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『ギギ ガ ■■■■、◆■◆◆◆■◆◆◆◆■!!』
――――それは、蠢いた。
声も生き物が出せるものじゃなくなった。
体中から溢れる酸は、触れている地面すら蒸発させている。
――人の形をしていながら、もう人じゃなかった。
「コイツ、は――」
絶句した。
驚愕した。
恐怖した。
追い詰めたはずだ。
ようやく尻尾を掴めたはずだ。
なのに、なんでこいつは、こんな化け物に――――
「――やはり、仮説は正しかったか」
「お爺さん、なにか知っているんですか!」
そう、赤バカが意味深に呟いた爺さんに問う。
その勢いは、掴みかかるンじゃねェかと思うくらいだ。
「知っている、といえば、そうだな。仮説に過ぎなかったが、間違いないだろう」
「それは、一体……」
「端的に言おう――あれは、末路だ」
「まつ、ろ?」
そう、オレは爺さんの言葉を木霊する。
どういうことなのか、意味なんてオレにゃァ意味さっぱり分からねェ。
分からねェ、分からねェ筈だ――なのに、身体がなにか訴えていやがる。
「そうだ。古代の文献に記されていた、いなくなる筈だった存在。滅多にならないが、全人類が至るかもしれなかったもの」
「それは――」
魔導は、昔の人類全てが使えて当たり前だったもの――だいぶ前に、そんな一文を聞いた覚えがある。
「つまり――」
あれは――――
「もしや理解したのか? お前にしては珍しい。そう、魔導とは、人に備わった魔を形にしたものが故に――それでも魔導師たる我等の成れの果て」
そう、それこそが――――
「――すなわち、魔人である」
――
『■■◆、ア゛ァ゛、ギギギ●◆▲、だイ゛ぃ゛異゛ブㇷぅ゙♯=※――――!!!??!?』
その時、酸に塗れた魔人は咆哮する! 絶叫する!
その全身凶器となった身体で、奴はこちらへと跳び込んできて――――!
「――ふう」
ここまで書き終えた彼女――植野未来は肩の疲れを感じてペンを置く。
時計を見ればもうすぐ七時半。
(寮とはいえ、そろそろ準備しなくちゃ)
そう思い当たって、未来は書いていた原稿用紙に分離させていたグリモアの種を押し当て、創喚書となる間に支度を始める。
パジャマを脱いで下着を付け替え、真っ白なノースリーブのワンピースに小さな緑のネクタイ、そして同じく真っ白いブレザーに腕を通す。
まだ少し肌寒いので、黒いニーソも穿いて準備完了。
ササッと昨日買っておいた菓子パンを摘みながら、鞄を持って創喚書と一緒に部屋を出る。
本日も快晴。
ほんのり涼しい風と、目映い陽射しを浴びながら寮から出て、敷地内にある校舎へと急ぐ。
《よお、創喚者。おはようさん》
その途中、警護に当たっていたのだろうアキラから心話を受信する。
《はい、おはようございます、アキラさん》
《おー。それで、ガッコーが終わった後、どうすンだ?》
《少し買わなきゃいけないものがいくつか出来たので、店舗エリアに行こうかと思ってます。今日は着いてこないように》
未だに成長するとある部分に関するものなので。
《へいへい、じゃあなんかあったら連絡くれよー》
それを察してくれたのか、聞き返さず了承し、心話を切ってくれる。
ありがたく思いながら、またお気に入りのものが着れなくなった事を思い出してしまい、少しげんなりしてしまう。
羨ましがられる事が何度かあるが、これの何が良いのだろう。
嫌な視線も集まるし、肩も凝るしで良いことなんて一つもないのに。
ああ、けれど――
(紫苑さんは、そういう目で見てこなかったな……)
見ないようにする人はいなくはなかったが、見向きもしない人は初めてだった。
ありがたくはあるが、ちょっと悔しい気持ちもある。
優しさを信じてる、なんて一言で惚れるほどチョロいわけではないが、ただ女のプライドといったものが許さない。
(我ながら、面倒くさいなあ)
未来は苦笑し、変な方向に向かった思考を払うように、首を振る。
周囲を見れば、先に向かっていた同じ制服を着た女子生徒達に追いついたらしい。
小走りをやめて、同じ速度で歩き出す。
と、
『――皆様、聞きまして?』
『もしかして近々、ナタリア様がお戻りになられるというお話ですか?』
『お姉様が!? それは本当なのですか!!』
『こうしてはいられませんわ! 早速お出迎えの準備をしなくては!』
(会長、帰ってくるんだ)
騒々しくなる周囲から聞き取った話に、未来の口元が密かに緩む。
この学校に入学してまだ数週間。
現状、数少ない未来が仲良くしている人だ。
割とノリの良い人で、未来の好きなアニメについて語り合った事もある。
(ただ興味本位で銅像見てただけで、本当にあのシーンを真似してくる人がいるなんて思わなかったなあ)
その変人は、この学校では生徒会長を務めており、外見は遠巻きに見ていたいくらいの美女。
しかしその美貌から鼻にかけることはなく、誰にでも気安く話してくれる事もあって、学院内外で人気のある人だ。
そんな彼女が。
ここ数日、実家の用事で遠出していた彼女が、帰ってくる。
そうと決まれば、金はあっても娯楽の少ないここが大騒ぎとなるに決まっている。
だが、未来はそこに混ざるつもりはない。
というのも――
(私は、また別の時にジュースでも奢るくらいでいいかな)
それくらいの方が、彼女は喜ぶだろうから。
スマホから来るメールの内容から現実逃避するように、そんなことを思いながら、未来は目前の校舎へ入っていった。
一閃。
狼の如く、姿勢を低くしたまま迫りくる男が、手に持つ白き刃を振るう。
脅威を察知した身体に従って横にステップすることで、少年は振り下ろされた凶器をなんとか回避する。
続けざまに繰り出される剣撃も、首を傾け、腰を落とし、また軽く跳び、最小限の動きで躱す。
「相変わらず、よく避ける――!」
下手人はそう言って笑い、疾走する。
不規則に、周囲をグルグルと動き回りながら、時折攻撃を仕掛けてきて、これを避ける。
それを数度繰り返し――途端、右に持った黒い銃剣で地面を穿ち、爆発。
砂埃が覆い、その人は愚か、目に見えていたもの全てが隠れてしまう。
「っ――、くそ、どこに」
悪態をつきながら、周囲を見渡し、そして。
「はい、終わり」
背中から、剣を突きつけられた。
ここから打開する方法を一考する。が、すぐにやめる。
どう考えても詰みだ。
「……また同じパターンだあ…………」
そう嘆息を吐きながら、少年――紫苑拓海は身体強化を解いてその場で座り込み、そんな彼に剣を突き立てていた男――逢坂亮は剣を消しながら苦笑した。
夢現武闘会が開祭して、亮を創喚して早二週間。
あれから朝早くから夢と現の交差点に来ている二人は、こうして定期的に模擬戦を行うようになっていた。
提案してきたのは亮だ。
勿論、一番重要であるしっかり動けるようになる為の体作りもしている。
が、それは軽くでも前々からしていたし、それが本格的なものになっただけ。
辛いのは辛いが、耐えられない程じゃない。
なら並行して、戦いの中での動き方。
それを学んで活かそうとなったのだが……
『それなら実践を繰り返して、身体で覚えてるのが一番だ』
という、修行シーンで良くあるスパルタチックなことを言い出して、今に至るわけだ。
しかしその結果は全て同じようなパターンでの敗北で、しかもこれで三回目。
学習していない自分に、少し苛立つ。
「まあまあ。得るものはあるし、戦いの中でも身体強化が安定していたのを確認できただけ良しとしようぜ」
「それは、長いこと出力が低いとはいえ、身体強化を慣らしてきたんだ。多少良くなってないとめげるよ」
それも寝る時以外の日常生活を過ごす中、あの日以来、ずっとやってきたのだから。
おかげで拓海はこの身体強化に耐性と加減の仕方を、そして力の扱い方を、流れを身に覚えさせることが出来た。
その結果、いろんなものを壊してしまったのだが、その甲斐あったということで御愛嬌。
とはいえ、
「まあ、それでも通常出力の身体強化で保って三十分。最大出力じゃ耐えに耐え抜いてギリギリ五分ってところだけど」
しかも、時間経過によって肉体に生まれる痛みが増す。
これでもマシなものだ。
なにせ初めての頃はアドレナリンが分泌されてたからこそあれだけ動けたわけだが、いざ二度目の身体強化をしてみたら、とてつもなく痛くてまともに動けもしなかったから。
「それでも十分だと思うが……それに、おかげで見えてきたものもある」
「みえてきたもの?」
「ああ」
そう言って、亮は拓海の前に出てると、ピッと人差し指を立てる。
「いいか? アンタのそれの精度は尋常なものじゃない。もはや危機感知っていう一種の能力と言っても差し支えないだろう。だがその能力にも欠点……いや、発動条件か。それが存在する」
「条件?」
「ああ。と言ってもそれは至って単純なもの。それが視界に入っているだけでいい。
認識できなくとも、目に映る範囲にさえいればいいのだと推測してる。これはこれで破格だが、だからこそ欠点にもなり得る」
どうしてそう思ったのか、問う前に「前のアキラとの戦いでも、さっきの模擬戦でもそうだ」と続ける。
「物体が視界に入ってくるまで、感知できず、いざ入ってきたら咄嗟のことで反応が遅れていた」
その時のことを思い返す。
確かに砂煙に隠れた攻撃の悉くを、拓海は反応しきれずにいた。
きっと目に見えていたものに対する
「その数秒は致命的だ。いつかその隙間がなくなる可能性があるが、それを待ってる暇はない。
それに……次第に効果が薄れていってしまう可能性の方が高いんだ。そればかりに頼ってはいられない」
それはなぜか――その答えは、亮から聞かずとも理解できた。
「慣れるから、か」
「ああ」
これは拓海も前から考えていたことだった。
どれだけ怖がろうとも、それが何度も続けば嫌でも慣れてくるもの。
そうなれば恐怖は和らぐし、完全になくなることはなかろうとも、結果としてそれ一本では実用できないくらいには効果が薄れていくだろうことは目に見えている。
「言ってしまえばそれは、期間限定の強化能力だ。期間が過ぎれば、ただの選択肢の一つに成り下がる。
だから薄れていく前に、隙間を補えるもの……そうだな。殺気の感知か、空間把握能力。そのどちらか一方でも身につけてもらう必要が……聞いてるのか?」
「お、おお。アニメとかによくある単語がナチュラルに出てきてちょっと興奮を隠せなかっただけだから。大丈夫、続けてくれ」
半目で睨んでくる亮に慌てて弁解すると、亮は「……分かった」とため息を交じりに呟く。
「それじゃ続けるが、当面の問題はそれを身に着けるまではどうするか、だな。
結局、アンタのそれは初見殺しでしかない。今はいいが、仮にアキラ達とまたやり合う時は、もうあの時のようにはいかない。
だからこそ必要なわけだけど、それまでにそこを補えるもの……できれば、以降も使えるなにかが必要だな」
「なるほど……」
亮の長く続いた考えを聞き終えて、思考を巡らせる。
拓海自身、そのままではいけないとは思っていたし、どうにかできる案を思いつかなければいけないが……。
「えっと、ごめん。話の途中で悪いんだけど、そろそろ……」
「えっ? あっ」
見学していた真里華が申し訳無さそうに声をかけてきて、ハッと思い出す
「ああ、そういえばアンタ達、今日は久しぶりの学園だったっけ」
そうだ、そうだった。
この二週間ずっと休校だったが二日ほど前に、午前までだが学園を再開すると連絡があったのだった。
だから二人とも制服を着ている。
そのことを思い出した拓海は腕時計を確認。
時刻はそろそろ八時前。ここからだと流石に遅刻しそうだ。
「なら、続きは帰ってからだな」
「だな。よし、それじゃあ行ってくる」
「おう。オレはまた警備がてら街見て回ってるから、終わったら呼んでくれ」
「了解。それじゃ……【
「う、ん――ってぇ!?」
掌に浮かばせた身体強化の球体を握り潰し、真里華を抱えて跳躍。
急ぎ、学園へと向かった。