映像は途切れ、照明が点灯する。
これで吸値の本性が白日の元に晒された。
現に吸値には蔑みを越えて嫌悪の眼が集まっている。
それは良い。
だがその代わりに初々しいものを見るような眼だの嫉妬だの、色んな眼で見られる事になってしまった。
おかげで拓海の頬から熱が取れない。
チラリと目を移すと、同じく真っ赤な真里華と目線がバッティングしてしまい、慌てて別の方向へ逸らす。
そうするとまたざわつき出すので、深呼吸して落ち着かせていく。
「あーこほん。えっと、これがさっき、私達が見てきたものです。勿論、一切手を付けていない天然モノの映像。加えて……」
一足早く落ち着きを取り戻した真里華は、ステージの裏側から舞台に上がってきた楓に目配せする。
すると楓は懐からメモ帳を取り出し、読み上げる。
「昨年、五月一三日。対象は女性。人目に付かない場所に連れ込まれ、襲われる」
暴かれたのは、彼が犯した、明かされていない余罪。その一つ。
映像の途中から項垂れていた、吸値がピクリと反応する。
「六月一七日。対象は男性。
ぶつかっただけで蛇居含める取り巻きに襲われ、病院送りにされた上に彼の夢を潰える」
『えっ、その時のって』
「八月七日……のこれは同志・紫苑拓海のことだから割愛しよう。
改めて九月十日。対象は男性。
目についただけの彼を面白半分にかつあげし、もう無理と言われた事が気に入らなかったのか、無理矢理そっちの人に喧嘩を売らせ、消息不明に」
『これ、もしかしてあいつのことか……!?』
「一〇月五日。対象は女性。……これは酷いね。
告白すると、それを好きにしてもいいと解釈されたのか、人形のように扱われるようになり、複数の男性にたらい回しにされたりと、とにかく女性の尊厳というもの全てを滅茶苦茶にされた」
『――覚えてる。覚えてるわよ、これ、あの子の……!』
「一二月二五日。クリスマス。対象は男性。
彼女がいるなんて生意気だ、等と言って病院送りに。その後、彼女も襲われかけたとのこと。未遂で済んだのはこれだけみたいだね」
『これって』『なんで知ってるんだ……』
「以上、この一年、彼がやってきた事の一部さ。まだあるけど、聴くかい?」
流石、どこから仕入れてきたのか。
恐らく吸値の家の力によって、被害者全員が口封じされていたであろう秘密を、あっさりと暴いてしまったのだ。
彼女の事だ。この一年だけとは言わず、今までの経歴全てがあのメモ帳に眠っているのだろう。
その情報の信頼性も、彼女自身が知らしめている。
やはり、情報屋ホームズの名は伊達じゃない。
「いや、必要ないよ」
それを知っているであろうに、反応はしたものの黙っていた吸値は一つ、ため息を洩らす。
「……いいか、もう。ああ、そうさ! これら全て真実。今言われたこともそれ以外も全て、ぼくはやってきたさ!」
そうして、拓海がいつも見ていた醜悪な笑みを曝け出し、未だ信頼していた者達は揃って青ざめ、悲鳴を上げる。
中には泣きじゃくる者や、吐き気を催したのか、手で口を抑えている者もいる。
恐らく、『もしも』を想像してしまったのだろう。
「けどそれがどうした? ぼくはあの吸値の御曹司だ。その恩恵を受け、使う義務がある!」
「それはそんなことに使うためのものではないでしょう。好きにするにしても限度がある。既に警察には連絡しています。終わりなんですよ、貴方は」
何時になく険しい顔をした真里華は、『お前は詰み』なのだと突きつける。
しかしそれでは足りない。吸値は可笑しそうに嘲笑した。
「なんだ、まだ分かってないんだね、君は」
「何がですかっ」
「ぼくの権力の底をさ。ぼくが父に媚を売って、
「――っ」
ゾッと、真里華の顔から血の気が引く。
そう、彼からすれば、また揉み消せばいい。
危険に晒したのはそっちなのだと、逆に突きつけられてしまった真里華は下唇を噛む。
――そう、知っている。
彼は性根から腐ってしまったクズであることを。
だからこの程度では決定打になり得ないし、それだけでは最悪の一手を出されるだけ。
それを、拓海は知っている。
だから――
「それは、どうかな?」
恥ずかしい思いをした分、最後のおいしいところは貰っていくとしよう。
「どういうことかな、仲介くん。今更君にどうこうできるとは思えないんだけど?」
「そうだな。確かに俺には何もできない。何かをする力も情報もない。でも」
このままでは吸値の言うように、家も何もかも失ってしまうだろう。――けれど。
「俺は、一人じゃないんだよ。――なあ、
「まあ、流石に驚いたけどね。まさか同志がそんな手段に出るなんてね」
「あんな露骨に見せびらかしておいて、よく言う。……けど、助かった」
「ふふ、こんな遠回りした甲斐があったようで何よりだよ」
そう笑い合いながら、楓はもう一つ。懐から、予備の携帯機器を取り出す。
「スマホ? それがなんだって言うのかな?」
「お前も知ってるよな? 楓がホームズと呼ばれる所以は、何も苗字だけで名付けられたわけじゃない。
そのチートと言っても差し支えない情報収集能力と、その副産物である妙に大物な人脈を持っている事から、〝まるでシャーロック・ホームズのようだ〟という事から来ているのはさ」
「ああ、そうだね。それがなんだと――」
ふとなにか思い当たったのか、吸値の余裕が今度こそ崩れる。
汗を額に滲ませ、目は充血し、瞳孔も開き切っている。
そんな彼に対し楓は薄ら笑みを浮かべながら、スマホをポンとタップする。
『――随分と、やらかしたようだな』
「お、父さん……っ」
スピーカーモードとなり、聞こえてきた声の主は他でもない吸値の父だった。
情報屋として、かねてより常連である事を楓から仄めかされていた拓海は、校舎裏に行く途中に『万が一の時の為に準備しておいてほしい』と頼んであったのだ。
それこそ昨日、楓がわざと見せびらかしていた、携帯画面の内容。
そこに記されていたのが吸値の父の名前と、一つの電話番号だったのだ。
言われるまでもなく、最強の切り札。
しかしこれを切れば楓にさらに迷惑がかかる。
だから、切らないなら切らないでよかったのだが、残念である。
『何度も金の催促はあったが、それがそんな馬鹿げたことに使われていたなど、我ながら嘆かわしい』
「ま、待ってくれお父さん! 今度は、今度は上手くや――」
『言い訳など聞かん。お前はもう吸値家の、私の倅などではない! 二度と我が家の敷地を跨ぐな!!』
「――――――」
絶縁宣言を受けた吸値は、呆然と立ち尽くす。
これで、彼を守るものはなくなった。
『……それが逮捕されれば、マスコミに嗅ぎ付けられてしまうだろうが、こればかりは仕方ない。被害者の事を思えば安いモノだろう。
しっかりと謝罪したいところだが、これから会議がある。すまないがこれで失礼する。
――改めて本当に、すまなかった』
通話が切れる。
すると静観していた者達は挙って彼について語り出す。
『よかった』『あいつ違って父ちゃんいい人でよかったな』『子と親が似るとは限らないってことかな』等と言っているが……。
なんとなく違和感を感じていると、楓は呆れた様子で肩を竦める。
「多分、君の察した通り。
「……そうか。実の息子ですらその対象か」
なにかむしゃくちゃする感情を抱えながら、拓海は膝から崩れ落ちた吸値へと近付いていく。
「どうして、どうしてなんだ、お父さん、ぼくは、だってぼくは――」
どうして、どうしてと、ブツブツと繰り返し呟きながら、微動だにしない。
しかしそういう言葉や表情とは裏腹に、その目は諦観としていた。
まるで、そうなると分かっていたかのような……。
(――ああ、そうか)
ようやく、吸値を理解した気がする。
「どうして、どうし――」
「お前は単に、そういうやり方しか知らなかったんだな」
「――――――――はっ?」
「でも、同情はしない。そうするにはお前はやり過ぎた」
ただ、哀れには思う。
もっと別の生き方を教えてやれる人が、近くにいてやれたら……。
しかしそれはもはやイフ。もしもの話だ。
目を見合わせると、吸値は目を開いたままこちらを見ていて……。
「終わりだ、吸値
「――あ、ああ、――アアアアアアアアアアアア――――!!」
そう言い放つと、吸値灰は発狂したように拓海に勢い良く向かってくる。
こんな状況でも向かってくる彼を評して、一撃で終わらせる。
ただし全力で、五発分の力を、右手の拳に込めて、
「君が、お前ガぎァッ!?」
そうして灰の頬を打ち抜くと、彼は軽く吹っ飛ぶようにして床に倒れる。
「……もう俺達の前に現れるな。と言いたいところだけど、偶然ってのもあるし、絶対は無理だろう。だからいつか出所した時、どこかで会ったら挨拶くらいはしてやる。
――けどもし。
もしまた向かってくるのなら、その時は、今と同じ目に遭えると思うなよ」
そう思わず殺意を込めて告げると、灰は少し身じろぎした後、そのまま動かなくなった。
――これでもう、拓海を弱い仲介くんなどと思う人はいないだろう。
余計な枷を砕くと共に、紫苑拓海はヒーローとしての一歩を踏み出した、のだと思う。
これからまた、沢山のことを観ることになるだろう。
良いことも、悪いことも、全部。
それで立ち止まることもあるだろう。振り返ることもあるだろう。
けどもう、諦めるわけにはいかない。
紫苑拓海が想う、理想のヒーローとなる為に。
けど、とりあえず今は、その枷を壊せたことを喜ぼう。
拓海は真里華達へ振り向こうとして、
「っ、いてっ、いててててっ!?」
次の瞬間、右側に激しい痛みが襲いかかる。
顔の方もそうだが、別の場所で、痛みもさらに強い。
(……そういえば)
殴った時、どこかからボキって聞こえたような――
「あっ」
右腕、動かねえや。
「「おばかー!!」」
ぷらんぷらんと、右腕を力無く揺らす拓海に、真里華と時亜は激昂する。
流石の馬鹿さ加減には、拓海自身言葉がない。
ちょうど、その頃になって講堂に大人数の警察が入り込んでくる。
恐らくとっくに集まっていたのだろうが、突入の許可が今の今まで下りなかったのだろう。
(まあ、ひとまず。これにて一件落着、かな?)
説教を受けながら、その事を実感しつつ拓海は力を抜くように息を吐いた。
説教の勢いが増した。