正直、来珂がいるから、どうってことにはならないだろうけれど。

 けど、このまま見過せば、少なくとも危険に晒すことになる。

 

 ――でも、今ならまだ止められる。

 自分の手で、そうなる前に終わらせられる。

 自分の不始末は自分でつけなきゃいけない。

 だから――

 

「こんどこそ、俺が守る番だ」

 

 既に縛るものは砕け散り、燻っていたものが溢れ出す。

 怒り。

 まんまと利用されていた自分へ。

 彼女を付け狙う二人へ。

 

 その感情を握りしめ、この胸に宿す。

 

「なんなんだこいつ、気味悪ぃ……」

 

「所詮は陰キャらしい。もういい、脅すのも面倒だ。行こ――ア?」

 

「――待てよ」

 

 これ以上、同じ轍を踏まないように。

 目の前の敵を逃さぬよう、肩を掴み、拓海は獣の如き鋭い目で睨みつける!

 

「今の話を聞かされて、大人しく行かせると思ったのか?」

 

「……なんだその言葉遣いは。なんだその目は! この手も退かせ、立場弁えろ! 殺されてえのか、あァ!!?」

 

 確かに、拓海もそういうことを気にしていた部分はあった。

 この生活は、いつか終わりがくる。

 だからいつかその時まで、傍にいられたらそれでいい。

 そう思っていた。

 

 ――けれどもういい。限界だ。

 

うるせえ(・・・・)。立場だとか、仲介くんだとか、そんなのもう知ったことか!」

 

 こんな時になっても、『その人』は現れない。

 そもそもそんな得体の知れない人に、頼ろうとしたこと自体が間違いだった。

 そんなことを考える暇があるのなら、その分傍にいればいい。

 

 後手に回るのは、もう止めだ。

 

 眉をピクリと上げる彼等に、拓海はニヤリと笑みを向ける。

 

「ああそうだ。さっきの答えだけど、言うまでもないが答えてやる。――お断りだ」

 

「そうか、残念だよ。それで、いつまで肩を掴んでるつもりかな? ――離せよ」

 

 すると吸値が本性を現す。

 前であれば、拓海も手を離していたかもしれないが、そんな憶病者は既にいない。

 

「それも断る。そしたらお前達、真里華のところにいくつもりだろ? だったら離すわけにはいかねえ。お前達のような奴に、真里華を好きになんかさせない。死んでもさせるか」

 

「……ああ、悪ぃ。俺ぁ馬鹿だからよ。なに言ってんのか分からなかったわ。――もういっぺん言ってみろ」

 

 既に血管が破裂していそうな程、顔を真っ赤にした蛇居が問うてくる。

 対して、拓海は嗤う。

 

「ああ、そういえば蛇居くんはお馬鹿さん(・・・・・)だったね。それじゃあもっと分かりやすく言ってあげる!

 ――テメェらみたいなクソッタレなんかに、俺の大切な人は指一本触れさせねえって言ってんだこのクズ共がァッッ!!」

 

「あーそうか良く分かった歯ぁ食いしばれェッッ!!」

 

 次の瞬間、拓海は蛇居に殴り飛ばされていた。

 

「根暗、風情が! 出来もしねぇ事、ギャアギャアほざいてんじゃ、ねェよ!!」

 

 その衝撃から後ずさる拓海を壁に叩きつけ、何度も何度も殴り付けてくる。

 聞いてきた質問に答えただけなのになあ、おかしいなあ、と惚けるように思いながら、大人しく受け続ける。

 

 これは戒めだ。

 守っている、などという自惚れに溺れ、調べもせず日課をこなすだけの機械になっていただけの自分への。

 そしてもう一つ――

 

(まだ、まだだ)

 

 頬が腫れ上がる感覚、若干狭まる視界。

 鈍く続く痛みに耐えながら、蛇居を真っ直ぐと見据える。

 すると怖いものをみたかのように、蛇居は顔を引きつる。

 

「……っ、気味悪ぃんだよ陰キャ野郎がぁ!!」

 

 そして大振りの拳を振り上げ――拓海はほくそ笑む。

 

 ――それを待っていた。

 

 振り下ろされた拳を逸らすように手を添えて回避。

 すると必然的に蛇居の懐に潜り込む形となり、

 

「正当防衛」

 

 その無防備な腹に左拳を叩き込んだ。

 

「――――か、ぁ?」

 

 まるで何が起きたか理解できないような、疑問が含んだうめき声が上がる。

 さっきの拓海のように後ずさりながら、加えて胃液を吐き出し、膝を着く。

 その様子に、後ろにいる吸値も呆けた表情を浮かべる。

 

「まずは、一発。十五発くらい、だったから……あと十四発か」

 

 そう呟くや否や右手で蛇居の胸倉を掴んで起こし、「正当防衛」と繰り返しながら、顔など目に見える部分以外を殴り出す。

 

 ――そう、無防備な状態で殴られ続けていた、もう一つの理由がこの状況に持っていくことだった。

 

 反逆し、奴等を殴り飛ばすのは簡単だ。

 当たり前とはいえ、アキラ達とは比べるのも烏滸がましいレベルなのだから。

 だが一方的にやってしまえば、過程はどうあれ全部拓海に押し付けることが出来る流れが出来てしまう。

 二人の計画も看破されず、止める術を失う。

 

 だから焚き付けた(・・・・・・・・)

 

 どちらが悪いかを、一目で分からないようにするために、わざと受けたのだ。

 無茶するなと散々言われていたのにこうなってしまって、亮達には申し訳ないと思う。 

 でもその甲斐あって、耐え性のない蛇居は少し煽っただけで面白いくらいに嵌まってくれた。

 体だけじゃなく、顔もよく殴ってくれたのもグッド。

 

(後は殴られた分のお返しをすればいいだけ。我ながら姑息な手だけど、真里華を守れるなら汚れ仕事でもなんでもござれってな。つーかそれより体もだけど顔いてえ)

 

「正当防え――と、危ねえ。少しこいつにばかりやり過ぎた」

 

 痛みで顔を歪まないように耐え、無表情を心がけながら合計十発、蛇居に叩き込んだところで一度手を止める。

 少々手が乗り過ぎた。

 顔や体の傷はこの男がやったものだが、件の計画に関しては主犯じゃない。こいつに計画を考えるような頭はないというのに。

 

「まあ良いか。残り五発は本気でやればいい」

 

 そう呟きながら、呻く蛇居を下ろし、吸値の方へと足を向ける。

 吸値は尻餅をつき、「ひぃ!?」と悲鳴を上げながらそのまま後ずさる。

 

「待て、待ってくれ! 僕が悪かった! もう彼女に手を出そうとしない! だから――」

 

「お前、そういう約束守らないだろ。同じように許しを請うてきた人達の意思を、何度も踏み躙ってきた事も知ってる。

 そんな奴に今更そんなこと言われても信じないし――許さない」

 

 そしてギリギリと限界まで力を込めた拳を、吸値へ叩き込もうとして、

 

「――お前達、そこで何をやっている!」

 

 そこに乱入者が一人。

 拓海達のクラスの担任が姿を現す。

 

「せ、先生! 助けてください! し、紫苑くんが急に暴れ出して、蛇居くんを……!」

 

「こいつ……」

 

 この期に及んで、まだそんな世迷言を抜かし出したので、ため息を一つ。

 拓海は先生にこのボコボコの顔がよく見えるように向けて弁解しようと口を開き、

 

「あー、すいません先生。この顔見ればわかると思いますが、正当防衛で――」

 

「話は分かった。蛇居は保健室へ運んでおく。が、それより……紫苑、お前は、なんてことをしたんだ!!」

 

「――はっ?」

 

 思わず、耳を疑った。

 今の言葉は、まるで拓海だけが悪いように聞こえて……。

 担任以外の先生二人もやってくると、拓海の周囲を囲い出したのをみて、それが確信へと変わる。

 

「なんで、――いや、そういうことか……っ!」

 

 言葉とは裏腹に、吸値は、教師達は笑みを浮かべる。

 悪辣で、欲に塗れた醜悪な笑み。

 

 元々、どこで誰が見てるかもわからない学園で、こんな取引をする意味が分からなかった。

 だが考えるまでもない、ずっと単純な話だった。

 

 ここには吸値の息がかかった……恐らく金で買収され、おこぼれ(・・・・)も授かっているクズ教師がいるからというだけ――!

 

「どいつもこいつも、クズばっかか、ここは……!!」

 

「先生に向かって、なんて言い草だ!」

 

「先生、恐らくこいつは反省なんてしません。いっそのこと、皆の前でこの男の罪を告発しましょう!」

 

「そうだな、そうするとしよう!」

 

 どの口が言っているのか、自分が正しい側だと言わんばかりに拓海を捕まえようと近付いてくる。

 

 ……今ここで暴れようとすると、流石に身体強化が必要になる。

 今の拓海では加減が難しく、下手をすれば死人が出る。

 

(今は大人しくするのが吉、か)

 

 それは望むところではない拓海は、抵抗することなく地面に押さえつけられ、短いロープによって縛り上げられるのだった。

 

 

 

 

「――急な集まりに応えてくれてありがとう。今日は大事な告白をしようと思って、先生にお願いしたんだ」

 

 集会などで使われる講堂にて、吸値は集められた生徒達に白々しい言動を振る舞う。

 その横で、拓海は縛られたまま、椅子に座らされていた。

 見ている生徒達から、困惑した目線が向けられているのが分かる。

 

 誰にでも優しい(・・・・・・・)吸値の横にいるから尚更だろう。

 

「まず気になっているであろう彼のことだけど……君達には『仲介くん』、といえば分かりやすいかな?」

 

『うっそ、マジで!?』

 

『顔パンパンじゃん。やっぱ髪の下はブサイクだったわけ』

 

『でもあいつ、なんでああして縛られてるんだ?』

 

 生徒が集まる前、ご丁寧に傷に見えないようにメイクされた上に遠目からのこともあって、すっかり騙されてしまっている。

 

「こうして仲介くんを縛っている事を、君達も疑問に思っているだろう。それはこうして集まってもらった理由にある。

 実はぼくは……そうだね、簡単に言うと彼から虐めを受けていたんだ」

 

 吸値らしからぬ厳しい声色で告げられた真実(ぎまん)に、講堂が騒めく。

 

「こんな見た目でも油断しないでほしい。ぼくと一緒にいた蛇居君は、今保健室にいる。彼に、やられたんだ」

 

『嘘でしょ!?』『あの蛇居が……』

 

 数少ない本当を聞いて、彼/彼女等は驚き、信じられないという目が拓海へと集まる。

 

「彼がぼくに目をつけた理由は一つ。

 それはこの男があの赤羽真里華さんを初めとした美女美少女を陥れて手籠めにする計画に、加担しろと言ってきたんだ。ぼくの後ろ盾が欲しかったんだろうね。

 当然、それを断った。そんな酷いこと、ぼくにはできないからって。

 その日から、ぼくの悪夢が始まった」

 

 大した役者だ。本当なら、拓海の言う台詞だというのに。

 それを吸値が自分のことのように語り、拓海を見る目を変えていく。

 

「ぼくはめげずに、今日まで耐えてきた。けど新学期も始まったし、そしたらまた誰かが巻き込まれるかもしれない。だからその前に終わりにしようと思って、蛇居くんに連れ添いをしてもらって話に行ったんだ。

 結果は見ての通り。ぼくの代わりに蛇居が傷付くことになってしまった。

 先生が来なかったらぼくもどうなっていたか……こうして捕まえられただけでも、ホッとしている」

 

『吸値くん可哀想……』『吸値くん、気付かなくてごめんねー!』『今まで守ってくれてありがとう!』

 

『てめえ、よくものこのこと学校に来れたな!!』『退学しろ!』『出てけ! この街から出ていけ!』

 

 そして出来たのがこの状況。拓海はもう、完全に悪役として認識されていた。

 恐らくどんな言葉で弁解しようと、意味はないだろう。

 彼は有名会社の御曹司。

 さらに外面の方は良く知られているし、顔も整っているのだ。

 今の拓海と比べて、どっちを信じるかなんて、良く知っていて信じた方が得をする方に決まっている。

 

(どうすればいい、どうすれば……!)

 

 諦める事は、既に拓海の頭にない。

 しかし打開する手立てがない。

 なにか、なにかきっかけがあれば――

 

 

「――――待った」

 

 その時、静かだが妙に響く声が、騒ぎ立つ講堂を静寂させた。

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