夢と現のクロスロード   作:佐月栄汰

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 真里華ではない。楓でも、時亜でもない。

 だが知っている、幼さを残した静謐な声。

 

「君は、確か(ひいらぎ)さん、だったね。なにか用かな。……まさか、彼の味方をするつもりかい?」

 

「ん。知ってる人が謂れのない罪で責められてる時に黙ってられるほど、私は薄情じゃない」

 

 声の聞こえた方向へ、目を向ける。

 そこにはスラリとしたスタイルを制服で身を包んだ、小柄な少女がいた。

 長く伸びた分をシュシュで二つ結びにしたアイハイディングコウフ……いわゆる鬼◯郎ヘアから、ジトっとした眼が垣間見える。

 

「本当なら誰かさんがやるべきだけど、今はいないから」

 

「えっ?」

 

 真里華の親友である彼女――柊三笠(みかさ)の話を聞いてすぐ見渡す。確かに、真里華達三人の姿がない。

 

(楓は、まあ分からないでもないけど……)

 

 一体どこに――と、拓海が三人を探している中、二人の問答は続く。

 

「それに、さっきの話はおかしなところばかりだった」

 

「おかしい、ねえ。例えば、なにかな?」

 

「例えばも何もない。彼はマリの幼なじみ。そんなことをする必要がない程仲が良い。もし何かしらをするつもりならとっくにやってる。

 あと、彼の顔は元々あんなじゃない。化粧かなにかで誤魔化されてるけど、よく見たらパンパンじゃなくてボコボコ。目の辺りとかすごい痛そう」

 

 無表情のまま、三笠は淡々と拓海の擁護する。

 その言葉を聞いて講堂に一番近いところにいる女子が「ほんとだ」と呟き、周囲が騒めく。

 

「周囲の目があって、できなかったんじゃないかな? それとこの顔は、ぼくらのところに来た時からこうだったよ」

 

「そういうと思った。でも顔に関しては無理がある。学園に来るまでの人の目もあるから。

 それに、タクがそういうことをする人じゃない。そんなこと、私じゃなくても知ってるはず」

 

 そう言って、周囲を見渡す。

 若干の戸惑いが場に現れる中、「あっ」と声が上がる。

 

『そういや俺、教科書忘れた時、今日は執筆デーだからーとかで貸してくれたことある!』

 

『私も昨日、車が来てるのに歩道を飛び出そうとしてた、小学生くらいの子の前に足出して防いでたの見た!』

 

『俺も俺も! まえ食堂で金足りなかった時、後で返せよって百円貸してくれた! ちなみにまだ返せてない』

 

『『いや返せよ』』『あっす』

 

 それからも次々と出てくる拓海のお節介。

 小さなことから大きなことまで、それは紫苑拓海がどういう人かを証明するものとなる。

 

「……見ての通り、彼はそういうことをするのが好きな人。子供の頃の夢はヒーローだったくらいらしい。私も少し世話になったこと、何度かある。

 仮に貴方の言ってることが本当だとして、ならどうして彼はあなたと違って何のツテもないのに、黙って従ってたの?」

 

「それは、ホームズが人質に取られてたからで――」

 

『あれ? 確かホームズって、仲介くんが仲介くんって呼ばれてた理由じゃ……?』

 

「っ!」

 

 語るに落ちるとはこの事。

 吸値は舌打ちしそうになったのか、下唇を噛んでいる。

 それもそうだろう。なにせ自ら浸透させた噂によって、明確な矛盾が生じたのだから。

 

「そう。それにそもそも、まずするべきなのは警察に連絡することのはず。なのになんで、真っ先にこんな吊し上げるような真似をする必要があるのか説明してほしいところ」

 

「そ、それは……」

 

 歯軋りしそうなほど顔を歪ませながら吸値は口を噤む。

 その光景をしっかりと見ていた観客たちの、拓海のみる限り半数ほどが眉を顰めた。

 

『あの顔、まさか嘘なの? 嘘言うためにこんなことしたの……?』

 

『確かに、紫苑がそんなことするように思えねえし……あいつ、そんな馬鹿なことする奴だったのかよ……』

 

『ちょっと待てよ! なんで吸値が嘘つきになるんだよ!?』

 

『吸値くんが傷付いてるのに、なんで疑うの!!』

 

『さっきの話聞いてなかったの!? 言ってること矛盾ばっかだったでしょ!!』

 

『その吸値くんが傷付いてるところを教えてくれよ! どうみてもピンピンしてるだろうが!』

 

 騒然とする場。対立する各々。

 拓海が悪人と断定されることは避けられたようだが、どうも雰囲気が騒々しい。

 さっきまで静かだったのに、今は暴動でも起きるのではないかと思う程、険悪だ。

 

「ちょ、ちょっと待って! み、みんな、落ち着いて! ください!」

 

 止めないと――そう思い、できる限り声を張って促すが、止まる気配がない。

 ……というか。

 なんで自分のことなのに蚊帳の外になっているのか。

 

 いや、今まで信じてきた人がガワを被ってて、しかもその裏がドス黒いものだったかもしれないと言われているのだから、話がヒートアップするのは分かる。

 分かるが――

 

『ホントキモすぎ』『はっ? なにそれ』『なんだ、やんのか!?』『上等だこの野――』

 

 一触即発。今にも決壊しようとした、その時。

 

「いい加減に、しろ――――――――――――――!!」

 

 先に我慢の限界を迎えた拓海の怒号が響き渡り、場は一気に静まり返った。

 

「……俺の事を嫌ったり、こいつの嘘で怒ったりするのは勝手だ。けど、俺達のことなのに本人放ったらかしで喧嘩とかしないでくれ。頼むから!」

 

 静かに。だが切実に、懇願するように叫ぶ拓海に、熱くなっていた当人を中心に気不味そうに目を逸らす。

 ひとまず、最悪な展開は避けられたと安堵して、良くも悪くも原因となった三笠を睨みつける。

 しかしそれに対して三笠は、表情一つ変えずに『ぶい』とピースを向けてきて、そんな彼女に拓海はドッと疲れが出て思わずため息を吐いた。

 

「……ん。ちょうど。さっきの質問だけど、答えなくていい」

 

「えっ?」

 

「私の役目は終わったから」

 

 と、ここで唐突に口を開く三笠。

 どういうことなのかと誰かが問う前に、その答えはすぐやってくる。

 

「ごめんなさい、遅れました!」

 

 標的に選ばれていた当の本人が、真里華がやってきたのだ。

 その後ろには、コロコロと台車を引く時亜と楓が着いてきており、定位置に着くと台車に載ったプロジェクターとビデオカメラをセッティングし始める。

 

「ああ、赤羽さん! おはようございます! 待っていたよ! 実は君に話さなきゃいけないことが――」

 

「………………」

 

 これ幸いと吸値は真里華に声をかけるが、真里華はこれを無視。

 何時になく冷たい対応を取る真里華に、吸値は顔を引き攣らせ、周囲は困惑する。

 

「……あー、と。そ、それで、このプロジェクターは一体?」

 

「それはこれから説明します。その前にまず、一応聞かせてもらいたいのだけど、いま、どういう話をしていましたー?」

 

 それに気付かないのか、諦めず問いかける吸値の言葉を軽くあしらって、真里華は明るく今まで見ていた人達に呼びかける。

 

「……そう。ありがとう」

 

 ここまでの話を聞き出した真里華は、そのまま一直線に拓海のいるステージへと足を進める。

 拓海が弁解する前に辿り着き、真里華はその手を拓海へと近付けていく。

 思わず拓海は、力いっぱい瞼を閉じて、

 

「――大丈夫、私を信じて」

 

 その手は傷付いた拓海の頬を、そっと撫でた。

 患部が手に当たって、少し痛い。

 だがひんやりとした冷たさが拓海を落ち着かせ、その優しさに身を委ねていく。

 

「えっ、と。赤羽さん、話を聞いていましたか? 彼は今まで、君を陥れようと――」

 

「もう、こんな傷だらけになって、どれだけ私達を心配させれば気が済むの?」

 

「ごめん……」

 

「まったく、ほんとバカなんだから」

 

 呆然としていた吸値の言い分を無視し、二人はいつも通りの会話をする。

 その頃、スクリーンが開き、時亜がプロジェクターの後ろに立つと、真里華は席側に振り返る。

 

「さて、色々聞きたいことはあると思います。私も言いたいことが沢山ありますが、それについては今から観る動画をご覧いただいてからでお願いします」

 

「動画……?」

 

 そこに何が映っているというのか、聞く暇もなく講堂は暗転し、映像はスクリーンに投影される。

 まず始めに映されたのは、真っ暗な空間で――

 

「いや、待てまさか!?」

 

 チラリと映った道具は、確かラインカーと呼ばれる白線を引くものだったはず。

 とすればそこは体育倉庫。そしてそこは、校舎裏近くにある。

 思わず拓海は目を見開いて、恐る恐る真里華を見る。

 すると、彼女はほんのり頬を赤くして笑みを浮かべて、

 

「……えっと、うん。もう気付いたと思うけど、拓海が家を出た後すぐに家達さんが誘いにやってきてね。

 ――私達、あの近くにいたの」

 

 真里華の告白に周りを囲うクズ教師達は、即座に飛び出していた。

 真里華へ一人、時亜へ一人。楓へ二人。

 彼等は彼女達を、機器を取り押さえようと迫り、その光景に悲鳴が上がる。

 そしてそれぞれ――楓は挟み込んで――掴みかかろうとする。

 

 が。当然、それをそのまま許すわけもなく。

 

「「――えっ?」」

 

 楓はひょいと避けながら、一方の足を引っ掛けてクロスカウンターを誘発させ、

 時亜は合気道で投げ飛ばし、

 真里華は迫りくる教員の懐に入り、鳩尾に掌底を叩き込む。

 

 それを受けた教――いや、教員モドキ達は、何が起きたか分からないような声を上げながら倒れ、そのまま動かなくなった。

 

『『いや強っ!?』』

 

 そんな驚くほどのことではないだろう。

 

 楓はあんな業界にいるのだからあしらい慣れているだろうし、時亜はそれなりの家の子だ。護身術くらい学んでるのが普通だろう。

 真里華に関してだって、家が道場を営んでいるのだ。

 その娘が、嗜み程度に技を会得していてもおかしくない。

 

 そもそもあんな祭りに参加しているのに、あの程度で怖がったりしていたら身が保たない。

 

 ともかく、大の大人が寄って集って、しかも強引に押さえ込もうとしたことは間違いない。

 これも、疑惑を確信に変える一手となるだろう。

 

 ――その一方で、拓海はその顔色を真っ赤に染めていた。

 見れば、吸値も顔を青く一変させている。

 止めに行きたそうだが、さっきのモドキ共の惨状を見てか足踏みしている様を見受けられる。

 

 確かに物的証拠としては、これ以上ない。

 だがそれはつまり、その時の状況を大人数にみられるというわけで……。

 

「ま、真里華さん? 動画はもうそのくらいで……」

 

「さ、トキちゃん、少し早送りして」

 

「はいはーい」

 

「聞いて!?」

 

 割と切実な懇願は空しく、暗い画面から別の場所が移される。

 そこはやはり先程の校舎裏の光景。

 あのやり取りが放映され、観客達は驚愕の声を上げ、拓海達の見る目を変えていく。

 

『――もういっぺん言ってみろ』

 

 あっ、まずい。

 

「止め――」

 

『ああ、そういえば蛇居くんはお馬鹿さん(・・・・・)だったね。それじゃあもっと分かりやすく言ってあげる!

 ――テメェらみたいなクソッタレなんかに、俺の大切な人は指一本触れさせねえって言ってんだこのクズ共がァッッ!!』

 

『『…………おお』』

 

「ぅぉあゝぁああぁぁぁぅああぁああぉ」

 

 ……これ、なんて羞恥プレイ?

 

 真里華によって拘束を解かれた拓海はすぐさま真っ赤になった顔を覆い隠す。

 まるで告白・大公開。

 それを全生徒の前で曝け出されているこの状況に、もう恥ずかしいを通り越して爆発しそうだ。

 

(もう絶対バレてるぅ〜〜〜〜!!)

 

 生徒達には勿論、まあまあ鈍い真里華にも絶対バレている。

 きっとそうだ。でなければ映像を見ながら顔を真っ赤にするものか。

 

 ――しばらくして。

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