夢と現のクロスロード   作:佐月栄汰

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「拓海、あっちの創喚者と知り合いか?」

 

「知り合い、っていうか、従姉弟だよ」

 

「――マジかよ」

 

 驚く亮に薄く笑いながら、拓海は一步前に出てナタリアと向かい合う。

 

「で、ここ一帯に人がいないのはリア姉の仕業ってことでいいんだよな?」

 

「ええ、そうですわ。少し前に、ちょっと暇つぶしにド派手な撮影をしてみたいとお願いしただけですが、皆様快く頷いてくれましたわ」

 

「だろうなあ……」

 

 子供のころから拓海にとっても彼女にとっても、この周辺は庭のようなものだった。

 拓海だけでなく、家が家にも関わらず木登りしたりとヤンチャしていた彼女は、近所の人から良く可愛がられていた。

 だから彼女のお願いを断る人など、余程のことでない限りいるはずがない。

 いやこのお願いで余程じゃないのはどうかと思うが。

 

「わたくしも一つお聞きしたいのですが……どうして迎えに来なかったの? 帰ったら、皆で改めて誕生日会しようって話してたじゃん」

 

「あー……それは、ごめん」

 

 流石に申し訳なくて、謝る他ない。

 ナタリアは四葉家主催により自分の誕生日会に参加する為に遠出をしていたのだが、彼女は堅苦しいのが嫌いのお転婆娘。

 

 だから帰ってきたら出迎えてほしい、そしてそのまま改めてお誕生日会を開こうという約束だったのだ。

 それを破ったのだから、例えナタリアのわがままでも過失はこちらにある。

 

「SNSにも反応ないから、なにかあったんじゃないかって、お姉ちゃん心配した」

 

 こういうわがままは昔からで、それを破るとそれはもうとにかく拗ねる。

 現に今も、少し涙目で頬を膨らませている。

 心配半分、プラス拗ねレベル1といったところか。

 

「本当にごめん。さっきまで真里華と二人で買い物してて、SNS見れてなかったんだよ」

 

「……ほんと? まーちゃん」

 

「ほんとよ、リアさん」

 

「……なら、許す。でもその代わり明日、鳳姫に来るように」

 

「え゛っ」

 

「返事は?」

 

「……はい」

 

 項垂れるように頷くと、ナタリアは満足そうに口角を上げる。

 女子校に入るのはいくらなんでも気まずいが……まあ、仕方ない。

 姉の無理難題を聞くのも、弟の摂理だ。

 

「ん、それじゃあ今日のところはこれで。帰りますわよ、沙良」

 

「……待って、ください。まだあたしは動けます。そもそも何故あたしを撃ったのです」

 

 と、待ったかけ、淡々と批難するように問う沙良にナタリアは酷く嘆息した。

 

「わたくし、最初に言ったはずですわよね? 今日は挨拶だけ。もしその相手がたっくん達だったら文句も追加します。ですがそれだけだと」

 

「ですが――」

 

「ですがもありません。貴女の意気込みは買いますが、三組も相手にして勝ち目なんてありますか?」

 

「…………」

 

 ぐうの音も出ないのか、沙良は悔しそうに頬を膨らませる。

 

「それに暴れすぎです。流石の皆さんも疑い始めていましたわ、『これは本当に撮影なのか』と。バレて身動きが取れなくなるのは貴女としても避けたいでしょう」

 

「だとしても、それを彼等が許してくれるはずが――」

 

「それは大丈夫ですわ。少なくともたっくんは、そんな気はない。そうでしょう?」

 

「ああ、ないよ。皆も、頼む」

 

「……了解(ヤー)。アンタがそういうなら」

 

 そう言いながら周囲を見渡すと、創喚者と幻衛士はそれぞれ見合わせ、一同に頷く。

 

「ね? ですから、本気でやりたいのは分かりますが、それはまた次の機会に」

 

「……分かりました。ひとまずは信じましょう。ですが、次は殺しますので」

 

 そう言って沙良は影を踏み、瞬く間にその姿を消した。

 

「さて、沙良も押さえましたし、帰りますわ。みーちゃんはどうされます?」

 

「私も、帰るところだったので、ご一緒していいですか?」

 

「勿論。そちらの幻衛士に手を出させないのが前提ですが」

 

「そちらこそ、いきなり私の後ろを取らせないでくださいね」

 

 おちゃらけた様子でお互い釘を差し、笑い合う。

 ……仲が良いのは結構だが、会話が殺伐としててこちらとしては笑えない。

 

「それじゃあ紫苑さん、赤羽さん。それと、相坂さんに神崎さんも、今日はありがとうございます」

 

「ええ、また明日。こちらこそありがとうね」

 

「ああ、ありがとう……青いのも」

 

「成り行きだ、気にすンな。次はアテにすンじゃねェぞ」

 

「肝に銘じておく」

 

 忠告するアキラの横で未来は頭を下げ、ナタリアと共に駅へと向かう。

 姿が見えなくなり、モノレールが発車するのを見届けた拓海は、そこでようやく詰まる思いでいた息を吐き、

 

「――――いっ!?!?」

 

 次の瞬間、いきなり亮に背中を強く叩かれてしまった。

 拓海はその場で蹲り、悶絶する。

 

「拓海っ!? ちょっと、いきなり何してるのよ!」

 

「悪い悪い、ちょっと力加減間違えた。ただ……なあ、二人とも? オレ達にも、なにか言うことあるんじゃないか?」

 

「「うっ」」

 

 ……ある。

 そのことについては反省する他ない。

 今なら大丈夫という楽観視が一番危険なのは頭では分かっていたのに、自分の欲望を優先してしまったのだから。

 我ながら軽率だったとしか言いようがない。

 気まずそうに目を泳がせる二人に、来珂は苦笑する。

 

「えっと、リョウ? 二人とも反省してるみたいだし、そんな詰めるようなことはしなくてもいいんじゃないかな」

 

「……そうだな。ライカに免じてこれくらいにしてやる。

 正直、二人きりで出かけたい気持ちも、まあ分からないでもない。だが今は、そういうのは我慢してくれると助かる」

 

「……うん」

 

「分かってる。……これからは気をつけるよ」

 

「そうしてくれ。さて、それじゃあ罰ゲームとして、これまで食ってきたものよりワンランク上の食べ物を所望する」

 

「それくらいなら」

 

 危機を救われたことに比べれば安いものだ。

 軽く財布の中身を確認して、さてどこに買いに行こうと思案しながら、今度は亮達を連れて繁華街へと歩き出すのだった。

 

 

 

 

 翌日。

 碧海学園と同じエリア内の、しかし反対側。

 主に富裕層が住む場所。

 目の前に広がる、日本には似つかわしくない――というか、明らかに国も時代も錯誤している――城のような校舎を見上げる。

 放課後、ナタリアとの約束通り、拓海は鳳姫女学院の校門前に来ていた。

 本当なら真里華も一緒に来るつもりだったのだが……

 

《あっ、ちなみにたっくん一人で来るように》

 

 という、ナタリアからの唐突な心話による知らせ。

 まあ急な伝言だったので、そこを無視してもよかったのだが……いざ出かけようとしたところで彼女の母に呼び止められ、家族で出掛ける用事が入ってしまったのだ。

 流石にそれを無視することは出来ず、あえなく断念。

 「なんでこの日にしたの私ー!!?」と嘆いていた真里華は記憶に新しい。

 その時の彼女が可笑しくて、愛おしくて、思わず笑みが溢れる。

 

(それにしても……)

 

 ふと、周りがざわつくのを感じて、拓海は横目で周囲を見渡す。

 そこには遠巻きにこちらに目線をくれる女学院生達がいて……

 

『男の子? ですわ』『ですわね』『碧海の男子制服を着ていらっしゃいますわね』『ですわね』『でも可愛いですわ』『ですわね』『笑った顔もかっこかわいいですわ』『ですわね』

 

 まるで客寄せパンダのそれだ。

 物珍しそうな(一部ねっとりとした)目が突き刺さり、拓海は思わず縮こまる。

 ですわねですわね、としか連呼していない者もいて、ここの人はキャラ濃いなあと感心する。

 それはそれとして肩身が狭いのでとにかく早く来てほしい。

 そう切に願いながら、ジッと待ち、そして。

 

「――お待たせしました!」

 

 校門より、待ち人来たる。

 昨日と同じ制服を着た未来が、息を切らしながら姿を現した。

 拓海の目の前までやってくると、膝に手を当て荒げた呼吸を整える。

 その間に周囲の目線の色が変わり、ザワザワと騒ぎ出している。

 

「……ああ、ありがとう。本当に」

 

 思わず安堵の表情を浮かべると、落ち着いた未来は周りを見渡して苦笑する。

 

「すいません、うちのところのが」

 

「いや、大丈夫。俺よりも植野さんの方が、妙な噂立ちそうだけど」

 

「平気ですよ、人の噂なんて七十五日と言いますから」

 

 色恋沙汰で騒ぎ出すのはどこも一緒でも、共学と女子校とでは、また違う騒ぎになるイメージがあるが……

 

「……本人がそういうなら。で、植野さんが来たのは、やっぱりリア姉からの、ですか?」

 

「ええ、案内役を頼まれました。……つい先程」

 

「それは……すいません、リア姉が」

 

「いえいえ、これくらい気にしないでください。会長も色々忙しかったんです。それより、あの……」

 

《手前、まーたリョウを連れてねェじゃねェか》

 

 と、周囲を見回しながら言い淀む未来の言葉を引き継ぐ形で、アキラが心話で声をかけてくる。

 周囲を見渡せば、微かに屋上に人影らしきものがみえる。

 

《昨日もそれで痛い目みたってェのに、懲りねェ奴》

 

《……うるさいな、人の勝手だろ。それについては考えてあるから心配ない》

 

《あっそ。もしそうなった時は見物だな》

 

 未来は二人のやり取りに苦笑し、拓海は無駄話が過ぎたと咳払い。

 

「それじゃあ、お手数だけど案内を――」

 

「――こーんなところでなにしてるのかな?」

 

「………………」

 

 ……余計な話をするから、余計な奴に見つかった。

 突如聞こえてきた声に、拓海は嘆息し、振り返る。

 

「……お前達の方こそ、なんでここにいるんだ、トキ」

 

 そこには、面白いものをみたと言わんばかりに、ジト目ながら猫口で笑顔を作る時亜と、それに付き添うラフな格好をした美月がいた。

 

「ちょっとしたさーんーぽ。それより兄貴さね。ここ、女子校だよ? いくら兄貴が可愛いお顔してるからと言って、男が入っちゃ通報されても文句言えないよね〜」

 

「理由なくこんなところに来るか、リア姉……従姉弟に呼ばれたから仕方なくだよ」

 

「ほー、従姉弟。ちなみにそれって僕も一緒に入ってもオッケーだったりする? 青の創喚者さん(・・・・・・・)

 

 と、時亜は拓海の腕を掴みながら、未来に問う。

 顔は笑顔。しかし拓海に向けるものとは違い、その目は警戒を露にしている。

 

 時亜にしては行動に淀みがない。まるで最初からこうするつもりだったような――こいつ、まさか。

 

《多分察してると思うけど、白の創喚者からリークされてね。実はちょっと前からスタンバってたのよ》

 

 そう美月が()って、時亜は拓海にウィンクをくれる。

 

「こんなところに一人で行くと、食い物にされる気だって思われてもおかしくないからネ」

 

「まあ……」

 

 言いたいことはわかる。

 停戦状態とはいえ、同じ創喚者だ。警戒するに越したことはない。

 拓海からすると、彼女らがそうしようとするとは今のところ思えないので、少し過剰じゃないかと思うのだが……

 

「……えっと、植野さん?」

 

「ええ、まあ、多分大丈夫、だと思います。少なくともこうして来られた方を追い返したりはしない筈です」

 

 その視線を受ける未来は気まずさからか、愛想笑い浮かべながら頷く。

 改めて校舎へと向かう、未来の後を追う。

 

 校門を抜け、校舎に入ると流石に目線に敵意など刺々しいものが混じり始める。

 これも気にせず進み、エレベーターに乗り込む。

 

「――ふう」

 

 最上階のボタンを押し、扉が閉まったところで溜息を一つ。

 仲介くんだった頃とは違った注目のされ方に慣れなくて、流石にメンタルにクる。

 むしろ敵意の方が安心できるレベルだ。

 

「ここからはもう、あまり人が寄りつかないところなので、気を楽にして大丈夫ですよ」

 

「それなら、よかった」

 

 いや、本当に。

 それを聞いただけで、肩の力が抜けて一安心。

 帰りのことは考えないものとする。

 

「お疲れですね……そうだ。紫苑さん、気分転換になる提案があるんですけど」

 

「いやいや、詫びのつもりならいいよ。呼び出したのリア姉だし、気にする必要は――」

 

「絶版本とか、面白いのは間違いないけど、諸事情で世の中に出回らなかった本とか、興味ないです?」

 

「話を、聞こうか」

 

 流石に受け流せなかった。

 目を見開き、目を爛々と輝かせる拓海に、未来はくすりと笑みを溢す。

 

「えっと、実はうちの父が作家でして。結構名の知られてる人なので、そういうのがたまに書庫に保管されるんですよ。

 せっかくですし、そのうちの一冊。私のお気に入りをお貸ししようかなって思うんですけど、どうですか?」

 

「なるほど」

 

 とても魅力的な提案だ。さっきの断りを撤回したくなる。

 しかし、だとしても未来が詫びる必要はないわけし、そんな貴重なものを、こんなことで外に持ち出させるわけには――

 

「何なら、今後読み終わったら次のを、ってこともできますけど」

 

「ぬぅ……!?」

 

 こんなことでそんなことまでしてくれるのか!?

 破格の条件に、流石の拓海の再び固めた決意が揺らぐ。

 

(嘘をついている可能性もなくはないけど……)

 

 未来は優しい人だ、そんな下手な嘘を吐くとは思えない。

 例えそうだった場合、未来のメリットが分からない。

 どうしよう――そう悩んでいたところ、体の浮遊感がなくなる。

 チン、という音が鳴り、扉が開く。

 

「……さっきの話、後でまた聞かせてくれ」

 

「わかりました」

 

「ちょっと、それ僕にも読ませてもらえるんだよね!?」

 

 グイグイと腕を引っ張ってくる時亜を引きずるように、未来の先導の下歩き出す。

 確かに未来の言う通り、人の通りがないに等しい。

 気楽でいいと思っていると、未来の足が止まる。

 どうやら到着らしい。

 

「失礼します。会長、紫苑さんを連れてきました」

 

 ひと声かけて、扉を開ける。

 未来を最初に、四人とも生徒会室へと入る。

 

「――――――」

 

 ――そして、絶句した。

 そこに広がっていたのは、豪華絢爛というに相応しい、きらびやかな洋室だった。

 生徒会室というには広すぎるその周囲には、ファイルや本などが納められた棚やホワイトボードが並んでおり、部屋の奥には重厚感のある机がある。

 その手前、部屋の中央にはには応接する為のテーブル、そして向かい合うようにソファーが二脚設置されていて――

 

「し、死んでる」

 

 その一つのソファーに、冠のバッジを付けたブレザーを着るナタリアが、俯せになって沈み込んでいた。

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