とある場所。全て真っ白に染まった空間にて。
老いた神――オーディンは椅子に腰かけ、上を見上げてなにか/どこかを観ていた。
「……ふむ。思っていたより、穏便に収まったな」
顔を下げたオーディンは一息吐くと、意外そうに呟いた。
この現代で、初日からあれだけ血の気が多いのは珍しい。
まさかこんな早くに脱落者が出るのか、となんとなく焦ってしまったものだ。
それこそ、自身の幻衛士が吹き飛ぶところを見ただけで気絶した彼がいたのも、拍車をかけたと言える。
「とはいえ、他の神は不満だろうが」
神達が望むのはあんな穏やかな終わりではない。
初日には一人くらい脱落するくらい、殺伐としてほしかったと言いそうだが……。
「まあ、良いだろう。物語のはじまりというのは案外緩やかなもの。今後の行く末に期待するとしよう」
にしても、とオーディンは感慨深そうに独りごちる。
「……ヒーロー、だったか。随分久しく聞いた固有名詞じゃ」
最後に聞いたのは、確か――
「――オーディン。あっちはどんな調子だい?」
ふと、そう物陰からオーディンに声をかけるのは、また別の神。
「おお、ロキか。調子は、あー、ボチボチ、というのだったかな。そんなところじゃ。そっちはどうかね」
問いかけられた神――ロキは、肩を竦める。
「良い、とは口が裂けても言えないね。ある程度形にはなったけど、本当に大丈夫なのか試すものがない」
「ふむ……」
オーディンは髭を撫で、思考する。
確かに、理論上は上手くいくと思っていても、実際にはそうならないケースは今も昔も多く存在する。
さて、そうするのに丁度いいのがいるかどうか……。
「それなら、いい考えがあるぜ?」
「む、ギリシアの戦神か」
と、扉を蹴り飛ばして現れたギリシアの戦神――アレスは、加虐的な笑みを浮かべる。
「……一応聞くけど、どんなだい?」
「簡単な話だ、そこら辺の人間を片っ端から使っちまえばいい。そうすりゃあ、てめえのやることも進むし、祭りも盛り上がる! 良いことづくしだ!!」
「却下だ。君のやり方は野蛮すぎる」
「アァ!? テメェ如きがオレ様の言葉に否を言う権利は――」
「儂もそれは賛同出来んよ」
「……チッ、そうした方が面白いことになるってのに」
オーディンに止められた事で威圧をやめるも、面白くなさそうに舌打ちし、もう用がなくなったのかすぐ出ていってしまった。
「まったく呆れたものね。アレスは特にだけれど、あちらの神はどこかズレているわ。ねえ、父様」
アレスの態度に呆れかえるのは、いつの間にかいた妖艶な美女。
「……ヘル。どこで誰が聞いてるかも分からないことを言うのは止してくれ。内輪揉めなんてごめんだよ」
「はぁい、父様」
顔を少し顰め、ロキが嗜めると美女――ヘルはクスクスと微笑んだ。
(こちらも負けず劣らず、だと思うが)
その光景を遠巻きに見ながら、オーディンは苦笑し、
「――ふむ」
ふと、なにか脳裏に過る。
確認の為、今一度上を見上げ、改めて観る。
そして満足そうに頷いた。
「ロキ。先程の話じゃが、丁度いいのがいるようじゃぞ?」
あの後。
吸値灰及びそれに加担した蛇居、そして教師達はあの場で逮捕された。
もはや吸値の権力が使えない以上、彼等はしっかりとした処罰が下される筈だ。
少なくとも、表舞台に上がるような事はもうないだろう。
他協力者の洗い出しも行われるとのことで、どれだけ出てくるかは見ものではあるが……まあ、現時点でもあの人数だ。
後でテレビで知ることになるだろう。
あの場にいた学生のほとんどはそこで解散。
この件に関わった拓海達は事情聴取を受ける事になり、後で治す為に腕が折れてることを悟られないようにしながら、拓海は受け答えしていた。
蛇居と灰を殴った事に関しては、歯が折れていたりしていたようで、ちょっとやり過ぎだと少しだけ注意されてしまった。
が、後で一人の警察官から、こんなことを言ってくれた。
『カッコいいな、君』
事情聴取が終わっていざ帰ろうとした時に言われたから、思わずぽかんとしてしまったものだ。
『ああ、ごめん。周りに人がいたから今まで言えなかったんだ。同僚も上司も立場上叱らなきゃいけないし、実際褒められた行為ではなかったから、仕方ないんだけどさ。
でも俺だけは、誰かを守ろうとした君の行いの、勇気を認めたいと思って』
なぜそんなことを思ったのか聞けば、あの映像をみたからだそうで、拓海は顔から火を吹くかと思った。
『なんでそんな恥ずかしがるんだ、すごいカッコよかったじゃないか! 君は紛れもなく彼女のヒーローだったよ!』
『――――』
それを聞けただけで、なんとなく報われた気がした。
ただ一言、「ありがとうございます」と告げると、その人は爽やかな笑みを浮かべて去っていった。
これから定期的にまた警察と話をすることになるだろうが、それについては閑話休題。
省略してしまおう。
今は内容が内容なので一時休校となってしまって、にも関わらず現在も警察への対応に追われている関係のない教員達に、深くお詫びしたいところだ。
そして、あれから翌日――
「なーに書いてるの」
「おふぉ!?」
あの摩訶不思議な本屋にて。
突如、真里華に背中から抱きつくように覗き込まれた拓海は、思わず変な声を出す。
変な声、と真里華にクスクス笑われているが、今まで以上にスキンシップが激しいのが悪い。
パーソナルスペースなんざ知ったことか、と言えるくらいだ。
背中から感じる柔い感触。
ふわりと香る拓海の一番好きな匂いで、顔も頭も沸騰しそうだ。
「な、なにって、日記だよ。小説みたいな、が頭につくようなものだけど」
気にするなと頭の中で連呼しながら拓海は答え、別のことに意識を向けるべく、呆れ顔の亮と創喚した彼の義妹に治してもらった手を動かす。
「小説みたいな、日記?」
「そう。ほら、夢現武闘会なんてとんでもな祭り参加する事になっただろ? 戦いも刺激的だったし、それを思い出せる限り書き記そうと思って。そうして手を進めてたら、自然と小説みたくなったから、そう呼んでる。
それならせっかくだし、亮にも俺が気絶した後のこととかを書いてもらおうと思ってたりする」
ちなみに祭りの終わり頃にでも、真里華達には拓海の知らない行間を埋めてもらおうか、とも検討中だ。
「へえー」
生返事をしながら、真里華は不意に拓海の匂いを嗅ぎ出す。
さっきから奇行が止まらない彼女に若干引く拓海を余所に、顔を赤くしながらも、ゆるゆると力が抜けていき、
「……えへっ」
「はっ?」
なんだそれ可愛すぎか。
こうして拓海の語彙力は死んだ。呆気ない。
これではもう集中できないので、一旦手を止める。
「ん? やめるの?」
「ま、まあ、ちょっとだけ休憩です」
「そう? それならちょっと聞きたいことあるんだけど」
「おう、なんだ?」
姿勢を正し改まって問う真里華に、拓海も釣られて姿勢を良くして聞く体勢になる。
「ほら、拓海が創喚者になった時の事。ようやく落ち着いたわけだし、あの神とどういう話をしていたのか一応聞きたくて」
「ああ、そういうことなら――」
と、言うわけで、数分後。
「――なるほど。今度会ったらグーね」
ニッコリと怖い笑みを浮かべた真里華がそこにいた。
「ま、まあまあ。確かに脅迫のようなものではあったけど、何の力もなしに巻き込まれるよりはマシだと思うし、結果オーライってことで」
「……拓海はそれで良いの?」
「まあ、文句くらいは言いたいけど、どの道関わってただろうし、いいかな」
「……ちゃんと願いを決めてない状態で、こんなのに参加する羽目になったのに?」
少し俯きがちになった真里華は、膝に置いた手を強く握って震わせる。
どうやら、拓海をここに連れ出してしまった事をまだ気にしていたらしい。
(突然、あの時の事を聞きたいと言い出したのもそれが理由か)
その事を察して、拓海は苦笑する。
「いやまあ、確かに叶えてもらいたいものはないけど……戦う理由はあるし、見ての通り、もう覚悟は決まってる。そのついでに、俺の願いを探してみるつもりだよ」
亮にも言ったが、ヒーローは叶えてほしいものなんかじゃないし、そうあってはならないと思っている。
夢は、自分の進みたい理想への道標。
そもそもヒーローとは、その人の人格、生き様そのものを示すものだろうから。
それを自分で示すのなら、尚の事そんなものには頼ってられない。
「すぐには見つからないだろうし、ヒーローを目指しながらになるから正直二の次だけど、最後まで勝ち残れた時までに探すのも悪くないと思ってる。
だから、そんな暗い顔しないでくれ」
「……分かった。そういうことなら、気にしないでおく」
「そうしてくれると助かる。……それで、さ」
拓海は思わず言い淀む。息が詰まり、鼓動が激しくなる。
灰との決着の時や、覚悟を持って戦いに向かった時よりも緊張している感覚がある。
「何度も言うけど、俺はもう一度、ヒーローを目指す。だからこそ、いくつか目を向けなきゃいけないことがあるんだ。
それがある程度が片付いたらさ。一つ、聞いてほしいことがあるんだ。
それまで、その、待ってて、くれるか?」
意を決して告げる。
すると真里華の顔が熱を帯び、そして拗ねるように頬を膨らませた。
「……ズルい。そういうの、ほんとーにズルいと思う」
「言い訳のしようもないな」
拓海は苦笑する。
できる限りの真剣な面持ちをしておきながら、大事な話があるけど先送りにしたいというのは自分でも『ない』と思う。
それでも、この先なにをどうするにしても、まずはそこから。
でなければ、どれだけ善行を重ねようとも、ヒーローを名乗る資格なんてない。名乗るつもりもない。
彼女の隣にだって、いられないだろうから。
「――でも、うん。待ってる」
そんな拓海の意思が伝わったのか、真里華は頷いてくれて安堵する。
「けどその前に、昨日してあげられなかったことがあるから、してもいい?」
「? いいけど、なんかあったか?」
「ええ、あるわよ」
と、真里華は再び拓海の後ろへと回ると、ゆっくりと拓海の背中を抱きしめてきて、
「昨日まで、頑張ってくれたご褒美。――守ってくれて、ありがと」
頬に、柔らかなものが触れた。
「? ――――っ!?!?」
一瞬なにをされたか理解できず、ワンテンポ遅れて拓海の顔が噴火の如く真っ赤に染まる。
「ま、ままま、真里華さん!?!? いま、今の――!?」
「んー? なんだと思うー?」
慌てふためく拓海に、真里華はからかうような笑みを含んだ声音で逆に問いながら、抱く腕の力を込めてくる。
視界に真っ赤になった真里華の頬が微かに映り込んで、思わず抵抗を弱める。
どれだけか長くなるかは分からないけれど、これから待たせるのだ。
ある程度は、真里華の好きなようにさせてあげよう。
自分としても、役得だし。
(いつか、憂いなく向き合える時まで。それまでは、このままで)
けれどそれは、きっとそう遠くないうちに――そう思いながら恐る恐ると、どちらからともなく互いの手を重ねようとして、
――パシャリ。
「「はっ?」」
目映いフラッシュ。共に鳴るのはシャッター音。
「あっ、これ光った上に音もするのか」
「だから一回貸してって言ったのに……」
振り向く。
そこには物語上、存在しなくなったカメラを持つ亮と、その横で頭を抱える来珂がいた。
「あーそのなんだ」
「なんていうか、そうだね」
「「ゴチです」」「「渡せえ――!!」」
どこかぎこちない雰囲気から一変。
一気に騒々しくなり、静かだった本屋で鬼ごっこが始まった。
「お前、そのカメラどうした! 昨日のだろ!?」
「赤の創喚者から貸してもらった!」
「やっぱりてめえか楓この野郎ーーーー!!」
脳裏に浮かぶのは、『野郎じゃないよ、女郎』等と抜かしそうな笑みを浮かべるあんちくしょー。
その光景が安易に想像できた拓海は俄然腹を立たせながら、背走ったりと遊び出している亮を追いかける。
数分、拓海は追い回しカメラに手を伸ばすが、やはりそこは幻衛士。
身体強化もしているわけでもないのだから、捕まるはずもなく。
ケロッとした亮と、ぜえぜえと汗だくになって地べたに座り込む拓海が、そこにいた。
当然とはいえそれでも悔しい拓海は、そのまま亮を睨みつける。
「い、いつか、っはあ、ぶっとば、す……!」
「やってみろばーか」
ボソッと呟いたにも関わらず聞こえていたらしい亮のニヤけた笑みからの挑発。
それにまんまと引っかかった拓海はいくらか体力を回復させるとまた追いかけ回す。
「待てやオラァ!!」
「そう言われて待つバカはいねえよばーか」
「……まるで子供の喧嘩だ」
「そうねえ」
いつの間にか足を止め、椅子に座ってゆったりと見学していた二人は微苦笑する。
未だ亮を追う拓海だが、どう考えても今のままでは時間の無駄。
埒が明かないと判断した拓海は、創喚書に手を伸ばし――バンッ!
「「!?」」
勢い良く扉が開き、二人はそのまま停止する。
なにやら大きな板状のものを背負うアキラを連れて入ってきた未来は、じっとりとした目で睨むように周囲を見渡す。
そして拓海達の様子を見て、大きくため息を吐いた。
「騒がしいと思ったら……来るのは結構ですが、そういうことはお家か、せめて外でしてもらえます?」
「「あっ、はいすいませんでした」」
あれ以来、姿を現さなくなったオーディンに代わって、暫定・ここの主となった未来には逆らえない。
こうして茶番は終了するのであった。
「まったく……まあ良いです。それより紫苑さん。ここの名前、わかりましたよ」
「本当ですか?」
あの後に聞いた時は未来達も知らないと言っていたはずだが、どうにか知れたらしい。
「ええ――アキラさんが一晩でやってくれましたから」
「予想外の重労働だったぜ……」
未来はドヤ顔でアキラを前に出すと、げっそりとしたアキラは背負っていたものを下ろす。
それは店前にあった、文字が読み取れない程ボロボロだった看板。
しかし以前とは見違えるほど綺麗になっており、アキラはそれを全員に見えるように掲げた。
その後、その名は書いていた日記のタイトルとなる。
そこは本来交わるはずのない者達が集い、邂逅し得る場所。
あらゆるもの達が、通り過ぎる事のできる中央地点。
――名を、夢と現の
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
これにて、Chapter1が終わり、Chapter2に移っていきます。
話の進みが遅いですが、完結まで書いていく所存ですので、このまま付き合っていただけると幸いです。
これからも、夢と現のクロスロードを、よろしくお願いします。
感想や評価など、してくれるとそれはとっても嬉しいなって。